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冒険の始まり

 休日の午前中にログインしたオレは、知らず知らずのうちに7時間もVR世界にこもっていた様だった。

 ソファに座ったままだった身体は、あちこち強ばっており、「ぐぎぎぎぎ・・・」と唸りながらトイレまで足を運ぶ。

 次は、必ずベッドに寝てログインすることにしよう。

 トイレから出ると、買い置きしていた食材で簡単に夕食を作り、さっさと平らげた。ついでに風呂も済ましてしまう。

 超特急で必要なことを終えると、再びお楽しみの時間だ。

 平日ながら明日も休みなので、今から朝までだって遊ぶ気満々である。

「さて、行きますかね」

 オレは、またワクワクしながら、デバイスを頭に装着した。

 今度は、きちっとベッドに横になっている。

 デバイスのスイッチをオンにすると、オレの意識が現実からVR世界へと切り替わった。




 平日でも夜になれば、ファジマリーの町には人があふれていた。

 いくらプレイヤーの数が少ないとはいえ、小さな町は縁日のような賑わいを見せている。

 昼間にはいなかった露店もいっぱい出ているようだったが、今は買い物を楽しめるほどの資金もない。

 オレは当初の予定通り、採集&採掘に出かけることにした。

 昼間にオレが狼やゴブリンと戦ったのは、町の北の草原だった。その更に北には、森が広がっている。

 採集と採掘を同時にやりたいなら南の丘陵地がいいとバルカンに聞いていたので、今回は南の門から外に出た。

 ファジマリーには、東西南北に1つずつ門があるとのことだ。

 南の門を出ると、北とは違って、まばらに樹木も生えた丘が重なり合っていた。なるほど、北に比べると、変化に富んだ地形だ。

 時間帯のせいか、フィールドをうろつくプレイヤーの姿もちらほら見える。

「さて、と」

 まずは、『測量』の魔法を唱える。

 この魔法の効果が続いている間は、オレの移動した周囲の地形が、自動的にマップに描かれていく。

 『測量』スキルが上がると、その効果時間が延びると同時に、効果範囲も広がっていくらしい。

 そのまま、スタスタとフィールドを歩き出す。

 途中でアッと気づき、背中に負ったショートスピアーを、ブラック・ゴブリンズ・スピアーに切り替えた。背中にかかる重量が、少し増したのが分かる。

 これで、町の近くで出会うようなモンスターなら、簡単に倒せるだろう。

 ある程度進んだところで、『探知』の魔法を働かせる。

 フィールド上の採集・採掘場所を知る魔法だ。

 これも『測量』と同じで、スキルが上がれば、効果時間が長くなり、効果範囲が広がるらしい。

 今は効果範囲も狭いので、効果が続いているうちに、あやしそうな場所をウロウロとさまよった。と、キラキラとエフェクト光をまとった草が目についたので、草刈り鎌を取り出し、採集する。

 採集しても何の草か分からないので、『鑑定』を使う。

 

 〇【薬草】ランク1:服用するとHPを少し回復する。

 

