第六話『形を成す』
──人里──
「へー……だいぶ形になってきたな」
「そりゃそうよ。月の技術を使えば、要塞を作るなんて容易いわ」
「ついでに言うなら、磔さんの能力によって原材料などが割と安定して入手できたのも大きいですね」
驚く妹紅の視線の先──そこには、石造りの要塞が形を少しづつ現していた。
ここに月の援軍による兵器や追加の設備なども整えられることを考えると、非常に心強い。
「接続が上手くいったわ。今回は特例として、玉兎の兵士たちを貸してくれるって」
「豊姫はやっぱり、こっちには来ないのか」
磔はそう残念そうに言うが、それに対して永琳は訂正するように言った。
「おそらく、豊姫や依姫も来るんじゃないかしら? 玉兎を送るって言うなら、少なくとも司令官は必要だし。その点で、豊姫は戦争にこと関しては適任だし」
過去に戦争でもやっていたのだろうか。魔晴はそんな疑問を、口に出さずにしまいこんだ。
「それにしても──綿月姉妹も人間側か。かなり心強いね」
そう言っている間にも、月の最新技術で作られた戦車が送られてくる。
そのいずれもが、今までに見たことのない形であることに変わりはあるまい。
戦車の周囲には幾つかの筒状の物が突き出しているが、これは大砲というわけではなさそうだ。
「あー! 魔晴さん! お久しぶりです!!」
「お、玉ちゃんか。最近どう?」
「魔晴さんのおかげで大繁盛ですよ〜!!」
戦車の中からぴょこんと顔を出す少女は、俺に挨拶がてら、戦車の車体に一切触れることなく地面に降りてきた。
「みんな、紹介するよ。こちらは玉兎兵団の小隊長で、月でスイーツショップを経営する『玉兎 廻甘』」
「廻甘ですぅ! よ(↓)ろ(↑)ぴ(↓)く〜」
何だろうか、このウザさ。と妹紅たちが一斉に思ったのは言うまでもあるまい。
◇◆◇◆◇
「で? 玉ちゃんだけなんで先に来たんだい?」
「先行して、砦を作ってろって言われたんですよ〜。この、建築兼用型戦車でね!!」
廻甘はそう言って戦車に乗り込むと、戦車の筒から光線が放たれ、それからは先ほど作られた砦に覆いかぶさるように次々と砦が部分的に構築され、やがて元の姿は見えなくなる。
そうして、圧倒的なスピードで砦を建てていた戦車から放たれる光線が終わる頃には、さっきとは比べ物にならないくらいの立派な砦が完成していた。
「これは……」
「今のはどうやってやったんだ……!?」
磔の素朴な疑問に、廻甘が素直に答えた。
「月でも特に進んでいる、原子学の工学的応用だよ!」
「へー……」
磔は驚き、実感が湧いていないかのように目を見開いていた。
「この世界の月の技術は、君の世界の月の数億年先の技術だからね」
どれもこれも、霊斗のおかげだ。魔晴はがそう思っていると、砦内に転移した大量の軍隊が、砦から出てくる。
「久しぶりね、魔晴」
「お前は……この世界の豊姫か?」
「あら……私と同じ匂い。……ふふっ、そういうことね。よろしく」
磔に何かを感じたのか、豊姫はそう言うと月の秘蔵の武器を磔に差し出した。
「貴方には、コレを一時的に預けるわ。本来は私の友達が持つものだけれど……今は緊急時みたいだし」
磔は豊姫により渡されたそれを受け取り、鞘から秘蔵の武器……金の天剣・ルシアの上位に当たる武器の刀身を見た。
「これは……!?」
武器のことはよくわからない。だが、一目で強力だと分かるその驚きに再び磔は目を見開いた。
「貴方にも、この武器の価値がわかるようね。これは言わば、『全てのもの』に傷を残す武器」
「全てのもの……?」
「ええ。創造神だとか、外なる存在とか、それら全てにね。治療不可の傷を残す。それがこの武器の能力。この武器の名は『大剣デュラトス』」
一体、何故そんなことができる……!? 過去に外部存在とも戦ったことのある魔晴は、豊姫のその言葉に不信感を得た。
この世界は、総じて理由があるからこそ現象が起きる世界だ。だが──それに対して、ルシファーのように結果中心の世界があるとしたら。
