動き出した日曜日
「ちょうどいいや。見てな。」
何を考えたのか、黒関はそう言うと、おもむろに笛芽の傍によってじっと見つめてから、指でぐるりと大きく円を描いた。
「これはちょっと上級者向けだからな。時葉くん、君にはまだできないよ。」
それから奴は笛芽の腕をつかんで、手前に引いた。不自然な体勢のまま、スーッと滑るように動いていく。はっきり言って滑稽なのだが、残念ながら笑えない。というか、動けなかった。
黒関はそのまま、車道にある自動車の前に笛芽を置いて、こっちに戻ってきた。
なっ、それはマズイだろう。どう見てもその車は走っているぞ。
「…っ……さて、君の望みを叶えてやろう。ただし、このままだと君のお友達が大怪我しちゃうね。」
どういうことだ?
そういう彼は笑っていて、楽しんでいるようだった。気にくわない。それと気になることも言っていた。僕は彼に言ってはいないはずだ。
「……望みって、何だよ。」
小さめの呟きも、他の音がなければ聞こえるものだ。
「ん? 時間を動かして欲しいんだろう? ……そんなこと、バカでも少し考えれば分かることだ。……違うか?」
「……いや、その通りだけど。」
僕の浅はかな考えは、何でも見透かされている気がして、気持ちが悪かった。前に黒関が、俺の知らないことはない、と自分で言っていたのも、考えれば分かるということで、あながち嘘ではないのかも。
「……これが最後のチャンスだ。……石を渡したら、元の場所に戻してあげよう。」
これは脅しだ。分かってはいるけど、どうすればいいのか分からない。僕はただ口をパクパクさせるだけだった。情けない。
「さあ……っ、……ハァ……早く」
あれ? 黒関の様子がおかしくないか? そう思った途端、彼は前のめりに倒れこんだ。え?
ドサッと、地味に痛そうな音をたてて、そのまま少し動かない。気を失っているみたいだけど、こういう場合どうなるんだ? 家にあったあの冊子には、主導権は止めたもの、的なことが書いてあった気がするけど……?
その答えはすぐにやってきた。動かない彼の代わりに、世界が動き出したのだ。
「って、ちょっと待った待った!!」
立ち位置の若干の誤差による時差酔いに目が眩みつつも、僕は冷静に状況を踏まえ、急いで笛芽の手首を掴み、無我夢中で歩道側にぐいと引いた。だが、ゴンッという重い衝撃が僕にまで伝わった。
そのあとどうなったのか、僕にはよく分からない。
気がつくと、ただ広いだけの空間にいた。いや、自分自身が本当にそこにいるのかは分からないけど、真っ白とも言い切れない曖昧な空間だけが見えた。
あなたにちしきをさずけましょう。
人どころか何の姿も見えないのに、声だけがはっきりと聞こえた。何者だ? 一瞬脳裏をかすめた仮定を無理やり押し込める。まさか、な。
あなたのぎもんはとうぜんでしょう。
あなたがこの道を進みつづけるのなら、いずれお教えします。
!
やっぱり思ってることも分かるんだ。で、なんで僕はこんなところにいるんだ? ……ですか?
ふふっ、それは、今がきんきゅうじたいなので、わたしがあなたを呼んだからです。
いま、わたしたちとはむかんけいな子がまきこまれました。
わたしがその子のそんざいをみとめる前に、じかんをとめろと命じたものの気がとぎれ、時間がふたたび流れだしたためです。なので、その子もひとしく、その差のだいしょうをえました。
それって……、もしかして、僕たちが言っていた時差酔いのことかな?
ええ、そのとおりです。そのほかにもふつうならありえない点がうまれたので、あなたにたいしょしていただきたい。
なんで僕なんだ? 黒関は気を失っているからだめなのか?
それもありますが、もともと彼とあなたでは、あなたのほうがふさわしい。
彼は来る先を見るほうにぞくしますが、あなたは行く後にふれられます。
どういうこと?
男女のちがいのようなものです。あなたたちのことばでいうと、過去または未来に関れるということです。
その力で、その子のきおくの過去をあいまいにしてください。やり方はかんたんです。たいしょうにふれて、きかんをしていし、そのなかで水やかぜのながれをさえぎるイメージをしてください。そのあとは、すくいあげてぜんたいをおおうだけです。ただし――
そのあと、ちょっとした注意事項を教えてもらって、「では、わたしがついているのでうまくいきます。」と励ましの言葉をもらい、半分だけもとの現実に重なった状態(時間はたぶん止まったまま)で、言われた通りにやってみた。
三分……いや、二分でいいか。すでに触れていたので、流れのイメージをする。んー……あってるのかな?
でも、あの時の理に触れたときの疲労感が僕を襲ったから、たぶん成功、だと思いたい。
何でそうなったのかを詳しく考える人には、その考える過程で思い出してしまうから、うまくいかないこともあるって言っていたけど、そう、こいつはバカだった。こいつのバカさに感謝するときが来るなんて……。
そう思いながらも、慣れない疲労感からか、意識は遠く、目の前が見えなくなっていった。
そのとき、僕は何かの絵を見た気がした。それは風景というにはあまりにも曖昧で、でも、昔、たしかに自分で見たものだと、そんな気がしたんだ。
中二ターン二度目です……。
あああ……もともと最後に出てきた人(?)を登場させる予定はありませんでした…。存在があるかも程度だったんだ…。




