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一生徒の怒り

※ある一生徒視点

『なんでも、数年前にも沙希先輩のように酷い被害にあった生徒が居たんだそうですよ。本当に些細な切っ掛けであらゆる嫌がらせを受けることになった、そのいたいけな女生徒は四面楚歌の状態に置かれて、教師に頼ることも出来ずに孤軍奮闘したそうです。』


会場内の音響や設置されているカメラの管理を一括して行っている部屋に、カメラの映像が映し出されている幾つものモニターから何重にもなって、嬉々とした声音を隠そうともせずに語る声が漏れ響く。


その言葉にダメージを負っている大人が三人。

この部屋の監督役を務めている、秋月先生。

そして、学園の卒業生であり映像関係の会社社長である校條めんじょうさんとその相方である井戸さん。

胃が痛むのだろう。三人が三人とも、片手をお腹に当てて、引き攣った顔に冷や汗をダラダラ流している。


「『いたいけ』痛々しく、いじらしいさま。『四面楚歌』周りを敵や反対者に囲まれて孤立し、助けのない状態のたとえ。『孤軍奮闘』支援する者がない中、一人で懸命に戦うこと。また、一人で難事業に向かって鋭意努力すること。」


モニターから目を離し、会場の様子などよりも面白い三人を見ながら、私は気になった言葉を辞書を捲り、調べてみました。


「秋月先生~。『いたいけ』さんと『四面楚歌』さんが、自分の意味について頭を抱えて考え出しましたよ?『孤軍奮闘』さんもちょっと悩んでます。」

国語科教諭としての御意見は?

そう聞いてみれば、片手でお腹を押さえ、もう片方の手で目元を覆って俯いていた秋月先生が、疲れ果てた様子で顔を上げました。


「意味としては間違ってはいない。」


間違っていないと言いながら、溜息をつくって事は先生だって違和感を感じてたって事よね?

あぁ間違っていない、と秋月先生の隣で呟く校條さん。

間違ってないんだよなぁ~と井戸さんは苦笑いを浮かべた。


「え~?だって、あの前橋先輩ですよ?」


三人が思い浮かべている、四面楚歌の状況で孤軍奮闘したいたいけな女生徒の名前を出してみれば、三人が三人とも引き攣った顔になる。


もう7年も前の事。

当時10歳の私が、この怜泉学園高等部で起きた一騒動の詳細を知っているわけもないが、聞いた話、秘かに残されていた記録、そして本人と対面したからこそ分かる。

「痛々しいさまって、絶対に想像出来ないんですけど。四面楚歌ってあれですよね。追い詰められて食べられるふりして、全身に毒塗りつけてあったんですよね。孤軍奮闘はまぁ間違いではないでしょうけど、法治国家最強の法律さんが背後で仁王立ちしてる状況で使ってもいいんですか?」


「……観堂、こっちに八つ当たりをするな。」

あと、法治国家最強は憲法さんだ。


確かに八つ当たりですけど。

先生達が聞きたく無い事だって分かっていて、言ってましたけど。

…八つ当たりしたくもなりますよ。


頭が痛いわ、ムカムカと怒りが込み上げてくるわで、本当にどうしてくれようかっていう考えが頭の中を渦巻いて、先生達に八つ当たりくらいしないと、冷静に此処に座っていることも出来ません。


怜泉学園は生徒の自主性を重んじる。

その為に、全校生徒が参加するこのダンスパーティーでも、教師達は極力手を出すことなく、企画設営から当日の運営も生徒会、風紀委員会が先頭に立って行っている。

そう、先頭に立って行っているのだ。彼らは忙しく動き、生徒達に素晴らしいと褒め讃えられる場所に立っているが、その裏側、生徒達の目にはあまり入らないところでは様々な委員会、部活、同好会が、それぞれが得意とする役目を担当し、その活動の中で培ってきた持てる力全てを発揮して尽力している。

例えば、保護者達からの予約が殺到しているダンスパーティーの模様の撮影を担当するのは、映像文化研究会。会場を飾り立てる花々は、美化委員会が学園内の温室で育てた植物を、華道部が飾りつけたもの。

ダンスを踊る為の音楽を選曲したり、その演奏をする人材の手配などを担っているのは、放送部と吹奏楽部。

ダンスパーティーというイベントは、授業で習ったダンスの腕前を披露し、生徒間の交流を深めさせるという目的の他に、各委員会がその役目を果たす場であり、大会などに参加する事も無い文化部など各部活がその成果を発表する場でもあるのです。

