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春乃璃玖だけが知る毒。

多くの感想を頂きまして、ありがとうございます。

狂喜乱舞しております。

それなのに、素っ気無い返事しか書けず申し訳ありません。


※春乃璃玖の視点

-それにしても、よくもまぁ現実で俺様何様キャラを選ぼうと思ったものね。


それは、姉さんが席を外した時に、彰子姉さんが笑って言った言葉。

心底呆れるしかないわ、と自分で集めてきた調査資料を握り締めて笑う彰子姉さんの言葉の意味が図りかねて、僕は彰子姉さんが笑い終わるのを待って、どういう意味かを聞いた。


-ん?

んん…とね、私が伝手を辿りに辿って調査し尽くした限りを見ても、こんなにも多くの人間に好意をもたれて、実際に何回も告白されている。なのに、よりにもよって、一番悪手を最初から選んじゃってるのよね、彼女。

ハーレムを築こうとか、そういうアホな事を考えないだけ頭は良いのかも知れないけど、どうしてその考えることが出来る頭で、ゲームれと現実リアルの違いが分からなかったのかなってね。


ゲームれと現実リアル

彰子姉さんはよく、変わった物言いや意見を口にする。

そういう言葉だけじゃなくて、昔から彰子姉さんは色々と…変わってる人だった。

いや、変わっているのは、彰子姉さんだけじゃなくて、前橋家自体なんだけど。


彰子姉さんは、僕や姉さんの従姉にあたる。

春乃家に婿養子に入った父の旧姓が、前橋。

宮成には僅かに落ちるものの、古くから続く家であり、代々受け継いできた土地や資産を上手く運用し、細々とだか力と名を伴う事業を展開している前橋家は、名家と呼ばれる家々の中でもそれなりに名前が通っている。その名前の前や後ろには「ちょっと個性的なお家よね」という何とも言えない言葉が着いてまわることも有名だった。

前橋家を継ぐ長男として生まれた父だったが、一人娘で家を継ぐ事が決まっていた母に惚れ込んで、跡継ぎという立場を捨てて、母をとって春乃の家に入った。

普通なら勘当だの何だのといざこざがあるだろう事態だけど、前橋家は普通じゃなかった。

家という考えより、個を重んじる家風があるらしく、それぞれが自立して家とは全く関係の無い仕事や趣味に走っていた父の4人いる姉達は、壮絶な押し付け合いをした。

代々続いていた家も大事なのは分かるが、自分の仕事や趣味を捨ててまで継ぎたくなんか無い!

どれだけ自分が仕事や趣味で成果を上げているかで競いあい、決着のつけようがない押し付け合いが終わったのは、父の一番上の姉、長女である伯母の夫が「やろうか?」と手を上げたから、らしい。

それであっさりと前橋家に関わる全てを任せた、押し付けたという話は、今や親戚の間ではただの笑い話になっている。そんな昔話を酔っ払いの親戚から聞かされた時には、いいのか…それで、と子供ながらに思ったが、それで前橋家の総資産が倍近くに危なげなく膨れ上がったというのだから、良かった事なのだろう。


そんなちょっと変わった前橋家の、家督を押し付けられた長女夫婦の娘に生まれたのが、彰子姉さん。

長男である晃兄さんも変わっていると言われれば、変わっているけど、彰子姉さんには敵わない。

ちょっと変わっていると有名な前橋家の親戚が一同に集まる席で、彰子姉さんは「面白い子」と評判で、酔っ払った親戚達が、こんな事をした、あんな事をした、俺なんて協力させられたんだぜ、と色々な話を教えてくれた。


七年前、怜泉学園に在学していた頃にも、何か相当な伝説を作り上げたらしい。

当時を知っている筈の教師達は皆口を噤んでしまい、聞こうには引き攣った顔や笑顔で断られてしまった。

「彼女の…あぁそうか、従弟なのか…。そうか、そうなのか。なにか、学園内で困った事があったら相談してくれ。くれぐれも、自分達だけで抱え込んでしまわないように。絶対に、俺達に相談する前に、彼女に相談するということは止めてくれ!」

