舞台の幕が降りる合図。
多くのご感想ありがとうございます。
特に、前回のBGMに多数の御意見頂けたことが嬉しいです。
貴女達二人が悪役を演じるのはそこまで。
その後は私が引き受けるわ。
他者の努力を無下にする輩の顔を拝んでみたいし。
それに、是非とも彼女とお話がしてみたいもの。
そう、彰子姉様は笑っていました。
私の事だから、最後まで自分で…と言ったのですが、彰子姉様はただただ笑みを深めるだけで決して頷いてはくれませんでした。
私と璃玖はこのまま、宮成の屋敷に向かう予定になっています。
お父様に晃お兄様、宮成の当主夫妻-どうしてか此処に小母様は来てしまわれているけれど、そして宮成の先代当主夫人、川添様のお父様。
事細かな慰謝料などの話は取り逃しのないように、彰子姉様の兄、つまり従兄である晃お兄様が飢えた鷹のように目を光らせて、搾れるだけ搾っておいてくれる、と約束してくれたと彰子姉様が教えてくれました。
彰子姉様が、豆知識だと披露してくださったのですが、鷹は人の8倍の視力を持っているのだそうですね。彰子姉様は本当に、昔から色々な事を知っていて、何かと私や璃玖に教えてくれます。
これまではあまり時間を取れずにいましたが、彰子姉様に見習って色々な本を読んだりするのも出来るのだなと、今からとても楽しみです。
それを彰子姉様に伝えたところ、私設図書館くらい造れそうなくらいにせしめてしまえばいいのよ、と冗談めかしていました。
そんな冗談に璃玖まで乗り気になって…。
『姉さんには、それくらいがお似合いだよ。まぁ、ぼっちに慣れてる流石の姉さんも、誰も訪ねて来ないのは寂しいだろうから、僕が暇な時に顔くらいは見せに行ってあげるよ。』
『あらあら、璃玖ったら』
『あ、彰子姉さんもきっと、行くよね?』
『行くに決まっているでしょう?というか、本棚に入りきらなくて平積みになっている私やお兄様の本が大量にあるから、透子の図書館に置かせてもらおうかしら。』
そんな、私の気を楽にしようとしている二人のやり取りを見ていると、「頑張ろう」「こうしたい、ああしたい」などと色々と考えながらも、はっきりとした道を見つけることの出来ていない乏しい私の想像に、光が差し込んで道しるべが生まれたような気がしました。
もしも本当に出来るのならば、図書館を造るのもいいかも知れません。
その場合は何が必要でしょうか。司書の資格?少しだけ齧った程度でしかないので、経営学などもしっかりと勉強する必要はあるのかしら。
図書館を作るなんて到底無理だとは思いますが、それでも未来を考えるという希望が胸の奥から湧いてきます。
進学する大学は、清花刀自の言いつけで決まっていました。
宮成の嫁たるのならば、伝統や格式を思えば其処しか許さない、其処でなければ行かない方がマシだと言われていました。
ふふふ。
今思えば、なんだか滑稽とも思えます。
それでも、その言いつけを守って、資料を集めたりして、来月には始まる推薦入試の申し込みに向けて準備を整えていました。
でも、もう宮成とは関係無くなるのです。行ってみたいと少しだけ思っていた大学や、こんな勉強が出来るのかと興味を抱いていた学部などにも、目を向けて叱られることもありませんよね。
今からでも、間に合うでしょうか…。
今から、何処の大学がいいのか、どんな勉強をしたいのか、そう考えるのは大変でしょう。その上、其処に合格出来るように勉強することも。
成績の余り良くない、しかも、こんなにも直前では推薦も難しいでしょうし。
でも、苦労すると分かっているそれらを考えるだけでも、何だか楽しいと思う自分が居るのが分かります。
その為に、まずは宮成の屋敷に行かなくてはいけません。
私達が居たとしても、あまり口を挟む必要はないでしょう。
晃お兄様には、聞かれるがままに宮成の家での出来事を、あまり関係ないのではと思うようなことまで聞かれ尽くしたのですから。
私達、いえ私が宮成の屋敷に出向くのは、私の意思で望んだことです。
辛い思いをさせるだろうから、と小父様にも小母様にも言って頂きましたが、それでも最後の挨拶くらいはしなければ。けじめにならないように、私は思ったのです。
次に進む為にも、お別れをしなくては。
宮成の小父様と小母様には、大変良くして頂きました。
先代の頃に大きく広げた事業を軌道に乗せて、宮成グループを守らなくては、と私や彼が幼い頃からあまり自宅に帰ってくることも出来なかった小父様。
小母様も、小父様のサポート役をこなす一方で、宮成家が代々受け継いできた土地家屋などの様々な資産の管理や運営を担っていました。その上、御結婚前に起業されたという御自身の、小さいとはいえ一つの会社を率いていらっしゃる。
パーティーの場などで、親しい方々から『相変わらずの仕事中毒だな』と言われていましたから、きっと御自身たちでは疲れなど感じてはいないのでしょうが、何時も体などは大丈夫なのだろうかと心配していました。
彰子姉様が言うには"美魔女"という言葉に素で当て嵌まっているという、意思の強さが窺える目が印象的な宮成家当主夫人、宮成花衣小母様。
宮成家の屋敷で待っていて下さる筈の小母様が、どうしてこの場に居るのでしょうか?
