チャンスは、もうありません
サヤクに紹介されたダユム船の船長は、バッタ少女だった。
NPCじゃなく、プレイヤーらしい。
そして、オレが出会った昆虫人の中で一番の美少女だった。バッタにしか見えない人間をつかまえて、美少女とか考えている自分が、もう怖い。
そりゃ、ハチ型のサヤクやアリ型のミルクーみたいに極端にウエストが細い訳じゃないけど、絶妙に滑らかなボディラインが、女性的な色気を醸し出しているのだ。バッタらしい柔らかそうな肌もいい。
「ケイチー ヨ」
ハーフコート姿の少女船長が、優雅な仕草で名乗った。
オレと霧隠さんも自己紹介を返したが、言葉は理解していないようで、サヤクが通訳をする。ケイチーはまだ言語スキルを持っていないので、オレたちの言葉が分からないのだ。
船には、何十人という船員が乗り組んでいた。
アリ型の者が多い。そのほとんどは、NPCに見える。船長が女性のせいか、船員も女性が大半だ。
「トカゲさん、ハーレムだねー」
霧隠さんが、変に嬉しそうに揶揄してくる。ダイナマイトボディの持ち主のクセに、中身は完全にオッサンだ。よほどケイチーやサヤクの方が、女の子らしく感じられる。
「そんなことより、ケイチーが持ってた物、気がついた?」
「銃を腰に下げてたわねー」
「うん。変わった形だったけど、あれは銃だよね」
ハーフコートに隠れてはっきりとは見えなかったけど、ケイチーは銃を装備していたのだ。
「色々と調べることが多くて、大変だわー」
「やっぱり、霧隠さんは調査を担当してるの?」
「忍者だからねー。でも、命令されてやってるんじゃないよ?あたしが好きでやってるだけ」
「なるほど。もしかして、今回の宝探しに首を突っ込んできたのも、船やら何やらが出てくるのを予想して?」
「さあねー」
ニヤリと笑う女忍者。何も考えてないように見えて、その行動は、実は恐ろしく緻密な計算に基づいているのかも知れない。
これでまた数日間、船に縛られることになる。
目的地は、ケイチーが用意していた海図を見て、オレが指示を出した。海賊の海図は、もうオレの頭の中に入っちゃってるので、第三者に見せることが出来ないのだ。それに、他の宝の在り処が描かれているようなシロモノを誰かの目に触れさせる訳にもいかない。
目的地には、2日ほどで着くとのことだった。
その間、オレと霧隠さんは船内の探索に熱中することになる。サヤクたちは、船なんか珍しくもないようで、ケイチーたちと集まってのんびりしているようだ。ログアウトも順番に行っているらしい。もちろんオレたちもリアルの生活があるので、ずっとログインしていた訳ではない。
「トカゲさん、大砲があるわよ?」
「うん。ちゃんとした大砲だね。それに数も多いし」
船内は4層に仕切られており、一番上の船倉には、ずらりと大砲が並んでいた。片側に5門ずつ。合わせて、10門だ。
「ビーナス行きの時の海賊は、大砲なんか使ってなかったなぁ」
「技術的には、彼らの方が進んでるんだねー」
オレたちが船倉をうろうろしていても、誰も見咎めない。ただ、さすがに大砲には近づけさせてもらえなかった。
「大砲があったら、巨大魚に対抗できるのかなー?」
「どうだろう。無いよりはマシだろうけど、相手は水中だから効果は期待できないんじゃないかな」
「やっぱりねー。
でも、どうにかして大砲の設計図も手に入れなきゃ」
「また、仕事が増えちゃったね」
「仕方ないわよー。これだけ情報が転がってるんだから」
「もっと、忍者がいればいいのに」
「何人かはいるんだけどねー。でも、こっちまで泳いで来れないでしょ?」
「ああ、そうか」
ハズ島からヨロウスィークまで船で来れない以上、あとは泳いでくるしか手段がないのだが、そんな無謀な真似が出来るのはニュートのオレか人魚に変化できる霧隠さんぐらいなのだ。
「じゃあ、しばらくは霧隠の独占状態か続くんだね」
「ありがたいような、ありがたくないような・・・」
「ははは。頑張れー」
「心がこもってないわよっ」
そして、夜。
船内の探索にも疲れたオレは、船倉の一画で横になっていた。
ちなみに、床は板張りだ。船体は巨大魚の身体を加工しているが、床や甲板は、普通に木材が使われている。
「霧隠さんじゃないけど、情報が多すぎて消化し切れないよ」
