ビーナスの海
お楽しみと言いながら、実は戦利品の中身は、すでに分かってしまっている。
パーティーで戦って得たアイテムは、一旦、パーティー用のアイテム・ストレージに保存される。これを後で分配する訳だが、それをする権利があるのはパーティー・リーダーだけだ。
ただ、中を見るのはパーティー・メンバーなら誰でも出来るので、船の補修を手伝いながら、ついつい見ちゃってたのだ。
最初は全てのアイテムが未鑑定だったのに、後で見返すと鑑定が終わってたから、アマガエルさんがやったのだろう。
「今回の目玉は、なんと言っても海賊船の設計図よね」
〇【キャラック船:海賊船仕様の設計図】ランク7(レア):設計図。
「大型船の設計図なんて、初めて出たんじゃない?」
「これまで作られた船は、せいぜいカヌーを2つ並べて船板を貼って、帆柱を立てた程度です。ランクで言うと、3ぐらいと思われます」
ヒヨコ丸さんの疑問に、詳細な答えを返すシャムさん。彼女がこんなに喋るのは珍しい。
「ランク3程度の船だけを造って、ランク7まで上げるのって、ほぼ無理なんじゃない?ランク4や5の設計図もないと、実際的じゃないわね」
「ランク4や5の設計図を手に入れられるかも知れない方法、思いついたんですが・・・」
シャムさんが悪い表情を浮かべながら、切り出す。
「NPCの船を沈めるっていうのは、ナシだからねー」
「うっ・・・」
アマガエルさんが先に釘を刺す。
正直、オレもその方法は考えついていた。
海賊船を沈めることによって海賊船の設計図が出たのなら、パレオやチョコドに出入りする漁船や商船を沈めたら、やはり設計図を落とす可能性があるってことだ。
「あたしたち、お尋ね者になる気はないですからね」
そう。無意味にNPCやその所有物を傷つけたり奪ったりすると、お尋ね者として手配されてしまう。
町の衛兵に追い回されるのはもちろん、賞金狙いのプレイヤーたちからも攻撃されることになるのだ。到底、割りに合う話ではない。
「もっと小さな船に乗った海賊を見つけるしかないのかぁ」
胡麻豆腐さんがボヤく。
「とりあえず、この設計図はギルド預かりにしていい?誰か使えるまで『造船』を上げてくれなきゃ意味ないし。
あ、もちろん、トカゲさんとこのギルメンが使えるようになれば、使ってもらうわよ」
「了解。うちの海賊志望者を焚きつけとく」
鷹爪くんに指令を出せば、効率よくスモーカーの『造船』スキルを上げてくれるだろう。スモーカーにとっては、生き地獄になるかも知れないけど。
「じゃ、他の戦利品にいくね」
〇【望遠鏡】ランク4:望遠鏡。
〇【貝殻ビキニ】ランク5:おしゃれ装備。ホタテ貝の貝殻で作られたビキニ。
〇【甲板清掃】ランク2:魔法スクロール。『甲板清掃』を覚える。
〇【鉤縄術】ランク3:魔法スクロール。『鉤縄術』を覚える。
〇【強奪】ランク5:魔法スクロール。『強奪』を覚える。
他は、ちょっと変わったアイテムと言えば、この程度だった。
【貝殻ビキニ】は、霧隠さん行きだな。
あとは【海賊シャツ】だの【海賊バンダナ】だのランクの低い短剣が何種類か、それに干し肉やワインばかりだ。
「残念ながら、本命のピストルは取れなかったわね」
「あーーーーっ!!」
「えっ、なになに!?」
突然大声を上げたオレに、ヒヨコ丸さんたちがビビりまくる。
「ごめん、忘れてた!」
ポーチからピストルを取り出す。
「え、なんで??」
「海中で、まだ死んでない親玉から取り上げたんだよ。そしたら、親玉が死んでも消えなくて」
「スキルがなくても『強奪』出来てるじゃない」
あきれるヒヨコ丸さん。
「それより、『鑑定』させてー」
〇【海賊のピストル】ランク6(レア):フリントロック式の単発銃。貫通アップ。
「おぉっ、ランク6でレアなんだ。これも、海賊仕様って訳ねー」
「これは、トカゲさんの戦利品ってことでいいかしら?」
「え、いや、それは悪いよ。ずっと狙ってたんでしょ?」
ヒヨコ丸さんの提案に、さすがに慌てるオレ。
「いいよー。これはトカゲさんが1人で取ったんだし、それに海賊討伐の最大の功労者はトカゲさんだしねー」
「私も、トカゲさんにもらっていただいて構いません」
「うん。オッケー」
いつもながらオレに甘いアマガエルさんはともかく、シャムさんや胡麻豆腐さんまで、ヒヨコ丸さんの意見に賛同してくれていた。イチゴちゃんは、そんなメンバーを見ながら、ニコニコ楽しそうに笑っているだけだ。