最初だけ聞いていれば、イジメなどの問題に対するお決まりの言葉なのに。そのあまりにも必死な形相や、最後の彰子姉さんには話を持っていかないでくれ、という言葉に、本当に何をしたんだろうと興味が沸いた。

それを彰子姉さんに伝えれば、「あぁ、ホスト先生?お懐かしいわね~まだ、ホストってるの?」と意味深に笑っていた。

僕の担任である秋月先生。

彰子姉さんの言う"ホスト先生"と言う言葉がしっくりくるような、教師よりもホストをやった方がいいんじゃないか、と言いたくなる整った容姿をした国語教師。そのルックスと「腰が抜ける」と男子生徒にまで言われる声で、女生徒達に絶大な人気を誇っている。でも、ホストなんて軽口を向けることなんて出来ないくらい、本当に真面目な先生で、彰子姉さんの口にしたあだ名は全く結びつかなかった。一部の教師がしているような贔屓も一切しないし、自分に好意を持っていると言う生徒には、しっかりとノーを突きつけて指導したりするところが、男女問わず人気が高かった。


そういえば、彼女-川添沙希が時々、秋月先生の事を探したり、話しかけている姿をよく見たな。

でも、女生徒と二人きりになることを避けている秋月先生は、そんな彼女に捕まらないように、よくコソコソと隠れて逃げる姿を見た。

僕が偶然それを目撃した時は、目が合った瞬間に詰め寄られて「あいつには連絡するなよ。」と念を押されて…。本当に、彰子姉さんは秋月先生に何をしたんだろう、と呆れた。


でも、彼女から逃げたいと思う気持ちは、僕は少し分かったから、彰子姉さんには伝えはしなかった。

今思えば、伝えていたら何かが違ったのかも知れないとも思うけど。

川添沙希はちょっと、皆はそんな事はないと言うから、ただ僕が勘違いしているだけかも知れないけど、言葉に棘があるように感じる。まるで、僕のことを僕以上に知っている、と言っているような言葉を使ってくるそれは、気持ち悪ささえ覚える。秋月先生は腐っても国語教師だし、僕と同じ様な感じを受けたのかも知れないな。


話しかけられるから、返事をして。

一応は義兄となる予定だった宮成先輩にも誘われたから一緒に行動して。

そうしたら、何時の間にか僕は彼女の"友人"になっていた。


そして、"友人"になったからこそ、何となく彼女という人が分かった。

彼女は"良い人"だった。

誰の、どんな話にでも理解を示して、否定することなく貴方の意見も正しいと囁き、それでいて自分の意見を沿える。しっかりとした意思があって懐と視野の広い、良い人。

ジッと見ていたから分かった。人が欲しいと思っている言葉を他意はないという呈で、ここぞという場面で口にする。

その手腕は素直に凄いと思った。

僕や春乃家には何の被害はない、と思ったからこそ放っておいた。もちろん、何をやらかすか分からないから、ジッと彼女を観察することは継続した。


姉さんが彼女に手を上げたこと、罵ったこと。

彼女が宮成貴一先輩と関わることに人一倍気をつかって、時間をかけていた事に気づいてからは、婚約者としての立場を重んじて、最近は何処か不安定なところが見えていた姉さんなら、何時かはやるだろうとは思っていたから。あまり驚かなかった。

階段から突き落としたって聞いた時は流石に驚いて、何やってるんだか、と思った。だけど、それが本当に姉の仕業なのか、詳細はどうだったのかなどを示すのは、「怖かった」「でも多分、私の勘違いよ」と涙を流して振るえる彼女から、心配し激昂する宮成貴一先輩が強引に聞き出した証言だけ。他の証言や証拠は一切なかったのだから、僕は真偽を疑ってはいる。

まぁ、姉さんが「分からない」と混乱している間に、良い人だと学園中から好かれるようになっていた彼女の証言の方が重みがあり、誰一人も疑っていないようだったから、僕一人が何を言おうが意味は無かった。

