巨大アリ狩り
しばらく歩くと、ちょっとしたジャングルになった。
鬱蒼と生い茂った木々のおかげで、かなり薄暗い。
鳥だか猿だかの鳴き声が、ずっと辺りに響き渡っている。はっきり言って、かなり気持ち悪い。
太陽の光があまり地面まで届かないせいで、足元は地面が剝き出しになっており、歩きやすいのだけは助かった。
巨大な木がひしめき合ってるせいで、オレの『反響定位』も近場にしか通用しない。範囲を広げると、超音波が反射しまくって、何が何だか分からなくなってしまう。正直、心許ない気分だ。
サヤクたちは、慎重ながらも迷いのない足取りで進んでいく。
仕方ないから、黙って彼女たち(たぶん)のあとを尾いていくことにする。
「なんだか、腐ったような甘ったるいような不思議なニオイがするわねー」
「基本的には、緑のニオイなんだろうね。ちょっと、違和感はあるけど」
「やっぱり、あたしたちが知ってるジャングルとは違うってこと?」
「そう思うよ。ただ、オレたちの世界のジャングルにも、そんなに詳しいわけじゃないけど」
「そりゃ、そうだ。ジャングルに詳しいゲーマーなんて、かなり珍しいわよねー」
サヤクたちに聞かれないように、霧隠さんとの会話は個人チャットで行っている。
サヤクたちもまるで言葉を発しなくなったが、3人だけに聞こえる方法で会話してるのだろうか。ただ、3人の額に生えた触角が元気に動き回っていて、お互いに信号を送り合っているようにも見えなくもない。
そして案の定、サヤク触覚が緊張したようにピンっと立った直後に、彼女たちが一斉に動きを止めた。
オレと霧隠さんも、ストップする。
「敵?」
「大きな影が近づいてくるね。カバぐらいのデカさかも」
オレは盾を構えると、静かにサヤクたちの前に出た。それを見た3人が、やはり静かに左右に広がっていく。何の打ち合わせもしていないのに、連携が取れている感じだ。悪くない。
続いて、背後の霧隠さんの姿が、スッと消えた。『反響定位』でさえも感じ取れなくなる。昆虫少女たち3人も、びっくりした様子で、小さく背後を振り返った。彼女たちは、どういう理屈で周りの動きを察知しているのだろう。
つか、霧隠さんの『隠蔽』スキルの高さは、シャレにならない。超音波でも探知できないって、物理的にも消えているのか?
木々の間からヌッと姿を現したのは、お目当ての巨大アリだった。
アリと言っても、ミルクーとは違って完全な昆虫型だ。6本足で移動している。ただ、その大きさは、オレが察知した通り、カバほどもある。
体表は青みがかった黒色で、キチン質というよりは金属的だ。光沢が美しい。ぜひとも鎧に仕立ててみたい。
が、その前に、クワッと開かれた大顎がヤバい。
あんなもので咥え込まれたら、さしものリザードマンの身体だって、簡単に真っ二つだろう。
ちびりそうな思いに耐えながら、クラーケン・シールドで大顎を正面から受け止める。て言うより、盾をがっつり咥え込まれた。もぎ取られそうになるのを、必死にこらえる。
やばやばやば。
試しにと思ってまともに受けてみたけど、これは無理だ。2度とやらない!
「ふぐぅぅぅ~~~っ!!」
呻いていると、ハチ型のサヤクがオレを飛び越えて行った。背中から透明な翅が展開している。さすが、ハチ!
「ピルルルル~~っ!!」
手にした槍が、巨大アリの複眼に深々と突き刺さった。
激しく身悶える巨大アリ。盾が、オレの手からあっさり奪い取られていた。
やばやばやばやば。
よろけるオレをかばうように、ナナンが前に出る。
見れば、ナナンの持つ槍は、かなりゴツい。そう、巨大アリの動きを受け止められるぐらいに。そして腹部の短い腕は、他の2人とは違って、両手ともに円い小盾を持っていた。もともと盾役だったのだろう。
「サンキュー!」
あわてて盾を拾うと、ナナンの隣で、もう一度巨大アリの攻撃を受け止める姿勢に入った。
「ルルル・・・」
ナナンも何か返事してくれたようだが、まだ意味は理解できない。
と、視界の隅を1羽の鳥が横切っていく。
鳥?
