少年の戯れ言:魔術高飛び
私の別作品「魔術師見習いと止まる世界」の第13部「調律3」と第14部「調律4」の間の話になります。キャラの補完的な意味合いが強いです。
「魔術師見習いと止まる世界」を読んでいなくてもわかるようにしたつもりですので、最初の一文を見て続きが気になった方は、読んでいただければ幸いです。
天井に少女が突き刺さっていた。
事の起こりは、数時間前にさかのぼる。
僕ら四人、僕、美夏ねぇ、春さん、黒河さんは、数日後にそこそこの遠出をする予定である。その際の移動速度を上げるため、ある魔術が使えるかどうか試すことを学園の施設で行っていた。
「こんな感じ」
美夏ねぇが、身体能力向上の魔術のお手本を見せてくれた。残像がでるほど、速い動きになっている。
そんな感じか。なるほど。全くわからない。
そう心の中で思った僕に対し、
「なるほど」
春さんが、即座に美夏ねぇと同じ速度になって動き回っていた。残像を残し動き回る二人。実際に残像を目にしてみると、なかなかどうして、面白い光景と言わざるをえない。前からそんな気はしていたが。
「アキ君、詳しく教えるから、笑っていないでこっちに来て。黒河さんも」
思っていたことが表情に出てしまったらしく、美夏ねぇにたしなめられる。
今回、主に試さなければならないのは、僕と黒河さんだ。僕ら二人は、魔術の使用に関して、それぞれ別の問題を抱えている。黒河さんと共に、美夏ねぇのところへ行き、魔術の方法を詳しく教えてもらった。
ふむ。なるほど、基本的に足の筋肉をかなり強くする魔法か。その際に、身体全体も足の速度に着いていけるくらいには強化しなければならない、と。
「きゅー」
美夏ねぇから教えてもらったことを頭の中でまとめているうちに、黒河さんが倒れていた。彼女は、魔術に関する持久力、今回の魔術の場合何度使用できるかといったことになるが、それが恐ろしく低い。そのため、基本的に魔術を使うと気絶してしまう。その代わりではないが、威力――今回のような自身にかける魔術の場合は強度――が、かなり高い。とはいえ、最低限気絶しないくらいにならないと、使い物にならないだろう。
今回も例にもれず、魔術を使った瞬間、気を失ったようだ。
さて、次は僕だ。僕は教えてもらった魔術を使うため、意識を集中する。
「できた」
かなり長い時間をかけて、僕はようやく魔術を発動する。実際に動いてみても、美夏ねぇや春さんの速さと、違いはあまりなさそうだった。
「いま何時くらい?」
僕が魔術の効果を確かめていると、倒れていた黒河さんが身体を起こしつつ問いかけてきた。
「開始から三時間後くらい」
実は僕が魔術を使おうと考えてから、実際に発動するまで、数時間経過していた。僕は魔術を使うのが遅い。それも圧倒的に。魔術による影響が同じでも、使うまでの時間が長すぎて、僕の魔術は使いものにならい。
「そんなに経ってたのね。さすがに魔術の効果も消えているかしら」
僕にはわからなかった。その代わり近くにいた春さんが答えを返す。
「一応、効果は続いているわ。でも」
その続きを春さんが言うより前に、
「なら、試してみるわ」
そういって、黒河さんは足に力を入れた。
次の瞬間、黒河さんが僕の視界から消えた。
上を見上げると、黒河さんが天井に突き刺さっていた。
「気絶前に使ったあなたの魔術だと、能力が上がりすぎてまずい」
春さんが、上を見上げながら、続きを言っているが、手遅れだった。まさか、黒河さんの魔術強度の高さが、こんな結果を招くとは。
なお、見事に天井に突き刺さった黒河さんだったが、能力向上が足だけでなく、身体全体にもかなりの強度で掛かっていたため、無傷であった。
今回の試みは、学園施設の天井に謎の傷跡をのこし、僕と黒河さんでは、能力向上の魔術を使うのが厳しいとわかるだけの結果に終わった。
読んでいただきありがとうございます。
特に「魔術師見習いと止まる世界」を読んでいなくても理解できるようにつとめたつもりですが、読んでいないと理解するのが難しい箇所などありましたら、ご指摘ください。
以下、本編に入れなかった理由という無駄な解説になります。興味のある方だけ読んでいただければと。
あまり意識して書いていないのですが、現在本編は、「調律1」を起点とした回想の状態です。しかし、この話はどうしても「天井に少女が突き刺さっていた」という言葉からはじめたかったのです。そのためには、現状を先に述べて回想していく必要がありました。
回想中に回想が入るのはいかがなものかということで、短編として、投稿した次第です。
なお、黒河さんの魔術の威力がすさまじいことを、「調律6」ではじめて明確にしたかったので、「調律3」直後ではなく「調律6」までいってから投稿してます。