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サークル・シエスタ課題

愛しいひと

作者: 齋藤 一明

 

 (いと)しいひと


『……ね……、聞……てる? ね……たら』

 きた。ノイズの中に言葉が混じった。名残おしげにノイズの中に声がうもれて一時間半。ようやく声が返ってきた。

「ちょっとぉ、落ち着いてよぅ、まだ遠いんじゃないの? はっきり聞こえないわよ」

『……』

「ちょっと、聞いてる? もう少し待ってみてよ、わかった?」

『……』

「ねぇ、聞こえてないの? 返事くらいしてよ」


 まぁただ。すぐに癇癪をおこすのが男の悪い癖よ。さっきだって急に連絡を絶っちゃうし。最近の男って、ほんとに子供なんだから。

 どうしてネットで知り合った奴はこんなのばかりなの? ほんと、嫌んなっちゃう。


『どうして返事してくれないかなぁ。俺は警察じゃないんだよ。やくざでもないからさぁ、心配しないで返事してよ。……まずいよ、電車きちゃった。またあとで電話するからね、こんどはちゃんと返事してくれよ。明日、約束通り、行くからさぁ。初めの約束通りの時間と場所へ……ひょっとする……今日はもう連……きないかも……れない……。じゃ……待っ……る……ら』

 なによ、これ。すきなだけ喋っておいて、また聞こえなくなっちゃった。

 もしかして、あいつマイク握ったままじゃないかな。だとしたら、変な男にひっかちゃったみたい。そうだ、今のうちに別の男に声かけとこっと。


「ねぇ、どなたか聞いてない? 聞いてたら返事ちょうだい」

『はいはい、お姉さん。はっきり聞こえているよ』

「あら、早速のお声がけ、うれしいわ。私は……、天女。あなた、お名前は?」

『お名前? ……同士てとうかね』

「あら、素敵。ねぇ、同士さん、お願いがあるんだけど、聞いていただけない? もちろんお礼はたっぷりさせてもらうわよ」

『お願い、なにか? 金ならあるよ。力もあるよ。スタミナもあるよ』

「まぁ、なんて素敵なの。実はね、ちょっと食べるものが足りなくてね、援助してくれたら嬉しいんだけどなぁ。お礼は……ねっ」

『ブレイク。天女殿、麻呂と申す』

「あら、ブレイクさん? 大歓迎よ」

『アイヤ、麻呂鬼子! またちゃまするか!』

『邪魔ではおじゃらん。天女殿がお困りの様子ゆえ、手助けを申し出たまでのこと。他意はおじゃらぬぞ』

『天女先生、麻呂はウソつく。同士に勝るものなどこの世にいないよ』

「あらあら、喧嘩しないの。ちゃぁんとお相手するから、心配しないで」


『天女みだ。その二人嘘つきみだ。このファイテンに任すみだ』

「あらぁ、またブレイクさんなの? ここは賑やかなのね。いいわよ、何人でもお相手するから。でもね、あたし、足がないから自分から動けないの。来てくださる方でなければ困るのだけど、いかが?」

『心配ないね。とこても行くよ』

『左様な心配などご無用じゃ。いずれなりとも参りましょうほどに』

『ファイテンに不可能はないみだ。あらゆる道具はわれらが最初に考えたみだ。誰にも負けんみだ』

「あらぁ、うれしい……。あら、ごめんなさい。休憩が終わってしまうわ。じゃあ、一時間半したらまた連絡するわね」


 このあたりは世間知らずが多いのかしら? ちょっと甘い言葉を使っただけで三人もカモがひっかかったわ。だけど、もう一回は気持ちよくさせたとして、二回目にはアポをとらなきゃね。三回目にはまたつながらなくなっちゃうから。


