幽霊船
それから目的地近くまでは、何事もなく過ごせた。
霧隠さんに袖にされ、おまけに昏倒させられたというのに、アリさんたちは何のわだかまりも見せない。
サヤクやケイチーも、オレに据え膳を拒否されたというのに、全く態度が変わらなかった。
本当に、彼らには感情が無いのかも知れない。
ダユム船では侵入するのが危険な海域が目的地のため、ケイチーたちは近くの島に停泊して、待っていてくれることになった。オレが目指す場所は、小さな島や岩礁が多く、潮の流れが速く複雑だったのだ。
サヤクたちが小船を操って、出来るだけ目的地近くまで乗せて行ってくれるという。
ずいぶん危険な目に合わせてしまうが、彼女たちはまるで気にしてないようだった。財宝の一部を分ける約束をしているとは言え、彼女たちの積極さはそれだけが原因ではないようである。
「彼女たちも情報を欲しているのかもねー」
「情報?」
霧隠さんの独り言のような言葉に、オレは思わず問い返した。
「今回の財宝は、沈没船の可能性が高いんでしょ?
彼女たちにしてみたら、自分たちが支配してる海域に沈んでる船なんて、興味を持たない訳にはいかないと思うのよねー」
「なるほど。自分たちの知らない船が、この辺りを行き来してる可能性だって出てくる訳か」
「あたしたちだって、今回の目的は財宝だけど、できたら沈没船自体の情報も集めたいとこよー」
「また新しいタイプの船かも知れないと・・・?」
「そうそう。過去の技術の方が進んでたなんて、ファンタジー世界じゃ定番でしょー」
なぜか全然思いついてなかったけど、確かに超古代文明なんてのは、ファンタジーやSFによく出てくるネタだ。でも、読書好きのオレが気がついてなかったことに当然のように思い至っていたとは、どんどん霧隠さんへの評価が変わってくるよ。最初は、巨乳で頭のゆるいオネーサンにしか見えなかったのに・・・。
サヤクたちが出してくれたのは、ちょっと形は違うがオールを漕いで進む小船だった。
オールは左右2本ずつあり、サヤク、ミルクー、ナナンに加えてチュマというテントウムシ型の小型の昆虫少女が操っている。オレと霧隠さんは、体力を温存しておけということらしい。
鳴門の渦潮かと見まがうような難所を、チュマの指示で進んでいく。
現実と変わらないレベルで描写された海の難所の恐ろしさは、想像をはるかに超えていた。
轟々と鳴る水音と、ざぶんざぶんとかかってくる波飛沫に、正直生きた心地がしない。オレに出来ることは、必死に船べりにしがみついていることだけだ。体力を温存するどころか、目的地近くの小島にたどり着いた時には、息も絶え絶えの状態になっていた。さすがの霧隠さんも似たような有り様だ。
「2人トモ大丈夫カ?」
「いや、ダメです・・・」
ぐったりしたオレたち2人を尻目に、サヤクたちは淡々と野営の準備を整えていく。
「申し訳ない・・・」
目的地に着いたらすぐにでも海に潜るつもりだったけど、とても無理だ。今晩はゆっくり休んで、宝の捜索は明日からということになった。
ヨロウスィークで仕入れていた食料を食べ、その日は早々に横になった。
オレと霧隠さんは、それぞれステルス・テントに潜り込む。
サヤクたちはステルス・テントそのものを知らないようで、焚き火を囲みながら、4人で交代で見張りを行うらしい。霧隠さんが、後で彼女たちにステルス・テントを進呈するような話をしていた。
4人には申し訳ないが、オレはあっさり夢の国に旅立った。どうせならログアウトして本気で寝たいところだが、サヤクたちがモンスターに襲われる可能性を考えて、ログインしたままだ。
そして深夜、その危惧は的を射ていたことを思い知る。
警戒を告げる笛のような声に、オレの眠りは破られた。
ステルス・テントの中で水王の槍を手にすると、そっと外の様子をうかがう。隣のテントからは、霧隠さんが同じように顔を出している。
なおオレたちのテントは、サヤクたちのいる場所から少し離れた場所に設営してあった。サヤクたちにトラブルが起こった際、外から支援できるようにする目的だ。警戒し過ぎかとも思ったが、どうやらその慎重さが役に立ったようである。
