鏡は紳士の必需品
チュートリアル空間を抜けて本番の世界に入ったとき、オレは半死半生だった。HPもなぜかレッドゾーンに突入してたりして。
耳には、アシストAIおねーさんの高笑いがこびりついている。
せっかくのVRMMOゲームの入り口に立ったと言うのに、永久にゲームから足を洗うところだったわ。
しかし、そのおかげで巨大なリザードマンの肉体を、自由に動かせるようにはなっていた。
おねーさん、恐るべし。
で、本番だ。
オレが立っていたのは、チュートリアル空間に似た草原だった。
ただ、少し離れた場所に西洋風の城壁に囲まれた町が見えている。いわゆる、「はじまりの町」ってやつなのだろう。
まっすぐ町を目指してもいいけど、まずオレは狩りをしてみることにした。
身体がさきほどの特訓を覚えているうちに、腕試しだ。
アイテムポーチから初心者用ポーションを取り出して、グビリと飲む。
苦い。やっぱり味覚もあるのか。
でも、レッドゾーンに突入していたHPは、それで一気に満タンになった。
腰から片手剣を引き抜くと、近くで草をハミハミしているウサギに狙いを定める。
ウサギ。
茶色いウサギ。
オレを警戒することなく、無心に草をハミハミしている。
ハミハミ。
ハミハミ・・・。
・・・・・・・・・・・・。
オレは、片手剣を鞘に戻した。
無理だ。
オレには、こんなリアルに可愛いウサギは殺せない・・・。
もう少し、憎たらしい敵を探すことにしよう。
町に背を向け、草原を歩き始める。
身長2メートルを超える巨体で、のっしのっしと歩を進めた。長大な尻尾はズルズルと引きずっているが、走るときには尻尾を激しく振りながら、その反動を推進力に変えて走ることになる。
ちなみに、リザードマンには属性が火と水の2種類があり、オレは水の方だ。
火属性のリザードマンをサラマンダーと言い、水属性はニュートと言う。
リザードマンの使い手は少ないと言ったが、その数少ない使い手のほとんどはサラマンダーらしい。
サラマンダーは、リザードマンに共通した頑丈さと物理攻撃力の高さに加え、火属性の魔法を得意とする。そして何よりの特徴が、口から火炎ブレスを吐けるということだ。
その攻撃的な能力から、強力なアタッカーとして活躍しているのだろう。
それに対し、オレが選んだニュートは、水魔法を得意とする。
水魔法は、HPの回復とか状態異常の解除で重宝はされるが、攻撃力は弱い。敵に火をぶつけるのと水をぶつけるのとじゃ、明らかに効果が違うのが分かるだろう。
でも、盾役を志すオレには、頑丈な肉体と回復魔法を備えるニュートこそが、ツボな種族だったのだ。
で、ニュートの吐くブレスは、やはり水らしい。スキルが上がったら、氷とか吐けるようにならないのかなぁ?
爬虫類という設定のリザードマンの弱点は低い温度だそうだから、やっぱり氷は吐けないか・・・。
で、見つけたよ。
不定形の身体をニュルニュルと蠢かすスライムくん。
こいつなら、ためらいなく片手剣を振るえそうだ。
尻尾を振りながらダッシュで近づくと、片手剣を振り下ろす。
バシャッという異音とともに、スライムの身体が波立った。スライムの見かけと違う堅さに、剣は跳ね返されていた。
「なっ、手強い!」
剣を跳ね返されて隙だらけになったオレの下半身に、スライムが踊りかかる。
齧ろうとしてるのか溶かそうとしてるのか分からないが、このリアルなゲームでダメージを食らうのは、かなり怖い。
オレは身体を反転させると、尻尾をスライムに叩きつけた。
吹っ飛ぶスライム。飛び散る体液。
お。効いたか。
ここぞとばかりに片手剣を振り下ろす。振り下ろす。
5~6回も片手剣を振るったところで、やっとスライムは空気が抜けたように力尽きた。
わずかなお金と「スライムの体液」なるアイテムが、アイテムポーチに入る。
お金の単位は、ダームという。
経験値というものは、存在しない。
このゲームでは、プレイヤーが取った行動によって様々なスキルが上がっていく。種族によって制限されていない限り、あらゆるスキルを上げることが出来るのだ。
そして、そのスキルは無限というほどに多いらしい。
メニューのステータス欄では、そのうちの上位10個がいつでも表示されている。
今のオレは、『歩行』『片手剣』『尻尾』の3つのスキルが上がっていた。
しかし、『尻尾』スキルとは・・・。
でも、今のオレの一番破壊力のある武器は尻尾の様だから、積極的に使ってスキルを上げていくのが賢いんだろうな。
それより、片手剣が弱すぎる。スライムとの相性が悪かったのかも知れないけど。
今度は、スライムと違うモンスターを探してみる。
