謎のVRMMO
もしVRMMOの技術が確立したら、こんな風にゲームを楽しんでみたい。そう思って、書いてみました。
ただの願望充足小説ですね(笑)
その話を聞いたときは、半信半疑だった。
いや、一信九疑ぐらいだったかも。
なにせ、小説やアニメの中でしかお目にかかったことがないVRMMOが、すでに存在してるというのだから。
VRMMOとは、「Virtual Reality Massively Multiplayer Online」の略で、「仮想現実大規模多人数オンライン」と訳される。
この、21世紀に入って十数年の科学技術レベルでは、まだまだ実現には遠い・・・筈であった。
「一応聞くけど、マジで?」
「うむ。マジだ。マジもマジ、俺はもうやっている」
「最近、このゲームに入ってこないと思ったら・・・」
「ワハハハハ!」
その情報をもたらしたのは、タブーだった。
ややこしいが、タブーというのはニックネームだ。
オレには、いくつかのオンラインゲーム(もちろん、VRではない)を一緒に渡り歩いてきたゲーム仲間たちがいる。そのリーダー格であるこの男は、いつも自分のキャラにタブーという名前をつけていたのだ。
ちなみに、オレは青鬼と名乗ることが多い。
今は、生産用の鉱石を採掘してる真っ最中である。
パーティーの中で盾役を担っている青鬼には、防御力の高い装備が必須なのよね。
そこに、久しぶりにゲームに入ってきたタブー氏が、個人チャットを飛ばしてきた訳だ。
「でも、そんなスゴいネタ、どこのゲームサイトでも見たことないぞ?」
「うむ。それだ。それは、そのゲームが謎のゲームだからなのだよ」
「謎のゲームって、何だよ?うさんくさいな」
「そう。うさんくさい。あまりにうさんくさいんで、みんなには内緒で俺だけで始めてみた訳だ」
「こっそり1人で新しいゲーム始めるのは、いつものことの様な気がするが・・・」
「それが、違う!今回だけは、違う!」
「いや、そんなに慌てなくてもいいけどさ」
「まず、このゲームをやるには、パソコン以外に15万円もする専用のデバイスを買わなきゃならないんだ」
「ほう、そりゃ高いね」
「そして最大の問題は、このゲームを作った者が誰だか分からないってことだ」
「へ?」
「おまけに、何一つ宣伝もしてなくて、通販でしか購入することが出来ない。
そのサイトでも、『家庭用VRMMO専用マシーン』と書かれてるのみで、それ以上の説明が一切ないのだよ」
「詐欺かイタズラにしか思えないんだが・・・」
「俺も、そう思う。
しかし、何をトチ狂ったか、15万も出して、その商品を購入した勇者がいた訳だ」
「で、それが・・・」
「そう。本物だった。それも、想像以上のレベルでのな。
この話は口コミだけで広まり、徐々にユーザーも増えてきている。
それでも、うさんくさいネタには違いないし、何より15万円は大きい」
「しかし我らがタブー先生は、15万もはたいて、その怪しいゲーム機を買ったわけだね。さすが、太っ腹!」
「腹が太い言うな。
でも、ホントにこれは当たりだったぞ。信じられないクオリティの高さだ」
「ほほう。ホントに、ゲームの中に入った感覚が味わえると?」
「うむ。悪いが、こんなゲーム、もうやってられんぞ。今日だって、青さんたちを誘うためにイヤイヤ入ってきたんだからな」
「なのに、オレしかいなくて申し訳なかったね」
「それは、いい。だから、あとは青さんが勧誘役に回ってくれ」
「おいおい。まだ、やるとも言ってないオレが、なんで勧誘しなくちゃいけないんだよ?」
「え?でも、やるだろ?」
「う・・・、あ・・・、やる・・・かな?」
「仕事はきちんとやってるのに、酒も飲まない、女もいない青さんには、15万ぐらい軽いでしょ」
「オマエモナー」
「俺には、彼女がいるもんねー」
「けっ!」
「まあ、とりあえずは、問題のデバイスを手に入れてくれ」
そう言うと、タブーは1つの検索ワードを言い残して、ログアウトして行った。
そんな会話があってからの数日後、オレの手元には問題のデバイスが届いていた。
「あいつが言ったんじゃなきゃ、絶対に買わなかったよな」
実際、タブーの残したワードを手がかりにたどり着いたサイトは、うさんくささ満点だったのだ。
いや、何一つ購買意欲をそそるような文言も写真も載ってないという意味では、詐欺サイトにさえ見えなかったかも知れない。
そこにあったのは、『家庭用VVRMMOマシーン購入窓口』というタイトルと、『購入は、こちらから』というボタンだけだったのだ。
ボタンをクリックして購入手続きに入ったはいいが、15万円をクレジットカードで支払う段になると、さすがに怖かった。クレジットカードのナンバーを抜かれるとしか思えなかったのだ。
ホントに、最初にこれを買った勇者には、敬意を表したい。
飾り気のない段ボール箱から取り出したデバイスは、やけに洗練されたデザインのゴーグルだった。いや、ヘッドマウント・ディスプレイってやつか?