とはいっても、そもそもに、怜泉学園では部活動に精を出している生徒は少数です。

特待生の居る運動部では活気もあるかも知れませんが、文化部ではそれぞれ10人も部員がいればいい方です。だから、裏側でパタパタと動き回っている少数の生徒の存在など、多くの生徒達は知らないのかもしれません。


ですが、それら全てを統括して、それぞれを上手く活かすのが役目である生徒会や風紀委員会は、私達の存在も、その動きも知っていないわけがない。

だというのに、どうして生徒会や風紀委員如きの、程度の悪い私情で、折角の場を乱されなければいけないのか。


その怒りが今、会場の裏側から燃え滾っているのを、彼らは知らないでしょう。


後輩達や、他の部活や委員会との連携を取りながら、準備を整えてきたんです。

誰がどの時間帯に何処を担当するのか、此処はこうしよう、其処はこうしよう、そんな風に色々と綿密にタイムスケジュールを整えてきたのに。

元々、自分達が何もかもを担っているなんて、厚顔無恥なところがあるのは知っていましたよ。

じゃなきゃ、これまでの騒動を引き起こすわけもありませんもんね。婚約者の目の前で、他の女生徒に告白したり、イチャついたり出来ませんもんね。


本当に、あの川添沙希ヒロインは何を考えているのか。

ちょっと考えれば、ここはゲームの世界じゃないって分かるのに。


彼女が私と同じだっていうことは、学園内で彼女に遭遇した時すぐに分かった。

攻略対象達の初期イベントや選択肢を余す事なく回収している姿。

その姿ははっきりと、鮮やかに目に付いた。

なぜなら、私もまた、それと同じことをしていたから。

"モブに転生したけど、ヒロインがしたようにすれば、憧れのあの人と…。ウフッ。ウフフッ。あぁんもぅ、キャァーッ!!"

なんて姿を恥ずかしげもなく自宅の自室で行っていたのは、今となっては黒歴史だわ。

前世から好きだったキャラ、秋月先生。

ゲームとは違って、真面目で、女生徒に甘い言葉をかける素振りなどは一切見せない人だった。

"あっ、もしかして、此処はまるっきりゲームと同じって訳じゃないのかも。"

そう考えれば、秋月先生が設定とは違うのも納得出来た。

それでも、私は秋月先生を落とそうと頑張ったんだけど。

私が一番に魅力を感じたのは、声だったから。性格や行動はゲームとは違っても、声がゲームで聞いていた声そのままだったから、私は秋月先生に恋をした。

声をきっかけに恋をして、じっくりと見ていてゲームとは違う秋月先生の全ても好きになった。


"秋月先生。大好きです。"

"……その気持ちは嬉しいが、俺は生徒にそういう感情を持つことはない。"


ゲームとの違いは沢山ある。

というか、よく考えれば、それはきっとゲームの中に描かれていなかっただけなんだな、と思うこともあった。

ヒロイン視点の僅かなスチルや会話だけで、乙女ゲームは進む。

じゃあ、ヒロインが見ていない場所ではどんな会話をして、どんな風な姿を見せているのか。

今さら考えてみると、乙女ゲームの主人公って、よくあんな少ない情報で恋をして突き進むものだと思う。前世であれ程、乙女ゲームに嵌まりに嵌まっていた人間が悟ったようなことを言うべきではないとは思うが。


川添沙希はどうして其処に気づかないのだろう。

ずっと不思議だった。

俺様キャラでカリスマ性に溢れて皆に慕われている。

宮成貴一の説明は要約するとこんな感じだった。

なのに、この学園に存在している宮成貴一に人を従えることが出来るのか、と思う面がよく見えた。

人前で婚約者を馬鹿にしてみせたりなんて、その最たるものだった。


カリスマ性っていうのは、生徒会長になったからっていう設定だったのかな?


でも、この怜泉学園で生徒会長、いや生徒会に立候補する人間は奇特な人間だと私は思う。

だって、仕事が多過ぎるのだ。

生徒の自治を謳っているからこそ、生徒達の中から生徒達自身が選ぶ生徒会の仕事は多く、責任も重い。そんな仕事を担う自信も、それをこなしながら学業も疎かにしないなんて自信も無い、ある訳がない。

将来人の上に立つのだから、と誰かがいったのかどうかは知らないが、将来立つことになるのなら、今ならなくてもいいじゃんとも思う。まぁ、経験をしておけって事もあるのかも知れないけど。


その激務に追われて、学年で上位を占める頭の良さは凄いとは思う。

思うけど、世の中勉強が出来るだけじゃ、ちょっと、ねぇ?

