STONE:5&6 蠢く影 -black spot-
「よし、行くぞ」
出発の準備を整えた一行は船に乗り、独国へと旅立った。
言葉が通じるようにナナから聖魔術「翻訳」もかけてもらったので、言語が通じない心配は無い。
そもそも聖魔術というのは文学や他分野の魔術も兼ね備えており、需要が高い割に使える人間が少ない事が難点である。
勿論ロイヤルフォースにそんな人材は居ない為、ナナに魔術をかけてもらったのだった。
「でもさぁ、黒水晶とオーラってどうやって見つけ出すの?」
「じゃじゃーん!これを使うんだよ」
シルビアが手元のレーダーを見せる。
「何それ?」
「ジュエル探索機。マス目にボク達は青、黒水晶は赤、オーラは黄色のマスで表示されるから、それぞれの位置が一目で分かるんだ」
「へぇ、便利だね」
「でもね、これを作ったお陰で部費が底ついちゃって。部室の調度品も売ればお金になるのに、理事長が調度品だけは絶対売るなってよく言ってたから…」
「それで船なんだね」
「そーゆーこと」
レルは納得した。
「ところで、黒水晶は今どこ?」
「伊国の辺りかなぁ。この船は独国行きだから、着いてから列車に乗り換えようか」
「え、それって時間かかるんじゃ……」
「この際しょうがないよ、着いてから巻き返そう?」
「う、うん……」
とてつもなく嫌な予感しかしないレルであった。
その頃、ユキは甲板で一人海を見つめていた。
「うぅ…独国はまだかぁ……」
その隣で船酔い中のフィルは隅で手すりに掴まっていた。
その間に船は独国に着き、列車に乗り換えた後伊国へ到着、一行は市街地へ聞き込み調査をしに行く。
「すみません、黒水晶やオーラについて何か知りませんか?」
ユキは街の人を呼び止めた。
「黒水晶?う~ん……テレビではよく見かけるんだけど、実際に見た事は無いのよねぇ。それより、うちのパスタ食べてかない?美味しいわよ」
おばさんはパスタを薦めたが、彼は丁重にお断りした。
どうも伊国人にはパスタ自慢が多いらしい。
それはともかく。
「どう?レーダーに何か反応出た?」
「えっと、あれ……?」
だんだん辺りに黒い霧が立ち込め、息苦しくなってきた。
「なんだぁ?オーラか?」
「まさかぁ」
しかしユキは鋭い視線を黒い霧の方へ向けた。
「いや、間違いない…黒水晶は近くにある」
シルビアが再びレーダーに目を移すと、広範囲に及ぶ黄色いマスと、紫色の点があった。
「ご名答」影から少女が現れた。
「お前は……」
そこに居たのは、異質な物を持ち歩く、三つ編みを後ろで一つに束ねた、黒髪の少女だった。
「―――ラン!?」レルが叫んだ。
「あれ、レル…ランと知り合いなの?」
「ちょっとね…日本に居た頃、小学校が同じで…シルビアは?」
「幼馴染だよ。小さい頃よく遊んでて、小4の春に日本へ引っ越したんだ。でも、何でここに…?」
「久しぶり、二人とも」
よほど動揺しているのか、レルの細い腕が微かに震えている。
「てめぇ、何者だ?」
フィルが食って掛かる。
「あたしの名前はラン・オブシダン。あんたらは?」
「オレはフィリップ・ガーネット。んでこいつがユキ・サファイアだ」
冷静に状況を観察していたユキが口を開く。
「お前が右手に持っているそれ(黒水晶)――どこで手に入れた?」
「そんなのあんたに関係無いでしょ…と言いたい所だけど、教えといてあげる。あたしが古代魔術で作ったの」
「何故だ!!」ユキの口調が険しくなる。
「何故…って、世界征服の為だけど?」
その目つきからはただならぬオーラが感じ取れた。
「ていうか、レル…あんたに復讐する為にこの黒水晶を作った」
「レルに……?どうして?」
シルビアがレルを見やる。彼女は暗い顔をしていた。
