大航海時代の予感
「いや、それは納得できないなぁ。実際、PCのケーブルを抜いたらゲームから落ちることは、私自身も確認済みだ」
東雲さんが、タブーに異を唱える。
VRゲームからログアウト出来なくなるという有名なネタを無視し切れず、ゲーム中にケーブルを抜いたりPCを強制切断したりして、ちゃんと落ちることが出来るかを確かめた人はけっこういたらしいと聞く。どうやら、イケメンな彼女も、その1人だったようだ。
「確かに、ネットにつないでいないと、このゲームには接続できない。しかし、ネット回線を使ってデータのやり取りは行われていないのだ」
「はぁ???」
「つまり、このゲームは、インターネット回線を使っているフリをしているだけだ」
「なんだと・・・?」
絶句だ。さすがに、絶句である。
室内にいた全員が、豆鉄砲を喰らった鳩みたいな表情になっている。
つうか、意味が分からん。
タブーは、何を言いたいんだ?
「それは、確かな話なのでしょうか?」
困惑した表情のまま、マリーさんが質問を発する。
「確かだ。詳しくは言えないが、俺はそういう業界で働いていた時期があったからな、その頃の伝手で確認してもらった」
マリーさんの困惑具合が更に深まる。
いや、オレだって困惑したままだ。つまり、どういうことだ?
「このゲームは、インターネット回線につながっている時だけ、ゲームにログインできるように設定されている。でも、実際にゲームへの接続は、インターネットとは別の方法であるって訳だね」
タブーのもったいぶった説明を、ノイズが分かりやすく言い換え始めた。いつものパターンだ。
ある程度、タブーから話を聞いていたのかも知れない。
「このゲームを作った者は、VR技術だけではなく、ネットワークの構築技術においても、現在の技術レベルをはるかに凌駕している。しかし、それをあまり知られたくないらしい。だから、インターネット回線を利用しているような偽装を行っていると考えられる」
「なんの為に?それに、インターネットを超えるネットワークって?」
「それは、分からん。しかし、一つ言えることは、インターネット環境のない場所からでも、このゲームにつながることは可能ということだ」
なるほど。それが、タブーの言いたいことか。
「じゃあ、昆虫人間たちのプレイヤーは、そういう偽装をされていないデバイスを使って、インターネット環境のない地域から接続しているってこと?」
「地域だか惑星だか世界だか分からないが、そういうことだな」
「あの昆虫人間たちが、異星人だか異世界人だというの?」
「そういう可能性もあるというだけだ」
「あまりに荒唐無稽じゃない?」
「このゲーム自体が、じゅうぶん荒唐無稽だと思うがな」
タブーの言葉に、マリーさんが考え込んでしまった。よく考え込むヒトだ。せっかく、すごくいい女なのに、ちょっと重たいよなぁ。
「じゃあ、あたしが聞いてくるよ!」
霧隠さんが、あっさり言った。
反対に、この人は軽い!
気持ちいいぐらいに、軽い!
マリーさんとは対極だ。
でも、おかげで沈み込んでいたマリーさんが、すいっと浮上してきた。
「そうね。そのあたりは、キリーに任せようかしら」
「うん。まかされてー!」
手を上げて、ニッカリ笑う子犬姿の霧隠さん。
「トカゲさんも、よろしくね。キリー1人だとちょっと心配だから」
「いやいや、マリーさんたちも昆虫の島にやって来て下さいよ」
「でもねぇ、みんなで遠泳大会するのもねぇ」
「そこで、これですよ」
やっと、見せたい物を見せられる場面がやってきました。
オレがアイテム化させてテーブルの上に置いたのは、船の設計図2枚と海図1枚だ。
再び、マリーさんの表情が困惑に染まる。
なんか、マリーさんの困惑顔を見るのが楽しくなってきたかも。
「カエル、『鑑定』して」
東雲さんがそう言って、3枚のアイテムをアマガエルさんの前に滑らせた。
「らじゃー!」
アマガエルさんが、いつものように、さらさらっと『鑑定』を終える。
〇【セイリングカヌーの設計図】ランク4:設計図。
〇【軽キャラック船の設計図】ランク5:設計図。
〇【海賊の宝の地図】ランク8:財宝の在り処を教える地図。