 でも、次のカモはどうかしら。なんか警察気取りだけど、調子だけいいんだからね、気合入れなくっちゃ。



 あら、何か煙ってるわ。煙が帯になって流れてゆくわ。えっ、先っぽが光ってる。

 そうか、『ジュテーム』だわ、きっと。


 元気出してるみたいだけど、大丈夫かしら。張り切りすぎると続かないわよ。


 ……ほらぁ、途中からとんでもない方へ行くみたい。だめだって、焦ったらだめよ。

 違うわよ、待ち合わせ場所、こっちだってばぁ。

 あっ、……なんなの、あれ。

 手も握らないうちに弾けちゃって。

 喜んで損しちゃったじゃない、いやぁね。



 ジュテームが弾けて五日目

『天女先生、もうすぐ行くよ。近所まで来たよ』

「あら、同士さん。待ってたわよん。いい? 焦っちゃだめよ」

『心配いらないね。仙人みたいなものね』

 本当かしら。案外多いのよねぇ、口だけ達者な男。


 ほら、ほら言わんこっちゃない。道が一本違うわよ。

「同士さん、道が一本違うわよ。だめよそっちは。私は止まれないのよ。そんな外に行ったら、私が追い抜いちゃうじゃないの」

『天女先生、次の交差点て曲がるよ。心配ない、同士は優秀ね』

「何言ってんのよ。ちゃんと次で曲がってよ。……何やってんの、今のとこ曲がらなきゃ、もうこっちへくる道なくなったじゃない。もう外へ行く道しかないのよ」

『アイヤー。一周して元へ戻るね』

「馬鹿! そのときには私反対側へ行っちゃってるのよ。どうやって追いつけるの?」

「たいちょうぷ。アクセルふかすよ」

「本当に大丈夫?」

『まかせておけ、白髪三千丈ね』


 あっ、きたきた。あれよね。

 ふうん、雲の絵が描いてあるのね。とすると孫悟空のつもりかしら。

 ちょっと、嫌よ、いくらなんでも。私、人間となら選り好みしないけど、さる……なんでしょう? あぁー、嫌だ。鳥肌が立ってきたわ。


 ちょっと、ウソ! 火花が出たわよ。無茶苦茶アクセル踏んだみたい。

 嫌だなぁ……


 おや? うそ……。

 曲がりきれずにどんどん離れていくじゃない。えぇっ? 追い抜かれちゃった。

 それより、あの人どんどん遠くへ行くわ。なにやってんの?


 あらぁ、点になっちゃった。

 もうだめね。ウーーーッ、猿の相手しなくてすんでよかったぁ……


 となると、次は誰かしら?

 麻呂さんか、ファイテンさんか……

 どっちでもいいから早くしてよ。もう待てないわよ。


『天女殿、いましばらくお待ちあれ。駿馬を駆っておるゆえ、すぐにでも馳せ参じるでおじゃるぞ』

「ああ、麻呂さん? 早く会いたいわぁ。もう……待てない……」

『ゴクリ……』

 今の何? 何か飲み込んだような音に聞こえたけど……。


 あら、なんて逞しいのよ。黒光りしてるのね、案外いいじゃない。

 上手に後ろへまわりこんだわね。そんなに焦らなくてもいいのに、後ろが好きなのかしら。うふっ、久しぶりね。


『天女殿、されば、まいりますぞ』

「やさしく、お願いね。久しぶりだから、激しくしないでね」

『……』

「……あっ、す・て・き、あぁ……」

『……』

「ま、まだよ……。あうっ、まだだってばぁ……」

『も、もう我慢できないでおじゃる』

「だめっ、もれるから、あぁあ、もれるからだめぇ……」


 長らく使用していなかった結合部だったが、少しのガタツキもなくドッキング作業は成功した。



 当初、交替要員と食料を運搬するはずだったフランスの船は、成層圏を外れるあたりでコントロールを失い、大西洋上で爆発してしまった。

 何を勘違いしたのか、中国が有人船を打ち上げた。中央への批判を反らす目的だったのだろうが、軌道にのることができず、地上からの指令ミスで地球の重力を離脱してしまった。

 つまり、本当に天かける神の船となってしまったのである。


 フランス機の失敗を補う国がなかったのは事実だ。ロシアもアメリカも陣地取りに夢中になっていて新規宇宙船建造は進んでいなかった。実際、フランス機には交代要員が乗っていたのだし、半年分の食料も搭載していたのだ。成功率の高さで胸を張るのを信じ、各国ともフランス機の代替ということにまで気配りできていなかったのである。

 フランス機が打ち上げ失敗に終わった時点で、宇宙ステーションの備蓄食料は十日分ほどしか残っていない。

 たまたま大型偵察衛星を打ち上げる準備をしていた日本に、救援依頼がきたのは無理からぬことなのだ。

 一枚でも有効なカードを忍ばせるのが外交というものである。労せずして飛び込んできた外交カードを政府が見逃すはずがなかった。

 せっかく組み上げた衛星をいったん取り出し、食料品を満載にした『こうのとり』を収めるのに一週間を費やした。一週間かかったとは言ってほしくない。一週間でやり遂げたと言ってほしい。

