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love family house

作者: 山中小春


◆主な登場人物


立花 薫…4人姉妹の父。

温和だが怒ると怖い。立花百合…長女15歳。

立花 菫…次女10歳。

桜…三女7歳。

向日葵…四女4歳。

…………………………………… 立花馨


伊集院綺子(あやこ)薫の義妻。 捺綺(なつき)長男14歳。 綺更(きさら)長女10歳。

------------------------------------------『すみれ~、起きなさ~い』

百合姉の声が階下から聞こえる。すみれは、寝ぼけ眼を擦りながら、ベッドから這い出した。

『は~い』

呑気な声で答えると、となりに寝ているさくらを起こした。さくらは夢でも見ていたようで、むにゃむにゃ寝言を言っている。すみれは、さくらの顔の前でパーンと手を叩いた。さくらの目がびくっとしたように大きく見開いた。

『あ…、なぁんだ。すみれお姉ちゃんか。おはよう』

すみれの姉妹は全部で4人。長女の百合姉は15歳。それに10歳のすみれに7歳のさくら。末っ子のひまわりは4歳。何らかの理由で母親がいないが、無邪気なちびっこ達はまだ知らない。

『すみれ~、さくら~、起きてんの~』

再び百合姉の声がしたので、2人は大急ぎで着替えを済ませ、トーストの焦げた臭いのするリビングへと向かった。すでに百合姉は朝食を済ませており、コーヒーを啜っている。

『いただきまぁす』

2人は手を合わせ、同時にスクランブルエッグにかぶり付いた。

『ふふ、姉妹みたい』

笑いながらそう言った百合姉は、ハッと何かに気付いて硬直した。

『何言ってんの。百合お姉ちゃん。私とすみれお姉ちゃん、姉妹だよ』

バカみたいと言いたげにさくらが言う。百合姉は、あわてて答えた。

『あっ、そ、そうね。お姉ちゃん、間違えたみたい。それよりほら、遅刻するわよ』

百合姉の顔は、ほとんどショッキングピンクだった。すみれは、百合姉に気付かれないように小さく首をかしげた。何か聞いてみたかったけど怖かった。時間もあまりないので、さくらにこう言った。

『さくら、遅刻するから学校行くよ』

さくらは頷き、残りのパンを口いっぱいに詰め込むとランドセルを背負った。

『いってきまーす』

『いってらっしゃい』

見送りに出た百合姉は空を見上げた。さっきまで晴れ上がっていた空は、どんよりとしたグレーに変わっている。雨が降りそうだ。百合姉はふと不吉な影を感じた。


…………………………………… その日の夜、久しぶりに父を含め、夕食を囲んだ。しかし、いつもと父の様子が違い、大好きなはずの酒には、一口も口をつけなかった。会話をしていても、どこか気難しい顔をしている。そんな父の様子が気になり、百合姉は恐る恐る父に尋ねた。

『ねぇ、お父さん。何かあったんでしょう??』

案の定、父の答えは、百合姉の予想をはるかに越えていた。

『ん…実はな、今度の日曜にお見合いすることになったんだ』

『おみあい?』とさくら。

『そうだ。君たちのお母さんはもう亡くなってしまったし、かと言って、高校受験を控えている百合に家事だの、子守りだのをいつまでも任せるわけにもいくまい。そんなら、新しいお母さんを呼ぶのが一番かと思ったんだがな』

