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海賊狩り

 チョコドからは、いくつかの町に定期船が出ており、プレイヤーは自由に乗船することが出来る。オレたちがビーナスに行った時のように。

 また、NPCが漁を行うのにも船は使われているし、プレイヤーだってカヌー程度の船なら作れるので、沿岸部の地図は簡単に手に入った。

 が、オレは真っ直ぐに沖を目指そうとしている。

 NPCの漁船に乗せてもらった人もいるらしいが、陸から離れた先の情報は、ほぼ無いに等しかった。大型のモンスターも出没する外海を船で行くのは、危険すぎるのだ。漁師たちも、日帰りで行ける範囲でしか漁を行っていないという。

 どうせなら内海で漁をした方が安全なのは、考えるまでもない。

 それでも漁の際に基地として使われている小島なんかはあるそうで、まずはその1つ、ハズ島が最初の目的地だ。チョコドの南東にポツンとある島で、危険なモンスターもいないそうだ。

 三角の縦帆を1枚張った漁船で、半日強の距離だと聞いたが、はてさてリザードマンが泳いで行って、どれぐらいの時間でたどり着くやら。

 途中で水棲モンスターにも出くわすだろうし、そもそも正確な方向も分からないんだから、間違った方向に行っちゃうかも知れないしね。


 外海をしばらく泳いで気がついたのは、海がどんどん深くなっていくことだ。

 まだ底が視認できる程度だが、旅がどんどん進めば完全に海底が見えなくなってしまうだろう。これは、なぜか考えもしていなかった。地球の海のほとんどは深海だと言われてるのに、このゲームの海が浅瀬ばかりのハズはない。

「ミスティック・テント、水中で浮かんだままで使えるのかな・・・?」

 しょうがない。今日ログアウトする時に試してみよう。

 いきなり、旅に暗雲が漂い始めたよ。


 『反響定位(エコロケーション)』を最大に使い、地形やモンスターの姿を確認しながら、オレはのんびりと泳ぎ続けた。

 『反響定位(エコロケーション)』はスキルアップし、『敵性感知』と『測量』が統合され、読み取った地形は自動的にマップ化されるは、モンスターの位置はマップ上に表示されるはで、かなり便利なスキルに変貌している。

 おまけに、超音波を一点に集中して放射すれば、敵にダメージを与えることも出来る。『ショック』というスキルだ。イルカも獲物を捕まえるときに、超音波をぶつけて気絶させるらしいね。

 イワシの群れに使ってみると、1発で30匹ぐらい気絶させられた。ありがたくアイテム・ストレージにつっこんでおく。食料になってもらおう。


 途中、イワシの群れを追う巨大な魚影を捕捉した。

 全長3メートルはある。全身が鎧で覆われたような、いかつい怪魚だ。シーラカンスに似ているが、サーベルのような牙が何本も生えてるのが見える。背びれや胸びれも、妙に刺々(とげとげ)しい。

 見た目の凶悪さにスルーしようかと思っていたら、向こうから突っかかって来てしまった。『隠蔽』スキルを使うの忘れてたせいだ。

 巨体に似合わぬ素早さで迫ってくる怪魚の鼻面に、ウォーター・シュートを打ち込む。

 怪魚がひるんだところで一度横に逃げてから、横っ腹にアクセル・ランスで突撃した。水王の槍の穂先が、ぶっさりと突き刺さる。しかし、致命傷には遠い。鎧みたいな外見だけあって、やはり堅い。

 試しにショックをぶつけてみると、傷口から血煙が舞い上がった。内臓にダメージが与えられたんだろうか。

 距離をとられると面倒なので、密着したまま衝角(ラム)で横っ腹をぶち抜いた。

 それだけでは倒し切れなかったが、身体が千切れかけてたのでもう怖くない。槍で何度か突くと、その巨体は四散した。

 ホッと一息だ。

 正直、デカブツが真っ直ぐ突っ込んで来ると、かなりビビってしまう。真っ正面から迎え撃って倒せたらカッコいいけど、オレにはまだまだ無理そうだ。


 寄り道をしながらだったせいか、結局日暮れまでにハズ島には着けなかった。

 大きな魚影が見えるたびにチョッカイをかけてたら、そりゃ時間もかかろうってものだ。でも、おかげでウロコだとか魚肉だとかヒレとか、地上じゃ見れなさそうな素材がいっぱい手に入った。

 この先にも、郵便屋のあるような町でも村でもあるといいんだけど。


 反響定位(エコロケーション)があれば夜だろうと不自由なく行動できるのだが、さすがに真っ暗な海は気持ち悪いので、ログアウトすることにした。

 まだ水深は20メートルぐらいなので、海底にテントを張るのは可能だ。だが、ここは試しに10メートルぐらいの深さのところでテントを張ってみた。テントを張ると言っても、アイテム・ストレージから出すだけなんだけどね。

「お?いけそうじゃないか?」

 ミスティック・テントは、プカリと海中に浮かんだ状態で固定されているようだった。水に浮かんだとしても潮に流されるんじゃないかと思っていたのに、不思議と全く漂っていく気配がない。テントがログアウト用のアイテムだとしたら、勝手に移動しちゃうようじゃ困るということか。

