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合同報告会

 船着場から町までの道のりを、オレは意識的にゆっくりと歩いていた。

 オレを追い越していく人たちから、情報が町に伝わってくれた方がありがたい。いきなり現れたリザードマンの姿に、衛兵さんがパニックを起こしたりしたら、目も当てられないからね。

 出来れば「無害そうなトカゲさんだったよ」って評判が伝わって欲しいところだ。

 道端の雑草なんかをいちいち『鑑定』したり、風景を眺めたりする姿をアリさんたちに見せつけ、平和主義者をアピールする。

 歩いてるときは、ちゃんと道の端によって荷馬車の通行の邪魔にならないようにした上で、追い越される際は、さらに端によって「道を空けてますよ」という態度を取った。

 ここは、やり過ぎなぐらいの方がいい。

 言葉が通じない以上、態度で示さないとね。

 

 30分ほどで町が見えてきた。

 思いの外、大きそうだ。

 アリに似た種族だけあって、町は岩山を掘り抜いて作られているようだ。高さ10メートルほどの岩山がいくつも並び、そのあちこちに窓らしい穴が開いている。ちょっとしたビルのようなイメージだ。

 また、岩山を囲むように石造りの建物が並び、忙しそうにアリさんたちが出入りしていた。

 町を囲む柵は簡素なもので、あまり軍事的な匂いはしない。

 しかし今だけは、槍を持ち鎧を着込んだ衛兵が、物々しい雰囲気で門の左右に並んでいた。


「20人は、いるよなぁ。緊張感丸出しだけど、何かあったのかなぁ?・・・って、どう考えたって、オレを警戒してんだよな。ああ、胃が痛い・・・」

 ここに着くまでに、オレは着替えを済ませていた。

 槍はもちろん、鎧一式もアイテム・ストレージに収納し、スモーカーにプレゼントしたのと同じヒドラ・ジャケットとヒドラ・パンツを着けている。

 攻撃されたら攻撃されたで、しょうがない。

 完全武装でも勝てないことには変わりないだろうし、だったら敵意がないことを見せるだけだ。


 門を通るために列を作っているアリさんたちの後ろに並ぼうとすると、衛兵が2人走り寄ってきて、オレを列から引き離した。

 具体的に言うと、構えた槍の先で「そっちに行け」って示された。

 同時にピロピロと何か言っていたが、当然意味は分からない。

「ごめん。言葉は分からないんだ」

 一応そんな返事をしたりしていると、数人の衛兵を従えたエラそうなアリさんが近づいてきた。

 他の衛兵が皮鎧しか着ていないのに、そのアリさんだけは赤いマントを着けており、持っている武器も片手剣だ。

 また、他のアリさんが身長180ぐらいなのに対し、そのアリさんだけ2メートルぐらいあった。リザードマンのオレに匹敵する大きさである。隊長さんだろうか。

 スラリと剣を抜くと、オレの胸元に突きつける。人間(ヒューマン)たちに比べると際立って腕が長いので、ずいぶん間合いが遠い。

「ピロピロピロ・・・・」

「ああ、ホントに申し訳ないけど、言葉が分からなくて・・・」

 何度か会話を試みようとして、やはり通じないと悟ったのだろう、隊長さんは周りの衛兵に何か指示を出した。

 左右に立っていた衛兵が、オレの腕をつかむ。連行されるようだ。

 彼らの指は5本あるが、やはり外骨格になっていて、カブトムシとかの足につかまれている感触である。

 うーむ、門の前に並んでいるアリさんたちの視線が痛い。

 つか、大丈夫か、オレ?このまま処刑とかって、ないよね??




