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彼女と夏の風物詩達  作者: 零夜
4/6

 かき氷

 涼はむわっと押し寄せる熱気を掻き分けるように走っていた。

 今年一番の暑さだと天気予報が知らせていたのを思いだし、軽いため息を吐く。

 ゆらゆらと立ち上る熱気と容赦なく降り注ぐ日差しに挟まれ、額からいくつも汗が流れる。艶やかな黒髪は湿り、日焼け止めを塗ったはずの肌は赤くなりはじめていた。


 ずれかけた帽子を直し、手の甲で汗を拭う。

 何故、涼が外に出てきたのかというと今日訪れるはずの人物から連絡がきたからである。


「……溶けてないといいんだけど」


 予想以上の暑さで動けなくなりそうだ、と。涼はそれを受けて慌てた。慌てすぎて家の中で二階もこけるという失態をやらかすほどに。

 落ち着きなよと夏目がなだめている間に流華が用意した水筒と日傘を持ち、涼は外へと飛び出した。


「帽子が無かったら熱中症になりそうね」


 ちらりと太陽を見て、眩しそうに目を細めると走るスピードあげる。


「用意はしておいてくれるって言っていたから、帰ったらすぐに食べれるわね」


 そんなことをつぶやきながら、ここまでならば向かうことができると告げられた公園に入った。

 真ん中に大きな木が植えられており、風が吹くと葉が涼しげな音を立てる。砂場と滑り台、水道のみしかない小さな公園だが、憩いの場所として親しまれている。


「えーと……」


 葉の間から落ちて来る日差しを受けながら、涼は幹の反対側を覗き込んだ。

 そこには全体的に色素の薄い少年が、ぐったりと座り込んでいた。反射的に声を上げる。


氷与ひよ君!」

「……涼、さん?」


 閉じられていた瞼が持ち上がり、氷を思わせる透き通った色の目が涼を見上げた。慌てて、傍に膝をつき水筒のふたを開けて渡す。

 氷与はのろのろとした動作でそれを受け取ると、縁を口に当てて傾けた。ガラガラと音を立てながら、彼の口の中に氷が落ちていく。ぽたぽたと溶けた水があごと服を軽く濡らした。

 気にも留めず、口いっぱいに氷をほおばるとすごい勢いで噛み砕き始めた。


「大丈夫?」

「はい……」


 咀嚼音の合間に返事をし、感情の薄い顔を涼へと向ける。青白い肌は、涼の腕のように赤くなっていた。

 水筒の中身をすべて食べ終えると、氷与は一息ついた。ぐったりとした様子はないので、涼はほっと胸をなでおろす。


「助かりました。もう少し遅かったら溶けていたかもしれません」

「それはシャレにならないわね」


 手を取って立ち上がらせながら苦笑を浮かべる。が、対する氷与は色のない唇を歪ませるようにして笑うだけだ。冗談ではなかったらしい。

 それに対してツッコむことはせず、日傘をさすと日差しから逃れられるように氷与に渡す。

 女物のレースが華やかな白い傘だが、はかなげな美少年である氷与が持っても違和感がない。 


「いきましょう」


 促せば小さくうなずいて、涼の隣を歩きだす。彼の小さな手が涼に触れた。


「わっ……」

「暑い中でてきてもらったので」


 その瞬間、涼を冷気が包んだ。その証拠に彼女の周りだけ、熱気による景色の揺らぎが収まっている。ありがとうとほほ笑めば、照れたらしくふいっと視線がそらされた。


「今日じゃなくてもよかったのよ?」

「夏音が、うるさくて」

「あぁ、声を風に乗せて届けたのね」

「耳元でわんわん喚かれると寝れないので」


 見た目に似合わない鋭い言葉がポンポンと飛び出る。その様子におかしそうに笑う。困ったように言ってはいるが、目元は緩んでいる。彼はなんだかんだで楽しみにしているらしい。