その一件から、ますます宮成貴一と川添沙希は寄り添うように行動を共にして、二人の仲を認める生徒は増えていった。

婚約者である姉さんの存在を、陰口という呈を成しながら堂々と言ってのける、川添沙希の支持者達。


だから、彼女が上手い事やったんだな、と思った。

やっぱり頭がいい、僕はそう彼女を再評価した。

姉さんの評価が地に落ちていくのは少しあれだとは思ったけど、これで姉さんを苦しめ続けてきた婚約という関係が終わりを向かえるのだろうから、姉さんには我慢してもらおうって考えた。


なのに、彰子姉さんは、川添沙希を頭が悪いと笑う。


どうして?


「例えば、貴方をゲームれで表現するなら、"ツンデレ"よ。」

「は?」

何、言ってるの?

「あれ?ツンデレって分からないかな?えぇっと…」

「いや、分かるよ?ちゃんと家を継ぐ教育を受けてるんだ。世間の流行とか、そういうのは押さえてる。」

まったく業種とは関係ない用語や流行だったとしても、どこかで関わるかも知れない、利用出来るかも知れないから、軽くでもいいから目を通すように。

そう教わったから、ツンデレという言葉もちゃんと知っている。

「僕が、なんでツンデレ?」

「あれ?自覚ないの?あれだけ、姉さんなんて嫌いだ、嫌いだ、って言ってる割に、その姉さんを助ける為に私を呼んだり、学校内でも目を光らせてるじゃない。過ぎた嫌がらせ、透子の目に入らないように処理してるんでしょう?川添沙希の"友達"になったのだって、動向を見守る為でしょ?」

「…どうして…知ってるのさ。」

はぐらかそうとしても無駄だということは、彰子姉さんの目を見れば分かる。

だけど、どうして僕の学校内での行動を知っているのか。

もしかして…。

「あぁ、秋月先生じゃないわよ。そんな、学園内の情報を関係者以外に漏らすようなこと、真っ当な先生がするわけないでしょう。まぁ、これはまた使う術だから、後でちゃんと説明してあげるわ。今は、説明に戻るわよ。」

彰子姉さんは約束を破らない。

だから、彰子姉さんが話を戻すのを邪魔したりはしなかった。


「で、璃玖は"ツンデレ"なんだけど、それって現実リアルだと、どう?って話。」

「どうって?」

「まぁ、これは私の意見なんだけど、現実に目の前に"ツンデレ"キャラがいたら、殴りたくなるのよね。もしくは、無視して縁切るか。」

えっ?

「だって、面倒臭いじゃない。ツンデレに付き合うの。まぁ、それがいいっていう人も居るんだろうけど。私は嫌。ヤンデレはもっと嫌ね。ナルシストも、寡黙キャラも、忠犬、狂犬も嫌ね、疲れそう。」

ゲームれの中でなら楽しめるだろうけど、現実リアルなんて無理無理。

彰子姉さんは肩を竦めて笑う。

想像してみなさいよ、と言われて…確かにそうだと思う自分が居る。

「じゃあ、宮成先輩は?」

「あれは、俺様キャラね。自信家で、無駄に偉そうで、人の話を聞かない。ほら、学校でも透子が言われてたじゃない、"実力のない奴は嫌いだ"とか。あれって、まさに俺様って感じ。」

まぁ、彰子姉さんが言っていることは丸きり当て嵌っていると思う。

現実リアルだと?」

「モラハラ男。」

彰子姉さんは鼻で笑い、切り捨てるように言った。

モラルハラスメント、最近よく聞くようになった言葉。

「透子のことをしきりに駄目な奴扱いするところとか。発言力のある自分の言葉で透子が孤立していくようにしているところとか。上から目線でお前なんかと婚約してやっただの。自分が参加したくない、やりたくないからって集まりや節の行事とか、透子に押し付けてバックれるところとか。」

