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川添沙希のはじまり。

※川添沙希視点

「そういうことですので、連れ帰らせて頂きますわね?」


そう言ったのは、貴一君のお母さん。

彼女の事はまだ会ったことは無かったけど、知っている。

仕事人間で、貴一君の事をお祖母様に任せっきりにしていた人。

貴一君の婚約の事も興味がなくて、お祖母様が全て取り仕切っていた。シナリオでは、最後の障害として夫婦で現れて、貴一君と私が手を尽くして説得するという話があった。


どうなってるの?

シナリオがめちゃくちゃだわ。

私がシナリオを早めたから?


どうしよう。

どうしたら、修正出来る?

ヒロインは幸せにならなくちゃいけないのに。


なんで?



気づいたら、私は会場の外にいて、後部座席のドアが開いたまま、私が乗るのを待っている車を目の前にしていた。

壇上にいた筈なのに、いつの間に会場を出たのかも、何も覚えてはいない。


「沙希」


「お母さん?」


どうして、お母さんが居るの?




お母さんは苦手。


自分の名前や、時々会いに来ていた伯父さんの名前、近所に目を向ければ攻略キャラの一人と同じ名前で、面影もある子供が実際に存在していて。それで、此処が大好きだった乙女ゲームの世界で、私がヒロインだって気づいたの。

もしかしたら、ただの偶然なのかもしれない。そういう気持ちは常にあったわ。でも、本当にあの世界なら、私がヒロインだというのなら、絶対に宮成貴一と結ばれて幸せになろうって思ったの。

その為にもって、色んなことを頑張ったわ。

勉強も頑張ったし、礼儀作法も本を読んだりして学んだわ。

だけど、自分だけの努力だと限度が知れていて。

ピアノは同級生の中でも習ってる子が多かったから、習わせてもらえた。でも、華道に茶道、ダンスなんかの、怜泉学園に通うなら必要だと思った習い事は、習ったみたいってお母さんにお願いしても、いい顔はされなかった。

勉強の合間に家の手伝いも必死にして、それでようやく習い事を許してくれた。


酷いことだわ。


娘が頑張っているんだから、協力するのが親でしょ?

しかも、自分だって習ってたことじゃない。


両親も、伯父も知らないと思ってるけど、私は知っているんだから。

お母さんが名家である香月の娘で、お父さんと駆け落ちしたんだって。


私が貴一君と結ばれれば、会ったことないけど、香月のお祖父ちゃんがお母さんの事を許してくれるのよ?

それを伝えることが出来たら、お母さんも私の努力を認めて、助けてくれるようになるのに。こういうのは本当にイライラした。

転生した人間なの、なんて言っても信じて貰える訳もない。


家族もいて、友達もいたけど、私は時々寂しくて仕方なかった。

誰にも言えない秘密があるからという訳じゃない。

前世の記憶があっても、私は子供でしかなくて。だけど、子供扱いされることも、周りの子供達と話を合わせないといけない事も、子供じゃない私には苦痛でしかなくて。


でも、それは私が川添沙希だから、仕方ないことだと分かっているからこそ、我慢も出来た。転生ものもたくさん読んだけど、主人公達は皆、子供の頃は苦労していた。私のも、同じ。怜泉学園に入学すれば、シナリオは全部頭に入ってるんだもの。全部全部上手くいって、あとは幸せになるだけ。


その為の苦労と努力なら、何も辛くなかった。


学園に入学したいと言っても、お母さんは反対した。

苦労するって。大変だって。他の学校でもいいじゃない、と。

そんなこと無いのに。

説得するのは大変で、面倒臭かったけど、入学出来たら後は簡単。


最初の出会いがある場所に行けば、攻略キャラ達には簡単に会えた。

設定とそれぞれのシナリオを思い出せば、彼等と仲良くなるのも簡単だった。


ゲームのシナリオ通りの嫌がらせも受けたし、シナリオにはあったのに現実では起こらなかったものは、ばれないようにして自分で。

あまり気持ちのいい事では無かったけど、そういう努力も幸せの為にも必要なら、しないわけにはいかないから。


恋人が出来たって伝えたら、お母さんは眉をしかめた。

苦労するって。

相手のことも聞かずに、そんな嫌なことを言った。どうして、娘の幸せを祝ってくれないのよ。


苦労なら、もうしてるわ。

シナリオ通りに上手く動いてくれないキャラ達がいたから、大変だったんだもの。でも、そんなこともあったけど、全部順調に進んでいた。

だったのに…。


何がいけなかったの?


貴一君はカッコよくて、俺様なところもあるけど、優しい人。

宮成のお祖母様は、厳しそうな見掛けには寄らず、優しい人だった。

貴一君を育てた人だけあって、お祖母様と貴一君は本当にそっくりだった。


春乃透子の言うことを皆が信じた。

どうせ、そんなの最後の悪あがき、私に身を引かせようと嘘を言っているんだと思ったのに。

皆が信じた。あんな、嘘臭い話を。

貴一君が、否定しなかった。


でも、大丈夫。

そう、大丈夫よ。

今まで通りに頑張ればいいのよ。

春乃透子のことはあまり好きにはなれなかったって、お祖母様も言っていた。だから、気に入らなかったからであって、私にならそこまで厳しくしないでしょ?

ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて頑張れば出来ないことも無いわ。


「沙希。私は言ったわよね。怜泉に入ったら苦労するって。それなのに、貴女って娘は。」


なんで、お母さんが怒ってるの?