「そういう訳で、遠慮なく取っておいて。
そのかわり、また海賊が出たら、今度もお願いね」
「あう。じゃあ、ありがたく」
海賊仕様っていうからには、スモーカーにあげるしかないだろう。素手で通すのは大変だし、ピストルぐらい持つのが、ちょうどいい。
それからビーナスまでは、大した事件も起こらなかった。
メンバーは順番にログアウトして食事やトイレを済まし、睡眠はログインしたまま取った。
ゲームとは思えぬ過酷さだ。短時間ずつしかプレイ出来ないような人間には、遠出もままならない。オレだって仕事はあるから、休日のときにしか船旅なんか出来ない訳だ。
うーむ、ゲームまで時間に縛られるとか、救いのない・・・。
ビーナスは、地中海を思わせるような強い陽射しに照らされた町だった。
海は青く、建物の壁は白く、人々の表情は明るい。
大きさは然程ではないが、豊かな暮らしが垣間見える。
「ステキな町ね」
ヒヨコ丸さんたちも初訪問のようだ。
いくら女性だけのギルドを組んでいるとはいえ、まだまだ遠出は難しいのだろう。それを考えると、江戸時代の後半には女性だけの1人旅も行われていたという話は、脅威的だ。逆に言えば、このゲームの中の治安は、江戸時代にも劣るということか。
ゲーム故に人の生命や権利が軽んじられている部分もあるのだろうが、実に嘆かわしい。
「トカゲさん、なんか難しいこと考えてるー?」
例によってオレのお腹に張り付いたままのアマガエルさんが、指摘してくる。
「カエルさん、リザードマンの表情なんて分かるの?」
「そりゃあ、分かるよー。トカゲさんもトカゲも大好きだもの」
「オレも、猫の顔なら1匹1匹区別がつくけど、そんな感じ?」
「うん。トカゲさんにとっての猫が、あたしにとってのトカゲなの。
それで、何を考えてるのー?」
「うん。
なんて言うか、この世界もリアルと違わないのなー、とか」
「そうだねー。具体的にトカゲさんが何のことを言ってるのか分からないけど、その気持ちはよく分かるよ。あたしたちにとっては、このゲームはもうゲームじゃないからね」
「ゲームなのにゲームじゃない、か。ホントに、そうだね」
「ほらほら、時間がないんだから、さっさと行くわよー!」
オレがしみじみとしていると、ヒヨコ丸さんに尻を叩かれた。
「ら、らじゃー」
そうだね。ウダウダ考えるより、このゲームを楽しむ方が先だよね。オレは慌てて、先行する胡麻豆腐さんたちの後を追った。
ビーナスの町で軽く食事を摂ると、早速タコ狩りに向かう。
なんせ、時間がないのだ。ゆっくり観光も出来ない。
オレたちを乗せてきた船が着いた桟橋から、次々と海中に身を躍らせる。他のプレイヤーたちが興味深げに見ているが、気にしない。
今回狙っている【ミスティック・テンタクルズの皮】のような水棲モンスターのドロップ・アイテムは、偶然に釣り上げられたような時にしか手に入らない。いや、釣り上げたとしても、プレイヤーが返り討ちに合う場合も多いので、入手できる確立はかなり低いことになる。
今回の目論見が成功すれば、そんなレアなアイテムが大量にゲットできちゃう訳だ。
「少女たちの狂おしき永遠」の中で、ヒヨコ丸さん率いる「チーム海中」の株も急上昇になるのかもね。よし、頑張ろう。
亜熱帯の海は、少々潜っても、強い陽射しが弱まる気配がない。
その光の中を、赤や青の派手な色のサカナたちが、悠然と泳いでいる。
海底は、真っ白な砂が敷き詰められているようだった。おかげで、よけいに明るく感じられるのだろう。
まるで人工的な水槽の中を、泳いでいるような錯覚を覚えてしまう。
そんな中を、オレは一直線に泳いでいく。
目的地は、沖合い100メートルぐらいに突き出た巨大な岩だ。
その岩の周囲で、たまにミスティック・テンタクルズが釣れるという話だった。
「チーム海中」のメンバーの『水泳』や『潜水』スキルもかなり上がっているようだが、まだオレには敵わないので、まずはオレが先行して偵察を行おうとしてるのだ。
身体をくねらせ大岩に近づいていくと・・・いたいた、それらしきタコさんの姿を発見。
頭だけでも人間より少し大きいぐらいのタコが、海底を這っている。
海底の白砂に合わせて体色は白に変わっており、視覚だけだと至近距離にならないと気づかないかも知れない。オレは『反響定位』を持っているから、すぐに発見できたけど。