 なるほど。分かりやすい。

 後は、その繰り返しだ。

 『探知』で採集できる草を見つけ、草刈り鎌で刈り取り、『鑑定』でアイテムを特定する。

 【薬草】のほか、【毒消し草】【毒草】【香草】【ニンジン】【キャベツ】なんかが手に入った。後半は、明らかに食材だよね。

 手間がかかって仕方ないが、このゲームの仕様は、なるだけプレイヤーに不便を味わわせるようになっているらしい。

 しかし、これだけリアルな世界を創り出している以上、変に便利すぎる機能は、その世界観を壊してしまうという理屈なのか。

 まあ、ほいほいレベルが上がって、すぐに飽きちゃうゲームよりは、のんびりじっくり長く遊べるゲームの方が、好きではあるが。

 これだけクオリティの高いゲームなんだから、ぜひとも長く楽しみたいところだ。




 途中で出くわすモンスターも、美味しくいただいていく。

 この丘陵地には、巨大イモムシ、巨大アリ、そして(見た目が)恐怖の巨大グモが棲息していた。

 イモムシとクモからは糸が、アリからは蜜が獲れるようだ。糸は、防具の材料になるのかなぁ。

 出来たら鉱石が欲しいんだけど。やっぱり、盾職なら金属鎧がいるよねー。

 とりあえず辺りを見回すと、採掘用のピッケルを使っている人たちが遠くに見えたので、そっちまで足をのばすことにした。

 あいかわらず、オレの姿を見たプレイヤーは一瞬ギョッとする。

 思った以上にリザードマンのプレイヤーがいなくて、悪目立ちしてしまってるのが恥ずかしい。

 採掘場所に着いてから『探知』を使ったが、掘れそうな場所は残っていなかった。

 採集にしろ採掘にしろ、誰かが占有すると、他のプレイヤーは手が出せなくなるのだ。占有しても、一定回数しか採集・採掘できないんだけどね。

 仕方ない。もっと奥に行こう。

 さらに丘陵地を上がっていく。

 リザードマンでいる間は、人が少ないほうが気が楽でいい。

 途中に点在する採掘場所でピッケルを振るうと、【石ころ】や【銅】【鉄くず】が採れた。役に立ちそうにないぞ。

 採掘スキルが上がったら、もっといいのが採れるようになるのかな。それとも、もっと危険なフィールドに行けばいいんだろうか。

 どんどん丘陵地を進んでいくと、現れるモンスターも様変わりした。ムシ系がいなくなって、二足歩行の大きな鳥が出てきたのだ。

「クェーッ」

 甲高い鳴き声とともに襲いかかって来る鳥は、けっこう手強かった。

 ごついクチバシでのつつきだけでなく、かぎ爪のついた太い脚で鋭い蹴りを出してくるのだ。

 クチバシは盾でいなしたが、蹴りを何発か食らってしまう。革鎧とウロコがなかったら、大ダメージを受けたかも知れない。

 痛みに耐えながら、流星槍を繰り出す。ブラック・ゴブリンズ・スピアーが、真正面から鳥の顔面を貫いた。クチバシから入った槍先が、鳥の後頭部から後ろへ抜ける。

「ゲフゥッ」

 グロい!

 グロいが、それが致命傷になった。

 鳥肉と鳥の羽が手に入る。

「鳥肉って、また適当な名前だな。

 ん?もしかして、これも鑑定しないといけないのか?」

 試しに鑑定してみる。


 〇【マスルの肉】ランク1:食材。調理して食べると、満腹度が回復する。


 おぉ、やっぱりドロップアイテムも鑑定する必要があるらしい。

 ついでに、鳥の羽も。


 〇【マスルの羽】ランク1:裁縫等。丈夫な羽。様々な生産に使用される。


 あの鳥の名前は、マスルっていうんだね。

 と、言うことは、これも鑑定してみないと。

 ブラック・ゴブリンズ・スピアー。ゲットしたものの、名前しか分からないって変だと思ってたんだよ。

「よし、鑑定」

 失敗しました。

 ありゃ?

