ギルド・ホーム
いつもより微妙に短いですが・・・。
翌日、オレはリザードマンになって、「少女たちの狂おしき永遠」のギルド・ホームを訪れていた。
イチゴちゃん、レイさん、鷹爪くん、スモーカーの4人は、今日も一緒に狩りをしているハズだ。ファジマリーを出て、パレオを目指す予定らしい。
パレオなら海に面しているし、スモーカーの『造船』スキル上げにも都合がいいだろう。
問題は、スキル上げに適した船の設計図が手に入らないことなんだよなー。
ギルド・マスターのマリーさんは来客中とのことで、別室で待たせてもらった。別室と言っても、ホームのリビング・ルームなのだが。華やかな女性たちが10人近く寛いでいる空間で、オレ1人が寛げずに固くなっていた。
今日は、顔馴染みのヒヨコ丸さんたち一行の姿も見えない。ビーナスへの遠征後のため、休養に入っているらしい。イチゴちゃんが新キャラで遊んでいたのは、そういう理由もあったのだ。
「はじめまして。サブ・マスターの東雲です」
涼しげな目許をしたイケメンが、話しかけてきた。
いや、イケメン風の女性だな。このギルドにオトコはいない。
しかし、銀糸の刺繍の入った真っ赤なジャケットと白い乗馬ズボンに身を包んだその姿は、「男装の麗人」という言葉がぴったりくるイケメンぶりだった。妙な敗北感を感じる・・・。どうせ、オレはしがないリザードマンですよ。
「最近、うちのメンバーによくしてくれてるって聞いてるよ。昨日は、レイとまで遊んでくれたんだって?」
「いえ。こちらがお世話になってばかりですよ。まだ、そんなにウデも立たないですから」
「ウデの良し悪しなんか、小さいことだよ。キミと出会ってから、ヒヨコやカエルたちもずいぶん楽しそうだ」
男装の麗人って言ったって、年齢は明らかにオレの方が上だ。なのに「キミ」呼ばわりされるのに、全然違和感がない。また、キャラの濃い人が出てきちゃったよ。
「あの人たちが楽しんでくれてるなら、オレも嬉しいですよ」
「そうか。次は、ぜひ私もご一緒させてもらおう」
「ええ、ぜひ」
イケメン東雲氏ともフレンド登録をかわし、こそっとフレンド・リストで確認すると、彼女のクラスは騎士だった。似合いすぎるわ、ホントに。
「お、マリーの用事が済んだようだね」
あいかわらず日本人形のような風情のマリーさんが、リビングに入って来た。
真っ白なブラウスに黒いタイトなスカート姿だ。なんでもない組み合わせなのに、彼女が着ると上品さが際立つ。
「おまたせしました、トカゲさん」
「こんにちは、マリーさん」
椅子から立ち上がると、丁寧になり過ぎない程度に頭を下げた。
彼女が相手だと、ついついオレも礼儀を気にしてしまう。どこかで礼儀作法を習ってこようかな。
が、そんな思いも、マリーさんの後から入室してきた人間を見た途端に、消し飛んでしまった。
暗赤色のローブ姿の人間と、白っぽい軽鎧を着た猫型の獣人。
「タブーとノイズ!?」
そう。なぜか、我らが「まったり」のギルマスとサブマスが、そこに立っていた。
「おう、青さん。それがウワサのリザードマン体なのだね」
そう言えば、リザードマンの方で「まったり」のメンバーと顔を合わすのは初めてだった。
「意外と、リザードマンもいいなぁ」
ノイズが、オレのまわりをグルグル回りながら、感心している。小柄な猫型獣人は、ホント可愛いなー。ただし、こいつは完璧にオスなんだが。どこかに、猫型美少女はいないものか。
「で、2人してどうしたの?なんで、ここに?」
「今日は、ギルドの同盟の締結に来たのだよ」
「同盟?」
「まあ、ギルド・ホームを購入するのに、大手ギルドの後ろ盾があると安くなるって話なんだけどね」
タブーが大袈裟に言う話を、ノイズが分かりやすく翻訳してくれる。
「じゃあ、ホームが決定したの?」
