恐怖の理由
なぜか筆が進んだので、2日連続の投稿となります。
次からはこれまで通り、1週間に1回ずつぐらいのペースに戻ると思われます。
死霊のダンジョン――――
生理的嫌悪感120%の迷宮を、オレたちはすさまじい勢いで踏破していく。
アンデットたちを薙ぎ払うたびに響いていたレイさんの哄笑は、いつしか愛弟子の鷹爪くんにも伝染しており、オレ、イチゴちゃん、ヒヨコ丸さん、アマカエルさんの4人は、引きながら2人に従っている状態だ。
2人の召喚した子犬と子猫のスケルトンは、倒されたアンデットから黒い霧を吸い取り続け、心なしか一回り大きくなったように見える。
ダンジョンだけあって、アンデットたちは宝箱の鍵もドロップし、宝箱を見つけては開けているが、今のところ大したアイテムは出ていない。これが手付かずの宝箱なら、最初は必ずユニーク・クラスのアイテムが出るのだが、さすがに開けられてない箱は無いようだ。
「今、地下何階だっけ?にんにん」
「さあ、7~8階じゃない?」
「あの2人、ボスまで倒しちゃう気かなぁ?にんにん」
「レイさんのストッパーが外れちゃってるみたいだから、途中で帰ることはないでしょ」
高笑いしながら大鎌を振り回すレイさんと鷹爪くんを尻目に、恐ろしく低いテンションでヒヨコ丸さんとアマガエルさんが会話を交わしている。
オレのテンションも、ヒヨコ丸さんたち同様に落ち込んでいた。
イチゴちゃんに至っては、何かをあきらめたかのような遠い目になってしまっている。不憫だ。
「それはそうと、トカゲさんと仲直りしたの?にんにん」
「な、仲直りも何も、ケンカなんてしてないもん・・・」
「そう?最近、カエルがトカゲさんを避けてるって、みんな言ってたよ~。にんにん」
「そんなこと・・・」
思わず、後ろから聞こえてきた話に、耳を傾けてしまう。
やっぱり、アマガエルさんに避けられてたんだなぁ。
「東雲さんなんか、カエルはトカゲにしか欲情できない子だからって言ってたけど、そうなの?・・・あ、にんにん」
「ちゃんと人間にだって・・・って、ちょっと何言わせるのよっ!?」
ほうほう。アマガエルさんは、人間の男も好きになれるのね。じゃあなんで、エルフの姿になってから冷たいんだろう?
「もしかして、トカゲさんが男前のエルフになっちゃったから、照れてる?にんにん」
「うー・・・」
「図星かよっ!?」
「・・・にんにん、忘れてるわよ」
えー、照れてたの?
そんなこと聞いたら、オレが照れちゃうんですけど。
気付くと、イチゴちゃんがジーっとオレの顔をのぞき込んでいた。目が完全に笑っている。
「何も言わないで下さい」
「あはは。はーい」
まあ、目が逝っちゃってたイチゴちゃんが元気になったから、良しとするか。
前方では、あいかわらずレイさんと鷹爪くんの師弟コンビ+子犬と子猫のスケルトンが暴れ回っていた。
今の敵は、犬型のゾンビだ。地下1階にいたゾンビと比べると、動きが速い。
例によって腐乱しまくった身体で、腐汁をまき散らしながら敏捷に迫るゾンビ・ドッグ。
レイさんから氷の魔法が、鷹爪くんから火魔法が放たれ、ゾンビ・ドッグの足を止めるや、2人の持つ大鎌が死を量産する。
こんな狭くて暗い通路で、扱いにくいと評判の大鎌を駆使する2人。お互いに傷つけ合っても不思議じゃない位置取りなのに、何のためらいも見せずにその長大な武器を振るう。
「あらためて気付いたけど、あの2人すごいな」
「すごいですよ。本当にいいコンビです」
「レイさんてイチゴちゃんにベッタリだったのに、寂しくない?」
「レイちゃんが楽しそうだから、今の方がいいかな」
「へー、イチゴちゃん、優しいな」
「そんなことないですよー」
いつの間にか、子犬は炎を、子猫は稲妻を吐くようになっていた。ちっちゃな炎と稲妻だけどね。
そして、地下10階――――。
白骨化した謎の猛獣を殲滅しながら進んでいくと、荘厳な扉のある部屋にたどり着いた。
「着いたわね」
「着きましたね」
レイさんと鷹爪くんが、ペタペタと扉を叩いている。
「そう言えば、ここのボスって、どんなヤツ?」
試し斬りだけする気だったオレは、ここのボスの情報なんか入手していなかったのだ。
「デカくてゴツいスケルトンだそうですよ。金属鎧を着て、両手剣を使うって話です」
情報通なアマガエルさんが教えてくれたが、まだ微妙によそよそしい。