『わぁーい。新しいお母しゃん だぁ』

ひまわりは持っていたフォークを振り回した。すみれもやったーっと叫び、さくらもキャーキャー騒いでいる。父は、ひまわりにコラッと言ってから、百合に目線を移した。

『おちびさん達は賛成してくれたようだが、百合はどうかね?』

さっきから固まっていた百合姉の声は、かすれていた。

『うーん。ごめんなさい。まだ分からない』

父は、そうか、と一言言うと、『夕飯が終わって、ひまわりを寝かせたら、ちょっと私の部屋に来なさい。百合』とやんわりとした口調で言った。

百合はコクンと頷き、皿を片付け始めた。片付けをする百合姉の傍らですみれが尋ねてきた。

『ねぇ、百合姉。何で喜ばないの?こんな片付けしなくて済むんだよ』

『まあね』手を休めずに百合姉は答えた。

『新しいママ来たら、いっぱい甘えようっと』すみれは、スキップとともにリビングへと姿を消した。素直に喜べるすみれが、百合はうらめしかった。


…………………………………… 『コンコン』

震える手で百合は、父の部屋のドアをノックした。

『どうぞ』と父。

恐る恐る開けると、ひじ掛け椅子で煙草を吸っていた。指で座布団を示す。百合は正座をし、まっすぐに父を見つめた。

『やっぱり、義母は嫌か。百合』父は、煙とともにそう漏らした。百合は、どうにか分かる程度に頷いた。

『何故だ。馨さんはもういない。仕方なかろう』

父の素直さが許せない。百合はキッと父を睨んだ。

『私、知ってるもの。お父さん、馨さんは亡くなったっていつも言ってるけど、それって私達4姉妹を傷つけまいと言ってるだけでしょう。本当は私のお母さん、どこかにいるでしょう』

煙草を持つ父の手が止まった。きっと予想外の答えを振られたからだろう。

『そんな…、なぜ百合が…そんなわけ…』

父は必死に否定しようとしたが無駄だった。実際、4姉妹の母親はそれぞれ違い。どこかに生存しているのだった。

『ねぇ、やっぱり隠していたんでしょう。すみれ達がまだ気付かないうちに、もちろん私も気付いていないと思って、結婚しようとしついたんでしょう??』百合は父に詰め寄った。父はこめかみを押さえていた。

『すまん、百合。お見合いはずっと前から決まってた事なんだ。せめて見合いだけはさせてくれ。お前も母さんがいれば、受験勉強が家事に押されなくて済むだろう』

百合に必死に頼む父。百合はふっとため息をつき、口を開いた。

『わかった。お見合いでも結婚でも何でもすれば。別にどんな義母が来ようと、私は私で自分の母親をいつか見つけるわ』

呆気にとられている父の前から、百合は消えた。バタンと乱暴な手付きで百合が引いたドアが音を立てた。父は娘に見捨てられた気がして、無性に泣きたくなった。外でもジャバジャバと滝のように雨が降っている。父の泣き声と雨音は悲劇の始まりのようだった。



お見合いの話のあと、父と百合はほとんど話さなくなった。そんな様子をすみれは、不吉に感じた。姉と父はどちらかというと良く喋る方だったから、余程のことがあったのだろうと思い、父のお見合いの夜、百合姉に尋ねてみることにした。幸い、百合は暇そうで音楽を聴いていた。

