傍観者が語る悪意。
感想ありがとうございます。
今回の話は、特に筆者のひねくれた偏見の強い話となっておりますので、ご注意下さい。
「この度は、誠に申し訳御座いませんでした‼」
地面に膝をつけて深く頭を下げているのは、見知らぬ男性。
誰なのかしら、と璃玖に顔を向けましたが、分からないと首を横に振り困惑した表情を浮かべていました。
璃玖も分からないとなると、どなたなのかは失礼な事かも知れませんが、本人に聞くしかありません。
深く頭を下げる前に見せた顔には皺が浮かび、父とそう変わらない年だろうと思わせました。ですが、その男性の細身だけど鍛えられていることがスーツの上からでも分かる体つきや、ハキハキとした雰囲気が、父よりも若く感じさせました。
その男性が土下座していらっしゃる場所は、彰子姉様が使えと仰ってくださった車の前。誰なのか、何の謝罪なのかという疑問を抜きにしても、無視して過ぎ去るには少し躊躇われる場所です。
小母様達がにこやかに秋月先生などに挨拶をされた後、壇上にいた御二人の腕を引いて会場を後にして行かれました。
そして私達二人も、小母様達の登場で足を止めていましたが、会場を後にする為に再び足を動かしました。
-私が乗ってきた車、使ってね。
そう言って手を降り、彰子姉様はご自分が乗ってきたという車の停まっている場所、車種に色を教えてくれました。
そして、御自身はこのまま用があるから、と。
彰子姉様は残ると仰いましたが、何をするつもりなのでしょうか。
いえ、私の代わりに何かをしてくださるのは分かるのですが、大きくザワついているこの場で、これ以上何をしようとしているのか、私にはとんと思い付きません。
そして、言われた場所にエンジンがついた状態で停まっている、言われた通りの色の、璃玖が車種も言われたものだと判断してくれた、車に近づいていたところ、この方は姿を現したのでした。
「ど、どうか顔を上げて下さい。失礼とは存じますが、貴方は…」
「その人は、川添喜則。川添沙希の父親だよ。」
顔を上げて欲しいと伝えても、動くことなく頭を下げ続けている男性からではなく、その答えは私達を乗せる為に待っている車から聞こえてきました。
バタンッとドアが閉まる音がして、運転席がある位置の車の上から、一人の青年が顔を覗かせていました。
「川添様のお父様、ですか?」
確か、宮成の屋敷で話し合いに参加されている筈では…。
小母様と一緒に、此処に向かって来たのでしょうか。
「はい。この度は誠に、娘が御迷惑をお掛けしました。多大な迷惑をかけたあれの家族になど、目に入れたくはないと思われるとは思いましたが、直接謝罪だけでもと恥を偲んで待たせて頂きました。」
申し訳ありませんでした。
謝罪の言葉を何度も重ね、車越しの青年が川添喜則という名前だと教えてくれた、沙希様のお父様は、一度持ち上げた頭を、もう一度下げられました。
謝罪ならば、会場を娘である沙希様の腕を引いて出られた川添美紅様にも、それぞれの待機させたある車の在り処に向かって別れる際にして頂きました。
止めて下さい、と川添喜則様に対して言うのですが、頭を上げてはくれません。
「なら、貴方は?」
私の意識は川添喜則様に向いていましたが、頭の端ではもう一つ気になっていた事が過りました。それを聞いてくれたのは、目を鋭く細めて車に目を向けている璃玖でした。
芸能界というものをあまり詳しくは知らない私ですが、同級生の皆さんのされていた会話や、車での移動の際に見掛けた広告で、少しだけ知っています。
年の頃は彰子姉様と同じくらいだと思います、少しだけしか見ていないのですが、その方は、そんな僅かに知る芸能人である方々のように整った顔立ちに、すぐにでも親しく会話を楽しめてしまいそうな、爽やかな雰囲気を持っていました。
車の運転を職業にされているとはとても思えない容貌と雰囲気に、疑問に思ったのは私だけでは無かったと、内心ほっとしました。
「俺は、前橋彰子から、君達を送っていくように、と命じ…頼まれた者だよ。」
まぁ、短い間だけどよろしく。
送っていくだけだから名乗らなくてもいいよね、とにこやかに笑われる。
璃玖が失礼にも、胡散臭いなどと呟いたので私は驚き慌てましたが、小さな呟きも聞き逃さなかった彰子姉様のお知り合いだというその方は、怒りもせずに笑ってくれました。
「璃玖!」
「だって、姉さん。あの彰子姉さんだよ?」
彰子姉様だから、何だというのでしょうか?
