南方航路
最後にマリーさんとフレンド登録を交わし、会談(面接?)はお開きとなった。
マリーさんに誘われるままに別室に移動すると、アマガエルさんやヒヨコ丸さんたちが、簡単な食事を用意して待っていてくれた。
室内には、アマガエルさんたちの他に、勇者のイチゴちゃん、そして初めて顔を見るメンバーが4~5人、のんびりと寛いでいる。ギルドのリビングルームなのだろう。
「あれから、ここまで泳いできたんでしょ?色々、面白いことがあったんじゃない?」
「裸の人魚に出会ったとか・・・」
「いやいやいやいや、オレが悪いんじゃないからっ!」
アマガエルさんの指摘に、思わずうろたえるオレ。
この場に霧隠さんは、いないようだった。ホッとする。いや、ちょっと残念か。
「でも、ばかでっかいカニとか、ばかでっかいクラゲとか、ばかでっかいイソギンチャクとかに出くわしたよ」
無理矢理に話題を変えながら、ヒヨコ丸さんが作ったというサンドイッチを食べる。けっこう、美味い。
「へー。じゃあ、変わった素材とかあるんじゃない?
うちは生産をやってる子も多いから、良かったら見せてくれない?」
ヒヨコ丸さんたちの後ろから、初めて顔を見る女の子の1人が近づいてきた。
「Jよ。クラスは勇者。うちのエース・プレイヤー」
マリーさんが紹介してくれる。
Jが、「ども!」と小さく頭を下げた。
伸びやかな肢体と引き締まった筋肉が、カモシカのような印象だ。いや、犬っぽい耳と尻尾があるし、若い狼って言った方がいいかな。大人っぽい表情だが、しぐさに幼さが見える。まだ中学生ぐらいだろう。
しかし、イチゴちゃんといい、勇者が何人いるんだ、このギルド。
イチゴちゃんが仲間に盛り立てられる勇者なら、Jは仲間を引っぱっていく勇者といった雰囲気だ。
「そうだね。じゃあ、ちょっと見てもらおうか」
いくつか生産に使えそうな素材をアイテム化し、床の上に並べていった。
ちなみに、オレの『鑑定』スキルは30を越えたんで、ランク3のアイテムまでは鑑定できるようになっている。
〇【オオアシガニの甲羅】ランク3:軽くて頑丈なカニの甲羅。
〇【オオアシガニのハサミ】ランク3:オオアシガニから採れるハサミ。
〇【オオアシガニの肉】ランク3:オオアシガニから採れる肉。大変に美味。
〇【ニュウドウクラゲの傘】ランク2:巨大なクラゲの傘。
〇【ニュウドウクラゲの足】ランク3:巨大なクラゲの足。強い毒を出す。
〇【オオイソギンチャクの触手】ランク3:巨大なイソギンチャクの触手。麻痺毒を出す。
他にもサハギンがドロップした装備やウロコ、色んな魚の肉を目にすると、みんなが感心し始めた。
「海ってフィールドも、侮れないわねぇ」
「ランク3程度でも、これだけ性能の良さそうな物が手に入るとは・・・」
「この麻痺毒を出す触手、いいね。ムチにでもしたらいいのかしらん」
「ヒヨコ、カニで何か作って~!」
いつの間にか、室内にいた全員がよってたかって、品定めをしている。
こういうときの女性たちって、ホント楽しそうだね。
ただ、手にしているのがイソギンチャクやらクラゲの一部分てのは、いただけないけど。
「ねえ、トカゲさん、このアイテム売ってくれる気ある?いろいろと新しい物が作れそうなんだ」
「いいよ。たっぷりあるから、全部は無理だけど半分は渡せるよ」
残り半分は、バルカンさん行きだ。
オオアシガニの甲羅で鎧を作ってもらわないといけない。
「あ、売るのはいいけど、オオアシガニの甲羅で鎧を1つ作ってくれない?エルフのキャラで使いたいから」
「えー、エルフのキャラなんてあるんですか。全部、リザードマンにしましょうよー」
アマガエルさんが変なところに食いついてくる。なんで、そこまでトカゲ好きなんだ。
「いいわよ。エルフに似合うキレイな鎧を作ってあげるわ」
そう言ってくれたのは、ちょっと大人な感じの人間の女性だ。
「ミエコよ。『鍛冶』スキルは80近いから、安心してくれていいわ」
ギルドのお姉さん役ってタイプだね。
「それはスゴいなー。期待してます」
バルカンさんのウデも信用してるけど、女性のセンスで作られた鎧にも興味あるよね。同じ材料でバルカンさんが鎧を作ってくれたら、鷹爪くんとノイズにあげるとしよう。
「鎧のほかに、何か欲しい物は?」