『百合姉』

すみれは音楽のボリュームに負けじと声を張り上げた。

『何?』

百合姉は迷惑そうに耳からイヤホンを外す。

『百合姉とパパ、喧嘩したの?』控えめにすみれは聞いた。

『いいえ。違うわ』即座に百合は答えた。すみれに背を向けたまま。

『じゃあ、なぜ?』すみれは、百合姉の背に向かって再び尋ねた。百合はしばらく黙っていたが、意を決したように口を開いた。

『私の本当のお母さんがどこかに…』

その時、突然けたたましく電話が鳴り響いた。すみれが受話器を手にとった。

『はい、立花ですが…』

『ああ、すみれか。実はな、お見合いの相手がなぁ、父さんのことを気に入ってくれて、しかし相手は子持ちなんだが、結婚することに決まったよ』

1オクターブ高い父の声が弾んで聞こえる。すみれの声も弾んだ。

『わぁ、良かったね。パパ、お姉ちゃんもきっと喜ぶよ』

傍らで聞いていた百合は、嫌な予感がした。

『じゃあ、今から帰るから。すみれ達に早く伝えたくてな。じゃあ、切るよ』父の弾んだ声と共に電話は切れた。すみれは、百合姉の方に振り向くと満面の笑みで言った。

『ねぇ。百合姉。パパ、お見合い成功したって。やったね。子供もいるんだって。』

百合の顔がさっと曇った。

『そう。良かったわね…』すみれは、そうそうと言いながら尋ねてきた。

『そう言えばお姉ちゃんも本当のお母さんって…?』百合は、もう言う気が失せてしまっていた。

『ああ、何でもないの。もう、その事はいいから』そう言うと。すみれにくるりと背を向けて、足早にキッチンへと去って行ってしまった。父の夕食を作りに行ったのであろえ。すみれは、何とも歯切れの悪い気持ちだった。姉の言葉が胸に、小骨のように引っ掛かった。百合姉の本当のお母さん?すみれは、ふと思った。私のお母さんって百合姉と違うのかな。この時すみれは、家族の行方の鍵を見つけてしまったようだった。


『ただいまぁ』

玄関から父の弾んだ声が聞こえた。すみれとさくらは駆け足で、ひまわりは長いジーンズを引きずりながら玄関へ迎えに行った。百合は、そんな3人のあとをのろのろとエプロンをつけたまま、ついていった。父に向かって、3人は叫ぶ。

『お見合い、どうだった~?』『ママ、どんなヒト~?』

父は、待て待てと笑いながら言ったが、百合を見ると顔を強ばらせた。

『おかえり』それだけ言うと百合はリビングへ姿を消してしまった。

『百、百合…』父は言いかけたがもうすでに時遅し。相変わらず周りでは、3人が質問攻めだ。父は苦笑した。

『分かった分かった。新しいママのこと、教えてやるからまず、夕飯を食わせてくれ。話に夢中で料理はほとんど手付かずだったんだ』

そう言うとリビングの椅子にドシンと腰を下ろした。テーブルの上には、茄子の揚げ出し、湯豆腐、枝豆、ビールジョッキまで置かれていたが、ほとんど酒の肴ではないか。父がたらふく食べて帰るとでも百合は、思ったのだろうか。それとも…。

『お、おい、ご飯はないのか?』あわてて百合に父は尋ねる。『食べて来たんじゃないの?せめて、酒の肴作っただけでも感謝してよね』百合は冷たくそう言い放つ。父は、諦めの笑みを浮かべた。すみれ達が父の周りを陣取り、話せ話せ、とせがんでいた。父は百合を見て言った。

『新しい母親について話すから、百合も【姉】として聞きなさい』父の目は真剣そのものだった。百合は、渋々と父の向かいに座った。同時に父が口を開く。

『まず、そうだな。名前は伊集院綺子さん。年齢は35歳。パパより5つ年下だ。でも、子供が居るんだ。長男の捺綺君が14歳、長女の綺更さんは、すみれと同じ10歳だ』

『なちゅきくんって、男の子?』ひまわりが父に聞く。

『そうだ。立花家は皆女だから、久々の男もいいだろう』と父。

『その家族、どんな人達だった』と今度はすみれが尋ねた。

『うむ、綺子さんも捺綺君も優しかったよ。綺更さんも、うちにも10歳の娘がいると言ったら、嬉しそうだったよ』

百合は、そう話す父の姿を見ていると、とても反対など出来ない気がした。

『お父さん…』

百合が初めてその場で口を開いた。父は、おっ?という顔で、何だ?と聞いてきた。

『私、賛成したくはないけど、でも反対も出来ない。だから…だから今回は、お父さんの意見に従うわ』

『そうか』

父は、安堵の笑みを浮かべた。そして初めてビールに口をつけ、美味しそうに飲み干した。

百合は、もし父が結婚したとしても真実は隠しきれないだろうと思った。



そんな中、結婚話はトントン拍子に事が進み、ついに結婚式前夜になっていったのだった。すみれだけは、百合が最後まで賛成しなかったことに毎日、疑問に思った。



明日に備え、伊集院家が家にやって来たのは、もう一番星が出るだろうと思われる、薄暗い夕方だった。エプロンをかけた百合も妹達と父と共に玄関へ迎いに出た。

綺子は、面長で背が高く、ブルーのアイシャドーをつけ、背中までの長い黒髪を垂らし、アイシャドーと同色のパンツスーツを身に着けていた。そして、優しく微笑んでいた。が本当は、笑っていないことに百合は気付いていた。