「うむ。今から本契約に行ってくるから、後で合流しよう」
「了解。ここの用事が済んだら、行くよ」
「じゃあ、後でな」
そう言うと、マリーさんと握手を交わし、タブーたちは颯爽と立ち去って行った。
なんだか呆然としていると、東雲さんからもう一度座るようにうながされた。
オレと向かい合うように、マリーさんと東雲さんも腰を下ろす。
「トカゲさんは、タブーさんの所の人だったんですね」
「そうです。でも、マリーさんはタブーを知ってたんですか?」
「ええ、ずいぶんお世話になりました」
「お世話?」
普段は変人丸出しのタブーだが、たまにトテツもなく男前になる。おかげで、これまでやってきたオンライン・ゲームの中でも、妙に他人から頼られていた。このゲームの中でも、すでに人望を集めてたりするんだろうか。
「女性プレイヤーを守ろうというのが、このギルドの設立目的だというお話をさせてもらいましたが、タブーさんとは、その過程で知り合いました」
マリーさんが、静かに話し始める。
また、長い話になりそうだ。なぜか、彼女との話はヘビーな方向に向かってしまう。
「あ。このゲーム、地球全体をいくつものサーバーに分けてログイン出来るようになってるって知ってますか?」
「いや、それは知りませんでした」
そう言えば、ゲーム内で外国人かなと思う人には会ったことがないな。
「今、私たちがいるのは日本サーバーです。外国からは、ログイン出来ません。外国人のプレイヤーがいたとしたら、その人は日本国内からログインしてるハズです」
「へー、そうなんですね」
「PKに代表される暴力行為がシステム的に制約されないこのゲームですが、現在の日本サーバーは奇跡的に平和を保っています」
「と言うと、外国のサーバーでは?」
「私たちも多くの情報を持っている訳ではありませんが、プレイヤー同士で殺し合うばかりのサーバーが大半を占めるようです」
「それは、いただけないですね。好き好んで、そんなゲームはしたくないや」
「そうですよね。せっかくのVR技術を使って、そんなことしか出来ないのでは、悲しすぎますよね。でも、日本サーバーだって同じような道をたどりかけていたのです」
そう。だからこそ、マリーさんも「少女たちの狂おしき永遠」を設立し、女性プレイヤーを守ろうとしたのだ。
「それを軌道修正し、現在の平和な日本サーバーを作り上げた人たちの1人がタブーさんです」
「は・・・!?」
オレの思考は、停止した。
このゲームがいつから存在しているのか、正確なことは誰も知らない。
ただ、一番最初のブレイヤーと言われている者がログインしてから、まだ1年も経ってはいないらしい。
彼がネットで流した話を聞いて徐々にプレイする者が現れ出したが、当初はごく少数のプレイヤーが好き放題な真似をしてたという。
フィールドにいるモンスターだけでなく、NPCにまで攻撃を加える。フィールドのNPCが一掃されてしまうと、今度はプレイヤー同士で殺し合う。単なる殺し合いだけでなく、レイプを初めとした考えうる形の暴力が吹き荒れた。
プレイヤーの数が増えるにつれ、良識的なプレイが主流となっていくが、謂れのない暴力が消えた訳ではない。今度は良識的なプレイヤーたちが獲物となり、PKやレイプは行われ続けた。
そういう過程でマリーさんは「少女たちの狂おしき永遠」を設立し、タブーたちと出会う。
タブーたちは比類なき戦闘力でPKプレイヤーたちを蹴散らし、当時の有力ギルドと交渉を繰り返した。PKやレイプをなくす為に。
そして、それは実を結ぶ。
全ての有力ギルドはPK等の禁止を約束し、ギルド・メンバーにそれを誓わせた。
もちろん、システム的に可能な以上、PK等が完全に撲滅できる訳ではない。今でも、個人単位で暴力行為を繰り返している者はいるし、偶発的に起こってしまうケースもある。
