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海賊船

 左舷に目を向けると、真っ黒な帆を張った木造船が、急速に近づいてくるのが見えた。

 3本マストのずんぐりした船体だ。

 帆にお決まりのドクロ・マークは描かれていないが、いかにも海賊船らしい凶々しさが感じられる。

「来たわね」

 ヒヨコ丸さんがつぶやくと、だらけていた「少女たちの狂おしき永遠」のメンバーたちが装備をまとい、臨戦態勢に入っていく。

 NPCの船員たちも短剣を抜き放ち、近づいてくる海賊船に注目していた。

 オレたち以外に乗り合わせたプレイヤーたちも40人ぐらいいて、同様に武器を構え始める。


「ヤツら、強いの?」

「分かりません。強さは、まちまちなんです」

「でも、うまくいけば、レアなアイテムが手に入るわよ。海賊は変わった物を持ってるからね」

 ヒヨコ丸さんは、イケイケだ。さすが狂戦士(パーサーカー)である。

 まわりのプレイヤーたちも、同じことを考えてか、かなり盛り上がっている。もしかしたら、海賊狙いで乗船しているプレイヤーもいるのかも知れない。

 

 そうこうするうちに、海賊船は目の前に迫っていた。

 わずかに、こちらより小さい船には、凶悪な面構えの男たちが鈴なりになっている。どいつもこいつも、こちらの船員と変わらず、赤銅色に焼けて、筋肉隆々。ヒゲ率も高い。

 海賊船が横っ腹に突っ込んで来ようとするのを、こちらの船は船足を上げて、必死にかわそうとする。しかし、エンジンがついている訳じゃなし、そう簡単にスピードが上がるはずもない。次の瞬間には、海賊船が横っ腹に突き刺さってくるのは確定かと思われた。

「カエル、援護を!」

 ヒヨコ丸さんが叫んだときには、もうアマガエルさんの呪文が完成している。

「エアー・ボム!!」

 アマガエルさんの持つ杖の先端から緑色の光の玉がフワリと放たれると、海賊船の船上で乾いた音とともに破裂した。

 それは、圧縮された空気が破裂した音だ。

 瞬間的に音速を超えたのだろう。破裂した空気は、海賊たちをなぎ倒すと同時に、海賊船の帆にぶつかり、急激なブレーキをかけさせていた。

 おかげで、海賊船は急速に失速し、こちらの船が通り過ぎた後を空しく横切っていく。

 が、海賊もただでは転ばない。

 こちらの後方を通過し様に、カギ付きのロープを何本も投擲してきたのだ。

 船尾にロープをかけられ、こちらの船足までもがガクリと鈍った。

「ロープを切れ!」

 船員たちが船尾に駆けていく。

 それを尻目に海賊船は、急激に舵を切ると、魔法のようにこちらの右舷に躍り出た。

 2隻の舷側が接触し、ガリガリと音を立てる。

 更に何本ものロープが投げられると、雄叫びとともに海賊たちが雪崩れ込んで来た。

「迎え討て!」

 ヒヨコ丸さんの戦闘開始の合図をきっかけに、シャムさんの付与魔法が発動され、メンバーのステータスを上昇させる。

 全身にパワーがみなぎったオレは、しかし海賊たちに向かっていくことはせず、盾を構えてアマガエルさんとシャムさんを守る位置についた。

 この中ではまだまだ格下のオレは、イチゴちゃんとともに後衛2人を守ることになっていたのだ。

 クラーケン・シールド、初使用である。

 例によってアマガエルさんに『鑑定』してもらっており、性能は以下の通りだった。


 〇【クラーケン・シールド】ランク6(エクストラ):盾。防御力26。物理耐性アップ。


 せいぜい、片手剣スキルと盾スキルを上げさせてもらうとしよう。




 海賊は、ざっと見ても50人は下らないようだった。

 全員がロクな防具も付けない軽装で、湾曲した短剣を振り回している。その動きは軽快で、揺れる船上を飛び跳ねるように移動していく。

 ヒヨコ丸さんが戦斧を振るうが、その速度についていけてない。胡麻豆腐さんが状態異常つきの攻撃を繰り出し、動きが鈍ったところをヒヨコ丸さんが粉砕するという戦法を取っていた。

 他のプレイヤーたちもパーティーを組んで、海賊と奮戦している。

 中には、ソロで海賊とやり合っている猛者もいた。さぞや、上級者なのだろう。

 こうも乱戦になると、アマガエルさんも大きな攻撃魔法を使うことが出来ず、地味に雷撃などを飛ばして、海賊たちをけん制するしかない。海賊船自体にダメージを与えようとしても、魔法の障壁が張られてしまっていて、攻撃が届かなくなっていたのだ。最初にエアー・ボムを撃ち込んだせいで、海賊たちも警戒してしまったらしい。

