見慣れぬ人たち
岩礁のまわりに浮かぶ無数の木片を、オレはただ呆然と眺めていた。
それらが2本のマストを備えた船の成れの果てだとは、とても信じられない。
指輪から放たれた水妖精は、完膚なきまでに海賊船を破壊し尽くしたのだ。
よくよく見れば岩礁にまで、ごっそりと削り取られた痕があった。
完全に規格外な威力だ。
オレにこの指輪をくれたレスフィーナという人魚の少女、これを使えば自力でクラーケンを倒せたんじゃないか?それとも、そこは指摘しちゃいけないトコか?
人魚が『人魚変化』のスキル・スクロールを持っていたのも不思議だしな。オレが『人間変化』というスクロールを持ってたら、やっぱ変だもの。
まあ、そこいらは気にしないことにしよう。
それより問題は、ドロップ・アイテムだ。海賊船ごと海賊たちも全員倒してしまったみたいだから、相当な戦果があったハズだ。
「どれどれ・・・」
【海賊のシャツ】や【カットラス】に混じって・・・あ、あった。
〇【軽キャラック船の設計図】:未鑑定。
おう。キャラック船じゃなかったのか。やっぱり、帆船の分類の仕方がよく分からないな。
でもキャラック船の「軽」なら、ランク5だろう。これで、ランク4~6の設計図が入手できたという訳だ。あとは、スモーカーに頑張ってもらうだけである。
他にも【海賊のコート】【ハンモック】【バケツ】【ビスケット】等な々が手に入っていた。
と。
「ええっ、これは・・・!?」
〇【海賊の海図】:未鑑定。
か、海図!?
海図ってアレだよね、海の地図・・・
大慌てでアイテム化し、広げてみる。
それは、まさしく地図だった。
左上にパレオやチョコドのある海岸線が描かれている。海岸線に沿って南に下ると、ビーナス。更に南にも町がいくつか見える。
チョコドの東にはハズ島があり、その近くにはオレが現在いる岩礁。
しかし、問題は。
「この先に、島や町があるじゃんか」
オレの心臓が早鐘のように鳴っていた。
地図の中ほどにもいくつか島があり、町を示すマークも点在している。右端の方には、別の大陸らしき海岸線。もちろん、そこにも町のマークがある。
船の設計図を届けるのに一度チョコドまで戻る気になりかけてたけど、数日で行けそうな距離にも町があるなら話は別だ。そこから、エルフのキャラに郵送すればいい。
目測だと、チョコドからハズ島の距離の5倍ぐらい。頑張れば、その町には3~4日でたどり着けるんじゃなかろうか。これは、前に進むしかあるまい。
地図は「使用」してしまうと、各人の『測量』スキルと連動して、自分の位置が取り込んだ地図上に表示されるようになる。
もちろん、そうした方が便利なのだが、他人に見せたり渡したりが出来なくなってしまう。
さすがに、この海図をオレ1人のものにする訳にはいかない。
なんとか町までたどり着いて、海図をチョコドに送り、タブーなりアマガエルさんなりにコピーを作ってもらうのが得策だろう。オレが取り込むのは、その後だ。
リザードマンでの旅を急ぐと同時に、エルフでもチョコドまで移動しなきゃならなくなってしまった。手に入れたアイテムについて話し合うのに、自分がそこにいないのは不便極まりないと考えたのだ。
つうか本音を言うと、設計図や海図を目にして驚く連中のリアクションを自分の目で見てみたい。
バルカンさんには、オオアシガニ素材の鎧を受け取るときに、ファジマリーから旅立つことを伝えた。
「そうか。頑張れよ」
「バルカンさんは、ずっとここにいるの?」
「ああ、俺はここで新人さん相手に商売するのが、性に合ってるからな」
「じゃあ、サード・キャラを作ったら、またお世話になりますよ」
「おう。任せとけ」
