ムチと鎧
仕事と花粉症のせいで、投稿が遅れてしまった上に、分量も少なめです。
数少ない読者の皆様、ごめんなさい。
鼻水と一緒に、脳ミソもかなり流れ出ちゃったようです(汗)
ワープみたいな空間跳躍魔法のないこのゲームでは、ダンジョンを10階分もぐれば、また10階分のぼって来なければならない。これが、予想外に苦行なのだ。10階ならまだしも、50階や100階のダンジョンを攻略しようと思えば、どれだけ時間がかかるか想像のしようもない。
例外として「死に戻り」と呼ばれる方法があるが、死ぬことによって予め登録してた地点に一瞬で戻れるこの方法にも、所持アイテムを大量に失ってしまうという落とし穴がある。せっかくゲットしたレア・アイテムを現地に置いてきちゃうんじゃ、苦労してダンジョンに潜る意味がないのだ。
という訳で、オレたちは重い足を引き摺って、出口を目指している。
ボス・スケルトンに半ば心を折られたオレたちの戦闘力は当社比1/2に落ち込んでいるので、無事にダンジョンから脱出できるのか、はなはだ心許ない。
下ってくる時には蹴散らしていたゾンビやグールたちに、ひどく手こずってしまうのだ。
そんな中で元気がいいのは、2匹のスケルトンだ。
スケルトンを相手に「元気がいい」って表現もおかしいけれど、この2匹の活発さを見ていると、「元気がいい」としか言い様がなかった。
その性格は人懐っこく、利発で、動きは俊敏だ。とても、スケルトンらしくない。
飼い主たちがヘロヘロになっている中、2匹のスケルトンは連携してアンデットたちの群れとよく戦ってくれた。
猫の方は、スピードが凄い。瞬く間に接近し、鋭い爪で攻撃をしかける。時に電撃を放ち、瞬間的にだが敵をスタンさせるというテクニカルな真似もしてのける。
犬の持ち味は、パワーだ。体当たりで敵を吹き飛ばし、強力な牙でトドメを刺す。口からの火炎放射は、その攻撃力に拍車をかける。
「で、鷹爪くん、猫には名前つけないの?」
「うーん、好きに呼んでくれていいですよ?」
「そういう訳にもいかないでしょ」
「あ。さっきJさんが名前つけてたじゃない。にんにん」
「いやぁ、あれは・・・」
Jが猫を狙ってたのは見たけど、その後に何か動きがあったのだろうか。
「自分が触れないもんだから、名前だけでも付けさせてって言ってましたよね」
そう言うアマガエルさんは、いつの間にかオレの隣にいる。
「ジュリでしたっけ?」
これは、イチゴちゃん。
「うん。ジュリって言ってたね。にんにん」
「Jの本名じゃない」
あきれたように言うレイさん。ほう、Jというのはジュリの頭文字だったのか。
「じゃあ、とりあえずジュリでいいんかな?」
「もう、何でもいいんですけどね」
あきらめたように言う鷹爪くん。
「じゃあ、今日からお前はジュリねー、にんにん」
「にゃー」
それが分かったのか、振り向いて鳴いてみせる猫。
なぜに、スケルトンなのに可愛い?
犬が急に立ち止まったのは、地下3階の通路部分だった。
なんでもない土の壁を気にして、フンフン匂いを嗅いでいる。
「ルビー、どうしたの?」
心配するレイさん。
「他の犬のオシッコの匂い、気にしてるのでは?」
身も蓋もないことを言うアマガエルさん。セクシーなキャラになっても、中身は変わらないらしい。
「ゾンビ・ドッグもマーキングするのかな?」
「モンスターたちも排泄をするのかっていうこと?」
「ちょっと、どうしてそんな話に・・・」
オレたちがバカな話をしてると、いきなり犬が壁に頭突きをかました。
ゴン――――!!