 最終組み立てを終えて発射台に据えたのは、その二日後である。

 これもまた驚異的な速さであった。

 ただ、『こうのとり』で人を運んだ実績がないから、交替要員を送り届けることはできない相談である。

 できもしないのに突っ走る『同士』や、能力の欠片もないのに先頭に立ちたがる『ファイテン』のようなことは、死んでもできない。



「主任、ちょっと見てもらえませんか」

『こうのとり』の制御担当者がいぶかしげにファイルを差し出した。

「『こうのとり』が勝手に電波を出しているのです。そして、応答する電波も確認しています。こんな機能をもたせてありましたっけ?」

「勝手に通信だって? そんなばかな、バグじゃないのか?」

「ですからね、ここなんですが……」

 担当者の指す先に通信記録が表になっていた。たしかに極短時間の発信があり、それに対応するとみられる受信記録もプリントされていた。

「なるほど、本当だなぁ。これって解析できるか?」

「してみたのですが、どうにも合点がいかないのです。これ、アナログ通信でした。データを音声に直してみたら意味が通じてしまったのです。俺、悪い夢をみているようで気持ち悪くて……」

「音声? おい、こいつが音声通信する必要があるか?」

「でしょう? しまったなぁ、見過ごせばよかった」

「まったく、余計な仕事をつくらんでほしいな。で? どんな内容だったんだ?」

「はぁ、こういうことで……」

 担当者が一枚の紙を差し出した。


「……なんだこれ。アマチュア無線みたいな内容だな。帯域は?」

「……四百三十三メガ。ズバリ、アマチュアの帯域です。それも待ち受け周波数」

「嘘だろ? こいつが勝手にアマチュア無線をしたのか? 麻呂っていうのがこいつで、同士ってのは……。訛りからすると中国人か? ファイテン? ファイテン……、これって韓国人か? ……マジかよ」

