初のボス戦
バレオに戻ると、さっそくアマガエルさんに個人チャットを申し込んだ。
個人チャットを申し込むためにフレンド・リストを初めて見たが、登録した人間の種族とクラス、そしてギルド名が分かるようになっていた。
アマガエルさんはドワーフで、クラスは賢者だそうだ。
小柄だとは思っていたが、ヒューマンじゃなかったのか。
しかし、賢者というのも、ちょっとレアなクラスらしい。
ちなみにヒヨコ丸さんは、やはりドワーフで狂戦士だった。
変態丸出しのアマガエルさんが賢者で、穏やかそうなヒヨコ丸さんが狂戦士とは、まだまだ人生は奥深い。
程なく個人チャットが承認され、アマガエルさんの声が返ってきた。
「トカゲさん、どうしました?」
「アマガエルさん、いま時間ありますか?」
「お?ついに、あたしのモノになる決心がつきましたか?」
「いやいやいや、そうじゃないんだけどね・・・」
やはりブレないね、アマガエルさん。
「実は、大事な情報があってね、それと引き換えに『鑑定』をいくつかお願いしたいんです」
「ほうほう。マジな話ですね?」
「うん。かなり真面目な話ですよ」
「分かった。ヒヨコも一緒でいい?」
「もちろん」
てな訳で指定されたのは、「少女たちの狂おしき永遠」が借りてるという宿屋の1室だった。
女性だけのギルドが集まって活動するとなれば、他のプレイヤーの目が届かないプライベート空間が必要なんだろうな。
他のメンバーの姿はなく、2人ともリアルで見るようなラフな服を着ている。
「で、どうしました?」
「単刀直入に言うと、サハギンのダンジョンを見つけました」
「やはり、そうですか」
「あら、驚かないんですね」
「トカゲさんが海から上がってきたのを見たときに、ダンジョンが海の中にある可能性に思い至りました。その瞬間に、トカゲさんがダンジョンを見つけるんだなと・・・」
「あんた、オレに抱きつきながら、そんな鋭いこと考えてたのか」
ニコニコと笑うアマガエルさん。
やっぱ、ただの変態じゃないよ、この人。
「それで、鑑定するのは、ダンジョンでの収穫物ですね」
「うん」
答えると、装備をダンジョンでゲットした物に変更する。
両手槍。片手剣。軽鎧。籠手。首飾り。次々と装備していくと、ヒヨコ丸さんの目がどんどん丸くなっていった。面白い顔芸だ。
「あと、魔法スクロールが1つある」
「カッコいいですよ、トカゲさん・・・」
アマガエルさんが、ちょっとハアハアし始めている。
早く鑑定を済ませてもらった方が、良さそうだ。
「アマガエルさんが逝っちゃう前に、鑑定済ませてもらっていい?」
「カエル、あとの話はあたしが聞くから、鑑定済ませてあげて」
「ら、らじゃ~」
アマガエルさんがちょっとヨダレを垂らしたまま、それでも失敗せずに鑑定を済ましてくれた。
有能なのは間違いないんだよね。
鑑定結果は、以下の通り。
〇【水王の剣】ランク7(ユニーク):片手剣。攻撃力54。水中戦闘時、行動速度アップ。
〇【水王の大槍】ランク7(ユニーク):両手槍。攻撃力90。水中戦闘時、攻撃力アップ。
〇【水王の軽鎧】ランク7(ユニーク):ブリガンダイン。防御力32。水中戦闘時、防御力アップ。
〇【水王の籠手】ランク7(ユニーク):ガントレット。防御力9。水中戦闘時、命中率アップ。
〇【水王の首飾り】ランク7(ユニーク):アクセサリー。水中移動速度アップ。
〇【反響定位】ランク8(ユニーク):魔法スクロール。『反響定位』を覚える。
「うわっ、海の中じゃ怖いものなしね」