「ボスの姿まで分かってるのに未攻略ってことは、そのボスがよほど強いってことなのかな」
「強いのは強いんですけど、それより――――」
ギィッ・・・
「あ、開いちゃった」
レイさんが触っているうちに、扉が開いてしまったようだ。
「もしもし・・・」
緊張感のないレイさんにツッコミを入れようとした時、開いた扉の向こうから、シャレにならない殺気が押し寄せた。
慌ててレイさんを押しのけ、ノーチラス・シールドを構える。
盾スキルを発動する余裕はなかった。青白い炎の塊が盾に命中し、オレはあっさり跳ね飛ばされた。
「トカゲさん!?」
「出て来るわよっ、警戒して!」
激しく転がりながらも、ヒヨコ丸さんたちが一瞬にして戦闘態勢に入るのが分かる。
さすがだ。ここで変に動揺したり、オレを助けようとしないあたりに惚れ惚れする。
扉の奥からは、巨大な影が近づいてくるのが見えた。頭部に巨大な2本の角があり、マントをたなびかせている。ずいぶん立派な装備に身を包んでいるらしい。
が、その前に3体の別の影が飛び出してきた。
素っ裸の妖艶な女たちだ。その背にはコウモリの羽が生えていて、自在に飛び回っている。炎の魔法を撃ってきたのは、こいつららしい。
イチゴちゃんが、今回は冷静なままライト・アローを連射。魔法が命中すると、女たちはあっさりと燃え上がった。地に落ちたところを、レイさん、鷹爪くん、ヒヨコ丸さんがトドメを刺す。
巨大なスケルトンは、女たちが瞬殺されたのも意に介さず、悠々と歩を進めてくる。
オレも自らにライト・ヒールをかけて回復すると、スケルトンの前に歩み出た。
「エキサイト・・・!」
アマガエルさんの声とともに、オレの身体を光が包む。心臓がバクンと鳴ったかと思うと、前進に力が満ちあふれた。
付与魔法らしいが、要するに興奮状態にされたってことだろう?サキュバス特有の魔法か?
「ホーリー・シュート!」
イチゴちゃんが、スケルトンに向かって弓を射た。矢には、強力な聖属性の光が宿っている。闇属性のモンスターが喰らえば、ただでは済まない一撃だ。
「――――!!」
スケルトンは、背に負った巨大な両手剣を抜き放つと、その矢を叩き切ってみせた。とんでもない腕だ。
しかし間髪を入れず、イチゴちゃんがライト・アローを連射する。
スケルトンはマントを振ると、その全てを弾いてみせた。
遠距離攻撃は、簡単に通用しないらしい。では、近接攻撃はどうか?その馬鹿デカい両手剣で、どれだけオレたちの攻撃を受けられる?
ライト・アローが弾かれたときには、オレはスケルトンの目の前に達していた。盾を構えながら、【聖剣士の剣】で腰の辺りに斬りつける。
聖属性の追加効果が発動して、スケルトンの身体に銀色の炎が上がるが、ヤツは構わずに両手剣を振り回す。慌てて飛び下がるオレ。まともに受けたら盾ごと両断されかねない攻撃が、目の前を走り抜ける。
「ライト・アロー!」
至近距離から聖属性の魔法を撃つ。イチゴちゃんには威力でも速さでも敵わないけど、剣を振り終えたばかりのところへ、それもこの距離からなら、さすがに命中した。胸を銀色の炎が灼く。
そこに襲いかかる3つの影。
2本の大鎌と1本の忍者刀が、同時にスケルトンの手足に斬りつけられる。
ギィン!!
が、その全てが火花を散らして跳ね返された。
3つの影が、慌ててスケルトンから距離をとる。
「こいつ、スケルトンじゃないわ。ガイコツっぽいデザインの鎧を着てるんだわ!・・・・にんにん」
「えー、でも、顔はホネにしか見えないわよ?」
「じゃあ、スケルトンがガイコツ鎧を着てるんだわ!・・・・にんにん」
いや、無理に「にんにん」言わなくても。
スケルトンがまわりを見回すと、おもむろに両手剣を構え直す。誰を攻撃しようとしてるのか分からないけど、それを受けるのはオレの役目だ。
ライト・アローでけん制しながら、【聖剣士の剣】で斬りつける。
スケルトンはライト・アローを両手剣の腹で受けたために、剣での攻撃がまともに腰に入った。先ほど一撃を入れたのと同じ場所だ。銀色の炎が、更に勢いを増す。が、鎧の上からでは大したダメージを与えられていないようだ。スケルトンが両手剣を振り下ろす。
オレが横っ飛びに攻撃を回避すると、両手剣はざっくりと地面に喰い込んだ。恐ろしい剣撃だ。
しかし、その隙を狙って、またもレイさんたちが肉迫する。
再び振るわれる3本の刃。今度は、その刃が戦技の光をまとっている。
バキィーン!!
