天使と死神
登場人物を増やし過ぎたせいで、物語がどっちに転がっていくか分からなくなってきました(汗)
鷹爪くんたちとの狩りは、気づいたら3時間に及んでいた。
さすがに疲れた。
オレの盾スキルは全然上げられなかったけど、攻撃系のスキルはかなり上がったので、ファジマリーに帰ることにする。次は、ゴブリンのダンジョンか北の森の向こうまで足を伸ばすことになるだろう。
「ピストルの使い具合は、どう?」
「離れた敵を狙えるのは、ありがたいですね。俺、攻撃用の魔法も持ってませんから」
「どんな縛りプレイしてるんだよ・・・」
スモーカーには、スモーカーだけの理想の海賊像があるのだろう。かなり、何かに毒された海賊像のような気がするけど。
「連射が効かないのが面倒くさいですけど、『射撃』スキルが上がったら威力も上がりましたし、地道にスキルを上げていったら、意外と使えるかも知れませんねぇ」
「ほう、なるほど。じゃあ、『錬金』スキルを上げるついでに、これからも弾を作るわ」
「ありがたいです。お願いしやっす!」
ニカッと笑うスモーカー。
ファジマリーの北門まで着いたときだ。
オレたちの目の前に、白い服の人影がフワリと舞い降りた。女性だ。
「お?」
「新規プレイヤーですかね?」
このゲームに初めてログインすると、ファジマリーの4つある門のうち、どれか1つの門の前にランダムで現れることになる。ちょうど、その場面に立ち会ったようだ。
「でも、なんか装備がおかしくないか?」
「ですよね」
オレのつぶやきに、鷹爪くんも同意する。
それがファースト・キャラにしろセカンド・キャラにしろ、最初は初期装備のハズだ。そして初期装備は、概ね茶色や灰色といった地味な色合いをしている。
それが、目の前に舞い降りた(ように見える)キャラが着ている物は、光るほどに真っ白なワンピースで、おまけに背中に純白の小さな翼がついていた。
「天使だ・・・」
スモーカーが思わず漏らした言葉の通りだ。
オレたちの目の前に立っているのは、まさに天使としか言いようのない外見をしていた。
「え?」
スモーカーの声が聞こえたのか、天使がビクッとして振り向く。
ショートカットの可愛らしい顔・・・ん?どこかで見たような・・・
「あれ?イチゴちゃん?」
「え?あ、はい・・・。あの・・・?」
こちらが罪悪感を覚えるぐらいに、ビクビクしている。ギルド・メンバーといるときも、いつも1歩引いた感じでニコニコしているだけだもんな。あんまり社交的な性格ではないのだろう。見知らぬエルフから親しげに話しかけられて、怯えちゃってるわけだ。
「こんな外見だけど、青鬼だよ。リザードマンの」
「あ。トカゲさん?見た目が全然違うから、分かりませんでした」
あからさまにホッとした様子のイチゴちゃん。笑うと、やはり可愛い。
スモーカーはもちろん、鷹爪くんまでもが、小さく唸るのが聞こえた。
「実は、こっちがファースト・キャラでね。
で、イチゴちゃんは新しいキャラ?」
「はい。ちょっと珍しいクラスで作れるようになったから」
「珍しいクラス?」
何ていうクラスか、聞く必要もないな。
「て、天使ですか?」
スモーカーが食いつく。
この男、明朗快活なスケベなんだよなー。イチゴちゃんに近づけていいもんなんだろうか。
「あ、はい。そうです・・・」
知らない人間に話しかけられた途端、またイチゴちゃんはビクビクし始めた。
「この2人は同じギルドのメンバーで、スモーカーと鷹爪くん。2人とも、なんの心配もいらないヤツだよ。
で、こちらはイチゴちゃん。オレがセカンド・キャラで付き合いのあるギルドの女の子」
3人がペコペコと頭を下げ合う。
「天使って、回復職なの?」
「回復も出来るけど、魔法や弓矢の攻撃の方が得意みたい」
「ほほう。良かったら、一緒にスキル上げする?今からファジマリーで一服したら、また狩りに出る気なんだけど」
後ろで、鷹爪くんとスモーカーが、ウンウンとうなずいているのが分かる。
「いいんですか?」
イチゴちゃは内気だから断られるかと思ったけど、ちょっと嬉しそうにノッてきてくれた。
背後でハイタッチをかわす鷹爪くんとスモーカー。
「じゃあ、必要な物をそろえたら、出かけようか」