そこまで無敵って訳でもないだろうが、水中限定でかなり強くなれるのは確かだろう。
「じゃあ、約束の情報をいただきましょうか」
「うん。サハギンのダンジョンは、アマガエルさんの推測通り海中にある」
オレは出来るだけ詳しく、その場所を説明した。
『測量』で作った地図を渡せてしまえば簡単なんだけど、地図をアイテム化するには『筆記』というスキルが必要らしい。
「じゃあ、まだダンジョンの探索は終わっていないし、ボスも確認していないのね?」
「ここまで宝箱を開けときながら言うのもなんだけど、ヒヨコ丸さんたちに黙ってるのは気が引けてね」
「別にズルいことをしたんじゃないから、気にしなくっていいのに。
そりゃ、先を越されたら悔しいけど、そんなことで青鬼さんをキライになったりしないよ?」
「そーだ、そーだ」
同調するアマガエルさんは、役目が終わった瞬間からオレのお腹にへばりついている。
「でも、ありがとう。気を使ってくれて嬉しい。カエルがなつくだけあって、やっぱり青鬼さんはいい人ね」
「ぶっ、照れますやん」
「ニヒヒ」
「で、どうする?正確な場所は、案内しようか?
ただ問題は、みんな水中で戦えるのかってことだけど」
「どうなんだろ。正直、『水泳』と『潜水』をそんなに上げてる人はいないんじゃないかなぁ」
「オレは大した苦労もなくいけちゃったけど、やっぱニュートのアドバンテージは大きいんだろうね」
「種族による能力差って、けっこう大きいって聞くわね」
結局、リアル時間の3日間でヒヨコ丸さんたちは『水泳』と『潜水』のスキルを上げ、ダンジョンに挑戦することになった。
オレみたいに、水中に適応した種族で新しいキャラを作ればいいのにと思ったけど、みんな、もう新キャラを作る枠は残ってないそうだ。主要な町にサプ・キャラを置いて、色々と便利に使っているらしい。
で、オレはその3日間はダンジョンに関する情報を誰にも漏らさず、ソロで攻略もしないと約束した。別に、そんなことする義理も必要もないと思われるだろうが、美少女ギルドとは仲良くしたいじゃん?
それに、「少女たちの狂おしき永遠」の水泳合宿は、これ以上ないぐらいに目の保養になったし。
沖の小島の1つをベースに水中戦闘の特訓が行われたのだが、休憩中は当たり前のように、みんなビキニ姿だったのだ。
オレは、ダンジョンの情報提供者であり、また水中戦闘のアドバイザーという名目で、そこに参加していた。
みんな、地上での戦闘力はオレをはるかに上回るけど、水中戦はかなり苦戦しているようだ。
彼女たちがサハギンと戦うのをオレがフォローする形で、合宿は続けられた。
ついでに、新しく覚えた『反響定位』のスキル上げをさせてもらう。
オレの身体のどこからか知らないが超音波を発し、その反射を感知して、地形から動く物から全てを立体的に知れてしまうという便利なスキルだ。
このスキル、『敵性感知』や『探知』を合わせて使うことにより、敵や採掘ポイントも同時に知れるという優れものだった。感覚的には、周辺の地形の立体像が脳内に浮かび、その中に敵や採掘ポイントが任意の色示されるというものだ。敵の色は赤に、採掘ポイントは黄色に設定しておいた。
なお、只者ではない彼女たち、『水泳』スキルが上がるに連れ、その戦いっぷりは格段に洗練され始める。
最終日となる3日目には、逆にオレが勉強させてもらっていたぐらいだ。
考えてみたら、このゲームを始めてから、他のプレイヤーの戦い方を見たことなかったもんなー。
そして、やって来たダンジョン攻略の日。