「あら、璃玖君、透子ちゃん。もう、お帰り?」
小母様は、この後会う予定となっていたことなど全く匂わせない様子で、私達に声を投げ掛けてきました。
「小母様?」
どうして…と小さな声で続けようとしましたが、それは小母様の、私の出そうとした声と同じだけ小さな、本当に間近で相対する私と璃玖にしか聞こえない声によって遮られました。
「本当は彰子ちゃんがするって言っていたんだけど、あの子をああいう風にしたのは親の責任だからね。貴方達に足を向けて寝るような真似は、絶対にしない。それだけは約束するわ。」
何を、するのでしょうか?
彰子姉様は、頃合を見て抜けて用意してある車に乗りなさい、とだけ指示されています。
璃玖に目で尋ねても、知らないと返ってきました。
「花衣様。そちらの方が春乃の御息女ですか?」
戸惑っていた私は、小母様の後ろに一人、小母様と同じ年頃の女性がいらっしゃる事に気づくことが出来ていませんでした。
「えぇ、そうよ。」
その方は、小母様のお知り合いらしく、その方の問い掛けに小母様は後ろを振り替えられて答えました。
小母様が体を少し横にずらし、その方を私の正面に促します。
細やかな違いは多々ありますが、その方が何者であるか、私も璃玖も一目見て理解することが出来ました。
それだけ、その女性は彼女にそっくりだったのです。
「透子ちゃん。紹介するはね、こちらは川添美紅さん。私が学園に在籍していた時に、親しくさせてもらっていた後輩なのよ。」
偶然、この外で一緒になってね。
小母様の紹介に、私も璃玖も、やっぱりと納得し、そして驚きました。
どうして此処に居るのだろう、と。
彼女もまた、小母様同様に此処ではない場所に居るのだと、聞いていました。
「川添…」
何をしようというのか、と呆然と目を向けている私の前に、璃玖が体を滑り込ませました。
まるで、私を守ろうとしてくれているような、そんな璃玖の姿に胸が熱くなりました。
はぅ…という、息を吐き出す音が幾つも重なった、そんな音が何処かからか聞こえた気がしましたが、何だったのでしょうか。
「初めまして、春乃透子さん。春乃璃玖君。川添沙希の母、川添美紅と申します。」
頭を軽く下げながら笑うその顔は、本当に娘である沙希様にそっくりで。
でも、よく見てみればその顔には、疲れの色が強く出ているようでした。
「この度の事は、本当にごめんなさいね。連絡を受けて話を聞いた時から、本当に申し訳なく思っていたのよ?」
ふふふ、と笑う彼女の声が私に降り注いできます。
私達の間に立ち塞がったくれている璃玖の背中が大きく揺れて、そして私の前から体を退けて、彼女の姿が私にもはっきり見えるようにしてくれました。
「でも、貴女より私の娘の方が、宮成に嫁ぐに相応しいと宮成の刀自が仰るのですもの。仕方ないことよね。貴女より私の娘の方が優れているということなのだもの。申し訳なく思うけれど、そういうことなら、仕方ないわよねえ。」
コロコロと笑って、張り上げている訳でもないのに、よく響き渡る声で口にしたその言葉は、私を嘲笑しているのだと言っているようなもの。
舞台の上の役者のように、大袈裟なまでに全身を動かして、私や璃玖以外の人達の注目を集めてみせる彼女が浮かべるその表情は、その言動とは裏腹に、ホッと安心してしまいそうな程に優しげな微笑み。
あぁ、この方は。
璃玖が成してくれたことの続きを引き受けて下さっているのか、と鈍い私でも気づくことが出来ました。
彰子姉様の仰るには、この方は娘の婚約には反対でいらっしゃるとか。
香月の家では、どういう話し合いの結果になったのでしょうか。
「ふふふ。本当に光栄なことよねぇ」
嘲笑の言葉。優しげな微笑み。
けれど、その目の奥に見えるものは、それらとも違うものでした。
璃玖の背中が震えたのは、もしかしてこの目を見たから?