「……間に合うかしら」


 息は走っていたために気付かなかったポスターに涼は視線を留めた。鮮やかな写真が使われたそれは、一週間後の日付が記されている。

 それを見て、脳裏に浮かんだ人がいた。その人からはまだ連絡が来ていない。つい、心配の言葉が口からこぼれた。


「あの人ですか」

「ええ」

「大丈夫です、あの人はちゃんと来ます。毎年きっちりと」

「そうね」

「……見えました、涼さんの家」

「『いらっしゃい』」


 二人同時に敷地内へと足へと踏み入れる。氷与はきっちりと日傘を畳むと礼の言葉とともに涼へと渡す。そのまま足早に、中へと入って行った。暑くてたまらなかったようだ。

 涼もその後に続く。冷やされた空気が彼女の全身を撫でた。


「ただいま」

「おかえり、ちょうど用意ができたところだよ」


 ほらと言いながら流華が差し出すタオルを受け取って、汗をぬぐう。氷与は先に居間へ向かったしい。待たせてはいけないと、涼は廊下を足早に歩いた。


「おまたせ……あらあら」


 居間へと入ると微笑ましい光景が見れた。

 夏音が満面の笑みを浮かべて氷与へと抱き着いていたからだ。離れてください暑いですと文句を言ってはいるが、氷与の表情は優しくまんざらではなさそうである。

 くすくすと笑いながら、卓上の上へちんまりと置かれているものへと涼は手を伸ばす。


「涼、それ物置じゃなくて台所の吊り棚に合ったわよ」

「えっ、そうだったの!?」

「そうよ! 探すの大変だったんだからね」


 撫でられたもの、ペンギンを模したかわいらしいかき氷器はチカリと青い光を放った。むーっと膨れる夏音にごめんなさいと謝る。


「涼さんは、相変わらずですね」

「それは言わないでほしいわ」


 かき氷器を引き寄せながら氷与がちくりとした物言いをする。ペロッと舌を出せば、彼は苦笑をした。


「器は?」

「ここー」


 夏音が差し出した硝子の器を受取りうなずく。かぽんとかき氷器のふたを開け、氷与がその上で手を動かすと、宙に氷が生まれぼとぼとと入ってく。冷凍庫でつくるものとは違い、透明度の高い氷だ。


「涼さんお願いできますか?」

「まかせて」


 器をセットすると子供二人が期待に満ちたまなざしを涼に向けてきた。大きくうなずき取っ手に手をかける。最初はゆっくりだが感覚をつかむと早く削れるようになる。シャリシャリと独特の音を立て、ふわふわの氷が器へと盛られていく。


「今年は蜂蜜のシロップにしてみたよ」


 こんもりと盛られた氷に流華が形を崩さぬようにシロップをかけていく。ほのかな金色が柔らかな氷を染め、甘い香りを漂わせる。

 スプーンを握りしめて目を輝かせる夏音と、そわそわしている氷与にもうちょっと待ってねとほほ笑みながら、人数分削っていく。

 途中、氷を足してもらいながらも四人分削り終わった。


 一人一つ、器を手に持ったのを確認する。


「では、いただきます」


 いただきますと声が続き、四人同時にかき氷を口の中に頬張った。

 涼は目を細めてその味わいを堪能する。ふわりと溶けていく氷に、まろやかな蜂蜜の味わいが混ざり合いながら喉を通っていく。

 一口一口、ゆっくりと食べ進めるごとに味は深まった。


「あぁ、おいしい」


 ほうっと感嘆の息を吐けば、同意するように流華がうなずいた。

 美女はかき氷をもっても絵になるわねと、考えながら頭を押さえている二人を見る。

 どうやら勢いよくかきこんだらしい。きーんとした頭痛が襲っているのだろう。


「うーいたい、でもおいしい!」

「蜂蜜味もいけますね」

「それはよかった。ためしにやってみたんだけど、口に合ったようでよかったよ」

「来年もこれでいいかも」

「僕はほかの味も食べたいです」

「たしかに。ねね、涼。ほかのシロップないの?」


 すでに一杯目を食べ終え二杯目を作り始めている夏音に問われ、涼は台所にあったはずと呟きながら立ち上がる。


「ちょっと見てくるわね」

「はーい!」


 流華も氷与も一杯目を食べ終えたらしく、かき氷器の順番を待っている。楽しそうに削っているのを微笑ましく見つめながら、台所へと向かった。


「確か買っておいたはずなんだけど」


 首をひねりながら思いつく箇所に手を伸ばそうとした瞬間、ぴたりと動きを止めた。パチパチと瞬きをして、小さく笑うと玄関へと向かう。

 

 引き戸を挟んだ反対側に誰かが立っていた。長身の影だ。

 涼はうれしそうに笑いながら、戸を開ける。


 招くように手を差し出し、告げた。


「待っていたわ、あなたが最後よ。『いらっしゃい』」


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