「しまったなぁ。どうせなら、最初に火炎系の魔法を撃ち込んで、海賊船を燃やしちゃうんだったなー」

「いえ。さすがに船火事対策はとってると思いますよ」

 アマガエルさんのぼやきに、シャムさんがぼそぼそと小声で答えている。

 

 そんな2人をかばいながら、オレは初めて人間と斬り結んでいた。

「くそっ、なんで、こんなにリアルに作ってあるだよっ!」

 相手は、NPCだ。そこに生命はない。しかし、海賊たちは、あまりにリアル過ぎた。生身の人間と何一つ区別がつかない。

 斬りつければ、どばどば血を流すし、悲鳴も上げる。

 油断すれば、欲にかられた表情で攻撃してくる。

 その動き、表情、そして感情、まさに人間そのものだ。

 力尽きると数秒で消えてくれるのが救いだが、いつまでも死体が残っていたら、トラウマになりかねない。

 ウサギが可愛すぎて殺せなかったオレだ。リアル過ぎる人間たちに斬りつけるのが、平気な訳がない。こんなゲーム、絶対PTAに叩かれるぞ。

 しかし、オレが躊躇すると、アマガエルさんやシャムさんが斬られちゃうのだ。何も感じないようにしながら、剣を振るい続ける。

 

 パーン・・・!


 乾いた破裂音が聞こえた。

 何の音だ?


 カーン!


「あいたっ!」

 ヒヨコ丸さんの鎧に何かが当たって、火花が散る。

「え、なに!?」

「ピストルよ。あそこ」

 イチゴちゃんが指し示したのは、海賊船の甲板に立つ1人の男だった。他の男たちがシャツ1枚しか着ていないのに、その男だけは上等そうな赤いハーフコートを着ている。海賊の頭目なのだろう。そして、その右手には1丁の銃。

「お。フリントロック式のピストルじゃん」

 一見すると、銃身の短い火縄銃だ。ただ、火縄じゃなくて火打石で点火して弾丸を飛ばす。

「あら、トカゲさん、ピストルに詳しいの?」

「そう詳しい訳じゃないよ。でも、海賊が持つピストルの定番だってぐらいのことは知ってる」

「みんな、あれが欲しくて狙ってるんだけどねー、まだゲットした人はいないらしいわよ」

 いつもながら解説役をありがとう、アマガエルさん。

「あいつを倒せたら、あれが手に入る可能性があるっこと?」

「そうなんだけど、あいつは、こっちの船に移ってこないのよね。かと言って、向こうの船に乗り込むのは自殺行為だし」

「じゃあ、ちょっと挑戦してみていい?」

「あら、トカゲさん、何か考えが?」

「こういう時に使えそうな奥の手が1つ、ね」

 本当に効果があるかどうかは分からないけど、リアルな斬り合いをしてるよりは、精神的にもいいだろう。

「じゃあ、ちょいと行ってくる」

「行ってらっしゃい、アナタ(はぁと)」

 ウインクを飛ばしてくるアマガエルさんに投げキッスを返すと、武器を片手剣から両手槍に変更し、そのまま舷側を乗り越えた。

 

 ぞぷん・・・!


 海面に刃物を刺すように、オレの身体は滑らかに水中に飛び込んでいた。飛沫もほとんど上がらなかったハズだ。高飛び込みなら、理想的な入水と言えよう。ここで、それを評価してくれる人間はいないだろうが・・・。

「10点!!」

 頭の中にアマガエルさんの声が響いた。

 バーティーを組んでいる者同士だと、離れていても会話が交わすことの出来るパーティー・チャットのおかげだ。

 くっ、アマガエルさん、アンタは最高だよっ。

 

 飛び込んだ勢いのまま深く潜ると、オレたちの乗っている船の向こうに、海賊船の船底が見えてきた。

 船底まで真っ黒に塗られているが、やはり木造であることに変わりはないようだ。

「急加速!」

 海賊船に向かって泳ぎ始めると、『水泳』スキルで最初に習得できる戦技を使用する。泳ぐ速さが瞬間的にトップスピードに達するというものだ。泳ぎ始めのわずか1~2秒をケチるだけの技だけど、水中戦闘時には、けっこう出番が多い。

 続いて、もう1つの戦技を起動。

衝角(ラム)!」

 水王の兜を装着しているときにだけ使える特殊な戦技だ。

 兜から生えている小さな斧のような刃が、ジャキーン!という音を立てて、前方に伸びた。

 伸びた分の刃がどこに納められていたのかは、分からない。オレの頭の中じゃないことを祈るばかりだ。

 頭の刃を中心に、オレの全身を赤いエフェクト光が包み込む。

 一拍置いて、オレの身体が更に加速する。ロケットが点火されたような、強烈な加速感だ。

 

 ごばっ!!