バルカンさんは、優しく笑って、オレを送り出してくれた。
これまでも、そうやって何人ものプレイヤーを見送ってきたのだろう。そして、これからも同じように見送っていくのだろう。
ゲームの中で数日前に知り合ったばかりというのに、なんだか切ない気分だ。
パレオまでは、ロクに戦闘もせずに走り通した。
ミエコさんに作ってもらったオオアシガニ素材の軽鎧を着たままである。
そんな格好で勾配のきつい丘陵を駆け続ければ、リアルだとアッと言う間に疲労困憊するだろうが、このゲームの中では満腹ゲージの減りが早くなるだけだ。
何度かの食事休憩を取りながら、2時間ほどでパレオにたどり着く。
イチゴちゃん、レイさん、鷹爪くん、スモーカーの一行は、今日もつるんでパレオからチョコドに向かっているハズだ。
エルフでは、リザードマンのように反則じみた性能の装備を持っていないので、出来れば4人と合流しておきたい。
うろつくサハギンを避けながら海岸沿いに道を急ぐと、ほどなく彼らに追いつくことが出来た。のんびりと、スキル上げをしながらの道行きだったらしい。
鷹爪くんとスモーカーが前衛としてサハギンと対峙し、イチゴちゃんが後方から支援。レイさんは、そんな3人を見守っているようだ。
「おーい」
声をかけながら近づくと、振り向く4人。
「う。なんだ、それ?」
振り向いた鷹爪くんの顔が、ドクロに変わっていた。
「悪くないでしょ?」
よく見たら、ドクロ型のマスクだ。
どこで手に入れたのか、趣味の悪い真っ白なドクロを模した顔装備を着けているのだった。
「師匠がくれたんですよ。光属性がマイナスになるかわりに、闇属性が大幅アップされるっていうステキ装備なんです」
「なかなか気持ち悪くていいけど、サハギンの鎧には似合ってないかもな~」
「うーん、そうなんですよね」
鷹爪くんが装備しているサハギンがドロップした鎧は、表面にウロコっぽい模様が入っていて、やはりサカナっぽいのだ。そこにドクロ・マスクじゃ、違和感ありありである。
「そこで、この新型鎧なんて、いかがかな?」
「お、何でげしょ?」
いきなり卑屈な口調になる鷹爪くん。
〇【大蟹の兜】ランク4:兜。防御力5。
〇【大蟹の軽鎧】ランク4:軽鎧。防御力19。
〇【大蟹の手甲】ランク4:ガントレット。防御力5。
〇【大蟹の脚絆】ランク4:足鎧。防御力6。
オオアシガニのドロップ素材をバルカンさんに加工してもらった鎧のセットだ。
同じ素材を「少女たちの狂おしき永遠」のミエコさんに加工してもらった鎧は、女性作者らしい優美なデザインだったが、バルカンさんが作ってくれたものはカニの化け物みたいな無骨な見かけになっている。表面に小さな突起が無数にあって、カニの甲羅そのものなのだ。ちなみに、防御性能は全く変わらない。
「わわっ、気持ち悪いデザインじゃないですかー!」
と言いつつ、嬉々として着替え始めている。この男の感覚も、独特だ。
着替え終わった姿は、まさに「怪奇・蟹男」というものだった。
青っぽいキチン質の鎧に、無機質なドクロのマスクがよくマッチしている。
「なかなか似合ってるじゃない、ソウくん」
レイさんが、うっとりするような口調で鷹爪くんを褒める。
押しかけ弟子だった割に、意外にうまくいっている様だ。しかし、「ソウくん」て・・・。
イチゴちゃんを見ると、ニコニコしながら肯き返してくれた。まあ、彼女が喜んでくれてるなら、それでいいや。
「じゃ、そろそろ行きますよ~~~!!」
しびれを切らしたスモーカーが、視界に入ったサハギンに突撃していく。
「よっしゃ~~~!!」
オレも盾を掲げて後に続く。
「あははははは!」
笑っているのは、イチゴちゃんか?