「去年、発表会でレルにクリスタルを壊されたから。怪我も負わされたし」
「え?……レルがランのクリスタルを壊したって?」
「そう。魔力を制御出来なくて、あたしのクリスタルを壊したの。だからあたしはレルに復讐する方法を探しに英国に戻ってきた」
「待って――――ラン、あれは……」
レルの瞳は既に焦点が定まっていなかった。
「皆には隠してたんだね、あの事)」
ランが説明を促す。
「…分かった。全部話すよ」
レルは了承しその一部始終を話し始めた。
ランも黙ってそれを聞いていた。
話を聞き、皆はただ呆然と立ち尽くしていた。
「嘘でしょ?レル…」
「……違う。本当なんだ」
レルは俯いて答えた。
「……とにかく、今の俺達に過去は関係無い。どんな因縁があろうと、俺達はお前の持つその黒水晶を処分するだけだ。早くそれを渡せ」
「渡せって言われて渡す奴が何処に居ると思う?馬鹿じゃないのあんた?」
そう言うなり、ランはユキに向かって飛び掛ってきた。
「くっ!」
そのままランはユキの上にのしかかり、手にしていた槍「ブラッディランス」を彼の首筋に突きつけた。
「ユキ!」
「ふん……あんたも力が欲しいんでしょ?ま、私の場合はレルに復讐する『力』だけどね」
槍の切っ先が鈍く光る。
「俺が何を求めようが、お前には関係無い!どけ!!」
そうしてユキが叫んだ瞬間。
「横風!」
レルが二人に向け一閃の風を起こす。
ユキは一瞬の隙にランから離れた。
「ユキ、二手に分かれて!」
「言われなくても!」
ユキが右側に飛び出し、レルが左から飛び込む。
「挟み撃ち…悪あがきのつもり?でもあたしにはこれがある!」
ランは黒水晶を空にかざそうとするも
「火花!」
シルビアの魔術が炸裂する。
火花がランの手に纏わり、黒水晶を掲げられない。
「地震!」
加えてフィルの魔術で大地が揺れ、ランの移動を阻む。
「多勢に無勢って言いたいのぉ?無駄無駄ぁ!暗黒!!」
彼女も黒水晶の効果を発動し、周囲を混沌の闇へ誘う。
「ぐぅっ……っ!!」
闇が4人の視界を阻む。これでは彼女が何処に居るのか分からない。
(違う、こういう時は風を読むんだ)
レルは深呼吸し、息を整えた。ゆっくりと右手を突き出す。
「……出でよ、フォーチュンソード」
彼女の右手に風が集中し、一振りの剣が現れる。
剣を構え、風向きを確認する。
前方5メートルで何かが動いた。
「そこだっ!」
レルは一心不乱にそこを突く。
剣はランの髪をかすった。
「外したか……」
「隙があり過ぎだっ!!」
そしてまた別方向からユキの銃弾が飛び出す。
しかし黒水晶のバリアで跳ね返されてしまう。
闇はだんだん濃くなっていき、ランのバリアが薄れてきた。
「……そろそろ別の土地に行くから、退散させてもらうよ」
「えっ!?ちょっ待っ……」
彼女はランの手が掴める距離に居たのに、何故か手を掴む事は出来なかった。
「お前…どうして捕まえなかった!?」
思わず責め立てるユキ。
彼女は閉口したままだった。
不意に再来した因縁の相手。
その対峙は運命の始まりでもあった―――。
「まぁまぁ、そう怒るなよ。にしても、黒水晶…侮れねぇな」
「バリアの圏外で、皆倒れてたよ」
バリア圏外では黒水晶のオーラが街を覆い、人々のクリスタルを奪ってしまったのだ。
おまけに黒水晶はクリスタルを吸収する度に強くなる。
「つまり、人が居ない所で勝負を挑まないと、あれは更にパワーアップするのか」
「持久戦になりそうだね……」
「早く後を追うぞ!まだそう遠くには行ってないはずだ」
「うっし、行くぜ!」
一行は散り散りに分かれた。
「ふぅ……危ない危ない」
そんな彼女等を見下ろす人影が一つ。
「油断大敵ってこと?こっちも早く手を打たないと」
