未来の海賊王と聖母
やたら会話が多いばかりで、ストーリーが進みませんでした。
基本的には能天気で楽しいお話にする気ですが、一応きちっとした設定もあるので、時々こういう回がありそうです。
「あ、まだここにいた」
フィールドに戻ったはずの鷹爪くんの声に、オレは振り向いた。
黒い両手鎌を肩に担いだ鷹爪くんの隣で、ガタイのいい男がニヤニヤ笑っている。
「ありゃ?スモーカー?」
「門を出たとこで出くわしたから、拾ってきた」
まだこのゲームに入ってきてなかったゲーム仲間の1人だ。
オレたちはオンライン・ゲームの仲間ではあるけれど、リアルでも面識がある。だから、キャラ・メイクのときに大幅に外見をいじらない限り、顔を見たら誰だか分かる訳だ。
もちろん、リザードマンを見て、オレとはバレないだろうけど。
そして、全てにつけてアバウトな性格のスモーカーは、キャラの外見が全くリアルと変わっていなかった。こいつ、全く外見をいじっていないな・・・。
「武器は?何も持ってないように見えるけど」
「オトコなら、戦うときはコイツでしょう!」
ニヤリと笑って、大きな拳を見せるスモーカー。
この性格、嫌いじゃない。
「さすがに殴り用の武器はないから、こいつをプレゼントしようか」
「お?いいんですか?」
〇【ヒドラ・ジャケット】ランク3:上衣。防御力12。
〇【ヒドラ・パンツ】ランク3:下衣。防御力8。
大海蛇の皮で作った服だ。
全体的に黒っぽいジャケットの上下だけど、小さな鱗が光を反射して、不思議な色合いを見せている。自分の普段着用にしようかと思っていたんだけど、駆け出しの拳士に向いた装備だろう。
ちなみに、普通の海蛇の皮では、大きな装備は作れなかった。ポーチなんかの小物を作るのに向いた素材なんだそうだ。クラーケン戦の前に大量に手に入れちゃったので、小物を作るのが得意な職人さんの所に持ち込もうと思っている。あ、タブーが『裁縫』を上げているって言ってたけど、もしかしたら作れるのかな。今度、聞いてみよう。
「おおっ、カッコいいじゃないですかー!」
早速着替え終わったスモーカーが、喜びの踊りを舞っている。
「また拳士向きの装備があったら、提供するよ」
「お願いしゃーす!」
「じゃあ、適当にスキル覚えさせてから、スパルタで特訓してきますから」
「あ。だったら、『伐採』と『木工』を忘れないでね」
「あー、『造船』を覚えさせるんですか」
頭が回る上に情報収集能力の高い鷹爪くんにはバレていたが、『木工』スキルをある程度上げると『造船』が覚えられるらしい。スモーカは海賊好きなんで、自分で船を造らせようと思ったのだ。
リザードマンで海ばかり攻めているので、仲間たちを海に誘導しようという思惑も、もちろんあるけどね。
「このゲーム、船も造れるんですか!?」
「造れるよ。造れるから、危険地帯に『伐採』に行けるように、頑張って強くなろうねー」
そう言って、鷹爪くんはスモーカーを引っぱって行った。
超クールな鷹爪くんとお気楽男のスモーカーだが、とても仲がいい。スモーカーの面倒は、任せて大丈夫だろう。
「楽しそうな連中だねー」
「うん。ずって色んなゲームを一緒にやってきた仲間だからね」
「それは、うらやましいな」
「バルカンさんも仲良くしてよ」
「そりゃ、もちろん」
ニカッと笑うバルカンさん。
いいね。このゲームはホントにいい。
海から上がると、目の前に大きな都市があった。
内海から外海に出る直前にあるチョコドという都市だ。
そう。リザードマンとしてのオレは、内海を縦断して、いよいよ外海まで一息という所まで来ていた。
チョコドは、内海と外海を隔てる岬の先端部分にある都市という訳だ。
天然の良港を持ち、外海に近いチョコドは、船による貿易で発展しているらしく、とても大きな都市だった。
そもそも、これまで知ってたファジマリーもパレオも、都市じゃなく町でしかなかったからね。
ここからは色々な場所に船が出ているらしく、プレイヤーも船賃さえ出せば自由に乗れるそうだ。おかげで、ここに拠点を構えているプレイヤーも多いらしい。
我らがタブー氏も、ここにギルド・ホームを購入するべく奔走していると聞いた。
申し訳ないが、ホームの購入は完全にタブー任せだ。オレに出来るのは、後発メンバーに装備を供給するぐらい。でも、鷹爪くんとノイズは、すぐにオレを超えていくだろうけどね。
悪いがオレは、マイペースに海の探索を続けさせてもらうつもりだ。
そのためにも、ここで必要な物を仕入れていかなければならない。
この先、いつ郵便が使える場所に立ち寄れるか分からないからね。
チョコドは、ファジマリーやパレオと同じように、城壁に囲まれた都市だ。
しかし、前の2つの町と違い、チョコドの町並みは城壁の外にまで広がっている。モンスターから住人を守るための城壁だろうに、その外に住んでる人たちは、どうやってモンスターから身を守っているのだろう?