大鎌を肩に担いだ死神とその弟子が、サハギンたちに死を振り撒く。
チョコドに着くのに、5日かかった。
その5日間オレは、イチゴちゃんたちとのスキル上げが終わった後、すぐさまリザードマンにキャラをチェンジして、ひたすら泳ぎ続けた。
はっきり言って、リアルの睡眠時間をかなり削ってしまったよ。
途中で何度か、『反響定位』に全長30メートルを超えてそうな影を捉えたが、即座に逃げた。
もちろん、姿ぐらい拝んでみたい気持ちはある。しかし、未知の町にたどり着くことの方が、はるかに優先順位が高いのだ。化け物クラスのモンスターにちよっかいをかけて、チョコドに死に戻ったりしたら、笑うに笑えない。デスペナルティで、設計図や海図、水王シリーズの装備をロストしちゃう確率も高いしね。
そして、エルフがチョコドに着いた同じ日、リザードマンも未知の町に到着した。
その島は、何もない海原の真ん中にポツンと浮かぶ火山島だった。
と言っても、火山の活動がおさまって久しいらしく、島は緑に覆われている。広さはよく分からないが、町の1つや2つを築くのに十分なものだ。
オレが上陸した辺りは人のいる様子もなく、真っ白な砂浜が広がっているばかりだった。内陸側には、南国っぽい森が続いている。海水浴場にするのに向いてそうな風景だ。
泳ぐのにも飽きたんで、のんびりと砂浜を歩いていく。
方向は、適当に決めたわけではない。島の沖を行く船の動きを見ていると、そちらに港があるように思えたのだ。
しかし問題は・・・。
「船が普通じゃない」
行き交う船は、あくまで帆船だった。それは間違いない。
が、全体的な見かけや素材が、ひどく生物的だったのだ。
「どう見ても木造じゃないな。金属で造ってるわけでもなさそうだし、やっぱりモンスターから採れた素材で造られてるのか?」
そう。それらの船は、巨大なサカナを無理矢理に帆船に改造したような外見をしていたのだ。
船首は当然のようにサカナの顔だし、巨大な背びれが帆になっている。船体は、巨大なウロコに覆われていて、胸鰭や尾鰭まで残っていた。尾鰭は、舵なんだろうか。
はっきり言って、巨大魚を船に改造するなんていう発想はなかった。さすが、ファンタジーだ。
海賊たちが口にした、見たこともない船っていうのは、このタイプの船のことだったのだろう。
「発想は斬新だけど、正直グロいなぁ」
しかし、船の全長は30メートルぐらいはある。つまり、もとのサカナの大きさも30メートル級ってことだ。どんなデカいサカナだよって呆れてしまう。
ここに着く前に『反響定位』に反応した巨大な魚影の正体が、それだったのかも知れない。
どうやって倒したのか、どうやってモンスターの死体を丸々利用できるのか、ツッコミどころは満載である。
そんな事をつらつら考えながらしばらく歩くと、ちゃんと整備された船着場が見えてきた。
石を積んで作られた岸から3本の桟橋が沖に突き出し、たくさんの人影が行き来している。
30メートル級の船たちは沖合いに停泊したままだが、物資や人を積んだ小船が、母船と桟橋を往復していた。
喧騒がここまで届いてくる。
「活気にあふれてるなぁ。チョコド以上じゃんか。ここの町は期待できそうだ」
船着場に近づくと、例によってNPCの皆さんが、リザードマンのオレの姿にギョッとする。いつもの光景である。
が、いつもと違うのは、オレもまたギョッとしていたことだ。
船着場を行き交う人々は、全く異質な者たちだった。
人間、エルフ、ドワーフ、ピクシー、リザードマン、オレの知っているどんな種族とも、彼らは似ていない。
ひと言で言うと、彼らはアリ人間だった。
直立はしているが、黒光りした外骨格に身を包み、その目は複眼だ。複眼ていうのは、仮面ラ〇ダーみたいな大きな目に見えるんだけど、実は小さなたくさんの目が集まってできたものだ。昆虫によくある目である。
「しかも、腕も4本ありますやん」
肩からとは別に、乳首の下あたりに小さな腕がついていた。
つか、みんながオレを見たまま動きを止め、緊張し続けている。
オレは軽く手を上げると、そばの木箱に腰を下ろした。敵意がないことを、殊更にアピールする。
ついでだからと、アイテム・ストレージから取り出したサンドイッチを頬張り始めると、やっと彼らも動きを再開した。まだ、こちらをチラチラ気にしている風ではあるが。
「これは、オレが町に行っても大丈夫なのかなぁ?衛兵に攻撃されたら、どうしよう・・・」
そうやって彼らを眺めていて、もう1つ大変な事実に気がついた。
彼らの言葉が、オレには理解できなかったのだ。
横に開閉する口から歌うような抑揚で発せられる彼らの言葉は、オレにはまるでチンプンカンプンだった。オレの知ってる既存のどの外国語にも似ているように聞こえない。
「うわぁ、どうしよう。NPCとも意思の疎通が出来ないんじゃ、郵便も使えないし、買い物も出来ないやん」
試しにアリさんの1人に話しかけてみたが、脅えられただけで、まるで話が通じなかった。
そこいらに書かれている文字も初めて見るものだったので、筆談も出来そうにない。
「もしかしたら、オレたちにとっては敵性の存在として設定されてるのかも知れないなぁ」
かと言って、問答無用で攻撃される訳でもないし、オレの『敵性感知』スキルも反応していない。
「とりあえず、町まで行ってみるか」
船着場から町に向かうらしき荷馬車や人のあとに続いて、オレも歩き出した。
前後から警戒するような視線を感じるが、ここは無視。無害そうなフリを装いながら、歩を進めるだけだ。
内心は、ビクビクなオレであった。