「え、宝の地図!?」
驚いたのは、オレだ。
ただの海図と思っていたのが、まさか財宝の在り処を示す地図だったなんて。
みんなを驚かすつもりが、不覚にもオレが一番驚いてしまった。
「このX印が、財宝のある場所なのかしら?」
「だったら、1ヶ所じゃないわね。7ヶ所もあるじゃない」
「全部、海の中か島の上なのね」
「そりゃあ、海賊の宝だもん」
「あ、そっかー」
宝と聞いた女性陣の食いつきがスゴい。
マリーさんと東雲さんまでが、目をキラキラさせながら、宝の地図に見入っている。
「ごめん。先にタブーに見せるべきだったね」
オレは、タブーに頭を下げた。
「いや、気にしなくていい。海のことは、俺はまるでタッチしていなかったからな。どちらにしろ、マリーさんたちに任せることになっただろう」
「ねーねー、海賊船が造れるんスか?」
スモーカーが首を突っ込んできた。やはり、目がキラキラしている。
「うむ。ちょうどいい設計図が手に入ったからな、これで『造船』スキルを上げられるだろう」
「おおっ、やったー」
「でも、『造船』を上げるのは、手間も資金も大変だと思うぞー」
ノイズが冷静に指摘する。
「それは、私たちと一緒にやりませんか?」
「マリーさん?」
「今この時より、私たちは本格的に海を目指します。その為に、まずはランク5ないし6の船の建造が急務です。私たちも、数人のメンバーを選抜して『造船』担当としますが、よろしかったら、そちらからも人数を出していただければと思います」
「つまり、海への進出に我々も参加させてもらえるということだな?」
「それは、もちろんです。設計図も宝の地図も、手に入れたのはトカゲさんですもの。むしろ、こちらが参加をお願いさせていただく立場ですわ」
「まあ、俺たちのような零細ギルドじゃ、船の建造さえ難しいからな。主導は、そちらにお任せしよう」
「では、出来るだけ対等にということで構いませんね?」
マリーさんが優雅な所作で握手の手を差し出し、タブーがぶっきら棒に、それを受けた。
室内にいたメンバーから、自然に拍手が湧き起こる。
ここに、大航海時代(オレたち限定)が始まりを告げた訳だ。
しかし、会議はそれだけでは終わらない。
霧隠さんから伝えられたのは、ダユムと呼ばれる巨大魚の存在だった。
ダユムは、全長30メートルを超える凶暴な肉食魚であり、ヨロウスィークの西側の海域に数多く棲息しているという。つまり、ヨロウスィークとハズ島の間の海域だ。
オレが『反響定位』で察知して、接触を避けたデカい影が、おそらくダユムだったのだろう。
が、最大の問題は、この魚が船まで襲うということだ。
全長30メートル以上の巨大生物に水中から襲いかかられては、たまったものではない。ビーナスへの途上で出くわした海賊船でさえ、30メートルあったかどうかという程度なのだ。体当たりでもされようものなら、船体に大穴が開いてしまうだろう。
そのため、ヨロウスィークとの間を行き交う船がいないのだ。
海賊には、リスクを覚悟でその海域を渡る者もいるらしいが、大半が沈められてしまうらしい。
オレがハズ島沖で沈めた海賊船は、海域を渡ろうとして返り討ちにあったところだったのかも知れない。見たことのない船に負けたようなことを言っていたが、巨大魚を船と見間違えた可能性もある。
「そのダユムをなんとか出来ないことには、確実にヨロウスィークにたどり着けないということか」
そう呟く東雲さんに、霧隠さんが頷く。
「ダユムを狩ることもあるらしいけど、足の速いを船をオトリにして、浅瀬まで誘い込んで座礁させるそうよ」
「そのやり方は参考にはなるけど、我々が使うには向いてないなぁ」
「ソナーと、魚雷か爆雷でも欲しいところだな」
「いっそ、船体を鉄にするとか」
「空飛ぶ船にしちゃうのは?」
みんな、好き好きなことを言い始める。
「そのあたりのことは、研究の必要がありそうですね。私たちだけの手には余りそうですし、信用のおける商業系のギルドにも声をかけることも視野に入れておきましょう」
マリーさんの言葉に、皆がそろって了解した。
その後は親睦会を兼ねた食事会となり、「少女たちの狂おしき永遠」の調理担当が腕をふるった料理に舌鼓を打った。