プッ
私には分からなかったそれに、彼の人は理解することが出来たようで、それまでの涼やかな笑顔ではなく、崩れた笑いを口元を押さえながら漏らしていました。
「あぁ、ゴメン、ゴメン。弟君の方は彼女を理解しているね。」
さぁ乗って。送っていくよ。
まるで、頭を下げ続けている川添喜則様は存在して居ないとでも言うように、彼は私達に車に乗るように促します。
「えっ、で、でも…。」
「放っておきなよ。それは、ただの自己満足でしか過ぎない行為なんだから。」
ね、と車の周囲をゆっくりと歩いき、運転席から一番遠い後部座席のドアの前に立つと、ドアを開き手招きして見せました。
私はどうしようかと迷っていましたが、璃玖に腕を引かれて彼が開けていてくれるドアに向かった進むことになりました。
「そんな事をした所で、川添沙希が負うことになる負債が減る訳でもない。そういう話はすでに、彼ら保護者達の間で終わっていることだ。君に対して謝ることが悪いとは言わないけど、君が望む以上の、制止の声を聞こうともせずに続けるそれは、ただの彼が持っている親としての自己満足。」
それに、と笑ったまま彼は冷たく言い放ちました。
「自分の親と変わらない年の大人に土下座されるって、最大級の謝辞ではなく、ただのプレッシャーだよ?」
それは、私達ではなく、川添喜則様に向けられているもの。
なのに、私まで背筋が凍るような冷たく重い空気が、その声から放たれていました。
「こんな子供に、しかも自分の子供が傷つけた子供にプレッシャーを与えて、どうするつもり?彼女はそういう所、細かくネチネチと、その人間の一番弱いところを狙って責めてくるからね。止めておいた方がいいよ?」
子供は彼女だけじゃないんでしょ?
彼のその言葉に、ようやく川添喜則様は顔を上げられました。
「まぁ、駆け落ちして赤貧生活の中で生まれた娘が可愛いと思うのは、親として当たり前なことなんだろうけど…、」
俺も子供はいないけど、似たような経験があるから分かるよ。
その時の彼の表情は、眉を八の字にした苦笑でした。
「そもそも、その被害や苦労の大小の違いはあれど、川添沙希が背負う事になった未来は、少し世間に目を向けれて考えれば最初から目に見えていたこと。彼女を怜泉に入れたのが、そもそもの間違いだったんだよ。」
そう、前橋彰子が言っていたよ。と彼は苦笑したまま言いました。
「どういう、ことですか?」
「川添沙希に似ている状況を、俺は知っているんだよ。」
怜泉学園で起こった、特待生と良家の子息の恋の話。
「俺も、俺の妹の幼馴染も、この怜泉に通っていたんだ。俺にとって妹も同然だったその子は、普通の家庭で生まれ育った、成績が良かったことから特待生として怜泉に入学した。」
それは彼が言う通り、とても川添沙希様にそっくりな境遇で…。
「その在学中に、あの子は恋人を作った。それについては、彼女の自由だから、俺に如何こう言う資格はなかったから、何も言わなかった。」
でも、と彼は続ける。
学園の中でも上位に当たる、良家の子息と彼女は結ばれ卒業していった。
学園内では妨害などもありながら、多くの人には祝福された二人だったが、大学時代、社会に出た後には学園時代には体験しなかった苦境を体験する事になった。
親族や思惑ありきの者達から送り込まれてくる婚約者候補。
高校時代とは違う、自分で全てを選択する授業に、社会に出てからは仕事の忙しさにすれ違いも多かった。
その上、パートナーとして連れ添って出席した社交の場では、生粋の令嬢達にからかわれ、身の程をしれと陰口を叩かれる。それに関しては、高校時代にも体験し慣れていた彼女は、笑顔で乗り越える事が出来た。
でも、高校時代とは違い、周囲の人間、世間が彼女の敵となった。
わざわざお金持ちが集まっている学校に通って、上流階級に位置する恋人を作った。
世間にはこれを、シンデレラストーリーと取って感動する者も居たが、その一方で「上手くやったわね」と悪意を持って受け止める者もいた。むしろ、彼女と深く付き合い親しくならなければ、後者に考えるものの方が多かった。
それを狙って、怜泉学園に入学したのだろう、と好奇な目で見るものも居た。
彼女が辛うじて耐えていられたのは、優しい恋人が守ろうと懸命になって寄り添い、その親は二人の仲に理解があって、学園時代に友情を培った友人達が居たからだった。
「それでも流石に、彼女が精神から体調を崩すようになってね。俺は色々と事情があって表立っては動けないし…。そこで頼ったのが、前橋彰子…さんだったんだ。」
「彰子姉様、ですか?」
「そう、彼女はいい仕事をしてくれたよ。あの子は恋人と結婚して、今は幸せになってる。でも、彼女の助けがなければ、それも分からない程、厳しい状況があの子の周囲には取り巻いていた。」