もしかしたら、そんなことも可能なのかもしれない。
魔晴が武器に対して考察を巡らせていると、不意に二人の人間のような姿をした何かが視界に映った。
「あなたは……」
「久しぶりですね、魔晴さん、磔さん」
「ああ、久しぶり。そちらの彼もね」
「恵生か!!」
「磔、久しぶりだな!!」
磔と恵生というらしい青年は、再会を喜び合った。
「──それにしても、なぜ君たちはここに?」
「父さんと母さんの反応がここで途絶えたので」
「俺は急にコイツに連れられて、だな」
そう言った恵生の耳は、風邪でもひいたかのように真っ赤に腫れている。
呼白に引っ張られたんだろう、魔晴はそうあたりをつけて、特に気にもせず会話を続ける。
「君たちは、僕らの仲間ということでいいのかな?」
「ええ、霊夢さんに保護してもらった所です」
「それなら話は早い。……そうだ、2人にお願いがあるんだけど」
「え〜。だりいなぁ……」
「じゃあ呼白ちゃんにだけお願いするよ」
魔晴はそう言って、呼白ちゃんに用件を伝えると、呼白ちゃんは圧倒的なスピードで空を飛翔していった。
「……さて、始めようか。戦争の準備を」
この時魔晴は、まだ知らなかった。──人間の敵が、魔晴の想像を遥かに超えるほどの強敵であることを。
◇◆◇◆◇
──白玉楼──
「へー……ここが俺たちの部屋か」
「ええ。この部屋なら好きに使っていいわ」
黒狂と絢斗は妖緋により冥界に連れて行かれ、幽々子に案内されるままにその一室で過ごしていた。
「……なんか寂しいな」
「同意だ。まあ、仕方なかろう。これまで大人数だったのが、急に人数が減ったからな」
絢斗の呟きに、黒狂は同意して言葉を紡ぎながらも、辺りを見回した。
「──何かいるのか?」
「否。いる、というよりは──」
黒狂はそこまで言って言葉を止めると、腰にある黒刀のうち一本を抜いた。
「『来る』という方が正しいな」
その言葉と共に、黒狂の斬撃が飛んできた矢を弾いた。
「──これは何のつもりだ? まさか、冥界は妖怪側だとでもいうのか」
「──いや、違う。もし冥界が敵なら、妖緋ちゃんなり志郎さんなりが俺たちを殺しにかかるはずだ」
「それもそうだな。……この矢、いったいどこから飛んできたんだ?」
黒狂はそう言って、矢が飛んできた方向を見る。そこには何もなく、ずっと遠く……強力な戦士である黒狂ですら薄っすらと見えるのがやっとの距離に、小高い山が一つあるだけだ。
「──まさかな」
絢斗は黒狂の見ている方に、双眼鏡を向けた。
「──まさか、あそこから飛んできたっていうのか? イランの大英雄、アーラシュでもあるまいに」
もしも、大英雄であるアーラシュが敵だとしたなら、それは飛んでもない脅威だ。
何らかの理由で霊体になったとして、その体に持ちうる霊力は計り知れないほどに増加しているだろう。
しかし、矢が飛んできたのも事実だ。
黒狂と絢斗は、恐怖に駆られながらも常に臨戦状態であるように心がけた。
◇◆◇◆◇
──永遠亭──
「ここが貴女たちの部屋よ。自由に使うといいわ」
「へぇ……中々に広いのね」
「ああ、そうだ。貴女達には、これを渡しておくわ」
輝夜がそう言うと、煌耶は二本の巨大な刀を2人に差し出した。
「──これは?」
力を持つ2人の問いに、麗しき少女は答える。その言葉の意味を知っていながら。
「私たちの、秘宝……というべきものかしら。煌耶、説明を」
「はい、母様。この二本の刀……『巨刀サリオステイル』は、所有者の魔力に干渉して術に抵抗不可の能力をかける。抵抗不可っていうのは……簡単に言えば、必ず術中に落ちるってことよ」
そう言うと、煌耶は不敵に、残虐に微笑んだ。
◇◆◇◆◇
人間達の己らの強化に、暗躍する不穏な影。世界は、どう動くか──それは、誰にも分からない。そして、変わった先の世界など、知る由もない。
戦開始まで、残り4日。