動く物を探し、聞き耳を立て、(巨体なのに)こそこそと動く。
自分自身がゲームの中に入っていると感じるだけで、こうも普通のゲームと違ってくるものか。他のゲームなら、獲物を探して常に走っているところだ。
何か遠距離の攻撃法も欲しいな。そこは、『水魔法』を上げるべきか。攻撃力は低いけど。
草むらに蠢くスライムを避けて歩いていると、いたいた、あれは狼か。
ちょっとモンスターぽくデフォルメされてるのが、ありがたい。リアルな狼も嫌いじゃないから、ちょっと斬りつける気になれそうになかったのだ。
片手剣を抜いて近づいていくと、こちらに気がついた狼も、牙を剥いて駆けて来た。凶暴な性質らしい。
うわっ、けっこう怖い。
狼がオレ向かってジャンプした瞬間を狙い、尻尾でなぎ払う。
「ギャン!」
クリーンヒットだ。
吹っ飛んだ狼に駆け寄ると、体勢が整わないうちに片手剣で斬りつける。
首の辺りに振り下ろした剣が狼の身体に深々と食い込み、それが致命傷になった。
力尽きた狼は、4~5秒で身体が透明になって消えてしまう。
どうやら、スライムより狼の方が、オレには相性がいいようだ。
毛皮なんかも手に入りそうだし、うまくいくと防具を作れるかも知れない。
よし。しばらくは狼狙いだ。
けっこうな数の狼を狩りましたよ。
その間、何人かのプレイヤーが、オレに気づいてギョッとするのが見えた。そりゃ、こんな初心者用のフィールドで、身長2メートルを超えるリザードマンに遭遇したら、びびって当たり前だ。
オレもプレイヤーですよと、愛想笑いをしてみたが、ほとんどのプレイヤーが更にびびっていたのが気に食わない。
リザードマンとしては、かなりイケメンだと思うのだがなぁ。
とりあえず、収穫は狼の毛皮が10枚に、その他諸々。
『片手剣』スキルが上がったせいか、スライムにも攻撃が通るようになった。
狼に噛みつかれてダメージも受けたけど、泣きそうなほどには痛くなかったのは救いだ。
ダメージを受けたんで、『水魔法』の『アクア・ヒール』を使ってみたら、たった1回でMPがゼロになったのに驚く。
攻撃用魔法の『ウォーター・シュート』も使ってみたけど、あっさり狼にかわされた。
まあ、最初の成果としては、こんなものだろう。
オレは、はじまりの町(仮称)に撤収することにした。
HPとMPは、放っておくと勝手に回復していく。ただ、それは微々たる速度だ。座って休むと、その2~3倍の速度で回復するそうだ。
そして、魔法や施設によるテレポートは存在しない。と言うか、少なくともまだ確認されていない。
プレイヤーは、行きたい場所があれば、自分の足かウマなどの騎獣で移動し、また同じ方法で帰って来るしかないのだ。
死に戻りという方法もあるにはあるが、このゲームでのデスペナルティは存外に大きい。そのときに所持しているアイテムの半分近くが、死体の回りにぶちまけられるそうだ。それには装備中のアイテムも含まれるらしく、せっかく手に入れた装備を失うリスクと引き換えに死に戻りをしようというプレイヤーはいないだろう。
途中で遭遇した狼とスライムを蹴散らしつつ、はじまりの町(仮称)にたどり着く。
「うほぉ。自然物もリアルだったけど、人工物もリアルだなぁ」
オレの目の前には、古びた石のブロックで組み上げられた重厚な城壁がそびえ立っていた。高さ4~5メートルというところか。
苔生した感じが、いい味を出している。城壁が造られてから、戦乱には巻き込まれていないというこことなのだろう。
馬車が3台ぐらい並んで通れそうな城門の両脇には、でかい槍と金属鎧で武装した衛兵が立っており、剣のみを腰に下げた別の衛兵が出入りする者をチェックしているようだった。
オレが近づくと、片手剣のみの衛兵が、いかめしい顔をして手招きしてくる。
他に出入りする人影もないので、じっくりチェックされそうな気がしてしまう。
「見慣れない顔だな。名前は?」
「青鬼です」
「ほう。新人か。リザードマン、それもニュートとは珍しいな。
もう、狩りはしてみたか?」
「はい。スライムと狼を少し」
「リザードマンは頑丈だし、腕力もある。モンスター狩りには、大きな戦力となるハズだ。せいぜい、励めよ」
「はい。ありがとうございます」
「ここから真っ直ぐ進んだ広場に、いくつも露天が出ておる。そこで装備を整えるといいだろう」
それだけ言うと、男はオレに道を譲ってくれた。
予想外にあっさりしてて、拍子抜けしてしまう。まあ、ゲームを始め立ての新人プレイヤーをいたぶっても、しょうがないものな。
男に会釈だけして町の中に入ると、そこは石造りの建物が並ぶ異国の町だった。