 連れ込まれたのは、門のすぐ内側にある建物の中だった。衛兵たちの詰め所ってところかな。

 鉄格子のある部屋に入れられたが、鍵はかけられなかった。扉も開けられたままで、逮捕されたのとは違うようだ。だからと言って、無理に外に出ようって気にはなれないが。

 椅子もなかったので床に座ってると、1人のアリさんがコップを持って恐る恐る近づいてきた。

 飲み物を持ってきてくれたようだ。

「ありがとう」

 お礼を言って、受け取る。

 取っ手のついた陶器のコップには、ただの水が入った。毒でも入っているとイヤなので、ちゃんと『鑑定』もかけてみたので、間違いない。

 水を飲み干すと、アリさんがちょっと微笑んだような気がした。いや、自信はないけど。


 そのまま、1時間ほど待たされた。

 もちろんカツ丼なんかは出てこないし、会話も成立しないし、じっと押し黙っているだけの重苦しい1時間だった。

 衛兵たちの態度を見てると、そんなに心配する必要もないと思えたが、やはり不安は不安だ。

 今にも「不審者を処刑しろ」という伝令がやってくるんじゃないかと、気が気じゃなかった。

 正直、胃が痛すぎて、吐きそうな気分である。

 このゲームの中で吐いたら、どうなるんだろう。ちゃんと汚物が描写されるのだろうか。

 問題はそんなことじゃないが、関係ないことでも考えてないと、神経が参ってしまう。

 仕方ない。何かステキな光景を思い出すことにしよう。

 となると、やっぱり霧隠(きりがくれ)さんのあの・・・・

「あ、トカゲさん、久しぶり~!」

 霧隠(きりがくれ)さんの声が聞こえた気がした。

 顔を上げると、霧隠(きりがくれ)さんが手を振っているのが見えた気がした。

 気のせいだ。

 ステキな光景を思い出そうとしたら、そこに本人がいるような錯覚に陥っただけだ。

「ねえねえ、トカゲさん、どーしたのよー?」

 アリさんたちとは明らかに違う温度と触感を持った手が、オレの肩をゆすぶった。

 あれ?本物っぽい。

「もしかして、本物の霧隠(きりがくれ)さん?」

「そうよー、ダイナマイトバディのキリーさんですよー」

「うわ、驚いた・・・」

 そこには、白いチャイナドレスっぽい服を着た霧隠(きりがくれ)さんが立っていた。

 自ら言うだけあって、あいかわらずのナイスバディである。スカートのスリットから覗いた太股が艶めかしい。

「トカゲさんも、ここに来たんだねー。ヨロウスィークに、ようこそ」

「ヨロウスィーク?」

「この町の名前よ。彼らの町」

「彼ら・・・か」

「あたしは心の中で『アリさん』て呼んでるけどね!」

「あはは。オレも同じ。『アリさん』て呼んでた」

「考えることは、同じねー」

 そう言うと彼女は、隊長さんに手を振ってみせた。

「じゃあ、このトカゲさんは引き取って行きますんでー!」

 隊長さんも手を上げて、ピロピロと何か返事をする。

 ちゃんと意思の疎通が出来てるのか。スゴいな、この人。

「じゃあ、ご飯でも行きましょー」


 岩山の中に掘られた通路は、身長2メートルを超えるオレが余裕で立って歩ける高さだ。

 通路の左右には扉もついてない部屋が並び、中にはアリやらカブトムシっぽいのやら、とにかく昆虫っぽい人たちの生活が垣間見えた。

 ちらっと見る限りは、店のような部屋もあれば、生活するための部屋もあったように思う。しかし、ここにはプライバシーというものが存在しないのだろうか。

 日本でも、そう遠くない昔には、これぐらい明け透けな近所付き合いだったのかなぁ。それとも、アリに似た外見通りに、群れでの生活が基本なのかも知れない。

 中は、ガラスも入っていない窓から入る日光と、通路のあちこちに生えた発光するキノコのおかげで、意外と暗くはなかった。

 異分子である人間(ヒューマン)とリザードマンのオレたちなのだが、彼らは特に警戒している様子も見せない。


「ここ、ここ!さあ、入って~!」

 霧隠(きりがくれ)さんに背中を押されて入った部屋は、どうやら食堂のようだった。石造りの丸いテーブルが10卓ほど並んでいる。

霧隠(きりがくれ)さん、オレ、当然ここのお金を持ってないけど、大丈夫?」

「だーいじょうぶ。あたしが、たっぷり持ってるからー」

 そう言うと、やはりアリ型の店員に、適当に注文を始める。

 ピロピロ言わずに普通の言葉を発しているが、相手にはちゃんと伝わっているようだ。

 相手はやはりピロピロ言っているが、これまたちゃんと霧隠(きりがくれ)さんは理解しているらしい。互いの言葉を脳内変換するスキルなんだろうか。後で教えてもらわなきゃ。


 出てきた料理は、得体の知れない肉を煮込んだスープに、得体の知れない植物のサラダ(キノコたっぷり)、得体の知れない発酵酒。あとは、パンっぽい物。

 かなり、恐る恐る口に運びました。

 ついつい、アリの集団がバッタなんかの死骸を運ぶ映像とか、アブラムシを飼う映像とか、キノコを育てている映像とかが脳裏に浮かんでしまいました。

 霧隠(きりがくれ)さんが平気な顔でパクついてなかったら、口をつけるのに相当な勇気が必要だったと思う。

 味に関しては、何とも言えない。食べたことのない味だったので、美味いのか不味いのか評価が難しかったのだ。食べ慣れたら、気の効いた食レポも出来るだろう。

 