 テントに入ると、中は湿気のカケラもない快適な空間だった。床がたわむようなこともない。

 色々と納得できない気もするが、都合がいいので文句は言うまい。

 後は、ログアウト中に巨大なモンスターに衝突されないことを祈るだけだ。




 そんな訳で、翌日にログインする時はドキドキである。

 目を開けると、オレは薄暗く狭苦しい空間で身体を丸めていた。

 テントの中だ。

 おぉ、無事だった。

 テントを抜け出し、反響定位(エコロケーション)を使ってみると、ログアウト時から全く動いてない。どうやら、ミスティック・テントはいい仕事をしてくれたらしい。さすが、マリーさんが作ってくれたことはある。

 ここだけの話、マリーさんは嫁に欲しいタイプだ。

 オレには高嶺の花すぎるけどね。

 ルックスだけなら、イチゴちゃん。スタイルなら、霧隠(きりがくれ)さん。カテゴリーは不明ながら、そばにいてほしいアマガエルさん。

 まあ、どうこうするつもりはない。どうこう出来るとも思えないし。これまで通り、楽しくやれればそれでいい。


 ハズ島には、1時間ほどで到着した。

 小さな島だが、漁船が数双かは停泊できる程度の入り江がある。

 人は住んでいない。

 が、今は誰か上陸しているようだ。漁船らしき船が1双見えている。

「なんか、柄の悪そうな連中だなぁ」

 波間から顔を出し、オレは男たちを観察していた。もちろん、今回は『隠蔽』スキルもちゃんと使ってある。

 3人の男がウロウロしているのだが、腰には大ぶりの刃物を差してるし、態度が荒々しい。漁師と言うよりは・・・

「海賊か?」

 まさか直接チョコドを狙っているとは思えないが、チョコドを出入りしている船が被害に遭う可能性はある。偵察、もしくは補給部隊かも知れない。

「だとしたら、叩いておくべきだよね」

 本音を言えば、海賊が落とすアイテムに興味がある。ピストルと海賊船の設計図は、美味しかったもんね。


 『隠蔽』をかけたまま、オレはそっとハズ島に上陸した。

 男たちは悪態をつきながら、漁師小屋の中を物色している。やはり、漁師ではなさそうだ。

「チッ、食い物もねぇのか」

「やっぱり、チョコドに行くしかねぇんじゃないですかい?」

「しょうがねぇ。暗くなる時分を狙って、チョコドに行くしかねぇなぁ。最近は衛兵の目が厳しいから、あんまり近寄りたくないんだがなぁ」

 はい。海賊に決定。

 男たちの背後に立つと、問答無用で槍を振り回した。

 一応声をかけるなりして本当に海賊かを確認すべきだとも思ったが、相手が3人なので、そんな悠長な真似もしてられない。先手必勝だ。海賊じゃなかったら、ホントにゴメンナサイ!


「うぉっ!?」

 背後から1人をふっ飛ばし、振り向いた1人をアクセル・ランスで貫き、最後の1人に尻尾を打ちつけた。

 2人目と3人目にトドメを刺し、ゆっくりと1人目に向き直る。

 頭は剃り上げており、裸の上半身は赤銅色。両腕には、ウロコのような柄の入れ墨が彫られていた。

 槍を叩きつけただけだったが、男は朦朧としているようだ。モンスターに比べると、さすがに相当ヤワにできている。

 とりあえず、男の腰の刃物を奪っておいた。

 ビーナスへの途上で出会った海賊たちは短剣を持っていたが、この刃物はもう少し大ぶりだ。カットラスとかいうヤツかな。

「おい、聞こえるか?」

「うぅ・・・」

 声は、まだ若い。

「お前たち、何の目的でここに来た?」

「うぅ、・・・誰だ、あんた・・・?」

「ただの通りすがりだよ。さあ、ここで何してた?」

「ふざけたことを・・・」

 男は苦労して顔を上げると、オレを見てギョッとした。

 やっぱり、NPCから見ても、リザードマンって怖いのかよ。

 しょうがないから、ニヤ~ッと凶悪な笑みを浮かべながら、男の顔をのぞき込んでやった。

「尋問するのも面倒だし、始末しちゃってもいいんだよ?」

「い、いや、待て。待ってくれ」

「じゃあ、さっさと答えちゃってね。お前たちの目的は?」

「ほ、補給だ!母船がいかれたんで、食料や木材を集めに来たんだ!」

「嵐にでも遭ったのか?」

「見たことない船にやられたんだよ・・・」

「んん?海賊船を壊せるって、相手も海賊船か?」

「そ、それが・・・海賊船とかいう前に、見たこともない形で・・・」

 自分たちが海賊船に乗ってたことは否定しないようだ。

 相手の船は謎だけど、どこかの軍船なのだろうか。

「で、その船はどうなった?」

「わ、分からねぇよ。こっちは逃げるのが精一杯で」

「じゃあ、お前らの船は・・・」

 オレが言い切る前に、男が素早く起き上がると、ナイフを投げ放った。

 うわっ!と思い、とっさに頭を伏せると、兜がカチンと音を立てる。

 び、ビビった~!!

