陸に海に
鍵が出たところで、小休止に入った。
焚き火ををし、限定的な安全地帯を作る。これで完全にモンスターをシャットアウト出来る訳じゃないけど、襲われにくくなるそうだ。
タブーがアイテムポーチからハンバーガーとお茶を出して、みんなに振舞ってくれた。空気を読めないように見えて、ちゃんと気を配ってくれてるんだよな。
「でも、ハンバーガーにお茶って・・・」
「悪いな。適当に持ってきたら、お茶だったのだよ」
「いやいや、ありがたいよ。なんにも持ってきてなかったもん。狼の肉なんて食えそうにないしね」
素直に感謝する。
「で、どうするね。そろそろ、引き上げるかい?それとも、ダンジョンをのぞいてみたいかい?」
「ダンジョンて言っても、まさかボスとはやらないだろうね?」
「さすがに、新人3人じゃ無理だな。宝箱の1つも開けて、帰ってくるのが関の山だろう」
巨大サハギンに全く攻撃の通らなかった記憶が新しいだけに、ぶっつけ本番でボス戦に突入するのは勘弁して欲しかった。
「で、タブーさんよ」
「うん?」
ノイズの雰囲気が、スッと変わった。
「このゲームは、何なんだ?」
「何とは?」
「これだけ完成度の高いVR技術が開発されたなんて、聞いたことがないぞ。それに、これだけ緻密に世界を再現するなんて、どれだけの情報処理能力だよ?」
「あー、それは分からん。さっぱりだ」
「何か、仮説ぐらいはないのか?」
「仮説と言うか、ウワサ話ならいくつか、な」
「某大国の軍事技術の転用とか実験とかっていう程度の話か?」
「実は、これはゲームの中じゃなくて異世界だとか、宇宙人が作ったゲームだとかいう話もあるぞ」
「いや、もういい。考えるだけ無駄っていうことだけは、よく分かった」
「分かってくれて、嬉しいぞ。
ごちゃごちゃ考えないで、素直に楽しもうじゃないか」
まるで、同感だ。
正体不明のゲームをすることに不安を感じないではないけど、それをはるかに補って余りある魅力が、このゲームにはある。
「青さんも同意見みたいだな」
「うん。このゲームの裏にどんな大陰謀が隠されてるとしても、このゲームの魅力は損なわれない」
「お~、言い切ったね~」
「ファジマリーから南に行くと海があるんだけど、見たら感動するよ?」
「まあ、この数時間でも、かなり感動してるんだけどね~」
「じゃあ、四の五の言わず、楽しもうよ。鷹爪も、それでオーケー?」
「オーケー」
鷹爪の口数は少ない。だからって、何も考えてない訳じゃない。油断できないタイプだ。もちろん、いいヤツなんだけどね。
「では、さっさとダンジョンをのぞいて来ようじゃないか」
「ラジャー」
タブーの案内で、ダンジョンまでの最短距離を進む。
途中に現れた黒ゴブリンは、適当に相手をしてから、タブーの強力な火魔法で始末していった。ダンジョンまで行くのはいいが、帰りも同じ距離を移動しないといけないのだ。あまり、のんびりもしてられない。
そして・・・
「ここが入り口だ」
地面にぽっかり開いた穴。
「え、ここ?」
「ただの穴って言うか、地味って言うか・・・」
ダンジョンというロマンチックな響きからは程遠い、ただの穴だ。サハギンのダンジョンは、いかにもって感じの洞窟だったのに。
「現実ってのは、こんなものなのだよ」
現実じゃないけどな、ここ。
タブーが杖を掲げ、ゴニョゴニョと詠唱を始める。
初歩的な魔法なら詠唱なんて必要ないのに、どうしたんだろうと見ていると。
「燃やし尽くせ!『ナパーム・ウェーブ』!!」
「うぇっ!?」
強烈な炎の塊が、ダンジョンの入り口に現出した。
肌を焦がす熱風が押し寄せる。
大慌てで盾を構えると、ノイズと鷹爪もオレの後ろに飛び込んでくる。
「行けっ!!」
タブーの声に反応したかのように、炎はドロリとした粘液質な動きで、穴の中に流れ込んで行った。
「グギャッ!」
「ゲファッ!」
穴の中から、ゴブリンのものらしい断末魔の悲鳴が洩れてくる。
「ちょっ、タブーさん!?」
これって、逃げ場のない洞窟の中に高威力の火魔法をぶち込んで、中のゴブリンたちを焼き殺そうってしてんですか!?