箱の中に一緒に入っていた薄っぺらい説明書に従い、自分のパソコンと接続設定を行う。
続いて、自分のスマホとも。
なんでも、着信した電話にゲームをしながら出れるらしい。もちろん、メールだって見れるし、返信も出来る。
インターホンも接続すれば、来客とインターホン越しに会話も出来るそうだ。
心拍数や体温も常に読み取っており、体調が変化すると強制的にログアウトするとか、レーダーでもついているのか、近くに他人が近寄ると知らせてくれるとか、びっくりな機能が満載と書いてある。
なんて、至れり尽くせりな・・・。
あの購入サイトを作ったヤツと、ゲーム機を作った人間は、絶対に別人に違いない。
そんなことを思いながらデバイスの電源を入れ、いよいよ装着してみる。
「はじめまして。ただいまより、当機の設定を行います」
画面は真っ暗なまま、心地よい女性の声が耳に届いてきた。
「ボリュームは、このままでよろしいですか?」
「はい」
「まず、貴方のお名前を教えて下さい。ニックネームでも、かまいません」
「青鬼」
「アオオニ様。表記は、漢字ですか?平仮名ですか?」
「漢字で、青色の青に、頭に角のある鬼で」
「承知しました。ユーザー名青鬼様を登録します。
「では次に、目の前に白い点が見えてきますので、視線でそれを・・・」
おおっ、なんか普通に受け答えしてくれちゃってるぞ。
いまどき音声入力とか珍しくもないけど、返ってくる音声が恐ろしく滑らかだ。機械的に合成されたような不自然さが、全く感じられない。
もしかして、ネット回線を通じて、オペレーターと直接喋ってるだけだったりして。
「あの・・・」
「何か?ご不明な点がありましたか?」
オレの言葉に、オペーレーター(?)は説明を中断する。
「今、ボクが話してるのは、人間のオペレーターさんでしょうか?」
ちなみに、オレの一人称は、友だち以外の前では「ボク」に変わる。
「いいえ。私は、当機のアシスト用AIです。
当機の設定を再開してよろしいですか?」
「あ、はい。お願いします」
驚いた。音声に不自然さがないだけじゃなく、会話にも不自然さがない。
これって、すごくないか?
オレの中で、一気に期待が高まった。
AIおねーさんの進行も見事なもので、最初は小さな点の認識具合を確かめるところから始め、徐々に複雑な視覚情報を投影しては、何かの設定をオレ専用にカスタマイズしていく。
そして、おそらく30分以上たったところで、一応の設定は完了した。
「以上で、設定を完了します。なお、設定はゲーム中に微調整を行い、自動で最適化されます。
個人的に修正のご要望がございましたら、ゲーム中に私をお呼び出し下さい」
「何と言って、呼び出せば?」
「出て来い、アシストAI。とでも言って下されば」
「あ、はい。了解・・・。」
「では、このままゲームの設定に移行します」
ド派手なオープニング・ムービーがあるのかと思いきや、あっさりとキャラクター設定画面に切り替わる。そこいらのゲームで定番のキャラメイク画面だ。
「まずは、キャラ名の登録からお願いします」
ここでも、アシストAIおねーさんが、引き続き頑張ってくれるらしい。
「それは、ユーザー名と同じでもいいの?」
「別にかまいません。では、青鬼で登録しますか?」
「はい。それで」
「性別は、男性でよろしいですね?」
う。なんか、NOと言えない雰囲気。
まあ、オレにはネカマ趣味はないからいいけど、なぜかオレのゲーム仲間たちは、女性キャラを使うのが好きなんだよね。タブーも然りだ。
「男性で」
「はい。では、種族をお選び下さい」
「じゃあ、エルフを」
製品が届くまでに、ユーザーが作った攻略サイトらしきものを発見し、オレはある程度の情報は仕入れてあった。
そこで目を付けていたのが、エルフだ。
美形でスタイルが良く、魔法を得意とし、しかも近接戦をもこなすことが出来る。属性が『光』ってのも、見逃せない。盾役と言うか、ナイトだのパラディンだのに打って付けだと思わないか?