「で、この町をどう思うー?」

 食事が一段落ついて、謎の発酵酒を酌み交わしながら、霧隠(きりがくれ)さんが核心的な質問を口にした。

 リアルでも甘いカクテルしか飲めないオレだが、この酒は美味く感じられた。適度にトロっとして甘い。女の子向きのお酒だ。

「まだアリさん以外の種族と接してないから、もしかしてって思っただけなんだけどさ」

 オレは、ぐるりと食堂の中を見回した。

 店員は、衛兵たちと同じでアリさんばかりである。しかし、客として食事を摂っているのは、アリさんもいれば、カブトムシにハチに色んな昆虫に似た種族の者たちだ。

 客たちの多くは革や金属の鎧を着込み、腰や背中に武器を帯びている。

「店員や衛兵のアリさんは、NPCだよね。

 でも、そこらにいる冒険者風の昆虫さんたちは、なんかNPCぽく感じられないんだよなぁ」

「やっぱり、そう思う?あたしも、何人か友だちになってみたんだけどさー、どうもプレイヤーにしか思えないんだよねー」

「友だちって、アンタ、さすがだなぁ」

 霧隠(きりがくれ)さんのダイナマイトバディは、昆虫にも通用するのだろうか。

 そう言えば、中には女性的な雰囲気の人もいるし、けっこうメリハリのある体型をしているようだ。


「どうする?あたしの友だちに会ってみる?」

「その前に、郵便屋を使いたいんだけど、この町にもある?」

「ああ、あるわよ」

 おお、あるのか。助かった。これで設計図と海図をチョコドに送れそうだ。

「それと言葉だけど、スキルを買うとかしたの?」

「ああ、これは自然に覚えられるよ。泳いでたら『水泳』スキルが身についたのと同じ」

「そうなんだ?じゃあ、時間をかけるしかないんだね」

「そうそう。そのうち、急にピロピロの意味が分かるようになってビックリするよー」

 そんな会話をしながら、郵便屋に行き、無事にアイテムの発送を終えた。

 その後は、霧隠(きりがくれ)さんの友だちと会うのは後日にしてもらい、一度チョコドに戻ることにする。もちろん、別のキャラに変わるという意味だ。

 オレが設計図や海図の件をまだ秘密にしてるのと同じように、霧隠(きりがくれ)さんもこの町のことをまだギルドに報告してなかったのだ。オレたちだけの秘密にするには、あまりに大きな話だし、この際一緒に報告しておこうとなったのである。




 エルフのキャラに変身する。

 出現場所は、ギルド・ホームの自分の部屋だ。

 タブーとマリーさんには、前もって重大な報告があると個人チャットを送っていた。

 セッティングは、両者の間で話し合ってくれてるハズだ。

「タブー?」

「おお、青さん、向こうのホームにお邪魔することになったぞ。こちらでは、もてなしの用意も出来ないからな」

「なるほど。うちじゃ、『料理』上げてるヤツもいないもんなぁ」

「全員そろったら向かうことになっているからな、もう少しだけ待ってくれるか」

「了解。じゃ、今のうちに郵便屋に行ってくる」


 ダッシュで郵便屋に向かい、リザードマンで発送したアイテムを受け取ってくると、他のメンバーも集合し終わっていた。

「じゃ、行こうか。青さんからの報告が楽しみだな」

 タブーを先頭に、ゾロゾロと「少女たちの狂おしき永遠」のギルド・ホームまで歩いていく。

 ホームの門前では、イケメンの東雲(しののめ)さんが待ってくれていた。

「やあ、いらっしゃい。ここちらは、もうそろってるよ」

 急な集合だった割には、ずいぶんと集まりがいいようだ。

 教室ほどの広さもあるリビングには20人をこえる美少女+美女が集まり、素敵空間と化していた。ヒヨコ丸さんやアマガエルさん、それにレイさんの姿も見える。女子校にでも迷い込んだ気分だ。変な汗が出てきました。


 タブーとマリーさんが挨拶を交わすと、早速に本題突入。

 マリーさんの隣に座っていた犬型の獣人少女が口を開く。

「じゃあ、あたしから報告するねー」

「って、霧隠(きりがくれ)さんかよ!?」

 妖艶な美女と子犬美少女のギャップに驚いたよ。

「って、トカゲさんなの!?」

 途端に、部屋中からオレにツッコミが入った。そう言えば、エルフの姿を知ってるのは、レイさんだけだったなぁ。

「あはー、こんな格好(ナリ)ですが、青鬼です」

 ペコペコとみんなに頭を下げたが、なぜかアマガエルさん他数名に目をそらされた。リザードマンじゃないとダメなのか?


 子犬バージョンの霧隠(きりがくれ)さんから昆虫人間の住む町の情報がもたらされると、一同の間に静かなざわめきが広がった。

「言葉の通じないプレイヤー?」

「ただの外国人プレイヤーじゃないの?」

「昆虫型の種族の情報は、まだ聞いたことがないわ。レア種族ならともかく、町全体が昆虫型ってことは、最初から選べてるってことでしょ?だったら、情報が出てない方がおかしい」

 マリーさんが考え込む。

「では、我々に情報が伝わらないエリアに住む者たちがプレイしているということだな」

 例によって、タブーがエラそうな物言いで呟く。

「でも、インターネットが普及している現在(いま)、情報が伝わらないなんて考えられないでしょう?ましてや、このゲームをやってるってことは、ネット環境があるって意味なんだから」

「いや、このゲーム、実はインターネット環境など必要ないのだよ」

「はあっ!?」

 タブーの落とした爆弾に、全員の頭上にハテナ・マークが飛び交った。




 

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