辺りは、いつの間にか白い靄に包まれていた。
その中を異形の者たちが、静かに行進している。
「あれは、スケルトン?」
「沈没船にいると思ったホネホネが、こんな場所まで出て来ちゃうとはねー」
サヤクたちの野営場所を囲むように蠢く者たちの身体には血肉が付いておらず、真っ白な骨格のみだ。いわゆるスケルトンである。頭蓋骨の中では鬼火青白く燃え、空ろな眼窩から辺りを照らしていた。
「かなり数が多いな。はっきり分からないけど、100体ぐらいいそうだ」
「それより、あれって何のホネ?尻尾とか翼とか付いてない?」
「2足歩行のドラゴンか?いや、顔はのっぺりとしてるな。
なんにせよ、サヤクたちに加勢するしかないか」
「そうねー。今は、そうするしかないわねー」
例によって、霧隠さんの姿が闇に溶けて消えた。オレの『反響定位』でも感知出来なくなる。姿を消したまま、スケルトンたちに接近していったのだ。
オレもステルス・テントから出ると、静かに移動を開始した。
スケルトンたちの動きは速くはない。
ゆっくりと迫ってくるホネの大群を、サヤクたちが迎え撃っている。1体1体の強さはそれほどではないようだが、仲間がいくら倒されようと遅滞なく繰り出される攻撃の波は、やがて彼女たちを呑み込んでしまうだろう。
オレは雄叫びを上げながら、スケルトンの群れの横っ腹に突っ込んだ。
槍をぶん回すと、ロクな手応えもなく、目の前のスケルトンはバラバラになって吹っ飛ぶ。
「お、これは思ったより簡単な」
スケルトンたちは鎧の1つも着けておらず、武器も持っている様子はない。猛獣のような牙や爪も見えず、特に脅威を感じない。
「ただ、目玉が3つあるのが気に食わないな」
縦横無尽に槍を振るいながら、青白い光ののぞく眼窩が3つあることに、オレは気がついた。マンガの影響かも知れないが、3つ目というのは超能力とか魔法とかを連想させる。
先に気付いたのが幸いだった。
スケルトンの群れの後方で何かの光が瞬いたのを見た時、オレはためらわずに『ウォーター・ブレード』を連射する。
炎系の魔法だったのだろう。炸裂音とともに、スケルトンたちの頭上で炎の華が広がった。うまい具合に『ウォーター・ブレード』で相殺できたようだ。
続いて魔法の光がいくつも閃く。
まずい。
『ウォーター・ブレード』を撒き散らしながら、必死にオレは魔法の着弾点から逃れようとした。
スケルトンたちは魔法に巻き込まれることも恐れずに、オレの行く手を阻もうとする。
「どけーーーっ!!」
背後が真昼のように明るくなった瞬間、激しい爆発音とともにオレの身体が吹き飛ばされた。まわりのスケルトンたちも、バラバラになっている。
「トカゲさんっ!?」
脳内に霧隠さんの声が響くが、答えている余裕がない。何度もバウンドしながら、オレの身体は転がっている真っ最中だったのだ。
死ぬ死ぬ死ぬ!
「少しだけ待ってて!魔法使いを仕留めるからっ!!」
「げふっ、お願い~・・・」
転がる勢いが弱まったところで、慌てて立ち上がる。
バラバラになった仲間を踏み越えて、近づいてくるスケルトンたち。
『アクア・ヒール』で自己回復すると、オレはとにかく走り始めた。一ヶ所に留まったまま戦うのは、危険だ。
走りながら槍を振るい、ホネたちを薙ぎ倒していく。
考えたら、魔法を使う敵と戦うのは初めてだ。こんなにも厄介な相手とは思わなかった。タブーやアマガエルさんに屠られてきたモンスターたちに同情の念がわく。
魔法を使う連中のいる場所がまだ遠いのか、サヤクたちに魔法攻撃が行われていないのは助かった。横から近づいたオレは、ぎりぎり魔法が届く距離だったのかも知れない。
走り続けるオレの後を追うように、地面が爆発する。そのたびにスケルトンが数体ずつバラバラになって消し飛ぶのが見える。結果的にスケルトン軍団の数を減らしてくれている。魔法の威力は侮れないが、頭の方はあまりよろしくないのか?