あとはねぇ、と彰子姉さんが口にしたモラハラとされる行為のそのほとんどが、宮成貴一に当て嵌まる。

ほんの少しのことで姉さんを怒鳴りつけたり、罵声を浴びせたり。

生徒達の前で笑いものにして、悪口を広める。

「孤立していく透子の目の前で、楽しげに川添沙希と話してみせるのも、モラハラ行為なのよ?」

「じゃあ、川添沙希を利用して?」

「そうなら、婚約までしないでしょう。川添沙希のことは、ちゃんと愛してるんでしょ。透子のことを奴隷、自分の所有物だと思っているから、今までどおり、無意識のままにサンドバックに使ってる、ってとこかしら。」


彰子姉さんは笑う。

姉さんが蒔いて僕が盛り付ける"毒"について、分かりやすく説明してくれた紙の上を指でなぞりながら。


「モラハラ男は、自分の所有物になりきる前はとっても優しいのが特徴なの。過保護なまでに優しく守ってくれるのよ。」


それは、今現在の二人の姿。


彰子姉さんの指が、"毒"の効果を記した場所に留まる。


「大変ね。川添沙希ヒロインちゃん。放たれた"毒"のせいで外ではネチネチと揚げ足を取られ続けることになるわ、安息の場所である筈の家には、無意識にモラハラしてくる愛する夫、あぁあの老害もそうとうなモラハラの塊だから、二重苦?逃げようにも、モラハラ男は束縛厳しくて、ストーカーみたいに監視することでも知られているから、そう簡単には逃げられない。」

「というより、離婚なんて周囲が絶対に許さないよ。」

「そう。すでに周知だった婚約者を捨ててまで選んだ"完璧"な妻が、逃げることなんて許されない。宮成の親戚筋も、春乃も、春乃の親戚筋である前橋も、彼女達を祝福したという事実のある家々が、絶対にそれは認めない。」


紙を持ち上げた彰子姉さんが、灰皿の上でライターを使って紙に火をつける。

証拠隠滅。

一度やってみたかったのよね、と笑う彰子姉さん。

そういうことを普通にやるから、変わってるって言われるんだと思う。


「あぁ、それに。私の予想通りに宮成貴一が発言したなら、彼女は絶対に逃げられないわね。」

「どういうこと?」

「大切な恋人の為に、彼は彼女が負う筈の"責任おかね"を肩代わりする。それって、つまり…」


逃げ場は、現実リアルじゃない、ゲームれの世界くらいかしら。




僕の、春乃璃玖の役目は、"毒"を綺麗に盛りたてて、祝福された二人の目の前に、祝福する生徒達の前に、セッティングすること。


お前もこっち側だったじゃないか。

どうして姉の味方をしているの、貴方も私達と一緒にその女を嫌ってたじゃない。

そんな責める視線を浴びながら、無邪気に自分の思い出を語る姉のそれを、"毒"に仕立てるのは自分だと、全員に印象付けること。

一生恨むものもいるだろう。

でも、それが、家の為、家族の為に我慢して、頑張ってきてくれた姉さんを、幼稚な嫉妬心や甘えで傷つけてきた僕への罰だ。



「いい加減にしなよ、姉さん。見苦しい。沙希先輩は姉さんなんかと違って、宮成先輩や先代夫人がべた褒めするくらいに認められた人だよ。認められることも出来なかった姉さんなんかの、不出来だった話なんて聞かされても迷惑でしかないよ。沙希先輩は、宮成の嫁として、もうちゃんと認められているんだから。」


「璃玖…。」

「り、璃玖君?」


「ねぇ、宮成先輩?」


「あぁ、そうだな。沙希は、宮成家の奥向きを取り仕切っているお祖母様にも、宮成の主だった親戚達にも、もう認められている。れっきとした、俺の嫁だ。誰にも認められなかったお前なんかの後悔など、沙希にとっては、ただの耳汚しだ。」


おめでとう、僕は貴方達を心から祝福します。



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