しかし、日本サーバーにおいては、PKやレイプは許されないことという共通認識が作り上げられたのだ。今や多くのギルドは、NPCの衛兵組織に資金提供さえ行っている。
NPCの衛兵たちはモンスターからNPCを守るのが本来の仕事だが、今は暴力プレイヤーの取り締まりにも協力してくれてるという。
「あいつ、そんな大仕事を終えてから、オレたちをこのゲームに誘ったのか・・・」
「タブーさんと一緒に動いていた人たちは、みんな有力ギルドのマスターや幹部でした。
そんな中でタブーさんだけがフリーでしたので、ギルドへの勧誘も多かったようです。ですが、なぜかどこにも所属することをせず」
そこで、マリーさんは優しく微笑んだ。
「きっと、貴方たちとゲームを楽しみたかったんでしょうね」
「はぁ。たまぁーにある男前エピソードがデカ過ぎるんですよね、アイツ」
「フフフ。素敵な関係じゃないですか。うらやましいですよ」
1時間ほど談笑した後、マリーさんからミスティック・テンタクルズ素材で作ったステルス・テントと、ミエコさんが作ってくれたオオアシガニ素材の鎧を受け取り、「少女たちの狂おしき永遠」のギルド・ホームを辞した。
〇【ミスティック・テント】ランク7:ステルス・テント。水中でも使用可能。
〇【ビッグクラブ・ヘルム】ランク4:兜。防御力5。
〇【ビッグクラブ・ハーネス】ランク4:軽鎧。防御力19。
〇【ビッグクラブ・ガントレット】ランク4:ガントレット。防御力5。
〇【ビッグクラブ・グリーブ】ランク4:足鎧。防御力6。
これが、今回の成果である。
ミスティック・テントは水中で設営しても、なぜか中に空気が溜まっている状態で、人が出入りしても空気が逃げたり水が入ってきたりしないらしい。理屈は謎だが、オレにとっては最高の一品だ。
ビッグクラブ・シリーズは、青っぽい色のキチン質の鎧だった。作り手が女性のせいか、フォルムが優美でエルフに似合ってる気がする。当然、エルフのキャラで着用予定だ。
バルカンさんにも同じ素材を渡しているが、完成品は鷹爪くん行きになりそうだ。ノイズは、何か良さそうな鎧を着てたしな。
我らが「まったり」のギルド・ホームは、「少女たちの狂おしき永遠」のホームからほど近い場所にあった。要するに、この界隈がギルド・ホーム用の区画になっているんだろう。
建物は、「少女たちの狂おしき永遠」と同じ3階建てだが、面積的にはだいぶ負けてるようだ。人数が全然違うから、仕方ないけどね。
「思ったより、綺麗だねー」
家具も何も入ってないし、内装もデフォルトのままだけど、意外と居心地の良さそうな建物だった。大きな暖炉のあるリビングがいい感じだ。
タブーもノイズも、内装をどうするか楽しそうに議論している。
マリーさんから話を聞いたばかりでは、楽しそうに笑っているタブーを見ると不思議な気分になってしまう。でも、ここはいつもと変わらずに接しておくべきだろう。タブーの思いに応えるには、オレたちがこのゲームを楽しむこと以外にはない。
各人用の部屋も3階に用意されており、オレも無事に1室をせしめることが出来た。6畳ほどの広さだが、窓が大きくて明るい部屋だ。
鷹爪くんとスモーカーも、早くここまでたどり着いてもらいたいもんである。
「スモーカーが『木工』やるみたいだから、家具を作らせたらいいね」
「おお、そうか。ホームを買ってスッカラカンになってしまったからな、家具が安く手に入るとありがたい」
「1人で大金出してもらっちゃって、ホントに悪かったね」
「みんな、ゲームを始めたばかりだからな。それはしょうがない。これから色々助けてもらえたら、それでいいさ」
「うん。せいぜい、海の底からお宝を引き上げてくるよ」
「おう。期待している」
そう言って、タブーは楽しそうに笑った。
そうして、やっとオレは外海への旅が始まる。