一方捺綺は、Tシャツにジーンズというラフな出で立ちで母譲りの切れ長の目がギロッとこちらを睨んでいた。綺更は肩までの髪の毛にストレートパーマをかけ、派手な色のキャミソールに上着を羽織り、膝の擦りきれた七分丈のパンツをはいていた。綺子は、父や百合達に向かってこう言った。

『どうも~、息子の捺綺と娘の綺更です。仲良くしてやって下さいね』そして、二人に挨拶をするよう促した。

『なつきです。よろしく』仏頂面で捺綺が言うと、綺子は苦笑した。

『すみませんね。無愛想な子で』

『いえいえ、とんでもない』と父は愛想笑いを返した。


『立花さん達、よろしくね。すみれちゃんと同じ10歳の綺更です。ママが結婚するの、凄く嬉しく思うわ』

そう綺更は言うとすみれに右手を差し出した。すみれも握り返す。

『こちらこそ、よろしくね。きさらちゃん』

『ほら、すみれ、さくら、百合、これからお前達と同じ部屋になるんだから、案内して差しあげなさい』父はそう言った。すみれはうんと言い、綺更を案内する。さくらと百合はそれぞれ荷物を持ち、捺綺と共に子供部屋へ向かった。

子供部屋に着くと、百合はお茶でも持って来るから、と言って再び階下に下りて行った。

『ふーん。これが4姉妹の部屋なわけ?随分と狭いこと。ねぇ、捺綺兄』

フンと鼻を鳴らして捺綺を見る綺更は、まるで別人のようだった。驚くすみれに綺更の声がふりかかる。

『ねぇ、すみれちゃん。私、お話あるんだけど』

決して、嫌とは言わせない口調に思わずすみれは頷いた。すると、打って変わって綺更は猫なで声をさくらに出した。

『ねぇ、おちびちゃん。あなた、ちょっと百合お姉ちゃんとこ、行ってらっしゃいな』

『あ、うん』

さくらは訳も分からず、階下へと向かった。


さくらが行ってしまうと、綺更は百合姉の学習机にふんぞり返って座った。

『すみれちゃん、可哀想よねぇ。こんな狭い部屋で4人姉妹なんて…』

すみれは肩を震わせながら反発した。

『何で綺更ちゃんにそんな事言われなきゃいけないの??』

『何でって?だってねぇ、捺綺兄?』

同意を求めるように綺更は、兄の方を向いた。すると捺綺が睨むような顔ですみれを見つめてきた。すみれは足がすくんだ。

『すみれだか、つみれだか知らねぇけどよ、おめぇは俺らの母ちゃんに捨てられたんだよ』

捺綺はそう言い放ち、ケラケラと笑った。すみれは、声も出ないほど、ショックだった。

『ちょっと捺綺兄、いくら何でもママの結婚式前日にそこまで言わなくたって…』

綺更が捺綺を責める。

『いいだろ。この際はっきり白黒つけといた方がよ。ちなみにつみれ!!お前の赤ん坊の頃の名前は、桔梗だよ』

捺綺はそう言い捨てるとバターンと乱暴にドアを閉め。階下へと下りて行ってしまった。

すみれはきつく唇を噛んでいた。そんな様子を意地悪い笑みを浮かべながら、綺更は見ていた。



その夜、すみれはなかなか寝付けなかった。幸い、捺綺と綺更は隣の部屋で綺子と共に寝ていたからいいものの、さっき言われた捺綺の言葉が、胸にナイフのように突き刺さっていた。