「うーん。装備じゃないけど、水中でも使えるステルス・テントなんて作れないもんですかねぇ?」
「また、特殊な物を・・・」
これから外海に乗り出していく身としては、必ずしも地面の上でログアウト出来ないだろうってことが最大の不安の種なのだ。
町の外でログアウトすると、その場に30分~1時間、アバターが残ってしまう。
その間にモンスターやプレイヤーに襲われたら、なす術もなく殺されちゃうしかない訳で、姿を隠すことの出来るステルス・テントは絶対に必要だ。
それが水中で使えないものかと試してみたのだが、あっと言う間に水が入ってきてダメだった。さすがに『潜水』スキルを鍛えたリザードマンとはいえ、30分も息は続かない。ログアウト後に溺死なんて、笑えない。
それで、水中でも使えるステルス・テントがあったらなぁと思ったのだ。
「あるわよ、水中で使えるステルス・テント」
そう言ったのは、ギルマスのマリーさんだった。
「ホント?そんなネタみたいなテントがあるの?」
「ネタって、ひどいわね、ヒヨコ。
まあ、私も作れるっていうだけで、実際に作ったことはないんだけれどね」
「作れるんなら、ぜひお願いします。これから、きっと必要になるので」
「いいわよ。材料さえ取ってきてくれればね」
マリーさんが、フフフと笑う。上品なのに、コケッティッシュな人だ。
「どんな材料ですか?」
「タコよ」
「タコ?」
「ミスティック・テンタクルズっていうタコなんだけどね、擬態能力がスゴいんだって。その皮を使えば、ステルス能力も高くて水中でも使えるテントが作れるそうよ」
「なるほど。分かりました。取ってきます」
「待って」
マリーさんが、考えるようにヒヨコ丸さんを見た。
「ヒヨコ、チーム連れて、遠征に行ける?3日ぐらいかかると思うけど」
「タコ狩りですか?」
「ええ。これからはウチも、もっと海に目を向けてもいいと思うの。だから、ミスティック・テンタクルズを山ほど獲ってきて。
ついでに、水中戦のスキルも上げていらっしゃい」
「らじゃー!
ヒヨコ丸、チームを選抜して、トカゲさんと一緒にタコ狩りに行ってきます!」
「そういう訳で、タコ狩りよろしくね、トカゲさん」
そう言って、またフフフと笑うマリーさんだった。
それから週末になるのを待って、タコ狩りの遠征に取り掛かった。
なんでも、ミスティック・テンタクルズの生息域が船で1日かかる場所にあるそうで、週末になるまで、必要な人数の都合がつかなかったのだ。
行きに1日、帰りに1日かかるので、狩りを半日で済ませたとしても、丸々2日半かかってしまう。
普通のMMOなら、現地集合、現地解散でいいのだが、このゲームでは船での移動も決して安全にはなっていない。
海賊やらモンスターが襲いかかってくる場合があり、船を守り切れないと、沈没することもあるそうだ。だから、船に乗っている間も出来るだけログアウトせずに、敵襲に備えないといけないらしい。
ちなみに、船が無事に目的地に着くのなら、途中でログアウトするのは問題ないってことだ。出航と入港のときにログインしていれば、きちんと船が運んでくれる。しかし、もしログアウト中に船が沈められれば、次にログインするのは船の沈没地点になってしまう。ログインと同時に溺れることになる訳だ。これも、笑えない。
そういった理由があって、出発から帰還まで、完全団体行動が必要なのだ。
船に乗っている間は、順番にログアウトすることになる。
ホントに、ユーザーの使い勝手なんぞ全く考慮していないゲームだよなと、つくづく思う。
また、船の客室は、大きな部屋がいくつかあるだけだ。
乗客は適当な場所を確保して、雑魚寝をすることになる。ここらは、フェリーなんかの安い船室と違いはない。
そして、ここでもログアウトの問題が出てくる。
つまり、ログアウトしようとすると、見知らぬプレイヤーがいる所に無防備なキャラを30分以上放置しなくてはならないのだ。
下手をすると、ログインし直した時には、PKされてしまっているかも知れない。女性キャラなら、レイプの心配もある。
そんな問題を解消するために、我らが「少女たちの狂おしき永遠」の「チーム海中」一行は、一番小さな客室を貸切にするという力技に出ていた。