どうやら、今回のオレの役目は索敵に決定だね。戦闘だけなら、他のメンバーだけで余裕だろうし。
せっかく美少女たちと知り合えたというのに、カッコいい姿を見せられる日は、まだまだ遠そうだ。
「それらしきタコを1匹発見」
目標を発見したことを、パーティー用のチャットで伝える。
ギルド用・パーティー用・個人用チャットは、水中だろうと遠距離だろうと関係なく伝わるのが、ありがたい。通常の音声モードだと、こうはいかないからね。
「了解。すぐに追いつくわ」
見ると、真っ黄色の重鎧のヒヨコ丸さんが、けっこうな速度で近づいてくる。よく、あんな格好で泳げるもんだなぁ。感心してしまう。
じゃあ、ちょっとぐらいは協力しとくか。
ミスティック・テンタクルズ目がけて、光魔法の『ストロボ』を飛ばす。
小さな光の塊をそのデカい目のあたりにぶつけてやると、身悶えるタコさん。タコやイカの目は、無駄なぐらいに高性能なので、期待以上に効果があったようだ。目の前がチカチカしていることだろう。
そこに両手斧を振りかざして突っ込んでくるヒヨコ丸さん。
「いただき~~~~っ!!」
巨大な頭部に、両手斧を叩き込む。
と。
ミスティック・テンタクルズが、勢いよく墨を吐き出した。
「ぎゃあ~っ!!」
辺りが一瞬で真っ黒に塗りつぶされ、耳にキンキンするヒヨコ丸さんの悲鳴が響き渡る。
麻痺とか腐食とかイヤな追加効果があったらイヤだと思ったが、それらしき兆候はない。
『反響定位』で探ると、ヒヨコ丸さんはタコの腕に絡め取られているようだった。全身真っ黄色の重鎧姿じゃなければ、ちょっとエロいシーンだったのに。
視覚が全く聞かない中をオレは一直線に突き進み、水王の剣を使って、ヒヨコ丸さんを捕らえている腕を切り飛す。
「あぅっ、ぶくぶくぶく・・・」
パーティー・チャットじゃなく、実音声で何か溺れるような声が聞こえたけど、無視だ。
「ヒヨコ~、何も見えないんだけど、ぶっ放しちゃっていい?」
「ぶくぶくぶく・・・」
「どうぞー」
ゴウッ!!
次の瞬間、タコの吐いた墨が猛烈な火炎で燃やし尽くされた。
アマガエルさんが火魔法を使ったのは分かったが、本当に容赦ない。「どうぞ」とは言ったけど、こんな強烈なのを使ってくるとは思わなかった。
「熱っ、熱っ!・・カエルのバカヤロウ~!!」
ヒヨコ丸さんが本気で泣き叫んでいる。合掌。
オレも、必死に火炎から逃れていた。直撃してたら、即死してても不思議じゃない威力だ。
タコの墨を焼き尽くした上、炎はミスティック・テンタクルズの足を4~5本消し飛ばしていた。
その炎を追うように、小さな身体がミスティック・テンタクルズに襲いかかる。
胡麻豆腐さんだ。
両手の細剣が連続して突き込まれた。
ミスティック・テンタクルズの身体がビクンと震えたと思うと、なぜか動きを止める。
麻痺したのか?
なるほど、これが付与剣士の特性か。
続いて、いつの間にか近づいていたイチゴちゃんの片手剣が閃く。
光属性の戦技を使ったのか、鮮烈な光とともにミスティック・テンタクルズの身体が四散した。
さすがのコンビネーションだ。オレなんか、火炎から逃れるのが精一杯だったのに。
ヒヨコ丸さんについては、ノーコメントにしておこう。
その後は、オレが見つけたミスティック・テンタクルズをヒヨコ丸さんたちが殲滅していくという図式で、ガンガンと素材を集めていった。
ヒヨコ丸さんがずっとお怒りモードだったせいで、獲物を見つけるのに時間がかかるとヒヤヒヤしてしまった。アマガエルさんたちは、そんなヒヨコ丸さんを見て、ニヤニヤしていたけど。
「こんなものでいいんじゃない?そろそろ、引き上げる?」
アマガエルさんがそう言ったとき、そいつは現れた。
「何か近づいてくる。速いし、デカい!」
オレの声に、即座にイチゴちゃんが盾を構えて前に出る。
「じゃあ、こいつで最後にするよ~!」
ヒヨコ丸さんが何かの戦技を使うと、パーティー全員の身体を赤いエフェクト光が包み込んだ。攻撃力を上げる効果のようだ。なるほど狂戦士っぽい技だ。
その途端、イチゴちゃんの盾を中心に発生した光の壁に、巨大なサメがぶち当たってきた。
イチゴちゃんをすっぽり飲み込めるほどの巨大な口と、1本1本が片手剣のような牙が、光の壁越しにはっきりと見える。
やばい。イチゴちゃんが食われる。