背筋が凍るほどの冷たい怒りが渦巻いている川添美紅様の目の奥の色に、それが私に向かっている訳ではないとわかっていても、恐怖のようなものを感じて私は思いました。
「お母さん?」
どうして、と言う川添沙希様の声が背後から聞こえました。
「お袋?」
どういう事だ、といぶかしむ宮成貴一様の声が背後から聞こえました。
それを背中に聞いた私達とは違い、その声と表情を正面にしたお二人は、長きに渡って洗練されてきた優雅な物腰で笑い声を上げました。
ふふふふ?
ほほほほ。
「嫌だわぁ。そんな不思議そうな顔をしなくてもいいじゃない。重要な理由もなく、このような大切な行事に水を刺しに来るなんて、すると思うの?」
それくらい察しなさい、と小母様が笑います。
「本当なら、お邪魔にならないよう、先生方に話を通すのが筋なのでしょうけど…どういう訳なのか、時刻は過ぎている筈なのにまだ始まってもいないようなのだものねぇ。」
驚いたわ、と美紅様が周囲に目を巡らせ、首を傾げます。
その姿は、本当に沙希様にそっくりでした。
「それにしても、まさか花衣様にお会いできるとは思ってもいませんでしたわ。御挨拶が遅れてしまったことも合わせて、御訪ねせねばと思っておりましたところでしたから。」
「あらあら、それはこちらも同じことよ。優秀なお嬢さんを嫁に頂けるのですもの、親としても、宮成の人間としても、ご挨拶せねばと思っておりましたのよ?」
でも、どういう訳か、最近になってようやく耳に入れまして。
その最後の言葉だけは二人の声が重なって聞こえました。
それは、とても意外で、私はうっかりと惚けてしまいました。
怖っ、と口にしたのは璃玖なのか、それとも周囲で物音一つなく静観の姿勢を見せている方々なのか。
「ですが、花衣様とお会いできて本当に良かった。香月の家を出てから、こういう場にはとんと縁の無い生活をしておりましたから。先生方にご挨拶する為とはいえ、こんな華やかな場所に足を踏み入れるなんて、と気後れして憂鬱な気分でしたの。」
「あら、それは私も同じ事ですわ。ですから、一緒に来てくれていた彰子ちゃんにお願いしたのだけれど…あの子は何処に行ってしまったのかしら?」
彰子姉様も一緒だと、小母様と美紅様の会話の中に知り、小母様がして見せたのと同じ様に先生方が控えている壁際に目を走らせてみましたが、彰子姉様の御姿は見当たりませんでした。
小母様と私、そして釣られるようにして顔を向けた人達の視線を受けて、顔を少し慌てさせた先生方も周囲を見回して、彰子姉様の姿を探しておられるようでしたが、その姿を見つけることは出来なかったようです。
何処に行ってしまわれたのでしょうか?
「それにしても、懐かしい雰囲気だわ。年甲斐もなく、昔を思い出してウキウキとしてしまうわね。」
「えぇ、本当ですわ。私は在学中、華道部に所属しておりましたから、会場の飾り付けを一から、何ヶ月も掛けて考えに考えたことを、今でもつい先日の事のように思い出すことが出来ます。飾り付ける花々などを用意してくれる美化委員会との兼ね合いや、突然サプライズがしたいと言い出した生徒会との喧嘩腰のやり取りなど、苦労も多かったですが、よい経験、よい思い出です。」
サプライズという言葉に、璃玖や生徒達の肩が揺れるのが、目の端に映りました。
「あぁ、覚えているわ。最後の曲の時に、天井から色とりどりの花が降ってくるという演出だったわよね。あれは驚いたけれど、皆とても喜んでいたわ。美しい光景だったもの。後日、手元に届けられた映像で観ることになった保護者からも、好評の声が多かったのよね。」
「えぇ、ですけど…花粉症の生徒からは『殺す気か』という非難もあって、生徒達全員に感動してもらうのは難しいことなのだと、とても良い勉強になりました。」
「……宮成様、川添様。それで、どのような急ぎの用でいらっしゃるのですか?」
思い出話に花を咲かせ始めたお二人に、どうしようかと迷っていた私に代わり、璃玖が声を掛けてくれました。
「あら、いけない、いけない。」
年を取ると駄目ね、無駄な話が長くなってしまうわ。
「本当に、急いで来た意味が無くなってしまいますわね。」
おかげで、娘が中々話を聞いてくれませんし、雑談どころか相談さえもしてくれません。
えっ?
もしかして、本当に?いえ…婚約なんて重要な事を公にしているのです。まさか、御両親に最後まで伝えていないなんてことはありえません…よね?