彼らの他の成績上位陣だって、生徒会選挙に立候補すれば良い線いくと思われる。でも、それをしなかった彼らは、それぞれ一芸を磨いていたり、社交の場に参加している。とある一人なんて、生徒会長、副会長に次ぐ学年第三位の成績を誇りながら、すでに親の仕事の手伝いをして、自分自身の資産を築いているのだと噂に聞いた。


そういえば、そんな彼らは春乃透子さんには、表立ってではないものの好意的に思っているらしい。

宮成貴一が、何も出来ないと馬鹿にする彼女。

でも、そんな彼女は宮成貴一が生徒会の仕事があると欠席したパーティーで、年相応とはいえない完璧に近い立ち振る舞いで、大人達の目を引いていたらしい。

流石は宮成の、と褒め称えられていたらしい。

あの外見でなければな、なんて言うものも居たらしいが、そんな声を打ち消す程の美しさがその動作の一つ一つにあったのだと、とある学年3位で優秀な、私の幼馴染が言っていた。

そんな彼らが、生徒会達の馬鹿な所業に手を出さないのは、自分達に利益が無いからでしかない。生徒会を始めとする川添沙希の取り巻きたちは一応に確固として地位と力を持っている家の人間だ。そして、その家の中心となることがほぼ決まっている者達。下手に悪く思われることになれば、自分達だけにその被害は留まらない。それを、学園外での経験を積み立てている彼らは知っている。こう言っては何だけど、春乃家を助けても彼らの家的には何の旨みもないのだ。

まぁ、春乃家自体ではなく、その横に繋がる家を重視して、秘かに助けを講じようとしている人間は居るようだけど…。


そういった彼女の姿を知っている生徒達が複数、モニターに映る映像の中で、ニヤニヤと嘲笑を浮かべて事の成り行きを静観している。

その視線に、壇上の彼らは全く気づいていないのが滑稽だと思うし、これから起こることを思えば笑いたくなる。


あっ、他にも嘲笑を浮かべている一団がいた。

いや、でも、これは嘲笑だけじゃないな。美しい微笑みを湛えながら、怒っていらっしゃるわね。


人気者にはファンが居るものというのは、前世でも今世でも変わらない。

生徒会長にも居るし、生徒会の面々にもそれぞれ居る。

というか、攻略対象達にはそれぞれファンクラブなんていうものが存在している。

つまり、ツンデレキャラである春乃璃玖君にも、ファンクラブが存在しているわけで。


彼女達は本当に彼を愛している。

愛しているからこそ、彼がどういう人なのかも知っている。

春乃璃玖君が本当は言っている事とは裏腹に、姉である透子さんが大好きだってことも、彼女達にはバレバレだった。だって、彼の一挙一動を見逃すまいと、目を光らせて見ているんだもの。

だからこそ、川添沙希が璃玖君を前にして、彼が姉が嫌いだというツンデレ全開の言葉を肯定し、それに追従して取り巻きと化した面々が透子さんの悪口を言い始めるという、最近ではよく見かけるようになっていた光景に、璃玖君と同じだけの怒りを彼女達は溜めていた。

璃玖君のことは私なんでも理解しているよ、と口にしながら、彼の言動の意味を悟ることもせずに簡単に傷つけてみせる川添沙希を、璃玖君を愛している彼女たちは許しはしない。

ちなみに彼女達は、透子さんのことを悪くは言わない。何故なら、愛して止まない璃玖君が最大級のツンデレを見せる程の相手なのだから悪い人な訳はない、というファンでなければ、あまり理解することがあれな理由があるからだ。



さぁ、舞台上でライトを浴びている皆さん。

ライトの光で目が眩んでいるのでしょうが、そろそろ影に潜む存在にも目を向けて下さいな。

本当に貴方達の周りに居るのは、貴方達の賛同者達でしょうか?


「あっ、先生。」

「なんだ?」

胃をキリキリとさせていた秋月先生達は、モニターの一番端に配置されている会場の入り口の外のカメラが映したそれに気づいてなかった。

「なぁんか、ダダン・ダ・ダダンって音楽を流したくなる人影が三つ。」


ピロン

スマホが鳴った。

なんとなく、このタイミングでのこれは、期待に胸が膨らむ。



憧れで現実を破壊した転生者。

憧れを現実と理解した転生者。

憧れに現実を突き付けた転生者。

さぁ、どれが一番幸せか。



王道設定でいうところの、親衛隊。

上手く制御したら、心強い味方、かな?

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