「少女たちの狂おしき永遠」からは、5人のメンバーが選出されていた。
ヒヨコ丸(狂戦士)。
イチゴ(勇者)。
霧隠(忍者)。
アマガエル(賢者)。
シャム(聖女)。
勇者とか聖女とか何だよ。
キャラの立ちまくったヒヨコ丸&アマガエルの2人に、魅惑のボディの霧隠さんだけじゃなく、そんな超レアっぽいクラスの人がゴロゴロしてるのか。
「少女たちの狂おしき永遠」恐るべし。
イチゴちゃんは、伸びやかな肢体の持ち主で、いつも穏やかに微笑んでいる美少女の中の美少女だ。上半身は銀色の金属鎧なのに、下半身は赤のミニスカート。太ももまでの銀の足鎧と相まって、見事な絶対領域を形作っている。
一方のシャムさんは、妙にオドオドとしている。金の刺繍の入った真っ白なローブを着た、線の細い美女だ。決して、目を合わせてくれない。
「じゃ、青鬼さんを入れて6人パーティーの完成ね」
「え?」
「青鬼さんも、参加するのよ」
「え?」
「ボス戦は初めてでしょう?一緒に楽しみましょう」
「え?」
ヒヨコ丸さんとアマガエルさんの両腕を掴まれて、そのまま海中に連れ込まれる。
「少女たちの狂おしき永遠」の残りのメンバーが、嬉しそうに手を振っていた。
ボスまでの道中は、アクビが出るぐらい順調だった。
だいたい、オレがソロで突破できたような相手なのだ。戦い慣れた彼女たちにかかれば、まさに鎧袖一触だった。
今回の最大の問題は、呼吸だと言えよう。
そりゃ、ダンジョンの天井部分に空気溜まりがあるのは分かっているけど、彼女たちの息は5分も保てばいい方だ。戦いながらだと、もっと時間は短くなるだろう。
その分は、オレがフォローしなきゃならない。
ボス部屋の探索は一番後回しにし、先に全ての宝箱を開けてまわった。
もちろん、彼女たちは大量にサハギンの宝の鍵を保有している。
結局、6個の宝箱を新たに見つけることが出来た。
すぐさまアマガエルさんが『鑑定』スキルを使う。
〇【水王の短剣】ランク7(ユニーク):短剣。攻撃力28。水中戦闘時、クリティカルアップ。
〇【水王の大剣】ランク7(ユニーク):両手剣。攻撃力78。水中戦闘時、攻撃力アップ。
〇【水王の足鎧】ランク7(ユニーク):足鎧。防御力12。水中戦闘時、移動速度アップ。
〇【水王の法衣】ランク7(ユニーク):ローブ。防御力21。水属性アップ。
〇【水王の指輪】ランク7(ユニーク):アクセサリー。水中戦闘時、HP持続回復。
〇【水中呼吸】ランク8(ユニーク):魔法スクロール。『水中呼吸』を覚える。
なかなかの収獲だ。
ボス部屋の手前で、天井の空気溜まりに全員で顔を突っ込み、分配を決める。
短剣は、忍者の霧隠さん。
大剣は、狂戦士のヒヨコ丸さん。
足鎧は、オレ。
法衣は、アマガエルさん。
指輪は、イチゴちゃん。
スクロールは、シャムさん。
シャムさんは最重要な回復職なので、呼吸の心配をなくそうという狙いだ。また、『筆記』スキルもかなり上げているそうなので、そう遠くないうちに『水中呼吸』のスクロールをコピー出来るだろうって話だ。
じゃあ、『反響定位』もそうした方が良かったような気もするけど、もう遅い。仕方ないから、『筆記』スキルも上げることにしよう。羽ペンを持って書類を書いているリザードマンの姿は、そうとうシュールなことだろう。
問題は、ランク8のスキルをスクロール化するのに、『筆記』スキルを80ぐらいまで上げなきゃいけないってことだな。うん、道は遠い。
「じゃあ、次はボス戦よ。準備はいい?」