その一撃で壁が崩れ、辺りに土ぼこりが舞い上がる。
「ゲホ、ゲホッ」
「ぶはっ、何も見えんっ」
土ぼこりの向こうで、炎と雷が閃き、肉を打つ音が連続して響く。
「戦ってるの?」
視界が開けたときには、全て終わってしまっていた。
崩れた壁の向こうには小さな部屋が出現しており、その中で犬と猫が満足げにグルーミングをしている。お前ら、毛づくろいするような毛もないだろうに。
「隠し部屋?」
「みたいだね」
中にもモンスターがいたみたいだが、2匹のスケルトンがあっさり倒してしまったようだ。
「あ、宝箱があるわよ、にんにん」
「お!?」
確かに、部屋のすみに宝箱が鎮座している。
このダンジョンに入ってからも何個か宝箱を開けてはいたが、過去に1度でも開けられたことのある物からは、それほど価値のあるアイテムは出ない。その点、隠し部屋にあったこの宝箱は、まだ1度も開けられていない可能性が高い。そして、初めて開けられた宝箱からはユニーク・アイテムが出ることが確定なのだ。
「開けちゃうねー、にんにん!」
ヒヨコ丸さんが解錠すると、出てきたのは1本のムチだった。
「ムチ!?」
アイテム名、ダークネス・ウィップとあるが、『鑑定』スキルを上げているキャラがいないので、性能が分からない。
「でも、確実にユニーク・アイテムでしょうね」
「似合うのは、サキュバスのアマガエルさんかな?」
「マリーさんにチャットで確認したけど、今回の戦利品は、あたしたちで好きにしていいって言ってるよ、にんにん」
「じゃあ、カエルちゃんで」
イチゴちゃんがニコニコしながらそう言うと、誰も逆らえない。
「え、あ、うん・・・。ありがとう」
微妙な表情のまま、受け取ってしまうアマガエルさん。やはり、ムチをもらっても嬉しくないのか。チャイナ・ドレスにムチって、ちょっと違和感はあるけど、悪くはないと思うけどね。
「ついでに、ボス・スケルトンからのドロップも片付けとかない?」
「う・・・」
レイさんの提案に、固まる一同。
「みんな、気付かないフリしてたのに・・・」
アマガエルさんも、うらめしそうにレイさんを見やる。
実は、ボス・スケルトンを倒したときに、パーティー用のアイテム・ストレージに1つの装備アイテムがドロップしていたのだ。
死霊王の鎧。
未鑑定の為その性能は分からないが、おそらく全員の頭に浮かんだのは、無数の蟲が這い回る映像だ。おかげで、誰もその鎧については触れないでいたのだが。
「えーとレイさん、鎧のデザイン的に、行き先は貴女の弟子になると思われますが、それでもよろしいので?」
「も、もちろんよ。あんなホネホネした鎧なら、ソウくんに似合うに決まってるじゃない?」
「いや、本人の意見は関係なしですか?」
「じゃあ、鷹爪さんでいいわね」
「了解」
そう言うと、リーダー権限で、死霊王の鎧をパーティー用のアイテム・ストレージから鷹爪くんのアイテム・ストレージに移動させる。
「う・・・」
鷹爪くんが助けを求めるように、みんなを見回す。
もちろん、誰も目を合わせない。いや、レイさんだけが「大丈夫だよ」って感じで頷いてみせている。離れた場所から。
寂しそうに溜め息をつくと、メニューの装備画面をいじり始める鷹爪くん。
パッと切り替わる装備。
それは正にボス・スケルトンが着けていた鎧そのものだった。
灰白色の骨が複雑に組み合わされて出来た鎧。もとから着けているドクロの面装備と合わせて、ちょっと高級なスケルトンにしか見えない。
「ね、ねえ、鎧の下で何かゴソゴソしてたりしない?」
アマガエルさんが、なぜかオレの後ろに隠れながら鷹爪くんに問いかける。
「あー、だ、大丈夫かな?」
軽く大鎌を振り回しながら、鷹爪くんは着心地を確かめている。
「あーん、やっぱり、ソウくん似合ってるぅ」
レイさんの目がハート・マークになっているが、もともとドクロ面を着けていたのに、似合うも何もないだろうにと思う。
隠し部屋を出ると、一気に地上に向かった。
その途中で判明したのは、アマガエルさんが持ったダークネス・ウィップの特殊効果だ。
なんと、ムチでしばかれたゾンビが一時的に魅了状態になったのだ。
『魅了』とは、敵を寝返らせるスキルである。このスキルが効果を発すると、敵モンスターが味方になっちゃう訳だ。似た効果のあるスキルに『調教』がある。一般に、『調教』で味方にしたモンスターは半永久的に味方のままで、プレイヤーの指示に従って行動する。それに対し、『魅了』の効果は何らかのショックや時間によって解けるが、スキル効果中のモンスターは自立的に行動する。そしてサキュバスと言えば、『魅了』を得意とする種族の代表格だ。
「あれ?カエル、今『魅了』を使った?にんにん」
「いや、使ってないよ」
「でも、そいつ、魅了状態になってるよ。にんにん」
アマガエルさんにムチで打たれたゾンビが、頭の上にハートのアイコンを付けたまま、他のゾンビに襲いかかっている。
「このムチのせい?」
「アマガエルさん、サキュバスなんだから、自然と『魅了』が発動しちゃったんじゃないの?」
「いや、それは・・・」
なぜか、うつむくアマガエルさん。
「サキュバスって確かに『魅了』が得意だし、それも裸に近い格好だと更に効果が上がるらしいんだけどねー、カエルだと水着姿でやっても『魅了』が成功したことがなくってねー。にんにん」
ヒヨコ丸さんの暴露に、がっくりとうな垂れるサキュバスが1人。
「あははー、カエルちゃん、幼児体型だから」
無邪気なイチゴちゃんのセリフが、さらにアマガエルさんを打ちのめす。
完全に地に臥した幼児体型のサキュバスに合掌するヒヨコ丸さんとオレ。成仏して下さい。
「でも、良かったじゃない。そのムチがあったら、アンタでも『魅了』が使えるじゃん。にんにん」
「く・・・屈辱だわ。いつか、あたしだって・・・」
あまりな不憫さに、思わずオレが目をそらしていると、パシッと背中を打たれた感覚があった。わずかだが、HPも削れている。
「――――?」
振り向くと、アマガエルさんがムチを片手にオレを凝視していた。
「え、何を?」
「ちっ・・・」
悔しそうに、また敵に向かうアマガエルさん。
オレを魅了しようとしたのかいな。恐ろしい人だ・・・。
でも、もう魅了されてるから、無駄だよね。