「タブー、さすがにひくんですけど・・・」
ノイズも、いつもの軽口が出てこないようだ。
「時間も無限にある訳じゃなし、効率的にいこうじゃないか」
「いや、あまりに残酷すぎるぞ・・・」
戦時中の資料映像で、洞窟に火炎放射器の炎を撒いて回る兵士の動画を見たことがあるけど、それを思い出したわ。
どうせゴブリンを倒すんだからって言っても、倒し方があると思うんだよね。正々堂々とまではいかないにしてもさ。
やっぱ、タブーは空気が読めない男、確定だ。
今の『ナパーム・ウェーブ』とかいう魔法で、何体のゴブリンさんが昇天されたかは分からないけど、次々にドロップ・アイテムがポーチに飛び込んできたから、かなりの数の被害が出た模様だ。
「さあ、今のうちに一気に宝箱のところまで行くぞ」
タブーが先頭になって、穴に飛び降りていく。
こんな所に入るときこそ、『反響定位』が欲しい。
思えば、水中に特化しているとは言え、リザードマンの方は、能力も装備も反則級だよな。
あれだけの高熱に灼かれたばかりなのに、洞窟内に余熱は残っていない。
とんでもなく大きな『トーチ』の灯りを頼りに、タブーがズンズン洞窟を進んでいく。方向音痴なオレとしては、タブーの背中を見失わないようにするのが、精一杯だ。もちろん、オレも『ライト』で辺りを照らしている。
いくつかの分岐点を越え、何体かのゴブリンも倒し、宝箱にたどり着いた。
「あったぞ」
「これに、ユニークアイテムが?」
「いや、その確率はゼロじゃないけど、我々の運の低さじゃゼロに等しいだろう」
「ありゃ」
「まあ、それでもレアぐらいは・・・」
宝箱を開けると、魔法スクロールが光の中に浮かび上がった。
〇【合金精製】ランク6(エクストラ):魔法スクロール。『合金精製』を覚える。
「お、悪くないな」
タブーが『鑑定』を使ってから、ニンマリと笑った。
「生産に便利そうなスキルなのかな?」
「うむ。ランクの低い鉱石をかけ合わせて、ランクが高めの合金が作れる生産スキルだな。鍛冶屋には必須のスキルと言える」
「おー、いい金属鎧が作れるんなら、嬉しいスキルだな」
「ランク6程度なら俺がコピー出来るから、俺が覚えて、後でコピーを送ろう」
「タブーは、『筆記』スキルも上げてるの?」
「うむ。もう70は超えているぞ」
「うへぇ、すごいね。また今度、どうやって上げたらいいか教えてよ」
「いつでも、かまわんぞ」
やったね。空気は読めなくとも、頼りにはなる男だ。これで、『反響定位』をコピーするのに、ちょっとは前進できそうだな。
1時間半かけて、ファジマリーに戻った。
VRでの戦闘は、かなり精神的に疲れるので、あとは町でのんびり過ごすことにする。リザードマンでの旅立ちは、また明日以降だ。
郵便屋に向かい、リザードマンから送った大量の装備を受け取る。
そのうちの3組をバルカンさんに打ち直してもらい、残りは料金代わりに押し付けた。打ち直せば、そこそこいい商品になるからと喜んでくれたようだ。
で、オレのために打ち直してくれた分が、こちら。
〇【サハギンの鎧+2】ランク3:スケイル・メール。防御力19。
〇【サハギンの籠手+2】ランク3:ガントレット。防御力5。
〇【サハギンの足鎧+2】ランク3:足鎧。防御力7。
性能的にも、ゴブリンが落とす物より、ちょっとだけいいらしい。
着てみると、盾と片手剣と合わさって、ナイトっぽく見える。リザードマンのスキルが変な方向に伸びて行っちゃってるので、ナイトらしい出で立ちをするとゾクゾクしてしまう。やっぱ、ナイトにはエルフが似合うなー。
ゴブリンを狩りまくったせいで、クラスも新人から初級剣士に変わっている。
その辺りで買い物をしていたノイズと鷹爪をつかまえ、サハギンの鎧セットを手渡した。サハギン3人衆の完成だ。
ノイズは初級棍棒士、鷹爪は初級大剣士になっていた。
棍棒士って・・・。
翌日は、エルフのままで薬草摘みに出た。
リザードマンで旅立つ前に、ポーションを補充しておこうと考えたのだ。初級の物なら、材料さえ手に入ったら製作できるだろう。
南のフィールドで、イモムシを狩りながら、薬草を集める。
ついでに、鉱石も掘る。
実のところ、こうやってチマチマと素材集めをする時間が、楽しくてしょうがない。
たまに、ポロッとレアなアイテムでも出ようものなら、バカみたいに機嫌が好くなる自信がある。
次はレアなアイテムが出るかもという妄想だけで、作業じみた戦闘が至福の時となるのだ。
マゾではないよ。
そうやって黙々と貯めた薬草で、初級ポーションを作る。
薬草を乳鉢ですり潰し、それから抽出した液体を集めるだけだ。