「しかも。よりにもよって、婚約者持ち。貴女が頑張るって私に言ったのは、男漁りだったの?」


「なっ、なんでそんな事言うの!?」

酷い‼

それが母親が娘に言うことなの?


「世間はそう見るっていう事よ。もちろん、覚悟の上なんでしょう?」

「覚悟って…」

「まぁ、いいわ。4年よ、4年間、必死になって頑張りなさい。兄さんも協力してくれるって約束してくれたわ。もう、ほとんど意味のないものにはなっているけど、香月の名をこれ以上地の落とさないように、必死になって4年間、春乃透子さん以上の力量を身に付けなさい。」


4年?


「何、4年って?」

「…何って、決まっているでしょう、宮成貴一と正式に結納を交わすまでに残されている時間よ。」


人間は変わっても、すでに決まっている場所と日取りだけは変える訳にはいかないでしょう?

その時、正式なお披露目があるわ。

宮成の親族、親しい家々、宮成との取り引き関係にある方々、最低でも100を越える方々が出席して下さるでしょうね。もちろん、貴女の関係として香月の親族も出席することになる。

その全員が、今日の騒ぎを知って出席するのだと思って間違いないでしょうね。

笑顔で挨拶をしながら、少しでも離れれば何を言うかも分からない。

堂々と嫌味を言う人間だって居るわ。

貴女は、そんな彼らの前で何があっても笑顔を崩さずに、完璧にやり過ごさなくてはいけないのよ?


「春乃透子さんが12年掛けて磨いてきた力を、貴女は4年で越えるの。そうでなければ、誰も貴女を認めないし、貴女だけじゃなくて、香月の当主となった兄さんも、私もお父さんも、貴女の弟妹である有希ゆき希実よしみだって、些細なことでも笑われるようになるの。」


ジジイの事はどうでもいいけど、それだけは許さない。

お母さんの顔が般若みたいになって、私を睨んでくる。


「4年…。」


「それと、貴女の進路希望は変更だから。宮成貴一と同じ大学に行って、なんて言ってたらしいけどね。」

「なんで!?」

推薦じゃなくても、確実に入れるだろうって私も貴一君もお墨付きを貰っていた。

なのに、なんで?

しかも、今の、この時期に?

「宮成の刀自が仰っていたそうよ?宮成の嫁たるものは、伝統と格式が見合う大学に行くべしってね。なら、貴女もそうするのが筋でしょう?」

春乃透子さんはそちらに推薦で進学することがほぼ決まっていたらしいけど、どうするのかしら?

きっと変更するんでしょうね。


春乃透子の進学する大学……。

なんで、そんなところを選んだのって、皆が呆れて笑っていた、ただ歴史があるっていうだけで堅苦しくてパッとしない…。女子大で、しかも家政科。


「このまま、結納の日まで貴女のことは、香月の家が預かってくれるから。起きている間はずっと、兄さんや義姉さん、香月の御歴々が、貴女の一挙一動を指導して下さるそうよ。大学に進学しても、送迎までしっかり面倒見てくれるそうだから、安心なさい。」


「えっ?」


何それ。

それって、私の自由な時間は?

買い物したり、遊びに行ったり、貴一君とデートの約束だってしてるのに…。


「4年間くらいの別離があっても、本当に愛し合っているのなら何の心配もないわよね?別に一切会えないっていう訳でもないもの。必要だと宮成家や香月家が判断した時には、会うことも出来るわ。」


乗りなさい。

呆然としていたら、お母さんに背中を押されて車の中に押し込められた。

「母さんは香月の家には行かないから。今回は例外だっただけで、家よりもお父さんを選んで勘当された馬鹿娘には、あそこの敷居は高いものだからね。だから、香月の家に着いたら、ちゃんと御挨拶しなさいね。自分で、どういう経緯でお世話になるのか。当主になったばかりの兄さんは、何も知らなかったみたいだから。」


なんで?

私が貴一君の婚約者になったら、お母さんの勘当は解けるのに?


「そうそう、あの耄碌したクソジジイが言っていたけど、貴女が宮成の嫁になるなら勘当を解くって約束してくれたんですって?」


そう。お母さんとお父さんの事を許してくれるって、約束してくれたんだよ?


「私達のことを思ってくれたのね。それは嬉しいわ、ありがとう。」

ようやく、お母さんの怒っている以外の表情が見えた。

なのに…。

「でも、どうして私達家族は幸せに暮らしているのに、"許してもらわない"といけないのかしら?何か悪い事を私とお父さんはした?貴女は、私達が悪いって、自分はそんな夫婦から生まれたって思っていたの?」


縁談はきていたけど、婚約者が居た訳じゃない。

ただ、あのクソジジイが気に入らないっていうだけの、家柄もなく、お金も無かった人と一緒になっただけよ。

それに何が、貴女には罪だと思ったの?


「私が理不尽なことを言っているのは分かっているわ。祖父母がいないってことで、寂しい思いもさせたでしょうね。贅沢はさせてあげれなかった。でもね、」


暫くは貴女の顔を見たくないわ。

ゴメンなさいね。


怒っていて、泣きそうな、お母さんの顔。

それを私は押し込められた車の中から見上げているしか出来なくて、それも車のドアが勢いよく閉められたことで出来なくなった。

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