それはただの過去の話ではない、と彼は言いました。もしも二人がこんな大騒ぎに発展させず、普通に婚約を解消させ、その後に順調に交際を続け婚約を発表したとしても起こりえることだったと。特に世間の目というものは、あの時と変わらない厳しく悪意と好奇心が盛りに盛られたものになっていただろう、と彼は肩を竦めてみせました。
特に、婚約や付き合いが重なっていなかったとしても、出会った時点で婚約者が居たという事実が、悪意の目しか向かわせない、と。
「しかも、ちょっと調べたらすぐに、入学した直後から色々と人気のある男子生徒と接触していたと分かったからね。何の思惑が無かったとしても、それは世間からの好奇な目を万倍、億倍にも膨れ上がらせて見られることになるよ。」
「調べたらって…。」
「卒業生だから、普通よりは簡単だったよ。でも、君達の従姉の方が、俺よりも多くの情報を持っている。」
一体、どんな伝手があるんだか…。
怜泉学園は良家の子息子女を預かっていることもあり、情報漏洩には細心の注意を図っています。それだというのに、何の苦労も無かったというように彼はさらりと調べたと言うのです。引き攣った顔をして口にした璃玖に、彼は彰子姉様の方が凄いと笑うのです。自分など、何ということもない、と。その爽やかに見える笑顔が、何だか胡散臭く見えるようになってきました。
「だから、親として悔やむ事があるのなら、それは娘を怜泉に入れたことだろうな。そもそも、スポーツ推薦でもなく、昔はそうだったかも知れないけど家が困窮しているわけでもない、今は子供三人少し無理をすれば大学に通わせるくらいは出来る経済力がある。だというのに特待生としてわざわざ怜泉を初めから第一に希望して入学したことが、不自然極まりない。校区内には公立、私立、よりどりみどりで進学校だってある。なのに、本当にわざわざ怜泉だけを選んでいるのは可笑しい話だ。」
「……そうですね。認めるべきじゃなかった。」
妻と共に最後の最後まで反対して、近隣の学校にさせれば良かった。
信じたくない、と疲れたように肩を落とす姿。
てっきり、母親の出身校だから。その学生生活の話を聞いて興味を持ったのかとばかり、思っていました。
だからこそ、学費の多くが免除となる特待生なら、と認めたのです。
なのに、妻はそんな話をしたことは無いという。
あの娘は一体、怜泉で何をしたかったのか。本当に、最初からこんな事が目当てだったのでしょうか…。
綺麗に清掃が成されているとはいえ、此処は屋外。
膝をついて座り込んでいれば汚れは確実につくでしょう。
でも、跪いて状態から疲れきった様子で立ち上がった川添喜則様は、ズボンの膝から下の汚れを気にすることもなく、立ち上がった状態でまた頭を深々と下げられました。
「いえ、こんな事を貴女方の前で愚痴ってもしょうがない事ですね。私のせいで不快な思いをさせてしまいました。」
申し訳ありませんでした。
また一度、謝罪の言葉を口にした川添喜則様は顔を上げ、私達に背中を向けて去っていかれました。
「良家の子女達が秘かに憧れた駆け落ち夫婦の評判も、娘のせいで地に落ちたね。」
哀れなことだ、と彼は呟きました。そして、その言葉に顔を見上げた私を笑顔で車に乗るよう促したのです。
「割りと有名な話らしいよ?当時は、父親である香月家当主が"誘拐だ何だ"と大騒ぎして、警察にまで通報したらしいから。」
二十歳過ぎた娘が自分の意思で出て行った事が誘拐になるわけ無いのにね。
「さぁ、行こうか」
「は、はい。お待たせして申し訳ありませんでした。」
璃玖と私が後部座席に入っていき、少し硬めな座席に腰を降ろしました。さっさと運転席に周って行き、乗り込んだ彼が、にこやかに大丈夫だと笑顔で答えた。
「大き過ぎる借りが、こうして小さいことからコツコツと返していけるのなら、俺も嬉しいから。」
エンジンが掛かったままだった車中は、ひんやりと心地よい温度に保たれていました。
「大き過ぎる、借り、ですか?」
「さっきも言った、幼馴染の娘を助けて貰ったことだよ。"助けてあげるのは別に構わないけど、この借りは十一だから、分かってるわよねぇ?"って。」
「十一?」
「十日で一割の利子を取ることだよ、姉さん。」
彰子姉さん、悪徳。
ボソッと呟く璃玖が座っているのは、運転席の真後ろ。当然のように、璃玖の呟きは車を発進させ始めた彼の耳にも届いていました。
クックックと笑いながら運転する彼によって、車は進みます。
「きっと今頃、残っている生徒達に悪徳ぶりを発揮していることだろうね。」
かわいそうに、とルームミラー越しに見える彼の口が動いていました。
その顔には、先程まで浮かべていた笑みとは真逆な、酷薄な笑いを浮かんでいるのを、私は見てしまいました。
乙女ゲームのヒロインが、普通にシナリオ通りにハッピーエンドを迎えたとしても、世間は穿った見方をするだろうなぁ、と思ったので。
やっぱり捻くれてますよね(笑).