 頭を上げると、男が脱兎のように逃げていくところだった。小船を目指しているようだ。

 逃がすわけにはいかない。慌てて追いかける。

 けっこう弱ってたと思ったのに、予想以上に速い。

 アッと言う間に、自分たちが乗ってきた小船にたどり着く。もやい綱に手をかける。

 やばい。逃がすものか。

「アクセル・ランス!」

 数メートルをスキルで一気に詰めると・・・あれ?男と一緒に、小船が木っ端微塵に吹き飛んでいた。

 木片がオレのまわりに降り注ぐ。

「近過ぎた・・・」


 で、お目当てのアイテムがドロップしました。

 〇【セイリングカヌーの設計図】ランク4:設計図。


 これで、海賊船建造に1歩近づいたな。

 ちなみに、ビーナスでの狩りの最中に、オレの『鑑定』はランク4のアイテムまで通用するようになっている。

 こうなったら欲をかいて、傷ついた母船とやらも探してみるか。もしかしたら、まだ設計図を手に入れられるかも知れないし。

 オレたちがビーナスを往復するのに使った定期船が存在する以上、どこかに巨大船を建造している場所があるハズだ。そこでNPCに弟子入りするなりすれば、巨大船を造れるようになるのかも知れない。もしくは、船を買うことが出来るのかも知れない。

 しかし今のところ、造船所を見たという報告はない。NPCから、そういう情報が聞けたという話もない。

 だから、船の設計図を手に入れようとしたら、NPCの船を「狩って」ドロップするのを狙うしかない。そして「狩って」も許されるのは、海賊の船だけだ。

 これは狙ってみる価値があるだろう。

 そのうち、オレは物欲で身を滅ぼすんだろうな。いつものことながら、そう思う。

 まあ、それも本望だ。


 チョコドで仕入れてたサンドイッチでスタミナを回復させると、ロクに休憩もせずに再び海に飛び込む。

 母船がどこにいるかは分からないが、反響定位(エコロケーション)を全開にしたまま沖合いを目指す。修理を必要としてるんなら船足も速くないだろうし、ウロウロしていたら見つけられるだろう。それに、さっき沈めた船の帰りを待って、どこかに停泊してる可能性も強い。

 果たして1時間後、大きな岩礁の陰に停泊してる船を捕捉した。

 ビーナス行きのときに出遭った海賊船よりは、若干小さいようだ。あの時の船は3本マストだったが、今見えてる船は2本マスト。帆は畳んである。

「あの時の海賊船はキャラック船だったけど、今度のはキャラベル船なのかな」

 帆船について多少は知識を仕入れ始めたが、まだまだ船種の見分けはつかない。

 キャラック船と同時代に、もう少し小型の船=キャラベル船が使われていたという事からの推測だ。


 『隠蔽』を効かせたまま近づいてみると、船体の数ヶ所に小さくない穴が開いてるのが見えた。

「まるで・・・大砲で撃たれたみたいだな。いや、『まるで』じゃなく本当に大砲なのかも知れない」

 海賊船の船体には、砲台らしきものは見られない。以前に出くわした海賊船も、大砲は使っていなかった。

 目の前の海賊船を攻撃した船というのは、やはり軍船なのだろう。

「この分だと、必要に迫られて海賊船が大砲を使い始める日も遠くないな。厄介な話だよ」

 でも今は、目の前の傷ついた海賊船を美味しくいただくのが先だ。

 前回のように衝角(ラム)で船底をぶち抜けば済む話だったが、ここは新しい手段を試してみることにする。


 水妖精の守護指輪。


 霧隠(きりがくれ)さんと人魚の少女(レスフィーナ)を助けたお礼にもらった装備。月の満ちる毎に1度だけ水妖精を喚び出せるという指輪。

 ついつい勿体なくて温存したままだったけど、きちんと威力を把握しておくべきだ。この機会に使ってみよう。

 しかし、アマガエルさんに鑑定してもらうのを失念していたわ。

「さてさて、とんでもない威力じゃないかって期待ばかりが膨らんでるんですが・・・」

 水中から海賊船に近づくと、左手にはめた指輪を前方に突き出した。

「水妖精さん、お願いしま~す!」


 ゴウッ・・・!!


 指輪が清冽な青い光を放ったと思った瞬間。

 透き通った身体を持つ何者かが現れ、猛烈な速度で海賊船に迫る。

 それは、人魚に見えた。

 女性の上半身と魚の下半身。

 しかし、オレが知っている人魚(レスフィーナ)とは、あまりにシルエットが違う。

 魚の下半身は長大で、腕や背中にも大きなヒレがついている。

 その姿は、ひどく凶々しい。

 そして大きい。4~5メートルはあるんじゃないだろうか。

 

 水妖精(妖精というよりは怪獣に近いが)の巨体が船体に突き刺さり。

 海賊船は、紙のように2つに引き裂かれた。

 唖然・・・。


 



 

 


 

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