第三話
自分の部下達が龍に襲いかかり、すぐに終わるだろうと考えていた。
盗賊とはいえ、曲がりなりにも長年好き勝手してきたのだ。戦闘にもそれなりに慣れており、時には彼らの首を狙う賞金稼ぎも返り討ちにしてきた。
対して、龍は見た目強そうには全く見えなかった。そこら辺にいるやんちゃな田舎の青年程度に考えていた。
どう見積もっても、部下達が勝つと思っていた。
(こいつの何処にあんな力が…………?)
しかし、結果は龍の圧勝。一つも傷を負わせることなく、部下達はあっけなく潰された。
傍から見ていて、龍の力に疑問を感じていた。龍はそれほど筋肉があるわけではなく、むしろ細身だ。それなりに鍛えられてはいるものの、力技で人間をあそこまで圧倒出来るはずが無い。
何か不思議な力を使っていることも考えられるが、盗賊にそこまでの頭はなかった。
「まあいいや…………おい」
「何だ? 命乞いなら受け入れてやらないぞ?」
「…………よくもまあ、俺にそんな口が利けるな」
龍の態度に盗賊のリーダーは呆れていた。男はそれなりに名の知れた盗賊だ。その首には賞金が掛かり、多くの賞金稼ぎが挑んできた。
そんな賞金稼ぎ達を男は力で返り討ちにしてきた。それなりに才能があったのだろう。がたいの良い身体からは想像できないほどの素早い動きと腕力。そして数という絶対的有利。
様々な要因で今日まで勝ち続けていた。そして今日からも勝ち続ける予定だった。
だが、今日この森に入ったことが、男にとって運のつきだった。
「お前、俺の部下にならないか?」
(何を言ってるんだ、こいつは?)
「俺の部下になれば、良い思いが出来るぜ」
黙って男を見る龍が興味を持ったとでも勘違いしたのか、男はぺらぺらと自分にとって都合の良い話を持ちかけていく。
龍はうんざりながら、話を聞き流していた。どれだけ話しを聞いたところで、龍の答えは初めから決まっている。
「――――で、どうだ?」
「ん? ああ、聞いてなかった」
「てめえ…………」
「真面目に聞いたところで、答えは――――決まっているがな」
「!?」
怒る男に龍は一瞬で近づき、手に持っていた片手剣の刃を掴む。男は剣を動かそうとするが、全くびくともしない。
必死に剣を奪い返そうとする盗賊を眺めながら、龍はドラゴンの知識にあった力を再現し始めた。
右手に魔力を集め、魔力の塊を男の腹に叩きつけた。魔力を操作し、男の身体に流れる魔力の流れを狂わせる。
「あ、あ、が…………」
身体に重要な魔力の流れが狂わされたことによって、男の意識と動きが狂っていく。
動けなくなった男の首元を掴み、大きく振りかぶった。
「おら、よ!!」
空に向けて男を放り投げた。人間以上の力で放り投げられた男は空高く舞い、森の奥へと消えていった。
「おー、よく飛ぶぜ」
飛んでいく姿を見送った龍はすぐさま興味を失い、倒れている少女に近づこうとした。
その際、少女が落とした剣を見つけ、拾おうとした。
「ッ!? 駄目!!」
「? なっ!?」
少女の制止を聞く前に、龍は剣の柄を握ってしまう。その瞬間、剣全体が光り出した。
(魔力が、奪われていく!?)
剣を掴んだ瞬間、身体から魔力が剣に流れ込んでいく。その量は半端なく、常人ならば一瞬で命を奪われるだろう。
しかし、龍にはドラゴンから手に入れた膨大な魔力がその身に宿っている。魔力を奪われたと言っても、全体の1割にも満たない。
魔力を吸収した剣の刃を覆っていた岩が砕け散り、光り輝く刀身が姿を現した。銀色に煌めく刃に龍はつい見惚れてしまい、構えた様な状態で立ち尽くしていた。
それがいけなかった。
ガサガサ。
龍と少女のちょうど中間ほどの草むらから音が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、肌の黒い長髪の男が現れた。
「こっちの方だったが…………なるほど、お前が襲っていたのか」
「は?」
男は龍を睨みつけ、腰に差していた刀を抜いた。
黒髪の男は話を聞くこともなく、素早い動きで龍に襲いかかってきた。
「ちょ、待て!!」
「ほう、俺の刀を避けるとはなかなかやるな!!」
男の斬撃速度は早く、ドラゴンの力で強化している龍の動きでも本気を出さないと回避するのは難しい。
次々繰り出される攻撃を回避しながら、龍はどうして自分が攻撃を受けているのかと怒りが湧いてきた。
ガキィィン!!
龍は手に持っていた剣で刀を受け止める。受け止めた際の衝撃は激しく、若干だが龍の足元の地面がへこんだ。
「あんたがその気なら、やってやるぜ!!」
更に魔力を剣に注ぎ、刀身にエネルギーの様なものが纏われる。強化した足の力で男との間合いを詰め、力任せに剣を振り下ろした。
「ぐっ!?」
刀で龍の振るった剣を受け止める。想像以上の威力に男は呻きを上げる。しかし、すぐさま楽しそうな笑みを浮かべる。
力で龍を押し返す。同時に横薙ぎに刀を振るい、龍は後方へと回避する。
使い慣れていない大剣を軽々と持ち上げ、再び上段から振り下ろす。同じ攻撃につまらなそうな顔をする黒髪の男。
「おらっ!!」
「へぇ!!」
同じ攻撃かと思っていたら、剣を受け止められると同時に右足を脇腹に向けて放つ。
傍から見ていれば、なんてことのない攻撃に見える。しかし、武を少しでも学んでいれば話は別だ。
大剣はそれなりに重量がある。ドラゴンの力があるとはいえ、常人なら振るうだけでも一苦労だ。
重量のある大剣を振り下ろすことによって、重力が龍自身をも引っ張っていく。そんな動きの中で違う動きを行なったのだ。
蹴りは簡単に受け止められたが、龍の狙いは別にあった。
男が防御したことによって、拮抗が崩れる。力では龍に分がある。剣を押しこもうとしたところで、男は刀で剣を滑らせて受け流す。
龍の腹に今度は男の蹴りが飛ぶ。男の足が直撃し、龍は後ろへと吹き飛んだ。
「よっと」
魔力の強化でダメージを受けなかった龍は、空中で回転しながら地面に降り立った。
「…………」
「…………」
距離を取った二人は静かに見つめ合う。身体に力を入れ、動き出すタイミングを計った。
辺りの魔素が蠢きだし、二人は足に力を入れた。
「やめてください!!」
『!?』
しかし、少女の声に二人は毒気を抜かれたように前のめりにこけた。