地面は舗装されていないが、平に均されて、綺麗に掃除もされているようだ。
建物を造っている石材は白っぽい色で、明るい雰囲気をかもし出している。城壁に使われている石材とは、違う種類なのかも知れない。
そして、思ったより広い。
真っ直ぐ伸びた大通りの100メートルぐらい先に、教えられた広場が見えている。
そんな中を、色んな様式の衣服をまとった人々が、のんびりと歩いていた。世間的に全然知られていないゲームだけあって、その数は少ないが。
まずは、衛兵の男の言う通り、装備を整えなきゃな。初心者用の片手剣じゃ、威力が低すぎる。
尻尾をズリズリ引き摺って広場まで歩くと、確かに露天がいくつも並んでいた。
買い物をしてる人たちも、チラホラいるようだ。
オレは武器屋らしき露天に目をつけると、近寄って行った。
まだ若そうな外見のヒューマン(♂)が店番をしているが、なぜか緊張感漂う表情でこちらを見ている。
「こんにちは。武器を見せてもらっていいですか」
「お、おお、どうぞ、どうぞ」
「もしかして、モンスターが町に入ってきたと思った?」
「い、いや、そ、そんなことはないよ?」
「まあ、いいけどねー。
でさ、実は全くの初心者なんで、お客になれるかどうかも分からないんだけど、話を聞いてもらっていい?」
基本的に知らない人には丁寧な口調で喋るオレなんだけど、目の前のヒューマンのオドオドしてる姿に、自然とくだけた物言いになっていた。
「あ、新人さん?どおりで見かけない人だと思ったよ。ファジマリーに、ようこそ」
「ありがとう。
で、ファジマリーって、この町の名前?」
「そう。今は平日の昼間だから人も少ないけど、夜にはけっこうな人がいるんだよ」
「へー。じゃ、狩りをするのも、今の時間帯が狙い目なんだね?」
「そうだね。やっぱり、この町の周りには人が多くなるからね。
ある程度強くなって、町から離れたら、なかなか他人に会わなくなるらしいけど」
「じゃあ、とりあえず武器が欲しいんだけど、新人のオレに買えるような物って、あるかな?」
「ほいほい、大丈夫だよ。最初から持ってる金額で、初期装備の3倍ぐらいの強さのが買えるから」
「おー、それは、ありがたい。スライムとかとやってみたけど、倒すのに時間がかかり過ぎちゃって」
「もう、狩りはやってきたの?ドロップ品を売ってくれるなら、もっといいのが買えるかもよ?」
「なるほど。狼の毛皮とかスライムの体液があるんだけど」
「お、毛皮がいいね。防具の材料になるから、買い取らせてよ」
と言う訳で、狼の毛皮10枚を売る。
スライムの体液は、ポーション系の材料になるようで、別の露天で売るように言われた。
「で、買うのは片手剣でいいの?どういうクラスを目指してるの?」
「ナイトとかの盾役オンリーで」
「ニュートのナイトね。頑丈そうだなー。
じゃあ、片手槍なんて、どう?」
「そんなカテゴリーの武器もあるの?」
「盾と片手槍の組み合わせは、このゲームでは普通になってるよ」
「片手剣より、やっぱ強い?」
「はっきり強い」
「じゃあ、今のオレの所持金で、片手槍と盾と買える?」
「盾スキルを上げる為と割り切って安物の盾でいいのなら、じゅうぶん買えるね」
「オッケー。んじゃ、適当に見繕ってよ。オレ、全然分からないから」
「あいよー。じゃ、これとこれで」
手渡された片手槍と盾を装備してみる。
片手槍は、ショートスピアーという名前で、2メートルぐらいの長さのシンプルな形状のものだった。
盾は、スモールシールドという直径7~80センチの円形のものだ。材質は木製で、外縁が金属で補強されてある。
が、なんということか、新しい武器を装備した自分の姿を、客観的に見ることが出来ない。
リアルに忠実なせいで、このゲームじゃ自分の姿を外から見れないのだ。幽体離脱でも出来れば、見れるんだろうけど。
かっこいい装備をまとった自分の姿に酔いしれるっていうのが、こういうゲームの醍醐味の1つだろうに、それを見れないってどういうことだ。
「どこか、鏡ってないのかな?」
「ああ、まだミラーを持ってないんだね」
「ミラー?」
「魔法だよ。一時的に鏡を作り出すことが出来るんだ。魔法屋に行けば買えるけど、その文無し状態じゃ・・・」
「その魔法は、高いの?」
「いや、魔法としては最低ランクだから安いよ。そのショートスピアーでちょこちょこっと狩りをすれば、すぐに買えるよ」
「よし、分かった。さっそく、稼いでくる!」
「頑張ってな~。狼の毛皮なら、また買い取るからな~!」
「了解!」
オレは、尻尾をふりふり、城門目がけて走り出した。
次の目標は、ミラーの購入だ。