あと、なぜかリザードマンにも惹かれたんだが、とりあえずエルフでいくことにする。
その後、デバイスが読み取った(!)オレの外見をベースに、美形度を5割ぐらいアップさせ、髪と目の色を青みがかった銀にし、キャラメイクは完了した。
体型は、細身で長身だ。
初期装備には片手剣を選んだが、盾はついてこなかった。
「以上でキャラクター・メイキングは完了しました。このキャラクターでチュートリアルに移行しますか?それとも、別のキャラクターのメイキングを行いますか?」
「あれ?キャラクターって、複数作れるの?」
「3体まで作成可能です」
「おおっ、じゃあ、もう1体作るよ」
「分かりました。2体目のキャラクターのメイキングに移行します。
名前は、青鬼のままでいいですか?それとも、別の名前をつけますか?」
「同じ名前でも作れるんだ?」
「はい。その場合は、フレンドやギルドの登録の上では、自動的に同じキャラクターとして扱われます。違う名前にしますと、青鬼名義で登録したフレンドやギルドからは別人としての扱いを受けることになります」
なるほど。2体目も青鬼にしておけば、エルフの青鬼で登録したフレンドとは、そのままフレンドでいられるって訳か。
逆に、秘密で行動したいなら、別の名前を付けろということね。
「じゃ、青鬼のままで」
「分かりました。では、種族はどうされますか?」
「リザードマンで」
オレは、心の中でニヤリと笑ってみせた。
それから約20分後、チュートリアル用の草原に降り立ったリザードマンの青鬼は、しばし呆然と立ち尽くすことになる。
風を感じる。
緑の匂いが鼻腔をくすぐる。
はるか上空から、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
そして、太陽の光が温かい。
え?なんだ、これ?
現実とどう違うんだよ?
ログインと同時に異世界に来てしまったってオチでも、思わず信じちゃうぞ?
これがゲームの世界だっていうのか。クオリティが高すぎるだろ!
せいぜい視覚と聴覚を錯覚させて、擬似的なバーチャルリアリティーを味わわせてくれるぐらいだろうと思っていた。
だのに、視覚と聴覚はおろか、臭覚と触覚にも情報が伝わってくる。もしかしたら、味覚もか?
一体、どんな理屈なんだ?
少なくとも、感覚をだますなんてレベルじゃ説明がつくとは思えないぞ。
それとも、現実の科学技術の進歩は、SF好きなハズのオレを、とっくに置き去りにしていたというのか。いや、してたんだろうな。現実にこれだけの物が、たった(たったと言わせてもらう!)15万円で手に入るんだから。
と、誰かがオレの脇腹をつついているのに、今さらながら気がついた。
「うぉ?」
間の抜けた声を出しながら下を向くと、エルフ風のキレイなおねえさんが、しきりとオレの脇腹をつついているのであった。
「な、何か?」
「もう、やっと気がついてくれた」
オレの胸ぐらいの身長のエルフ美女は、オレの顔を見上げながら、ちょっとむくれている。
「えーと、もしかして、アシストAIのおねーさん?」
「そうですよ。青鬼さん、ログインに失敗しちゃったのかと思いましたよ」
「あー、面目ない。感動し過ぎて、魂が抜けかかってただけだから」
「ちゃんと、魂、帰ってきましたかー?」
「きたきた。もう大丈夫だから」
「じゃあ、このチュートリアル空間で、身体を動かす練習をしましょうか」
「了解。よろしくお願いします」
「今、青鬼さんはリザードマンです。身長は2メートルを超えていますし、長くて重い尻尾がついています。また、身体のバランスも、人間とは違っています。おそらく、最初は歩くだけでも大変なハズです」
「ええっ、そうなの?」
そう言えば、動くのが大変なんで、リザードマンの使い手は少ないって書いてたような気がしてきたな。あと、背中の翅で飛ぶことの出来る妖精も、人気はあるけど使いこなしている人は少ないって話だった。
ちょっと歩いてみると、なるほど勝手が違う。
ヌイグルミを着ているとまではいかないが、少なくとも自分の身体とは思えない違和感がある。
なにより、尻尾が重い。
が、作ってしまったものはしょうがない。
このチュートリアル空間で、たっぷり練習していくことにしよう。
「そういう訳で、今から地獄の特訓を行います」
「え!?」
アシストAIのおねーさんが、すごく悪い顔で微笑んだ。
この後のことは、書きたくない・・・。