巨大魚の船
サヤクの交尾OK話は、冗談という訳ではないようだった。
と言って、積極的に迫ってきてるのでもない。
ただの事実を淡々と口にしたようだ。そもそも、昆虫人たちに冗談という概念があるのかどうかも、まだ分からないが。
お互いの拙い言語スキルを駆使しながら話したところ、彼女たちも、この世界が仮のものだということは理解しており、オレたち同様に楽しんでいるとのことだった。
交尾に関しては、強い子供を作る為に、強いオスや他の者が持たない能力を持ったオスと交わるのは当たり前のようだ。
アリやハチは女王しか卵を産まないが、似たような姿をしていても、そのあたりは違うらしい。ただ、サヤクたちも子供は卵で産むという。
果たして、交尾なんて出来るものか?
さすがに、どうやって交尾するのかとか、その部分がどうなってるのかまでは聞けなかった。
霧隠さんは無責任にGOサインを出してきたが、だったら自分がイケメンのアリさんを捕まえればいいじゃんて言うと、真剣に考え始める。満更でもないらしい。アソコもキチン質かもよって耳打ちすると、顔色が青くなった。あとは、自分の責任で頼みます。
でも、仮に異種族間でも性交渉が可能とすると、先にVRの世界で擬似体験しておくと、実際にそんなシチュエーションになった時にいらない心配をしなくて済むよなぁ。ただ現実で、異種族とそういう色っぽい展開になる日があるとは思えないけど。
異星人や異世界人と出会った上で、そこまで関係が進むってことだろう?どこのラノベですかって話だよね。
ちなみに、サヤクたちの正体については、分からず終いだった。言語のスキルレベルが足りないのか、システム上のブロックが入るのか、肝心な部分になると意味が通じなくなるのだ。
仕方ない。ゆっくり理解を深めていくしかないだろう。少なくとも、友好な関係を築けるように努めなければならない。日本人プレイヤーの中にも血の気の多いヤツはいるから、そんな危険人物がヨロウスィークにたどり着く前に、事は進めないといけないが。
なんにしろ、まずは船を造るのが先決だ。
我らが「まったり」と「少女たちの狂おしき永遠」のメンバーたちなら、昆虫人たちともうまくやれるだろう。
と言う訳で、伐採中である。
もちろん、船を造るためだ。
「まったり」の造船担当は、スモーカー。スモーカーの扱いに慣れている鷹爪くんが、補助役だ。そして、なぜかレイさんがニコニコしながら、そこに付き合っている。オレも出来るだけ手伝うつもりだ。
伐採は、チョコドからそう遠くない小さな森で行っている。
大規模な船を造るとなると、もっと大きな森に遠征しないといけないだろうが、今はまだ丸太舟の段階だ。そこまで大量の木材は必要でない。
斧を振るって木を切り倒すオレ(エルフ・バージョン)、スモーカー、鷹爪くん。それを見守るレイさん。
定期的に現れるモンスターは、レイさんの大鎌に切り刻まれた。
モンスターの首を刈りながらキャハハハ笑うレイさんが恐ろしかったが、聞こえないフリだ。鷹爪くん、師匠がその人でいいのか?