「どうしたらいいですか? 今こんなこともちだしたら、きっと皆の恨み買うでしょうね」

「これ、いつの通信だ?」

「えーっと、資材搬入を始めてからです」

「システムに変更を加えたことは? 他になにか改造した記録は?」

「システムの変更はありません。目標軌道と、推定位置は入力しました。他の改造は……。ステーションとの結合部をドロベスト処理したものと交換しました」

「ドロベストって?」

「なんでも、滑りを良くする表面処理だそうです。そこだけ黒光りしていました」

「ふうん。そんなこと、関係ないよな……」

「どうしましょう。報告を上げたほうがいいでしょうか?」

「……なあ、お前の端末が狂っているんだと思うぞ。いいから! それでいいから」



 釈然としない疑問を残したまま、『こうのとり』は日の丸を背負って大地を蹴った。

 打ち上げの安定度と無駄のない制御で順調に軌道にのり、翌日にはドッキングに成功したのである。そして、無事にステーションとのドッキングに成功した。




「ねぇ、もういいでしょ? いいかげんにしてよ」

「左様なことを申すでない。せっかく遠出をしたのではおじゃらぬか。もそっとこっちへ寄りゃれ」

「もうっ、嫌だってば、しつこいんだから」

「あっ、これ、何をする。無体なことは許さぬぞえ」


『こうのとり』の尾部に小さな部品がぶつかってきた。しかし、小さいといっても速度はついていた。


「ちょっとぉ、嫌だって言ってるでしょ。お願いだから休ませてよ」

「いや、違う、違いますぞ。後ろから誰かが……」

 スペースデブリ、宇宙ゴミだった。


「嫌だって、もう! そんなに突っ込まないでよ」

「いや、麻呂とて好きで突っ込んでおるのではない。押されるのじゃ。ぬ、抜こうとしているのに、だはっ、ま、またぶつかってきた」



 悲劇が静かに進行していることを、ステーションの乗員は知る由もなかった。


 荷物の搬入を終えた乗員は、連絡通路を遮断にかかった。

「全員戻ったか? 残念なことだが、この連絡艇は人を載せるようにできていないからな。次の連絡まで諦めてくれ。では、切り離し作業にかかってくれ」

 厳かに指示を下したのは、ターバンを巻いた背の高い船長である。浅黒い額の真ん中に大きな付け黒子を欠かさない男だった。

「第一隔壁閉鎖」

 クチャクチャとガムを噛みながら、これまた巨大な男が丸太のような腕を伸ばしてボタンを押した。

 ジーッという音とともに、目の前の扉がスライドして、やがて表示ランプが緑になった。


「第一隔壁閉鎖、確認。続いて開口部閉鎖」

 金色の産毛に覆われた腕が、別のパネルに伸びた。

 小さくモータ音が響いた後で、コツンと衝撃音があった。

 一瞬緑を表示したランプが赤に変わった。

「オゥ、ミステイク」

 照れ隠しなのか、白い顔が朱に染まった。そしてもう一度ボタンを押した。

「……」

 やはり緑ランプは一瞬だけで、すぐに赤に変わってしまった。

「オーマイゴーッ……」

 何度やり直しても同じことの繰り返しである。

「オーマイゴーッ、オーマイゴッオーマイゴッ、オーマイゴーッ」

「もういいよ、ジョン。もういい、十分にわかった」

「もう一度やってみよう。センサーのトラブルかもしれない」

「もういいって」

「だけど、諦めるのか?」

「ジョン、ハウス!」

 船長は、鋭い目つきで大男を睨みつけると、荷物室を指さした。


「さて諸君、事態は理解できただろう。連絡艇との通路を閉鎖できなくなった。一方で、連絡艇にデブリが衝突している。よってステーションの軌道に影響があると考えねばならん。そこで、意見があれば聞きたい。なければ、連絡艇を強制的に排除する。その際、連絡通路も処分することになるかもしれん。まあ、それはともかく、意見を出してくれ」


 ジョンを除いた四人で喧々囂々の議論をした結果、船長の案、強制排除を実行することになったのである。

「では、手順を確認する。まず、連絡艇を排出するためにダンパを押し付ける。これはヨハンセンが受け持ってくれ。次に、結合リングを緩める。これはボルゾイの担当だ。それで効果がなければ、へブラヒャーが船外作業で解体する。では、持ち場についてくれ」



「これ天女殿、そのように突っ張らぬでも良いではないか、そのような乱暴な振る舞いはなりませんぞぇ」

「しかたないでしょ。あんたがしがみつくからいけないのよ。もう、そっち行ってよ」

「て、天女殿、そのようなこと……、し、締めたり緩めたり……、ならん、ならんぞ」

「や、やめてってば。どうして緩めたとたんに突っ込むのよ。抜いてってばぁ」



「船長、結合リングが解放の位置まで動きません。何かが引っかかっているようです」

「そうか……。だけど今更修理もできないし……。とりあえず開閉を繰り返してくれ」



「あああぁ、て、天女殿。そのようにされたら、麻呂は、まろは……」

「あああぁぁぁ、わ、私も……うーーーん」



「解体だったら任せておけよ、だてに日本で……、おっと、危ないあぶない。忘れたい過去がばれてしまう。……しっかし、これだけ食いついちゃったら最悪だなぁ。連絡艇はオシャカだな。腹上死みたいだ。こっちだって、こんなにリングを動かして……うわっつ、○痙攣みたいだ。可哀そうに、救急車が来てくれないんだからしかたないか。せめてもの親切だ。繋がったまま天国へ行きな……」

 へブラヒャーがぶつぶつ呟きながらそっと足で押しやった。


 天女と麻呂は、繋がったまま巨大なデブリとなった。



 もう天空からの甘いささやきが届くことは……ない。


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― 新着の感想 ―
[一言] ある意味、悲恋、ですね(笑) 後半のネタばらしで、彼らが何者なのか、ようやく分かりました。 ネットで出会った関係、なんだか現代風ですね。 一方で、アナログ周波数で交信していたり……結局やっ…
[一言] 悲しく胸に迫る悲恋ですね。まさかの痙攣、そして腹上死、そして伝説へ……でも絶頂からのサドンデス、麻呂も天女も本望でしょうか?
[良い点] SFでありながら、どこか落語テイスト。 ミスマッチな二つが、奇妙なうま味を醸し出してます。 [一言] 昔話の雰囲気と、緊迫感のある現代調の部分とが、得も言われぬ読了感に浸らせてくれました…
2015/06/17 19:05 退会済み
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