多分、鳥だ。
ただ、その肌はキチン質で、昆虫と同じ外骨格の身体を持っているように見える。広げられた羽もキチン質だ。いや、その下から透明な翅が伸びている。見た目は鳥だが、中身は昆虫ぽい。
メタリックな光沢の赤い身体を持つその鳥は、巨大アリに突撃すると、クチバシで攻撃を加えているようだ。
ワシのような大きな鳥だけに、クチバシでの攻撃は、思った以上に巨大アリを苦しめている。
それを操っているのは、ミルクーだった。
鳥は、召喚か調教かしたモンスターなのだろう。
オレが知らなかっただけかも知れないが、「召喚士」や「調教師」といったクラスもあるらしい。
鳥に意識を奪われた瞬間、巨大アリの背に、別の影が躍った。
霧隠さんだ。
両手の短剣が閃く。
ウソのように簡単に、巨大アリの首が地面に落ちる。
「ピーーーーーッ!」
ミルクーが、地面の首を押さえて悲鳴を上げた。やはり、同じアリという意識はあるのだろう。自分の首を落とされたような気分になったのかも知れない。
そこからは、殲滅戦だった。
現れる巨大アリをオレとナナンが食い止め、サヤクが攻撃を加え、ミルクーの操る鳥が攪乱し、霧隠さんがトドメを刺す。その連携で、次々と戦果を量産していった。
時に2体同時に巨大アリに出くわすこともあったが、オレとナナンが1体ずつを受け持ち、問題なく仕留めることが出来た。
どうやら、盾役としては、ナナンの方がオレより上らしい。精進せねばらない。
覚え立ての『ウォーター・ブレード』も試してみたが、水で形成されたリング状の刃を飛ばすという魔法だった。戦輪のイメージだ。
巨大アリの太い足には大して効果がなかったが、触角を斬り飛ばしたり、複眼を破るぐらいの威力はあった。『ウォーター・シュート』よりははるかに強かったし、これから使い込んでいけば、なかなかの戦力になるんではなかろうか。
10匹ぐらい屠ったところでテンションがマックスになったので、ブレスを吐いてみると、一撃で巨大アリの頭が吹き飛んだ。4人ともが驚きの声を上げてくれて心地よかったのが、この日の最高のご褒美だった。
結局、この日は20匹以上の巨大アリを倒し、そろそろ引き上げようとした時、そいつは現れた。
今までのアリの大きさがカバぐらいなら、そいつの大きさはゾウぐらい。明らかにサイズアップしているが、そいつもアリには間違いなかった。ただ、全体的な印象が鋭角的で、大顎は更に大きく、6本の足には刃物のような突起が無数に生えている。
木々の間から現れたそいつは、最初からオレたちを狙っていたように、堂々と眼前に立ちはだかった。
今までのアリが働きアリとしたら、もう一段巨大なこのアリは、きっと兵隊アリだろう。
働きアリが大量に被害に遭っているのを察知して、その原因を取り除きに来たのか。
「ピーッ、ピーッ!」
サヤクの発した声に反応して、昆虫少女たちが素早く散開する。
ナナンが、背中に負っていた大盾を構えるのが目に入った。
コガネムシみたいな姿と思っていたけど、盾だったのか、あれ。大盾をはずしたナナンは、一転してほっそりとした体型だ。カミキリムシ?無理に、地球の昆虫に当てはめようとしない方がいいのかな。
「ピルーッ!」
ミルクーが叫ぶと、どこからか更に2羽の鳥が飛んできた。あわせて3羽になった赤いワシ(?)が、巨大兵隊アリに攻撃をかける。
オレも『ウォーター・ブレード』を飛ばしながら、ナナンの隣に陣取った。
水の戦輪は、狙い違わず兵隊アリの複眼を傷つける。
目への攻撃をいやがって首を振る兵隊アリ。その背中に、上空からサヤクが突っ込んだ。今までは低空飛行しかしていなかったが、高く飛べない訳ではないようだ。
ギィン!!