オレは脚装備を【水王の足鎧】に変更した。
他のみんなも、装備を変更する。
シャムさんは、『水中呼吸』を習得。
「ボス部屋に突入次第、速攻で仕掛けるわよ。イチゴは、シャムとカエルだけ守ってくれればいいわ」
「うん。分かった」
「他の前衛は、最初から全開で。カエルも、早い段階から大技使っていいわよ。呼吸が続くうちに終わらせましょう!」
「了解!!」
ヒヨコ丸さんの言葉に、メンバーは力強く声を上げた。
突入だ。
水中の移動速度は、言うまでもなくオレが一番だ。
ここは遠慮なく、真っ先にボス部屋に突入をかける。
狭い洞窟から、いきなり巨大な空間に躍り出た。『トーチ』の灯りだけじゃ、その全体を見通すことが出来ない。
が、オレには『反響定位』がある。
脳内には、高さも奥行きも30メートルぐらいの空間が描き出された。
そして、ゆっくりと迫ってくる全長4~5メートルの敵影。
『トーチ』をもう1つ生み出し、敵影に向ける。
真っ暗な闇の中から浮かび上がる巨大なサハギンの姿。まばたきをしない大きな目が、オレをにらみつけた。
オレの背中をゾワゾワとした寒気が走り抜ける。調子に乗って一番乗りしたのはいいけど、これは怖すぎる。
ソロで来なくて良かった・・・。
でも、まずはオレがターゲットを取って、後から来るメンバーが戦いやすいようにしなきゃな。
顔面目がけて『ウォーター・シュート』を放つや、その背後に回りこむ。
『ウォーター・シュート』が目眩ましになったのか、あっさりと背中に取り付けた。アイサツ代わりに【水王の大槍】を打ち込む。
ガキーン!
巨大な岩石に槍を突き込んだかのような衝撃がオレの両手に伝わり、槍が撥ね返された。
「なっ!?」
ゆっくりと振り返る巨大サハギン。『反響定位』でその動きを察知し、逆に振り返り様の顔面に両手槍の戦技『アクセル・ランス』をお見舞いする。
瞬間的に加速し、目標を突き刺すって技だ。両手槍の一番最初におぼえられる戦技だが、攻撃力は高い。
巨大な右の瞳を狙った『アクセル・ランス』は、しかし瞳の表面でがっちりと食い止められた。
恐ろしく、堅い。
大慌てで巨大サハギンの眼前に『トーチ』をぶつけ、距離を取る。
サハギンの両腕が伸びて来るのを、必死にかわす。
速度的には問題ないが、捕まれば終わるという意識が、オレの胆を冷やさせる。
魔法もダメ、物理攻撃もダメでは、オレには手の打ち様がない。
こうやって逃げ回りながら、チクチク槍でつつくしか出来ないのか。
と、数個の明るい光球が空間を照らし出した。
光魔法の『ライト』の光だ。その明るさは、オレの『トーチ』の比ではない。
援軍到着だ。いや、彼女たちが本隊だが。
オレに気を取られて入り口に背中を向けたままのサハギンに、真っ黄色の金属鎧が襲いかかった。
【水王の大剣】が閃き、巨体の背中をザックリと切り裂く。
オレには傷一つつけられなかったのに、ヒヨコ丸さんの一撃を受けた巨大サハギンの背から激しく血が噴出した。
その傷口目がけて、巨大な炎の塊が叩き込まれる。
海中だというのに、その炎は勢いを失わない。
サハギンが必死に身をよじる。
暴れるサハギンの動きを正確に読んで、霧隠さんが短剣を抉り込む。
イチゴちゃんが、正面からサハギンの攻撃を受け止める。
アマガエルさんの魔法が追撃をかける。
シャムさんはヒマそうだ。
そして、ヒヨコ丸さんの大剣が更なるダメージを生み出す。
圧巻だった。
オレが呆然としてる間に、巨大サハギンはあっさりと倒されてしまった。
美少女軍団、恐るべし。