今の今まで海の中にいたから分かるけど、この辺りにはサハギンが数多く生息している。それも、パレオの周辺にいたのより凶悪度の増した連中だ。オレも、かなりスキル上げでお世話になった。お金も落としてくれたし、何より色んな装備を大量にドロップしてくれた。売れば、そこそこの儲けになるだろう。
とりあえず、装備を売り払える店を探そう。
と。
歩き出そうとしたオレは、自分のお腹に何かがしがみついてるのに気が付いた。
まさか・・・。
おそるおそる下を向くと、真緑のフードを被った小柄な賢者が、オレのお腹にスリスリしていた。
やはりか。
しかし、いつの間に・・・。
「カ、カエルさん、何をしてらっしゃるので?」
「エネルギー補給です」
「何のエネルギーですかっ!?」
仕方ないから、そのまま歩き出す。全然重くはないから、苦にはならないが、NPCとはいえ、まわりからの視線が痛い。
「カエルさん、露店が集まってるような場所って、どっちですかね?」
「南側の広場に集まってますね。チョコドじゃ、城壁の内側で商売しようとしたら不便なんですよ」
「都市が広すぎるからですか?」
「そうです。必要な物は城壁の外、いわゆる新市街で全て手に入りますからね。城壁の内側、旧市街は貴族たちが住んでるだけです」
「なるほど。無駄にリアルな設定ですねー」
「そうですよね。ゲームやる上じゃ、何の役にも立たない仕様ですよねー」
「じゃ、このまま南の広場を目指しちゃっていいですか?」
「あ、すいません。その前に、招待したい場所があるのでした」
「え?」
「あたしたちのギルドホームに来てもらえませんか?」
「少女たちの狂おしき永遠」のギルドホームは、新市街の一画にあった。3階建ての立派な西洋風のお屋敷だ。
「高そうなお屋敷だなー」
「高いわよ」
「・・・・・・」
■「少女たちの狂おしき永遠」のギルドホームに招待されました。
目の前に、文字が浮かんだ。
なるほど。招待を受けないと、他所のギルドホームには立ち入れない訳ね。
「では、遠慮なく」
両開きの大きな玄関扉を開く。
そこは吹き抜けのホールになっていて、2階からいつもの黄色い鎧姿のヒヨコ丸さんが声をかけてきた。
「トカゲさん、いらっしゃい。お手間だけど、2階までどうぞ。
それと、カエルはそろそろ自分で歩きなさい!」
2階に上がると、1つの部屋に案内された。
「ギルマスの部屋よ」
ギルマス=ギルド・マスターのことだ。うちで言えば、タブーのことだね。
部屋の中では、優しげな笑顔の人間の女性が待ってくれていた。純白の飾り気のないドレス姿だ。
漆黒の髪と黒目の大きな瞳が、どこか日本人形を思わせる。着物姿の方が、よく似合いそうだ。
「ようこそ。このギルドのマスターのマリーです」
そう言って頭を下げる所作にも、どこか育ちの良さが垣間見える。オレの頭の中に、「大和撫子」とか「高嶺の花」とかいう単語がちらついた。
「はじめまして。青鬼といいます。アマガエルさんやヒヨコ丸さんたちには、ずいぶんお世話になりました」
「こちらこそ、ずいぶんお世話になったと聞いてますよ。ダンジョンの情報を教えてもらった上に、ユニーク・アイテムの入った宝箱まで譲ってもらったとか」
「1人で攻略が無理だっただけですよ」
「フフフ。ヒヨコが言う通り、謙虚なトカゲさんなのね。
どうぞ、掛けて下さい。お茶でも飲みながら、ゆっくりお話させて下さい」
オレにソファにすすめると、マリーさん自らお茶を入れてくれた。
なんだろう。ホントに、全ての動作に気品が漂っている。それでいて嫌味がなくて、すごく柔らかな空気感だ。
「私たちのギルドは、もともと女性プレイヤーを守るために作られたものです。このゲームは最高に面白いのは確かですが、同時に正体が分かりません。
実際、このゲーム内で何が出来て何が出来ないか、まだまだ検証の途中なのです」
居住まいを正すと、マリーさんが静かに語り始めた。
話がどこに向かうのかは分からないが、長い話になりそうだ。
「そうですね。オレはどちらかって言うと、みんなが出来ないと思っているような所を狙うスタイルかも知れません」
「フフフ。そうですね。海中専門のプレイスタイルなんて、聞いたこともないですものね。
では、このゲームでは性交渉も可能なことは知ってますか?」
ぶっ!