<おめぇは俺らの母ちゃんに捨てられたんだよ>

<お前の赤ん坊の頃の名前は桔梗だよ>


『って事は私が桔梗であの子が綺更。<更>を使っている名前と言うことは双子?』

思わず声が大きくなってしまったせいか、上のベッドから百合の声がした。

『すみれ、あんた何か隠してるね?言ってごらん』

『言えないよ』ボソッとすみれは言う。

『何でさ、言ってごらん。秘密は守るよ。お姉ちゃんが保証するよ。何でも言ってよ。姉妹なんだからさ』

『お姉ちゃんと私、姉妹じゃないもん』

すみれの声は涙声になっていた。途端に百合はベッドから跳ね起きた。すみれも気付いたか、やっぱりと思っていた。

『そんなわけないでしょ。まさか…』

すると、すみれが姉の声を遮り、しゃくりあげながらこう言ったのだった。

『だって私、伊集院桔梗だもん。綺子って人に捨てられたんだよ。私…』

百合は凍りついた。伊集院桔梗…?綺子って、あの父の結婚相手の意地悪い女…。

『あんた…、桔梗って言った?あのうちの子なの、すみれ?』

『そうよ。綺更ちゃんに…そう…言われたんだ…もの…』

すみれの声は泣き声の方が大きい気がした。百合は下のベッドに下りてきた。

『ああ、何て事なの。すみれが捨て子だなんて。でも、パパがわざわざ名前を変えたの?姉妹に見えるように?でも、私もすみれもパパの子よ』

そう言ってすみれをぎゅっと抱きしめた。

『そうだよね。百合姉は、私のお姉ちゃんだもんね』

すみれは涙声でそう言って、百合をぎゅっと抱きしめてあげた。

そんな2人を月が悲しげに照らしていた。



結婚式当日、空は爽やかな晴天だった。しかし、すみれの心はどんよりとした曇り空で今にも雨が降りだしそうだった。そんな彼女を何とも言えぬ表情で百合は、見つめていた。

会場に立つ父、そしてその隣に立つ綺子はとても幸せそうだった。そして、花のブーケを持つ綺更もそれに答えるかのように、優しく微笑んでいた。百合達姉妹は、色違いのワンピースを着ていたが、綺更は真紅のドレスを身につけ、捺綺もまた、真っ黒い素敵なスーツに身を包んでいた。それはまるで、すみれへの当て付けのように百合は感じた。



結婚式は無事終わったが、父は家に着くなり、急用だといって仕事に出掛けてしまった。綺子は、着替えようともせず、リビングのソファーでくつろいでいる。

そして、ちらりと百合を見た。それは、恐ろしく冷たい目だった。

『ねぇ、あんた、夕飯作んなさいよ。受験なんて関係なく、毎日作らせるからね』

『何で?母なのに?』

百合は戸惑いながらも、そう口にした。綺子はハァとため息をつき、苛立った声で言った。

『これだから桔梗もイヤなのよ!!私の子供のうち、桔梗だけが私の意見に逆らったわ。捨てられて当然よ。あんたも私の子だったら、とっくに捨てられるでしょうね。とにかく夕飯は作ってよ!!』