異音を発して、鎧の一部が飛び散った。
「いける!いけ・・・きゃ~~~っ!!」
ヒヨコ丸さんが喜びの声を上げるも、次の瞬間、本気の悲鳴とともにスケルトンから飛び退いた。
「ヒヨコ?どうし・・・きゃ~~~っ!!」
レイさんまでもが悲鳴を上げて、スケルトンから距離をとる。ただでさえ白い顔から、完全に血の気が退いている。
「む!?」
鷹爪くんまでもが、何か難しい声を出してから、後方に下がっていく。
「お、おいぃ!?」
オレにとっては、たまったものではない。いくら盾役を自認していても、こんな凶悪な攻撃を1人で受け続けられるハズがないのだ。オレが致命傷を負う前に、3人にスケルトンを仕留めてもらわなきゃ困る。
「ごめーん、これは無理。にんにん」
「な、なんで!?」
「それを見たら、分かるわよぉ~」
いつも狂気を振りまいてるレイさんが、完全に素に戻って、可愛い声で泣きを入れる。
スケルトンに目をやると、手足の鎧の破れ目で何かが蠢いていた。
「――――?」
暗がりの中でじっくり目をこらすと、それは・・・
「蟲!?」
やたら身体が長くて、足の多い、白っぽくてヌラヌラした蟲が、鎧の破れ目から無数に這い出そうとしていたのだ。いや、もうすでにポトリポトリと地面に落ちている。
「ぐわぁぁあああ、無理無理!!早くこいつらを焼いてくれ~~~!!」
叫びながら、オレはライト・アローを連射しまくった。イチゴちゃんほどMPが多い訳じゃないから、すぐにMP切れになることは分かっていたけど、魔法を撃つことが止められない。この気持ち悪い蟲だけは、そばに寄らせたくはない。
「ファイヤー・ボール!」
ようやっと、鷹爪くんも火魔法を使い始める。
「火遁の術!!」
ヒヨコ丸さんが、口から炎を吹く。
マントで魔法を防ごうとするスケルトンの身体を、炎が舐め回す。スケルトンにダメージを与えられなくていいから、蟲だけでも焼いてくれ!
「ホーリー・シュート!」
イチゴちゃんの放つ光の矢が、スケルトンの兜を弾き飛ばした。
巨大な2本の角が生えた金属兜が地面に落ち、スケルトンの頭部がさらされ――――
「ぎゃあああ~~~~っっっ!!」
オレは本気で逃げ出した。
兜の下から無数の蟲が・・・・
スケルトンを倒し終わったときには、全員が一気に老け込んだ気分になっていた。
全身から力が抜け、もう1歩も動く気にならない。
子犬と子猫だけが、上機嫌にスケルトンの残骸をハミハミしている。
「今日まで、このダンジョンが攻略されなかった理由が、よく分かったわ・・・」
アマガエルさんが、がっくりとうな垂れている。強力な攻撃魔法を持たない付与士の彼女は、スケルトンに『緊縛』という魔法をかけ続けて、その動きを阻害していたのだ。
「私、2度とここには来ないからっ!」
レイさんは、大泣きしながら怒っている。
最後は、半狂乱になったレイさんが、その大鎌でスケルトンをバラバラにしたのだ。その時に飛び散った無数の蟲の姿を、彼女は一生忘れないだろう。合掌。
「ぼくも、もう2度と来たくないです・・・」
「にんにん」
周囲に飛び散った蟲を丹念に焼き払ったのは、鷹爪くんとヒヨコ丸さんだ。2人とも、完全にMPが切れるまで、地面を焼く行為をやめることが出来なかった。
「ああ、もうしばらくは町に引きこもっていたいや」
「賛成です・・・」
バラバラになったスケルトンの身体にライト・アローを叩き込み、【聖剣士の剣】で粉々に砕いたのは、イチゴちゃんとオレだ。聖属性の高ランク魔法を習得していたら、ホネの一片残らず浄化してしまいたかった。
そして、粉々になったスケルトンを食った子犬と子猫は。
バキバキバキという音とともに、2匹の身体がデカくなっていく。
こいつらが闇属性のエネルギーだか何だかを吸収して成長するのだとしたら、ダンジョン・ボスのスケルトンを喰らったら、どうなるか。
ギョッとするオレたちの前で、2匹は体長50センチほどまでに巨大化し、その形もずいぶん精悍なものに変貌を遂げた。
「うへぇ。なんか強そうになっちゃったねぇ。にんにん」
「ルビ~」
レイさんが呼ぶと、尻尾を振りながら走り寄っていく。デカくはなったが、ちゃんとコントロールはされたままらしい。
子猫・・・いや、猫の方も、鷹爪くんにすり寄って、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
「はあ、とりあえず帰ろうよ。帰り道に、またゾンビたちがいるだろうけど」
「はーい・・・」
オレたちは、ヨッコイショと身体を起こすと、とぼとぼと、また10階分のダンジョンを歩き始めた。