なぜか、アマガエルさんの顔が脳裏に浮かぶ。気分は、軽い浮気だ。
当初は、のんびり休憩してから狩りを再開する予定だったのに、イチゴちゃんの参加が決まったせいで、3人とも猛スピードで準備をし直した。
ゴブリンから分捕ったアイテムを銀行に放り込み、ポーションと食料を補給しただけだが。
あとは、3人で競うようにイチゴちゃんの装備を買い込んだ。
おそらくイチゴちゃんのファースト・キャラなら、オレたち3人を合わせたより金持ちだろうが、そんなことは関係ない。
いつものように露店を開いていたバルカンさんから弓矢と軽鎧を手に入れ、必要そうなスキルのスクロールも買い漁った。
オッサン3人から嬉々として貢ぎ物をされて、困惑するイチゴちゃん。引き攣った笑いを浮かべながらも、アイテムを受け取ってくれた。まあ、そんなに高い物じゃないから、あまり気にしてもらう必要はない。
「あ、ありがとう・・・」
困ったようにイチゴちゃんに視線を向けられたが、ニヤッと笑うだけで済ませておいた。
狩りは、また北に向かう。
スライムや狼も狩りながら、ゴブリンの住む森を目指した。
天使は、光と雷系の魔法を得意とする。その攻撃力は思ったより高く、簡単にモンスターを倒していく。軽鎧も着ることが出来るから防御力も高く、ずいぶん強力なクラスのようだ。
これなら、ダンジョンでも森の向こうででも、じゅうぶんに戦えるだろう。
北の森に着くと、現れるゴブリンをオレが盾でせき止め、イチゴちゃんが弓と魔法で攻撃するという段取りでスキルを上げていった。
鷹爪くんとスモーカーは、イチゴちゃんの前後に陣取り、彼女を完全警護している。自分たちのスキル上げは、どうでもいい様だ。まあ、2人がそれでいいんなら、構うことはない。オレとしては、『盾』スキルが上げられてありがたい。
それにしても、天使の攻撃魔法は強力だ。まだ作り立てのキャラだというのに、金属鎧を着たゴブリンたちを簡単に倒していく。
光属性のライト・アローは、スキル・レベルが10近いオレと同等の威力だし、雷属性のサンダー・バレットはそれ以上のダメージをゴブリンに与えている。
「このまま、森の向こうを目指して、平気かな?」
「はい。時間なら、たっぷりありますよ」
イチゴちゃんが上機嫌に答える。
「イェイ、俺たちも朝までだって平気だぜ~!」
スモーカーのテンションがいつになく高いのは、無視しとこう。
イチゴちゃんの了承も得られたせいで、オレたちの行軍ペースは一気に上がった。本気で、森の向こうを目指す。
ファジマリーの北側は、実は狩り場としての人気は高くない。
ゴブリンが大量に徘徊する森は、常に奇襲を警戒しないといけなくて気を抜くことが出来ないし、森を越えてもすぐに巨大な山脈がそびえていて、先に進めないらしいのだ。
山脈を踏破しようと頑張っているブレイヤーもいるらしいが、いまだ成果は上がってないと聞いている。
そんなゴブリン愛好家ぐらいしか訪れない森を、オレたちは突き進んで行く。
途中で20体を超える群れにも襲われたが、4人で蹴散らした。鷹爪くんが暴風のように両手鎌を振り回し、スモーカーが縦横無尽に駆け巡る。
オレは、ひたすらイチゴちゃんのナイト役だ。彼女を死なせでもしたら、怖いオネーサンたちにお仕置きされてしまう。が、気づいたらイチゴちゃんまでが嬉々として魔法をぶっ放していた。ウフフって笑いながら、サンダー・バレットでゴブリンを瞬殺している。ちょっとだけ、怖かった。
2時間も進んだところで、ついに森を抜けた。
視界が突然開け、オレたちは息を呑む。
目の前に、広々とした草原が広がっていた。膝ぐらいの高さの枯れたような色の草が生い茂り、所々にほっそりとした潅木が立っている。その向こうには、険しい山脈が横たわっているのが見えた。空が広い。
「奥の方は、雪山になってるんだなー」
「雪男とか出そうですね」
オレのつぶやきに、イチゴちゃんがボソッと答えてくれた。
「今日のとこは、ここらまでですかねー」
「帰りを考えると、そうだねー。この先のモンスターにも興味あるけど、帰れなくなると困るもんな」
途中解散しちゃうと、生きてゴブリンの森を抜けて帰れなくなってしまう。
「じゃあ、休憩して腹ごしらえだけでもしときましょうか」