百合は悲しげな顔ですみれを見ると、キッチンへと立った。すみれも見つめ返し、綺子を睨んだ。

『あ~、やだやだ。何よ。そんな目でこっち見ないでよ。桔梗。あんたなんか生まなきゃ良かったのよ』

綺子はすみれに向かってそう言い、煙草に火をつけた。

『ききょうってだれ?』

ひまわりが綺子に聞いた。煙を吐き、綺子はためらうようにゆっくり口を開いた。

『ひまわりだっけ?あんたは言っても分からないでしょうね。すみれの本当の名前よ。あんただって、元は違う名前だったでしょ』

ひまわりは、人差し指をピンと立てて顎の先にくっ付けた。

『んとね、んとね。<あい>。でも、ママに<あい>ちゃれなかった…』

百合がたまりかねたようにキッチンから出てきた。

『もう、お母さん、やめてよ。ひまわりにまでそんな事聞くなんて!私の姉妹をバラバラにする気?いくら何でも、そんな事許せない』

そして持っていた、野菜の切れ端の入ったボールを投げつけた。

『何て子なの。親にこんな物、投げつけるなんて…』

信じられないという顔で綺子は、百合を睨んだ。捺綺や綺更も加勢する。

『おめぇの父ちゃん、どういう教育してんだ?キレた時は野菜投げつけろってか』

『あんたのお父さんなんて、出来損ないよ!』


その時、ピンポーンというチャイムと共に父のただいまぁ、と言う声がした。

綺子は笑顔を作り、

『私が出るわ』と玄関へ行ってしまった。残された百合は、急いで散乱した野菜の切れ端を拾った。とても惨めな気分だった。

『あら、お帰りなさい。薫さん。ねぇ、聞いてらして。お宅のお嬢さんにね、お野菜投げつけられたのよ。おかげでほら、シルクのスカートが濡れてしまったわ。どうしてくれますの?』そんな綺子の声が玄関からする。父は、まさかそんな事は…と言う顔でリビングに入ってきた。綺子も後から入り、百合の持っているボールを指差した。

『これよ、これ。ひどいでしょう。百合ちゃん、気をつけてよね』

『ほら、百合謝んなさい。全く長女のくせに何してるんだ。自分の母親に』

父がきつく百合に言うが、百合は口を真一文字に結んだままだ。父は首を傾げた。何故、謝んないんだい?と。

『だって…、お母さん、すみれにひどいこと言うんだもの。自分に捨てられて当然でしょって。ついでにひまわりにもあんたはひまわりって、名前じゃないでしょって。私達は、どんな姉妹よりも絆の深い姉妹なのに…』百合は両手で顔を覆い、泣き崩れた。ボールが転がり、中身が散らばった。父は息を飲んだ。そして、綺子に言った。

『何て事いうんだい。そういうことは秘密にしておこう。子供達はそれぜれ悩みを持っているんだよ。君だって、自分は酷いことしたんだろう。お見合いの時、ハイハイって答えてたのは、君、建前だったのかい?』

『何よ。あんたはそんな捨て子だらけだらけの娘に、花の名前なんかつけて、姉妹に見せかけようとしていたんだろうけど、あたしゃ、そんなものすぐ取っ払ってやりたいね。おまけに気に入らなくて、捨てた子を今頃、親切にしろだって?そんなの母親の勝手だろ』

綺子も負けじと声をあらげた。すると突然、父が泣き崩れた。皆はびっくりして、視線を父に移した。父は静かに泣き声と共に語った。


『綺子さん、私達はね、捨て子の集まりではないよ。私も小さい頃、親に見捨てられて育ったからね。こういう子達が捨てられているのを見過ごせなくてなぁ。百合を見つけたのは、夏の少し手前だったかな。百合の咲き誇る空き家の前に段ボール箱が置いてあって、そっと中を覗くと小さな可愛らしい赤ん坊がいたんだ。勿論その時私は、“しかし、こんな小さな子供、育てられるだろうか”なんて思いながらも気が付けば、赤ん坊を抱いていたんだ。そして、こう言ったんだ。「百合ちゃん」とね。どうだい、いい名前だろう。なんてね…』

そこまで言うと父は頬に流れた涙を手の甲で拭った。

『次がすみれだった。すみれは当時三歳で服を着て、雨の降るなか、うちのまえに立ってたんだ。仕事に出掛けようと思って見つけた私が声をかけると、「ききょう」と答えたんだな。しかも、ついさっき、母親に捨てられ、身内もしらないとな。泣きじゃくっているすみれを見てると、やっぱり家に入れてあげたくなった。百合も、「ほら、君のお母さんが残した妹だよ」て言ったら、喜んで面倒をみてくれて、“すみれ”って名前も百合が付けてくれたんだ』