その人影は唇を噛み締め、己の非力さを味わっていた。
4人は「フェザーボード」と呼ばれる移動機械に乗り、上空からランを探していた。
かなり隅々まで探したつもりだが、一向に見つからない。
それもそのはず、彼女は路地裏を転々とし、罠を張っていたからだ。
ちなみにその罠というのが、触れると爆発する物、上空から彼女を探す4人に黒水晶の魔力圏へ誘い幻影を見せる物等、多彩だった。
「あれ?ここさっきも通らなかったっけ」
最初に視界の異変に気付いたのはシルビアだった。
同時に彼女は気付かぬ内にその罠にはまっていた。
「きゃあああああぁぁぁぁぁ!!」
フェザーボードは浮力を失い、急速に落下していく。
「シルビア!?」
3人が近くから彼女の悲鳴と爆発音を耳にする。
仲間の一大事の為、3人は直ぐにその場に向かう。
「シルビアァァァァァァ!!!」
中でも真っ先にシルビアの許へ向かったのは案の定フィルだった。
「よし、まんまと罠に引っかかった。後はこの起爆呪文を唱えれば……」
ランは起爆呪文を唱えようとしていた。が…
「そうは行かないよ」
「え!?ふむぐ」
後ろから見知らぬ男に口をふさがれてしまう。
「傍観者だけど、このくらいはしても良いよね」
「ふごっ!?ふごふごご!!」
「『何?離してよ』って言われても…これは時間稼ぎなんだ」
「ふごごっ、ふごふご(だから、離して)」
「ん?やだね」
男が彼女の口を抑える力はますます強まる。しかし
「ふごご……やっ!!!」
ランは男の腕に噛み付き、突き飛ばした後、一目散に逃げ出した。
「痛いなぁもう。それが世界征服を企む黒幕の逃げ方なの?美しくないなぁ」
男は体中の砂埃をはらい、意味深な言葉を呟いた。
「でも僕は、物語の傍観者であり、『神』なんだからね……」
「シルビア、大丈夫か?しっかりしろ!!」
フィルがシルビアを起こす。
「うん…フィル?」
シルビアの体に外傷は見当たらなかった。
彼女は爆発に巻き込まれる寸前、バリアを展開したのだ。
「怪我が無くて何よりだぜ」
フィルは安堵の表情を浮かべると共に、近くの建物の頂上にいるランに向かって、叫んだ。
「おいてめぇ!よくもシルビアにこんな真似してくれたな!」
「そんな怒らないでよ。くす」
「あ、今笑っただろ!他人事だと思いやがって!!」
「だって他人事だもの、あははははは!!」
「幼馴染に対する情けってもんはねぇのか?全く、ただじゃおかねぇ……!」
フィルはランをきっと睨むが、彼女は怯むどころか不敵な笑みを浮かべた。
「でもね、用があるのはあんた達じゃないの。分かる?」
すると彼女はブラッディランスを召喚するなりくるりと踵を返し、建物の下へ飛び込んだ。
その先にはレルが居た。
「あ?!逃げて、レル!!!」
シルビアの悲痛な叫びが木霊する。
しかし時既に遅し、ランはレルの頭上3Mまで落下していた。
「破滅之槍!」
ランが手にしたブラッディランスを構え、レル目掛けて突っ込む。
「!?」
目にも留まらぬスピード。
「勝つ為には手段は選ばないの!」
「レル、早くっ!!」
「え、何!?」
ようやく気付いた彼女は頭上を仰ぎ、同時に悟った。
たとえフェザーボードに乗っていようと、彼女の攻撃は防げない事を。
(やばっ……)
「早く逃げろ!」
ユキが攻撃を制そうとした、正にその時。
シルビアがフィルを振り切ったその時。
レルがとっさに身構えたその時。
一人の男性の声が路上に響いた。
「一時停止!!」
時が、止まった。
レルの目の前でユキが攻撃を制し止まっている。
ランが宙に浮かんだまま静止している。
周りで燃え盛っていた業火も、揺らめきを失っていた。
「どういうこと?」
「僕が、時を止めたのさ」
「貴方は!」
聞き覚えのある声だった。