通常なら、20人ぐらいが使える部屋を、オレを含めて6人で使うという贅沢さだ。いくらかかったのかは知らないけど、お金があるギルドがうらやましいよ。「まったり」も吸収合併してくれないもんかな。
今回の「チーム海中」選抜。
ヒヨコ丸:狂戦士(ドワーフ)
アマガエル:賢者(ドワーフ)
イチゴ:勇者(人間)
シャム:聖女(エルフ)
胡麻豆腐:付与剣士(ピクシー)
サハギンのダンジョンのときからは、霧隠さんが抜けて、胡麻豆腐さんが入った。
霧隠さんが抜けたのは、オレに裸を見られたため・・・ではなく、人魚になれる能力を生かして、単独行動をしているためらしい。
胡麻豆腐さんのクラスである付与剣士とは、剣での攻撃で麻痺や混乱といったステータス異常を与えるという攻撃的な補助職だ。
「でも、ピクシー?妖精?」
「補助魔法が得意で、動きの素早いレア種族ですよん」
解説は、いつものアマガエルさん。
「種族にまでレアがあるの?」
「プレイスタイルによって、セカンドやサード・キャラを作るときにレアな種族も選べるようになるんですよ」
「へー」
「トカゲさんなんか、特に変わったブレイスタイルだから、きっと見たことのない種族を選べるようになるんじゃないですかねー」
「なるほど。じゃあ、サードを作るのはちょっと待った方がいいんかな」
「そうですね。もうちょっと待った方がいいでしょうねー」
木造の大きな船だった。
真っ白な帆を張り、波を切っていく。
甲板の上では、何人ものNPCの船員が、忙しく動き回っている。腰には反りの大きな短剣を装備しており、海賊やモンスターが出たときには戦士の役割もかねる者たちだ。みんな赤銅色に日焼けし、たくましい筋肉を陽光にさらしている。
目的地は、外海に出て陸地沿いに南に1日下ったビーナスという町だ。
船で丸々1日というと大変な距離のような気がするけど、実際は東京から関西ぐらいまでの距離とのことだ。ただ、陸路で行こうとすると広大な密林に行く手を阻まれ、そう簡単に踏破できないらしい。
気候は、亜熱帯。
そこに、目的のタコが生息している。
オレたちは、甲板の一角に陣取り、海を眺めていた。
貸し切っているとはいえ、客室は暗いし、湿っぽい。好き好んで、そんな場所に閉じこもっていたくはない。
気温は高いが、風が心地よい。
右手には、密林の緑に煙る陸地が遠く見え、左手は水平線まで続く一面の青色だ。
船の上を、カモメのような大きな翼を持つ白い鳥が、追いて飛んでくる。
潮のニオイが濃い。
「いいバカンスだわ~」
胡麻豆腐さんが、甲板に敷いたマットの上でだらけている。
水着ではないが、背中の大きく開いたワンピース姿だ。
「羽だ・・・」
裸の背中から、透明で小さな羽が生えている。
「ピクシーには羽があるんです。超低空だけど、飛べるんですよ」
「えぇっ?そんなスキルもあるの?楽しそうだなぁ」
「胡麻豆腐が筆記スキルを上げて、飛行スキルをスクロール化できたらいいんだけど、あのコ、おツムはイマイチですから・・・」
「おバカだと・・・?」
「はっきり言えば」
「そ、そう・・・」
舷側では、シャムさんが釣り糸を垂らしている。
いつも伏し目がちの彼女が、眉間にシワを寄せて、求道者のような表情で浮きをにらんでいた。なんか、怖い。
「あの人も、独特だね」
「絶対、心に闇を抱えてますよねー」
「あ、何かかかった」
ふんがーっ!
思いっきりガニ股になったシャムさんが、気合いとともに釣り竿を引き上げた。
「うぉっ!?」
「・・・バケツでしたねー」
ギラつく太陽の光の下で、自分の身体と同じぐらいの大きさの戦斧を振り回しているのは、ヒヨコ丸さんだ。
「キーっ!」
奇声に近い気合いを発しながら、甲板を跳ね回り、汗をまき散らしている。
暑苦しい。
残るイチゴちゃんは、ニコニコしながら、そんな仲間たちを見ている。
真っ赤なヒラヒラミニスカートで横座りしてるせいで、伸びやかな足がまぶしいよ。ケガレのない笑顔を見ていると、そんな目で見るのが申し訳なくなってくる。
こうしているだけでも、彼女は聖属性の力を発しているそうだ。
聖女のシャムさんからは、なぜか闇属性の力を感じるんだけど・・・。
「あれ、何か近づいてきますね」
オレのお腹を枕にして寛いでいたアマガエルさんが、身を起こした。
「海賊船だーーーーっ!!」
見張りの大きな声が、船中に響き渡った。