 激しく水を切り裂く音が聞こえたと思った次の瞬間、頭が何かにぶつかった衝撃と、水のない床の上に投げ出された感覚が、ごちゃ混ぜになってオレに襲いかかる。

「げふっ」

 気がつくと、オレは真っ暗な部屋で、大きな樽に抱きついていた。

「せ、成功か?」

 『暗視』を効かせて見回すと、どうやら大きな船の船倉にいるようだ。

 壁に開いた穴からは、ドバドバと水が流れ込んできている。密閉された区画になっているらしく、空気が抜けた分しか水が入ってこないので、意外と浸水速度は遅いが。

「なるほど。壁1枚破っただけじゃダメなのね

 だったら・・・!」

 低い天井を見上げながら、がばっと口を開くと、ブレスを吐く。

 海賊との戦闘のおかげで、ブレスを吐くのに必要なテンションがMAXになっていたのだ。

 オレの口からほとばしった水流が船倉の天井を突き破り、そのまま更に上の階層の天井をもぶち破ったのが分かった。

 破砕された木材の破片が、パラパラと降り注ぐ。

「アクセル・ランス!」

 天井に開いた穴に両手槍を向けたまま、両手槍の戦技を発動。

 オレの身体は弾かれるように飛翔し、ブレスが抜けた穴をさらに広げながら、一気に甲板にまで躍り出た。ブレスは、甲板まで貫いていたらしい。

 オレのあとを追うように、オレの開けた穴を通って水柱が噴き上がった。

 

「だ、誰でぃ!?」

 例のピストルを持った親玉が、近くで喚き散らしているのが聞こえる。

 むぅ、どこだ?

 暗い船底から明るい甲板に出たせいで、一時的にオレの視力はバカになっていた。

 まずい。あわよくば、親玉を海中に引きずり込もうと思っていたのだが、これじゃ狙い撃ちされるのがオチだ。

衝角(ラム)!」

 だったら、逃げるだけだ。

 足元の甲板に飛び込むように、またも衝角(ラム)を発動する。

 ガツンガツンという衝撃とともに、オレの身体は再び海中に飛び出した。

 甲板に出たせいで危うい目に合ったけど、船底から甲板まで2本のトンネルを開通できたと思って、結果オーライとしよう。


「トカゲさん、グッジョブです。魔法が通るようになりました!」

 アマガエルさんのパーティー・チャットとともに、海面がパァッと明るくなった。

 炎の魔法か。

 続いて何度も、炎の煌きが海賊船に向かって走る。アマガエルさんだけでなく、他のプレイヤーたちも魔法を放っているのだろう。

 これは、本当に海賊船を沈められるかも知れない。


 魔法で吹き飛んだ構造物や荷物が、次々と海中に落ちてくる。

 海上は、かなり派手なことになっているらしい。

 オレが次の行動に迷っていると、そいつが海中に落ちてきた。

 男だ。

 ハーフーコートを着て、右手には1丁のピストル。

 親玉だ!

「アクセル・ランス!」

 水王の大槍が、ぞぶりと親玉の背中に突き刺さった。

 親玉の胸から血煙が上がり、その口から大量の空気の泡が洩れる。致命傷だろう。

 それでも身体をひねり、ピストルをオレに向けようとする。

 まさか、水中でも撃てるのか?

 予備武器として腰の後ろに装備していた水王の剣をとっさに逆手で抜き、親玉の右手を斬り飛ばした。ピストルを持ったまま、海中に沈んでいく右手。

 そのまま剣を翻し、親玉の首を切り裂く。

 力の抜けた親玉の身体を蹴って槍を抜くと、沈んでいく右手、いやピストルを追いかける。

 ピストルを手にし、そこにくっついていた親玉の右手を引き剥がすと、その直後に右手は水に溶けるように消え去った。ピストルは、オレの手に残っている。

 あれ?何も考えずにピストルを手にしたけど、もしかしてこのままオレの物になるのか?

 なるほど、プレイヤーからアイテムを奪うのと同じ理屈か。

 ピストルをポーチにしまうと、オレは海面に向かった。




 海賊を返り討ちにしたものの、船上では船員たちが忙しく走り回っていた。

 被害は少なかったものの、それでも補修しないといけない箇所があるのだろう。

 プレイヤーたちも荷物を運んだり、ロープを引っぱったり、しばらくは船員たちを手伝った。しかし、初めて海賊を完全討伐したという事実に、みんなの表情は明るい。

 これまでは、勝てないと思った海賊たちが途中で引き上げていくというのが、最大の勝利だったのだ。親玉を倒すのが真なる勝利だと張り切っていたプレイヤーたちだったが、まさか海賊船を沈めることになるとは、嬉しい誤算だった。

 手伝えることもなくなると、「少女たちの狂おしき永遠」一行とオレは、貸し切っている船室に閉じこもる。

「さて、戦利品の確認をするわよっ!」

 ヒヨコ丸さんが目をキラキラさせながら、宣言した。

 お楽しみタイムの始まりである。



 


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