どの情報を優先的にタブーたちに伝えればいいのか悩むところだ。
昆虫人の船に乗せてもらうことはタブーには言ってあるが、うらやましがられただけで、ああしろ、こうしろという指示はなかった。素直に楽しんでこいという事なんだろう。
とりとめのないことを考えていると、2つの気配が近づいてきた。
オレが寝ているのは、個室でも何でもない。誰でも自由に出入りできる場所に、勝手に絨毯を敷いてるだけだ。だから、他の船員が近づいてきても不思議はないのだが・・・。
「サヤク。ケイチー」
灯りもない真っ暗な船倉を、ためらいもなく近寄ってきたのは、サヤクとケイチーだった。『反響定位』のおかげで、暗闇の中でもオレには2人が判別できるが、2人はどうやってオレを感知しているのだろう。
「一緒ニ寝ル」
そう言うと、2人はオレの両脇に横たわった。
「え?ちょっと・・・」
「貴方ガ私タチヲ気ニ入ッテルノハ、分カッテイル。デモ、モシ他ニモット気ニ入ッタ者ガイルノナラ、ソウ言ッタライイ」
どういうこと?気に入った子がいるんなら、連れて来てくれるってこと??
昆虫人の美少女2人にはさまれて、オレは混乱していた。
「いや、そんな子はいないけど・・・」
「ダッタラ、コレデイイ」
いやいや、「これでいい」じゃなくて!意味分からないから!!
だいたい、まだ言葉も通じないケイチーまでが、どうして一緒に寝に来てるんだ?
「オレみたいなヨソ者と一緒に寝てていいの?」
「カマワナイ。私ガ気ニ入ッタンダカラ、問題ナイ」
そう言って、更にオレに密着してくるサヤク。
「えー、でも、ケイチーまで、なんで??」
「私ガ気ニ入ッタトイウコトハ、ケイチーモ気ニ入ッタッテイウコト」
「え?サヤクとケイチーは、何か特別なつながりがあるの?」
「特別デハナイ。ソレニ、私トケイチーノ間ノ事ダケデモナイ」
「・・・君たちの1人が気に入るということは、君たち全員が気に入るってこと?」
「ソウ。貴方ト霧隠ノ心ガ繋ガッテイナイ事ニ、私タチハ驚イタ」
どうやらサヤクたち昆虫人たちは無意識下で繋がっていて、知らず知らずのうちに意思を共有しているらしい。アリやハチが群れで生活していることを思えば、納得できるような話ではある。
しかし、だったら2人とムフフなことをしちゃえばいいって展開は、無理だ。
何度も「気に入った」とは言ってくれているが、全昆虫人の意思に基づいているとなると、むしろ調査としての意味合いが強いに決まっている。昆虫人からしても、オレや霧隠さんは謎の存在なのだから。
サヤクやケイチーとムフフなことをしたからと言って、その感覚を他の昆虫人が共有する訳ではないだろう。しかし、全昆虫人の無意識下にその情報は納められるのだ。いくらなんでも、それは勘弁して欲しい。オレは、けっこうシャイなのだ。
オレが固まっていると、ケイチーまでもが密着してきた。
ハチ型のサヤクと違って、バッタ型のケイチーの感触は、より人間に近い。理性を試される。
ちなみに、トカゲのあの部分は、下腹部の左右に1つずつ、つまり2つ付いている。普段は身体の中に収納されていて、必要なときにコンニチハと顔を出す。
ワニなんかになると、普段身体の中に収納されているのは同じだが、哺乳類と同様にブツは1つだけである。
で、リザードマンはと言うと、ワニ・タイプだ。
通常は身体の中に収納されているため、自分の下腹部に使用可能なブツが付いてると知ったのは、初めてエルフのキャラを操ったときだった。あの時は、「なんじゃ、こりゃあ~!?」って叫びたくなったぐらいだ。
それでも、本当に性交渉が可能なことは、マリーさんの話を聞くまでは半信半疑だった訳だが。
そして、今。
オレの理性は、これまでにない強敵に翻弄されていた。
サヤクたちの誘いに乗っかるのは論外だと思いながら、誘いを断ることが、昆虫人たちとの関係を断つことになりはしないかという危惧を捨て切れないのだ。
今後の人間と昆虫人の関係を思えば、2人と関係を持つことが正解なのかも知れない。
しかし、無理だ。
オレの神経はそこまで図太くないし、人間を代表するんだという使命感もない。
ここは霧隠さんにお任せして・・・
って、オレがこんな目に遭ってるのに、あの人は大丈夫なのか?