『あいは?あいはどこで見つけて、ひまわりってちゅけたの?』ひまわりが不安そうに口を挟んだ。

『うん。ひまわりもちゃんと見つけたよ。真夏にね、百合とすみれと一緒に“ひまわり”をね、見つけたんだ。ひまわり色のワンピースを着ていて、「あたち、あいってゆーの。でも。ママにあいちゃれなかったの」ってな。百合に捨て子?って突っ込まれるかってヒヤヒヤしたけど、大丈夫だったのか不思議だな』

また父の目に涙がたまる。でも、また口を開いた。

『そして、さくら。勿論、ひまわりの前に見つけたさ。百合とすみれを育てて大変な時にね、息抜きにお花見に行った時、桜の木の下にうずくまってたな。だから、「さくら」だ。決して、捨て子なんかじゃない。名前だって、きちんとこの子達それぞれに1番似合う名前を付けたんだ。それでこそ、愛する家族の家が、ここまで成り立ってたんだ』

父は、ふーっと息をついた。綺子がすすり泣きをしていて、待ち兼ねたように口を開いた。

『何か私。今の話感動した。我が子を捨てるなんて、今思うと恥ずかしくなるわ。今頃になって、何調子のってんの?って思われちゃうかも知れないけど…』

そこまで言ってから、すみれに向き直った。

『ねぇ。桔梗だけが私ともう一度、やり直してくれる?いいわよね。捺綺。綺更』

『私もごめんなさい。すみれちゃんに随分ひどいこと言っちゃった。たった一人の血の繋がった双子なのに。ねぇの私もすみれちゃんと暮らしたい』

綺更はそう言って、目を潤ませた。

『俺も正直、言いすぎたって思うよ。俺、口悪いから、話し方これから、気を付けるからよ。一緒に生活してみようよ。6年前みたいにさ』

捺綺の目も涙でいっぱいだ。

『そうよ。せっかく出会えた家族なんだから、一緒に暮らしてみなよ』と百合。

、君の好きなようにしなさい。どちらもすみれの故郷さ』と父。すみれは、顔を上げ、口を開きかけた。すみれに全員の視線が集まった。



すみれの顔は、幾らか赤らんだようだった。

『私、幸せ者ね…。百合姉みたいに、そしてさくらやひまわりみたいに見つからない家族も居るのに。私ね、今の家も好きだし。前の家にも勿論住みたい。でも私、ここの家に住みたいの。今更、ママもパパと別れなくたっていいわ。みんなで一緒に暮らしましょう。そして、ママも仲良くしましょう。捺綺お兄ちゃんも綺更ちゃんも。愛する家族の家を築いていきましょう』

すると、綺子が嬉しそうに口を開いた。

『良かった。私、嫌われてなかったのね。桔梗に。じゃあ、百合ちゃん、今日はごちそうよ。お母さんと一緒に作りましょう』

そして、意気揚々とキッチンへ向かった。百合を始め、全員がキッチンへと立った。

そして、笑いの絶えない愛する家にやっと幸せが宿ったのであった。


《それから》

余談だか、それから17年後、この家は、捨てられた子供を預かる《Love Family House》という施設になった。

『すみれ~、新しい子入ったわよ~』

すっかり大人(もうおばさん?)の感じになった百合の声。

『誰?すぐご飯用意しまーす。こらー、こすもすちゃん、つまみ食いしないの~』

施設の食事係になった、若々しいすみれの声。さくらとひまわりはお世話係。勿論パパは所長である。

そして、今日も不幸にも捨て子となった子供達を幸せな家族として招き入れる、Love Family Houseは活気あふれた、愛される雰囲気に包まれていることでしょう。


《完》


エピローグ>>


ある日、ふとすみれは父に聞いた。

『ねぇ、パパ。私達のママだっていう馨さんは?』と。

すると、父は笑いながら言った。

『パパの憧れの人さ。この人にこんなにたくさん子供がいたら、どんなに幸せな家族だろうってね。でも彼女はもう、別な方と結婚していた。その相手が偶然にも《立花》って名字だったから、パパの理想の奥さんにしたんだ。黙っててゴメンよ』

そのとき、空に浮かんだ満月が、父には若き日に出逢った馨に見えたのであった。

-終わり-





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