しばらくすると、その攻撃も飛んでこなくなった。
「魔法使いの殲滅、完了!」
霧隠さんからの個人チャットが届く。
「了解。あとは、こいつらを片付けるだけだね」
「それが・・・」
「ん?」
「海に幽霊船みたいなのがいてね、そこからホネホネがどんどん出てくるんだけど・・・」
「えーーーー!?」
更に激しく槍を振り回しながら、オレは魔法使いのいた場所に向かった。
霧隠さんが立っていたのは、激しく波が打ちつける岸壁だった。
白い靄が立ち込める沖合いに、浮かび上がるように1隻の船が見える。船体はボロボロで、幽霊船としか呼べない外観だ。
そして、波の上を無数のスケルトンが歩いてくる。
「うえっ、ホラーだなぁ」
「Jやイチゴがいたら、簡単にケリがつきそうなのになー」
「ああ、触っただけでレイさんが燃えちゃうぐらいだもんね。闇属性の敵には強そうだ」
スケルトンなら、確実に闇属性だろう。
「どうするー?あの船をなんとかしないと、キリがないわよー?」
「ああ、オレが行くよ。デカいモンスターは倒せないけど、船なら沈める自信があるから」
「よっ、さすが『海賊ハンター』!」
「なに、それ?」
「トカゲさんのクラスじゃなーい」
「え?」
「やだー、自分で気づいてないのー?しばらく前から『海賊ハンター』になってたわよー」
こそっと自分のステータスを見ると、確かにクラスが『海賊ハンター』になっていた。もとは『海人』だったのに。ハズ島沖で海賊船を沈めたせいかも知れない。
「これって、世界中の海賊から狙われるんじゃないの?」
「かもねー」
けたけた笑う霧隠さん。この脳天気さがうらやましい。
「じゃ、お願いねー。あたしは、サヤクたちのフォローをやっとくから」
そうだ。まだサヤクたちは、スケルトンの群れと戦っているのだ。無駄にダベっている場合ではない。
「了解。ちゃっちゃと片付けてくるよ」
「あ、海の上のスケルトンたちは平気?」
「まーかせて」
言うと、オレは海に身を投じた。
テンション・バーは、とっくにMaxになっている。
水上に頭だけを出すと、スケルトンたちの群れはすでに目の前に迫っていた。どういう理屈で波の上を歩いているのだろう。
下っ腹に力を込めると、一気にブレスを吐いた。
水中であることと水妖精の指輪の強化を受けて、今までにない強力な水流が波を割り、スケルトンたちを蹴散らして、幽霊船の船腹に突き刺さる。
「わーおっ!」
個人チャットで霧隠さんの歓声が聞こえた。
再び潜水すると、一直線に幽霊船に向かって泳ぎだす。
バラバラになった白骨が降ってくる中を進むと、水中でもぼんやりと光る船腹が見え始めた。板張りの船体には、ブレスに貫かれた穴が口を開けている。
「衝角!」
瞬間的に加速されたオレの身体が、船体に開いた穴に飛び込んだ。ガツンガツンという衝撃のあと、あっさりと船体の反対側に抜ける。
そのまま幽霊船の下に回りこむと、『アクセル・ランス』を発動。再び船体を突き破って、内部に踊り込んだ。
船腹を貫いたことにより、放っておいても幽霊船は沈むだろう。が、それでスケルトン軍団が消えるとは限らない。船内にスケルトンを操っている者がいるのなら、倒しておきたいところだ。
船内には、まるで人のいる様子がない。船底には様々な物資が積まれているものだろうが、それもない。空気は澱み、長い間人の手が触れていないことが窺い知れる。
オレはもう一度『衝角』を発動すると、甲板上に飛び出す。もちろん、途中の構造物はぶち破った。
甲板上にも人影は見えない。
船の後部に船橋がある様だ。誰かがいるとしたら、そこぐらいか。
水が溜まり、あちこちにフジツボやヒトデがついた甲板を歩き出す。はっきり言って、歩きにくい。
船橋には、仄かな灯りが見えた。
「いるな」
敵の魔法攻撃を喰らう前に接近せねばならない。
ダッシュすると、続いて『アクセル・ランス』を発動する。4回目の加速したオレの身体は、船橋の壁を突き破り、その内部に飛び込んだ。
オレの突入に巻き込まれて、舵輪が砕け散る。
その向こうに、豪奢なコートを着たスケルトンが1人立っていた。やはり、三つ目で尻尾付きだ。その手には、1本の錫杖。他のスケルトンたちが素っ裸だったのに、こいつだけカネがかかっている。
「お前が黒幕か?」
「ゴフルッ!」
意味不明の返事とともに、そいつは錫杖をオレに向けた。錫杖の先端の巨大な宝石が光を放ち、炎の塊が襲い来る。
「ちっ!」
『ウォーター・ブレード』で炎の攻撃を迎え撃った。
2つの魔法がぶつかり合い、船橋内を衝撃波が吹き荒れる。
戦闘開始のゴングは鳴った。