しかし、その攻撃は兵隊アリの装甲に弾かれた。
働きアリより大きいだけでなく、その防御力もはるかに高いと見える。
自分の背中から落下しようとするサヤクに大顎を向ける兵隊アリ。その横っ面に水ブレスを叩き込む。
が、働きアリの頭を消し飛ばしたブレスも、兵隊アリには大して効果がない。いや、ガクっと体勢を崩したところを見ると、脳を揺らすぐらいのことは出来たか?少なくとも、サヤクへの攻撃は防げたのは確かだ。
そこに霧隠さんが襲いかかる。でも、いつもなら急所を狙うところを、足を1本斬り飛ばしただけだ。装甲の厚さを見て、確実に敵の戦力を削る手を選んだらしい。
もがく兵隊アリの背中から、再び姿を消す霧隠さん。
「ピイィィィィ~~~~ッッッ!!」
サヤクが、これまでと違う甲高い声を発する。何かの技の準備動作のようだ。
ミルクーの操る3羽の鳥が攪乱攻撃を加え、兵隊アリの意識をサヤクから逸らせている。さすが、コンビネーションがいい。
サヤクの持つ槍が、ゴウっと炎を発した。
同時に地面を蹴って、猛烈な勢いで兵隊アリに迫る。跳躍後に放ったのは、炎をまとった5連突き。
兵隊アリの複眼が、爆発するように砕け散った。
強烈な熱波が吹き荒れる。直接に攻撃を喰らった兵隊アリのキチン質の下の体組織は、激しく焼かれていることだろう。
そして、兵隊アリの巨体が地響きを立てて横転した。
サヤクの攻撃に合わせて、霧隠さんの攻撃が更に2本の足を切断してのけたのだ。右側の全ての足がなくなっては、立っていられるハズがない。
「ピルピルピル~!」
チャンスだとでも叫んでいるのか、ナナンとミルクーも特攻をかける。もちろん、オレもだ。
が。
横転したままの兵隊アリが大きく顎を仰け反らせたのが目に入った瞬間、オレの背を戦慄が駆け抜けた。何だか分からないが、やばい!!
「注意!!」
ナナンとミルクーが急ブレーキをかける。が、サヤクが兵隊アリの真ん前にいるままだ。
オレ1人走るのをやめず、サヤクの前に回り込む。
「下がれ!」
クラーケン・シールドを構え、盾スキルの『魔法盾』を発動。魔法を初めとする特殊攻撃を防ぐ魔法陣が盾の前面に展開する。
兵隊アリの仰け反っていた頭が戻ってくると、その口から毒々しい色の液体が吐き出された。
やばい予感が最高潮に達する。
その液体に、真っ正面からミルクーの3羽の鳥が飛び込んだ。羽をいっぱいに広げ、液体を受け止める。
「!!」
ジュッという音とともに、3羽の身体が白い煙に包まれた。
酸だ。
鳥たちが白煙に包まれたまま、地面に落下する。
「アー、小鳥サンタチ!!」
いや、小鳥さんって・・・と思いながら、『魔法盾』で酸をはね返した。オレの周りの地面に酸が飛び散り、激しく白煙を噴き上げる。
オレのHPバーもぎゅるりっと削れたところを見ると、完全には防げなかったようだ。ミルクーの鳥たちが身を挺してくれなければ、ひょっとしたら危なかったかも知れない。
が、それより、オレの装備は大丈夫か?隠しパラメーターで装備の耐久値なんてあったら、今ので相当にやばいことになってそうだ。かなり心配だ。
そして、兵隊アリの抵抗もそこまでだった。
残された左側の足を振り回すしか出来ないところを、背中側から一方的に攻撃され、ついには力尽きる。
「ふぅ。今のは厳しかったね」
「ソウデスネ。アンナ大物ガ出テクルトハ、思ッテイナカッタデス」
「やっぱり、あれはイレギュラーだったんだね」
「私モ初メテ見マシタ」
「トカゲさん、話が通じてるんじゃない?」
「あ!」
霧隠さんの指摘に、オレとサヤクたちは顔を見合わせた。
「通じてるね・・・」
「マスネ・・・」
どうやら、言語関係のスキルが、意味を解せる程度に上昇したらしい。
「サッキハ、カバッテクレテ、アリガトウ」
酸からサヤクをかばったことを言ってるらしい。
「いや、当たり前のことだから・・・」
直球でお礼を言われて照れるオレ。サヤクは、そんなオレをじっと見つめる。
「嬉シカッタデスヨ」
ハチみたいな外見と思っていたが、よくよく見ていると表情の変化とかも分かってきて、なんだか・・・そう、なんだか可愛く感じられてきた。腰はキュッと締まってるし、身体つきもセクシーだ。何より、吊り目気味の複眼が色っぽ・・・
「トカゲさん、目つきがやらしいよ?」
背後からの指摘に、心臓が跳ねた。
「いやいやいや、変なことなんて考えてないから!」
「どうだかー」
霧隠さんに、なぜか必死に言い訳していると、またサヤクが正面から言い放った。
「私ト交尾シタイノ?」
「ちょっ・・・!」
「アナタトナラ、考エテモイイヨ」
「おー、トカゲさん、やったじゃん!」
勘弁して下さい、ホントに・・・。