切り倒した木材は、各々のアイテム・ストレージに入れて、チョコドまで運搬した。現実だと木材を引っぱっていかないといけない訳だから、便利な話だ。しかし、アイテム・ストレージにも2~3本ずつしか、木材のような大きくて重い物は入れることが出来ない。これまで意識したことはなかったが、アイテム・ストレージに収納できる物の重量は、筋力値に影響されている様だ。
今回のメンツでは、悲しいかな、一番筋力があるのはレイさんだった。レイさんのみ3本を運ぶ。オレたち男性陣は2本ずつである。鍛えなきゃね。
チョコドでは、「まったり」と「少女たちの狂おしき永遠」共同で、造船ドッグを借りていた。
そんな区画があることさえ、一般プレイヤーにはあまり知られていなかったが、一部の生産者たちの間では、公然の秘密だったらしい。船の設計図が手に入らないせいで、活用されていなかったということだ。
「少女たちの狂おしき永遠」の造船担当は花という人間だった。
なんでもギルドで一番の秀才らしいが、いつも笑顔が全開のいい子で、ギルドメンバーにテキパキと指示を出しては、船造りを進めていた。細身の女性キャラクターが多い中で、なぜか彼女だけムチムチしているのは余談だ。
が、スモーカーも花ちゃんも、造っているのは、まだ丸太舟である。『造船』スキルが10を超えるまでは、丸太舟しか造れないらしい。丸太舟を10回造ればスキルが10を超え、カヌーを造れるようになる。そして、カヌーの製作を繰り返してスキル20を超えると、双胴カヌー。スキル30を過ぎて、ようやくオレが拾ってきたセーリング・カヌーの設計図の出番となる。
はっきり言って、先はまだ長い。
マリーさんやタブーは、NPCから船が買えないものか模索しているという。
オレも、海賊あたりから船を分捕れたらいいななんて考えている。
しかし、NPCから買えるぐらいなら、すでに他のプレイヤーが買っていそうなものだし、海賊の船を奪う方法も思いつかない。だいたい船を奪えたとしても、1人じゃチョコドまで運んで来れないよなぁ。やっぱり、自分たちで造るのが一番の近道なのだろう。
なお、ヒヨコ丸さんやアマガエルさんといった戦闘力の高いメンバーは、ダンジョン等の危険地帯にこもって、高価な戦利品をかき集めている。大型船を造るのに、どれだけ資金が必要か見当もつかないからだ。「まったり」からも、タブーとノイズが同じ作業に着いている。
「レイさんもエースの1人だって聞いたけど、我々に付き合ってていいんですか?」
「わたしは、この間の雪山でたっぷり利益を上げてきましたからね」
「ああ、北の森で初めて会ったときの・・・」
「そう。珍しい毛皮や宝石を山ほど持って帰ってきたから、もうノルマはクリアーしちゃってるの」
レイさんは、無邪気に笑う。
透明感のある真っ白な肌に、黒曜石のような瞳、背中まで伸ばされた漆黒の髪。本当に綺麗な女性だ。これで血に飢えた猟奇的な性格でなければ、鷹爪くんに代わって弟子入りしたいところだ。あ、異常なぐらいにイチゴちゃん好きでもあったな。
しかし、オレも資金集めに貢献しないとなぁ。タブーとノイズだけに任せ切っている訳にもいかない。
リザードマンでの探索行を並行して行ってるせいで、船造りの手伝いも中途半端になってしまうから、せめてお金だけでも稼いで来ないといけない気分だ。
となると、例の宝の地図にあったポイントの1つを攻めてみるしかないかな。
もちろんマリーさんやタブーには相談してみるが、調査にもなるし、たぶん了承してもらえるだろう。
昆虫人と友好を深めるのは、霧隠さんにお任せだ。アッチの方も含めてね。
鷹爪くんに鞭打たれながら、その日だけでスモーカーの『造船』スキルは20に届いた。
でも、丸太舟に比べれば、カヌーの製作にかかる手間は一気に数倍に跳ね上がる。船造りの本番は、ここからだ。
頑張れ、スモーカー!頼むぞ、スモーカー!!
さて、と言う訳で早速の宝探しである。
マリーさんとタブーは、あっさりと単独での宝探しを了承してくれた。
見つけた財宝を少々ポケットに入れちゃっても、文句は言わないそうだ。実際、どれだけの財宝を見つけたかは、オレの申告を信じるしかないからな。もちろん、正直に申告するつもりではあるけど、カッコいい剣や鎧があったら、誘惑に負けちゃうかも知れない。
必要な食料や薬品は、チョコドで入手して郵送しておいた。
ヨロウスィークで手に入る物は、まだ味や効果がよく分かっていなかったからだ。
目的地は、ヨロウスィークの南方の海中である。周囲には細かい島や岩礁が無数にあるようで、船にとっては相当な難所なのだろう。
「つまり、沈没船が相手ってことね」
ワクワクでドキドキで、ビクビクである。
口にしたくはないが、スケルトンの大群に襲われる図が簡単に想像してしまえるのだ。
「まあ、怖がってても仕方ない」
ヨロウスィークを出て、数日前に上陸した港を目指す。
リザードマンのオレの姿を見ても、誰も奇異な目を向けなくなっていた。素直に、ありがたい。
でも、情報の伝達速度が速すぎる気がするよね。
オレと直接接触した昆虫人は、まだまだ数が少ない。オレのことを見たこともなければ聞いたこともない人も多いハズなのに、誰にもそんな素振りが見られないのは不思議だ。やはり、アリやハチのように速やかに情報を伝え合うシステムを持っているのだろうか。
「で、水臭いわよね、トカゲさん」
え?