お茶を噴きそうになった。
お上品なマリーさんの口から「性交渉」なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
「一糸まとわぬ素っ裸になれることは、最近知りましたが・・・」
「このゲームではPKも出来ます。そして、性交渉も可能です」
PKとはプレイヤー・キル、プレイヤーが別のプレイヤーを殺すことだ。
そう言えば、霧隠さんには、ダメージのある蹴りをもらったな。考えもしなかったけど、プレイヤー同士で攻撃を入れられるってことか。
それに加えて性交渉も可能ってことは、つまり・・・
「つまり、このゲーム内ではレイプが可能ってことですか?」
「その通りです」
「そして、実際にそういう事件があったと?」
「はい。もちろん正確な数字は分かりませんが、未遂・既遂を含めて相当な数の事件があったハズです。私が把握しているだけでも少なからぬ数の事件がありました」
「そんな危険から女性プレイヤーたちを守るのが、このギルドの目的だというのですね?」
「もちろん、一番の目的は、このゲームを楽しむことですよ?でも、その為には、まず女性プレイヤーたちを守ることが先決でした」
「なるほど。女性だけのギルドって、何かのロールプレイングかと思っていましたが、そういう事情があったんですね。
そして、これが普通のコンピューターの画面上のゲームであれば、イヤな思いをしたらヤメてしまえば済むけど、初めてのVRゲームだけにヤメるのも惜しいですものね。
まあ、VRじゃなきゃ、レイプなんてものも起きない訳ですけど」
「実際、そういう目にあってゲームから遠ざかった人もいますが、大半の人がこのゲームから離れられないでいます。
このゲーム内でのレイプは現実で同じ目に合うのと、なんら違いがありません。ゲームを離れても、その苦しみを忘れられる訳ではないのです。そして、現実で苦しみから逃れることの出来ない人が、癒しを求めてやって来るのは、皮肉なことにこのゲームの中なのです」
「確かに、それは皮肉な・・・。
でも、わざわざオレにそんな話をしたのは?前もって、釘を刺されてます?」
「いえいえ。そういうことでは、ありません。
女性プレイヤーを守るために女性だけのギルドを作りましたが、女性だけで集まってるだけじゃ根本的な解決になりません。男性方にも理解を深めていただき、好い殿方には積極的に味方になっていただきたいのです」
「む?オレは、好い殿方?」
「ええ、裸で寝てるキリーを、見ないようにしながら、何時間も守って下さるなんて、信用度ウナギ登りですよ」
うぎゃっ、それも伝わってるのか。
しかし、キリー?霧隠から来てるんだろうけど、キルもかかってるんじゃないだろうな。
「正直、かなり邪念はわきましたよ?」
「私たちが求めてるのは、聖人君子じゃなくて、きちんと自分の邪念を制御できる殿方です」
にっこりと笑うマリーさん。
この笑顔の裏じゃ、ずいぶん辛い思いもして来たんだろうな。こんな人に信用されたんなら、それを裏切るような真似なんて出来ないじゃないか。
「分かりました。そこまで、おっしゃって下さるなら、これからもずっと皆さんの味方であると誓いますよ」
「ありがとうございます。そんな言葉を言わせるつもりはなかったのですが、どうぞこれからも、私たちと仲良くしてやって下さい。お願いします」
そう言って、マリーさんは優雅に頭を下げた。