そう言うと、スモーカーがサンドイッチを人数分取り出した。
「自作です」
「え!?」
固まるオレとイチゴちゃん。
「そうなんですよ。この男、こう見えて『料理』スキル上げてるんですよ」
もう慣れてるのか、鷹爪くんは平然とサンドイッチに手をのばす。
「い、意外です・・・」
そう言いながら、イチゴちゃんもサンドイッチを口に入れる。
「あ、美味しい」
「でしょ!でしょ!いやぁ、ちょっと自信あったんですよ」
スモーカーが言うだけあって、確かに美味いサンドイッチだった。カツサンドだね、何の肉か分からないけど。
「美味しそうね。わたしにも、いただけないかしら?」
ふいに聞こえた声に振り向く。
「!!」
そこには、漆黒の衣をまとった女が立っていた。
その肌は異様なまでに白く、長い髪は鴉の濡れ羽色。鷹爪くんよりも長大な刃を持つ両手鎌を手にしている。黒いローブに身を包んだ女は、凄絶なまでに美しかった。
「ね、聞こえてる?」
くすくす笑う女は、しかし不吉な存在にしか見えない。はっきり言って、リッチとか・・・。
とっさに武器を構えようとするも、絶対に勝てないのが見え見えだった。様子を見た方が得策だと思い、抵抗をあきらめる。鷹爪くんも同じ判断のようだ。その身に緊張を宿らせたまま、おとなしくしている。スモーカーは・・・なんか、目がハートマークになってるぞ。
「レイちゃーん!」
はしゃいで黒い女に抱きついたのは、当然イチゴちゃんだ。
「イチゴぉ、新しいキャラクターを作ったのねー」
レイ?確か、「少女たちの狂おしき永遠」の二枚看板の1人。死神の・・・
抱き合う2人の間から、激しく煙が立ち昇っていた。何かが灼けるジュウジュウという音も聞こえる。
「わー、燃えてる、燃えてる!」
慌てて2人を引き剥がす。
レイさんがダメージを受けてヒクヒクしていた。
「・・・イチゴの愛が・・・熱い・・・」
「いやいや、死んじゃうからっ」
そんなレイさんを見て、ケラケラ笑ってるイチゴちゃん。ウワサ通り、これが通常営業なんだな。
ライト・ヒールをかけようとして、慌ててアクア・ヒールをかけ直す。光属性の魔法だと、ダメージを与えちゃいそうだったからだ。
死神のクラス特性なんだろうけど、光属性に驚くほど弱いようだ。普通の相手ならともかく、勇者や天使といった極端に光属性の強い者には、触れるだけでダメージを喰らっちゃうらしい。不憫すぎる。
サンドイッチを食べて復活したレイさんは、そのままオレたちと同行することになった。
1人で雪山を攻めての帰りらしい。なんとか山脈を越えようとしたが、食料が尽きて泣く泣く帰って来たという。どおりで、いきなりサンドイッチに食いついて来たわけだ。
そして、その戦いぶりは、さすがのひと言だった。
ゴブリンが近づいてくるのを察知するや、氷の遠隔魔法を放ち瞬殺してしまう。接近戦では長大な両手鎌を軽々と操り、生えてる木ごとゴブリンを両断してのけたのには、あいた口がふさがらなかった。
「レイちゃん、すごーい」
「イチゴが見てるから、頑張っちゃうわよー!」
アマガエルさんが言ったように、かなり痛い人だ。いや、残念な人だ。
切り倒された木は、ひそかにスモーカーが回収していた。どうやら、ちゃんと『木工』を上げる気らしい。
しかし、そんなレイさんを熱い思いで見ているヤツがいた。
「レイさん・・・」
突然、鷹爪くんが、かしこまって口を開いた。
まさか、告白か?
「ん?なぁに?」
コクンと首をかしげるレイさん。口許は、薄く笑ったままだ。
「俺を・・・弟子にしていただけませんか!?」
「は!?」
笑みを浮かべたまま、レイさんが固まった。
「貴女の戦いぶりに惚れました。俺に、その戦い方を伝授して下さい!」
鷹爪くんは背筋をピシッとのばして、最敬礼する。
いや、この男、こんなキャラじゃなかったのに。
「え、えーと・・・」
レイさんが挙動不審になって、オタオタし始めた。助けを求めるように、イチゴちゃんを見る。
「いいんじゃない?レイちゃん、いつも1人で寂しそうなんだもん」
「イチゴぉ、そんな簡単に・・・」
レイさんの中には、イチゴの言葉に逆らうという選択肢はないようだ。
こうして、鷹爪くんのクラスは「死神の弟子」になった。