不意に声をかけられて、見ると、霧隠さんが立っていた。
いや、霧隠さんだけではない。サヤク、ミルクー、ナナンも一緒だ。
「どうしたの?」
「マリーさんから聞いたけど、宝探しに行くんでしょー?」
「ああ、うん。資金稼ぎと調査にね」
「だったら、あたしたちにも声をかけてよねー」
「ええっ?だって、何日かかるか分からないんだよ?」
「そーんなの、関係ないよー!宝探しなんて面白そうなこと、行きたいに決まってるじゃなーい!」
腰に手を当ててプリプリしてる霧隠さんの後ろで、サヤクたちもウンウン頷いている。
「でも、霧隠さんはともかく、サヤクたちは泳げるの?」
「私タチハ、泳ゲナイ」
「じゃあ、一緒に行くのは無理だと思うんだけど」
「船デ待ッテルカラ」
「え、船?」
「私タチガ船ヲ出ス。ダカラ、連レテ行ッテ欲シイ」
「船か・・・」
正直、サヤクたちの同行を許せば、彼女たちにも宝を分けなきゃいけなくなるという思いが、オレの中で引っかかっている。
でも彼女たちが船を出してくれると言うなら、昆虫人の船の知識も手に入るし、悪くない話かも知れない。彼女たちと親睦を深めることにもなるしな。
「何日も船に乗ったままになるけど、大丈夫なの?」
「大丈夫。船デ過ゴスノハ慣レテイル」
「そうなんだ?じゃあ、一緒に行こうか」
マリーさんが霧隠さんに宝探しのことを伝えたというのなら、サヤクたちが同行する可能性も折り込み済みだろう。だったら、あまり難しく考えてもしょうがない。
港にたどり着くと、ミルクーがアリ型の作業員に駆け寄り、にこやかに話しかけた。
そう。なんとなく、にこやかにしてるのが分かる。
「ミルクーって、女の子女の子してるよねー」
「あ、やっぱり?オレもそんな気がしてた」
「アノ子ハ、人タラシヨ。アノ子ニ話シカケラレルト、誰デモ言ウコトヲ聞イテシマウ」
「うわっ、怖いなぁ」
サヤクの言葉に、ミルクーを見る目が変わってしまう。
でも確かに、ミルクーを見ていると、クネクネしてるし、にこやかな雰囲気だし、人に好かれるのも大いに頷ける。彼女がモンスターを使役していたのを見ると、人だけでなくモンスターにまで好かれるのかも知れないが。
しばらくすると、ミルクーがタッタッと走って戻ってきた。
「船、チャーター出来タヨ」
「チャーターしたの?お金は?」
「ソレハ任セテ。私タチガ尾イテ行クンダカラ」
「じゃあ宝が手に入ったら、それで払うよ」
「タクサン手ニ入ッタラ、オ願イスルワ」
サヤクはいたずらっぽく笑った・・・ように見えた。
「うぉっ、チャーターした船って、これか!」
ミルクーが調達してきたのは、例の巨大魚を改造して船に仕立てたものだった。
「これに乗れるとは思わなかったわねー」
霧隠さんも、ポカーンと口を開けている。
この船の情報が得られるんなら、財宝を少々分けるぐらい安いものかも知れない。
「意外と魚臭くないのね」
全長30メートルの魚が船になっているにしては、確かに魚臭くない。腐らないようにもしなきゃいけないし、特殊な加工がしているのだろう。
そして、船首の顔が怖い。
ぎょろりと大きな目、巨大な牙がズラリと並んだ口。海中ではお目にかかりたくない風貌だ。なんせ、その口の大きさは、オレを一呑みに出来そうなのだから。
身体は、細長い方だろう。魚と言うよりは、竜に近いのかな。いや、それはよく言いすぎか。
ウロコの1枚1枚も大きく、よく見たらナナンの背負っている盾に似ている。あれは、ダユムかそれに近い魚のウロコが材料だったようだ。
「霧隠さん、チーム海中で、こいつに勝てると思う?」
「いやー、無理だと思うよー」
鬼のように強い霧隠さんが、あっさり勝てないと言う。でも、それも当然と思える巨体と、凶悪な風貌なのだ。
「でも、こいつを何とかしないと、ハズ島からこっちに船で来れないんでしょう?」
「うーん、そうなんだよねー。でも、普通にやったら勝てる気しないもんなー」
ぼやきながら、オレと霧隠さんは甲板に上がるのであった。