「あっ、小母様!ゴメンなさい、お待たせしましたぁ。先生をお連れしました。」
本当にタイミングよく、彰子姉様が生徒達の人垣を掻き分けるようにして、現れました。
その後ろには、彰子姉様に腕を引かれている秋月先生の姿が。
「えっ、い、いや…私は彼らの担任では、ありませんので…」
秋月先生はそう仰って、先生方が集まっている方向に顔を向けましたが、先生方は顔を背けたり、頼むというようなジェスチャーをなさっていました。
「……どのような御用件でしょうか…」
任された秋月先生が、疲れたような顔で小母様と美紅様に尋ねます。
「母が、貴一の祖母が急病で倒れてしまいまして。いえ、命には別段影響は無いと医師は言って下さるのですが、魘されながら貴一の名を呼びますので。」
大役を任されている身とは理解してはいるのですが、連れ帰らせて頂きたいのです。
自分の言っていることが身勝手と分かっています、と顰めた表情を作りながら、小母様は秋月先生に向かい、そして会場中の視線を集めてきている生徒達に向かって、深々と頭を下げました。
「まぁ、なんという偶然でしょうか。当家も、沙希の祖父が倒れてしまいまして。私は家を出されてしまった不甲斐ない娘ですから見舞いに行く事も出来ませんが、沙希は最近、頻繁に祖父と交流していたみたいですし。父も、沙希のことは出来の良い孫だと、声高々に褒めてくれていたようなので。」
「まぁ、あの厳格な香月様がそんなにお褒めになっているの?それは、ますます感謝しないといけませんわね。本当に、優秀な方が嫁いできてくれるなんて嬉しい限りだわ。」
「御恥ずかしながら、私は何もしていませんの。昔から、色々なものに興味をもって好奇心旺盛な子だとは思っておりましたが、旧友達の噂に聞いた春乃の御令嬢よりも優秀だと評価して頂けるなんて…。」
わ、私の噂って、一体何なのでしょうか…。
隣の璃玖に顔を向けて、どういうものなのかと尋ねてみましたが、「別に知らなくていいことだよ」と教えてはくれません。
クスクスクスと笑い声が聞こえてきたということは、周囲の人垣の中に居るその方々はその噂というものを存じていらっしゃるのでしょうか。
「きっと、この学園に入学したことが良かったのでしょうね。我が家はしがない一般家庭ですから。幾ら娘が望むからといって、少し勉強が出来るくらいで入学させることはどうなるかと悩みに悩みましたが、入学させて良かったと思いますわ。」
そこで川添美紅様は一度言葉を切り、少しだけ声量を上げました。
「私が在籍していた頃とは比べ物にならない、優秀な女生徒達がこんなにも多数在籍しているなんて。きっと、沙希は皆さんの強い影響を受けて、宮成の刀自に認めて頂ける力を付けたのでしょうね。旧友達の集まりが先日あったのですが、嬉しくてついつい声高に話題としてしまいましたが、皆、本当に感心しておりましたわ。」
ヒッと息を呑む音が聞こえました。
「私がやろうと思っていたのに、取られちゃったわ。」
いつの間にか近づいてきていた彰子姉様が、私と璃玖の間に顔を覗かせて、クスクスと囁いてきました。
「だけど、もう一つは頑張るわね。」
いい具合に丁度いい役者が居たわ、と嬉しそうに言われましたが、その意味を理解することは出来ませんでした。
サプライズだって成功することはある、ということ。
長い歴史の中でも、何度でも成功させた生徒会はあった。
表に立つものと裏方とで、意見の食い違いによう戦いだって普通に起こってきた。
それでも成功と記される記録が残ったのは、サプライズで驚き喜んできたのが、生徒達だから。
きっと、彼らは サプライズ成功 の文字しか見ていない。
ちょっとした小話
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はぅっと、いけないと分かっていて声が漏れてしまった。
嫌いだ、嫌いと口にしてツンデレっていた我等が愛しい方が、素直になることの出来なかった姉を守ろうと背中に護る。
そんな光景に、彼を慕うものとして黙っていられるわけがない。
「あぁ、璃玖様。」
「璃玖様にあんなことをされるのが自分だったらなんて、想像させて頂いただけで、私、私…」
姉である彼女を羨む気持ちもある。
だが、それ以上に彼から彼女達が愛するあんな表情やあんな言動を引き出せるのも、姉である彼女しか居ないのだと感謝する気持ちも大きかった。
「私達のことを許して下さるとは思えないけれど…」
彼女達は、春乃透子を助けようとはしなかった。
いくら愛しい方の大切な姉だとしても、彼女達には護るべき家族と、雇っている人々が居ると自覚しているから。
護る為には、強い力を持つ存在に逆らうことは許されない。
だけど、ほんの少しでも許しという余地を与えて貰えるのなら、今度学園で会った時には、彼女に謝り、少しでも助けになれることをしよう、と彼女達、春乃璃玖ファンクラブに属する乙女達は考えていた。