「スキルが足りなかったんですね」

 ふいに、背後から声をかけられた。

「ふぇっ!?」

 驚いて、振り向く。

 謎の少女が2人、立っていた。

 1人は真っ黄色のフルプレート・メイルを着て、背中に巨大な戦斧を背負っている。

 もう1人は、緑色のローブを着て、緑色のとんがり帽子をかぶっている。

 2人ともずいぶん小柄だが、かなり可愛い顔をしていた。

「ど、どちら様で?」

「あたしは、ヒヨコ丸」

「あたしは、アマガエル」

 なるほど。全身黄色がヒヨコ丸で、緑色がアマガエルか。分かりやすい・・・。

「良かったら、代わりに鑑定しましょうか?」

 どうやら、進行役はヒヨコ丸さんの方らしい。

「ありがたいけど、別の人に鑑定してもらっても、オレにその結果は分かるの?」

「持ち主には、ちゃんと分かりますよ。代理鑑定なんて商売も、成立してますからね」

 そう言ったのは、アマガエルさん。

「カエルの『鑑定』スキルはかなり高いから、問題なく鑑定できるハズですよ」

「ありがたいけど、初心者の自分には、お礼が出来ないんだよなぁ」

「お礼なら・・・グフグフグフ」

 アマガエルさんが、いきなり不気味な笑い方を始めた。

「え?」

 オレの背中を冷たい汗が流れる。

「そのウロコにスリスリさせてもらえれば、あたしはそれで・・・(はぁと)」

 アマガエルさんの瞳に、キラキラと星が瞬いた。

「そ、それは、どういう・・・?」

「ごめんなさい。カエルは、大の爬虫類好きで」

「ソレハマタ、奇特ナゴ趣味ヲオ持チデスネ」

「さ、貸して下さい」

 アマガエルさんは、オレの手から強引にスピアーを奪うと、『鑑定』を働かせた。


 〇【ブラック・ゴブリンズ・スピアー】ランク4(レア):片手槍。攻撃力34。貫通アップ。


「おぉ、レア・アイテムじゃないですか。いい武器ですね」

「おー、そうだったのね」

「ということで、遠慮なく」

 アマガエルさんは、オレのお腹のあたりに抱きつくと、頬をスリスリし始めた。

「はふーん、ウロコ、ウロコ・・・」

「ごめんね。その子、変態だから」

「おい。友だちに、なんて評価を」

「だって、ホントなんだもん。それ以外は、いい子なんだけどー」

 ニコニコ顔で、友だちが初対面のトカゲに抱きついてるのを見てるヒヨコ丸さんも、かなり感覚がズレてると思います。

「それはそうと、アマガエルさん」

「ん?なぁに?(スリスリ)」

「さっきから、ボクのお腹に膨らみが当たってるんですが・・・」

「膨らみ?(スリスリ)」

「推定Bカップの膨らみが・・・」

 アマガエルさんが、光の速さで飛び退いた。

「このケダモノ!」

 顔を真っ赤にして、叫ぶ。

 いや、確かにケダモノだけどさぁ。そっちが勝手に押し付けてきたクセに。

「ぷはははは!カエルが赤くなった~」

 大喜びのヒヨコ丸さん。明るい人たちだ。

「ねー、トカゲさんの名前は?」

「青鬼」

「青鬼さんかー。良かったら、フレンド登録しない?なんか楽しそう」

「いや、こちらこそ、ぜひ」

 ヒヨコ丸さんとフレンド登録をかわしていると、顔が真っ赤なままのアマガエルさんからも申請が飛んできた。怒ってる訳ではないらしい。

「2人は、このゲームを始めてどれぐらい?」

「1ヶ月半ぐらいかな」

「ほぉ。それで、そんなフルプレートが着れるようになるんだねー」

「いいでしょ~」

 ドヤ顔のヒヨコ丸さん。

 しかし、その真っ黄色はどうかと思うよ?

「青鬼さんは、始めたばかり?」

「うん。今日始めたところ」

「え?それで、もうレア武器取っちゃったの?」

「リザードマンが思ったより強くて、ね」

「へー。じゃ、今は鎧用の採掘してるの?」

「そう。ついでに、この景色を楽しんでる」

「このゲーム、景色がスゴいもんねぇ。あたしも、いまだに感動するもの」

 怒ってたハズのアマガエルさんも、話に乗ってきた。

「やっぱり、この先には、もっとスゴい景色が待ってる?」

「そうよ。まず、ここを真っ直ぐ上って行ったら、海が見えるわよ」

「え、海?それは、行ってみないと」

 リアルでは漁師町に生まれたオレは、海に目がない。

「ごめん。海、見てくる。色々ありがとう!また、連絡するよ!!」

 オレは駆け出した。

「あらら・・・」

「ああん、トカゲさーん・・・」

 後ろで2人が何か言っていたが、オレは聞いてなかった。

 可愛い2人組との話も楽しかったけど、今は海が見たかったのだ。

 このクオリティの高い世界の海が、一体どんなものなのか、ぜひ見てみたかった。

 襲いかかってきた鳥=マスル2体を倒した他は、モンスターに目もくれず、ひたすら走る。

 そして、丘陵を上りきったオレの眼下に、キラキラと太陽光を反射する青い海が広がった。

「うぉっ、海だ!」

 波は、あまり高くないようだ。大きな湾のようになっているのかも知れない。左右に目を向けると、陸地がゆるやかに海を囲むように伸びていた。

 沖には小さな島が点在し、水平線は見えない。

 ひどく美しい光景だった。

 故郷の瀬戸内海を思い出す。

 不覚にも、涙がこぼれそうになっていた。

 ホントに、どこの誰が、こんな美しい世界を創り上げたというのか。

 それが誰だろうと、今のオレは素直に感謝したい気分だった。

 よし。オレは、この世界を隅から隅まで見て回ろう。

 移動魔法なんて、なくてもかまわない。じっくり時間をかけて、己の足で世界を歩いてやる。

 まずは、あの海からだ。

 あの海で、釣りをして、泳いで、モンスターと戦ってみよう。

 そして、出来たら、あの海の向こうに渡ってみよう。

 オレは、またワクワクしていた。

 このゲームをプレイしてる限り、この先何度でも、同じようにワクワク出来そうだ。

 海辺に小さな町があるのを確認したオレは、足早に丘陵を下り始めた。

 今から、本格的にオレの冒険が始まる。


 


 

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