食事の間、真っ黒なローブ姿のレイさんが鷹爪くんの隣に陣取って、甲斐甲斐しく世話を焼いてる姿が印象的だったのは、余談である。いや、その場にいた女性陣の大半が驚愕に目を見開いてたことを思えば、それが、その日のハイライトだったのかも知れないが。
何がどうなって、そこまでレイさんが鷹爪くんに入れあげることになったのか、今度スモーカーあたりに聞いてみることにしよう。
アマガエルさんは、最後までオレのそばに寄って来てくれなかった。ロクに目も合わせてくれなかった。しょせん、リザードマンの身体が目当てだったのだろうか・・・。
マリーさんからは、2枚のスクロールをいただいた。オレが行動をともにした際に入手したスクロールのコピーだ。
〇【水中呼吸】ランク8(ユニーク):魔法スクロール。『水中呼吸』を覚える。
〇【ウォーター・ブレード】ランク8(ユニーク):魔法スクロール。『ウォーター・ブレード』を覚える。
おお、『水中呼吸』がある。シャムさん、頑張って『筆記』スキルを上げたんだなぁ。
オレもスキルを上げて、『反響定位』のコピーを作らないといけないんだけど、まだ全然手をつけていない。反省・・・。
霧隠さんも、同じスクロールを受け取っていた。
先に2人で調査を進めろってことなんだろう。頑張りますとも。
食事会がお開きになると、オレと霧隠さんは、即行でヨロウスィークに戻った。
もちろん、その前にスクロールは郵送してある。
落ちたのは、宿屋の一室だ。
これまでは町の中で落ちるときは、わざわざ宿屋なんて借りなかったけど、さすがに正体不明の人たちの町では、そこらの路上でってのは怖かった。
宿屋は個室だったけど、例によって扉はない。これは、少々落ち着かなかった。
寝るのは、カーペットが分厚く重ねられた上で、毛布を被ってという方式である。これなら、どこかの国にもあるよなぁって感じだったので、まだ助かった。昆虫らしく土の穴の中とかオガクズの中で寝ろとか言われたら、どうしようと思ったのだ。
部屋の前で待ってると、霧隠さんも、すぐに出てきた。
「この扉のない部屋は、やっぱり落ち着かないわねー。イチゴなんかには、絶対すすめられないわ」
確かにあんな清純派は、こんな露出度の高い部屋には泊めさせたくない。
「じゃあ、あたしの友だちのとこに案内するねー」
郵便屋でスクロールを受け取った後に連れて行かれたのは、なぜか門の外だった。オレが着いたのとは反対側にある門だ。
そこでは、ハチ型、アリ型、それにコガネムシっぽい形の昆虫人が3人、オレたちを待っていた。3人とも鎧を着込み、槍っぽい武器を持っている。
「あれ?もしかして、狩りに行くの?」
「そうよー。言葉が通じないんだから、お茶なんかしても、つまらないでしょー?」
「なるほど」
何も考えていないようで、ちゃんと考えてるんだな、この人は。
「おまたせー」
霧隠さんが声をかけると、3人もピロピロ言いながら、片手を上げた。
「こっちが、あたしの友だちのトカゲさん。見かけは怖いけど、いい人だから安心してねー」
なんか、色々ツッコミを入れたい紹介だったけど、ここは大人しく頭を下げておく。頭を下げるという習慣はないと思うが、だからと言って手を抜いておくべきではない。
「よろしく」
「ピロピロピロ~、ピロピッピッ」
「大きくて強そうだって」
霧隠さんが通訳してくれる。
なんとなくだが、3人とも女性のように感じられた。
「ハチっぽいのがサヤク、アリっぽいのがミルクー、もう1人がナナンよ」
3人ともキチン質の肌の上に動物の革で作ったらしい防具を着け、身長より長い槍を手にしている。槍は、何かの骨を加工して作っているように見える。また、お腹にある短い腕には、小さな盾が装備してあった。腕が4本あると、戦闘の幅も広がりそうだ。
「ピロロピロ~!」
威勢よく声を出すと、3人が歩き出した。
「さ、行きましょー。獲物は、なんかデッカいアリとか言ってるわ」
「むむん、敵もアリなのか」
「そこは、よく分かんない。行けば、分かるわー」
「あはは、了解」
オレと盾役に努めようと、片手剣と盾の装備に切り替えると、4人のあとを追った。