そのとき、船内に女性の大声が響き渡った。
「この変態アリが~~~っ!!」
霧隠さんの声だ。
すかさず起き上がると、声の発生箇所を目指して駆け出す。
グッタイミングだよ、霧隠さん!
個人チャットで確認を入れると、彼女は甲板にいるようだ。
天井の低い船倉にいると、息が詰まるらしい。
後部甲板まで行くと、すでに騒動は終わっていた。
仁王立ちの女忍者の足元で、アリ男たちが4人倒れている。その4人の股間に奇怪な器官が屹立しているのがキモい。案の定、その部分までキチン質だ。
女忍者の顔は、怒りのためか真っ赤である。
その周りを何人かのアリさんたちが囲んでいるが、これは見物人のようである。
「霧隠さん!」
「トカゲさーーーん!こいつらに襲われたのよーーーー!!」
泣き真似しながら、駆け寄ってくる霧隠さん。恐ろしく、白々しい。
「何があったの?」
「こいつらと一緒に飲んでたんだけど、急に変なモノ立てて襲いかかってきたからー」
「それで、返り討ちにしちゃった?まさか、殺した?」
「ちゃんと気絶させる技を使ったよー」
その答えにホッとする。ここで殺生沙汰になったら、下手したら戦争になってしまう。
「霧隠、大丈夫カ?」
サヤクが追いついてきた。
「ごめん、サヤク。ちょっと行き違いがあってー」
ケイチーが、倒れたままのアリさんたちに声をかけている。
他のアリさんたちは見ているだけで、特に殺気立っていないのが救いだ。全員が無意識下で繋がっているせいか、感情的になる個体がいない。これが人間なら、状況も分からないまま相手を糾弾し始める者が絶対に出てくるところだ。
ケイチーの指示で、倒れていた者たちがどこかへ運ばれて行った。それと一緒に、見物していた連中も引き上げていく。どうやら、彼らの間では結論が出たようだ。
「スマナイ。我々ト貴女方トノ違イガ、マダ把握デキテイナカッタ」
「こちらこそ申し訳ない。彼女が誤解されるような行動をとってしまったかも知れない」
「ちょっとー、トカゲさーん」
「霧隠さんが悪いとは言わないよ。でも、何が彼らに対してのOKサインになったのかも分からないから、彼等が悪いとも思えないんだ。
サヤク、ケイチー、だから彼らを罰したりしないで欲しい」
「・・・分カリマシタ。彼等ニハ注意スルダケニシテオキマス」
「まだオレたちは、お互いに知らないことばかりだ。これからも行き違いはあると思う。だから、お互いが理解し合うことを優先しよう」
ああ、エラそうなことを言ってるなと思う。
オレは、こんなことを言いたくないんだ。こんなことを言うのは、タブーあたりに任せたいんだよな。一刻も早く、タブーやマリーさんをこっちに連れて来ないと。
「貴方モ、私タチト交尾スルノヲ好ミマセンカ?」
「う」
そこに投げ込まれるサヤクの直球。
「えーと、オレたちは基本的に一番大事な人としか性交渉を行わないんだ」
霧隠さんが生温かい視線を向けてきている。
「オレたちは個体ごとに価値観が違うから、不特定多数の異性と性交渉を行う者もいる。でもオレたち2人は、そうじゃない。だから申し訳ないけど、オレたち2人には性交渉を期待しないで欲しい」
そう言いながら「あ~あ、これでケイチーやサヤクとムフフ出来なくなっちゃったよ」と、心の中で嘆くオレ。
「分カリマシタ。残念デスガ、貴方方ト交尾ヲスルノハ、アキラメマス」
「すまない。決して、君たちに魅力を感じないからじゃないんだ」
「あーあ、未練たらたらじゃん」
背後から何か聞こえたけど、無視した。完全に無視した。
ケイチーのことは、あきらめます。