手順としては、すごく簡単。失敗しようがない。
でも、生産はちょっと苦手だ。特に、スキル上げのために、同じ品物を延々作り続けるのは大嫌いだ。
しかし、リザードマンでの旅路を思って、ぐっと耐える。この初級ポーション1個のおかげで、レアなアイテムが手に入るかも知れないじゃないか。そう思えば、少しは我慢できる。ゴリゴリ、薬草をすり潰し続けられる。
そうか、オレは物欲が強いんだな・・・。
初級ポーション50個を、リザードマンに送りつけた。
採集・採掘・錬金のスキルが10を越えた。
そうして、やっとリザードマンの旅立ちだ。
海に入ると、沖に向かって泳ぎ出す。
点在する小島を巡りながら内海を縦断するのが、最初の目標だ。
船が存在するおかげで、内海のほとんどの小島は、プレイヤーの探索を許している。そして、特に目ぼしい収穫物はないという報告が上がっているらしい。
しかし、陸からほど近い小島の海中部分に、サハギンのダンジョンはあったのだ。
他の島々の、いや島とは関係のない海底部分にだって、どんなお宝が隠れているか知れたものではない。今なら、その全てを独占するのも可能なのだ。
妄想にニヤニヤしながら、海中を泳ぐ。
サハギンたちの縄張りを抜けると、眼前に鮮やかな色彩が広がった。
珊瑚の群生地だ。
赤や緑の宝石細工のような林が、海水を通して届く太陽の光を浴びて、ゆっくりと息づいている。
そして、そこを棲み家とする色とりどりのサカナたち。
一体、何人のプレイヤーがこの光景を知っているのだろう。
「少女たちの狂おしき永遠」のメンバーには、ぜひとも教えてあげなけりゃ。
タブーたちにも、一応。
そう言えば、まだインしてきてないゲーム仲間の1人に、海が好きなヤツがいたなぁ。ただ、そいつが好きなのは、海そのものじゃなく海賊なのだけど。あきらかに、某人気漫画の影響ですね。船を造る方向に情熱を燃やしてくれると、嬉しいところだ。
前方、『反響定位』で感知できるギリギリの所を、何か巨大な物体が横切っていくのが分かった。
全長3~4メートルの細長い物体だ。
そこそこ、速い。
なんだろう。まさか、ドラゴンなんてことは・・・。
膀胱が収縮するような緊張感を味わう。
しかしそれ以上に、未知なものに出会える期待感がオレの胸を満たす。
スピードをアップさせると、透明度が高いせいで、「それ」はすぐに肉眼で飛び込んできた。
海蛇だ。
青っぽい色と黒の縞々模様で、尻尾のあたりは縦に平べったくなっている。オレの尻尾と同じで、泳ぐのに便利な形だ。
そして、デカい。『反響定位』でも分かっていたが、3メートルを越える体長は、ずいぶんな迫力がある。リアルの海の中で出会っちゃったら、完全にパニックになれるだろう。
正直、今だってヤバいぐらいに心臓がバクバクしてるんだけど。
心拍数やら血圧がやばいからって、強制的にログアウトされないだろうな。そんな心配をしてしまう。
ダンジョンの巨大サハギン戦の時は、こんなにならなかったのにな。
あの時は仲間もいたし、ゲームをしてるという意識が強かったのだろうか。
オレは、戦慄とともに、悠然と泳ぐ巨大海蛇を見送った。
・・・・・ハズなのに。
そいつが、いきなり高速でターンをかました。
どっちに?こっちに!
ちょっ!!
獲物認定ですか!?
ばっくりと大口を開けたまま、海蛇が迫ってくる。体長2メートルのオレを、丸呑みする気満々に見える。
今度こそ、純粋な恐怖がオレを満たした。
海蛇の眼前に『トーチ』を飛ばしてから、海蛇の下方に潜り込む。
目眩ましのつもりでやってるが、『トーチ』でどれぐらい効果があるのだろう。
なんてことを頭の片隅で考えながら、『アクセル・ランス』を放つ。
どんな姿勢でいようと関係なく、瞬間的に攻撃方向に身体が加速される。
【水王の大槍】が深々と海蛇の肉に突き刺さった。
海蛇の巨体が、痛みに悶える。
よし、効いた。
のたうつ海蛇から距離を取り、『ウォーター・シュート』をぶつける。大した威力はなくても、数を撃てばダメージを与えられるハズだ。
連発する。
あ、MP切れた。
ホントに魔法はダメだな、リザードマン。
でも、海蛇の動きも弱まった。これなら、取り付ける。
一気に距離をつめて、横っ腹に大槍を突き刺す。
また海蛇が暴れ始めるが、かまわない。
『アクセル・ランス』!
海蛇に大槍を突き立てたまま、身体が加速する。
身体の前面に抵抗感があったが、一瞬でそれを突き破った。
目の前にあったウロコの壁が消え去る。
振り返ると、海蛇の巨体が真っ二つにちぎれていた。
旅の獲物第1号!
波乱に富んだ、旅の幕開けとなった訳だ。