確か、フォーチュンソードの試練の時に聞いた男の声。
「お初にお目にかかるね、初めまして。僕がエトワール学園理事長、ヨシュア・エレスチャル」
「貴方が、ユキが言ってた…」
彼の言葉を思い出すレル。
「ユキ君が僕の事でも話してたのかな?まぁともかく、今この空間には君と僕の二人しか居ない」
「ヨシュアさんが時間を止めたんですよね?じゃあ魔術の禁忌は?」
「あぁ、それなら心配無いよ」
「え?」
魔術の禁忌………それは、魔術師が絶対に破ってはならない掟のこと。
第一に黄泉の扉を開く事。
第二に世界中の時を止める事。
第三に歴史を改変する事。
例外を除きこれらの魔術行為は禁忌とされている。
犯した者は相応の罰として、当人の最も大切とする物が奪われる。
また、唯一禁忌を破って良いのが「神」という存在だけだった。
「まさか貴方は……その、『神』だとでも言うんですか」
「そう。僕は神の一人なんだ」
ヨシュアは笑顔で言った。
「…だったら何であの時、私に『君はそれを進化させることは出来ない』なんて」
「あぁ、あれか…」
「あの時は失礼な事言ってごめんなさい。でも、どうしてあんな事を言ったのか気になって」
「あの時、僕は運命の記録を述べたんだ」
「運命の記録?」
「そう、だけど君にはそれが通用しなかった。君がフォーチュン・カウンターなのかもしれないから」
「フォーチュン…?」
「直訳すると『運命を覆す者』。君にはその可能性がある。だから君はジュエルに選ばれた。運命の記録も予想しない事態だ」
「ちょ、私が?まさか」
「そして君が今動ける理由。それは君がこの世の物でない、碧のジュエルを持っているから。君は2つのジュエルの所有者だ。」
「え…2つ!?」
「2つ目…黄のジュエルってのは君がおじいさんから受け継いだ剣『スターライトソード』の飾りだよ」
「え?これ?ジュエルなんですか?」
「そう。で、僕が動ける理由だけど、神だからどの時間軸でも動けるのさ」
時間軸とは、物質が持つ「時の流れ」の事である。
世界が違えば時間の進み方も異なり、時間軸も違う事になる。
レルの持つ碧のジュエルはどうやらこの世界の物では無いらしいが…
「つまり私達は此処に居る皆とは時間軸が違うと」
「そうなるね」
「頭がこんがらがる…」
「まぁとにかく、君はかなり特別なんだよ」
「特別、って……」
レルは呆れた。
「とりあえず、時間を戻してもらえませんか?」
「やってごらん」
「は?」
「君なら出来る。『時間再生』と唱えてごらん」
「ちょっと待って、ヨシュアさんは?」
「見てるだけ。僕は物語の『監視者』だから」
「物語?どこが」
「君は物語の登場人物。今誰かに読まれてる物語の主人公かもしれないし、悪役かもしれない」
「ますます分かりません!」
「まぁまぁ、全ては物語のラストに明かされるんだよ。さぁ、時を動かして」
「うぅ……やるっきゃないか、時間再生!」
そして、時は動き出す。
ユキはランの攻撃をバリアで跳ね返し、すかさず体勢を整える。
ついでにユキはそこに居た存在に気付いた。
「あれ、ヨシュアおじさん!?何でここに?」
「それは内緒。ほら、早くしないとラン君が」
ヨシュアが促す。
「あ、また逃げちゃう!」
レルはランの逃げ道を確保させまいとするも
「残念、あたしはテレポートも使えるんだよね」
まんまと逃げられてしまった。
「不覚だ。また逃がすなんて」
ユキは凹んでいた。
「とりあえず…また対策練ろう?ヨシュアさんにも会えたんだし」
「どーしてお前がおじさんの事知ってんだよ」
ユキはレルに詰め寄った。
「さぁね?あ、フィル、シルビア、待ってー!」
「ごまかすな!ちゃんと教えろ!」
「ふふふふふ……」
ランを逃した事はさておき、また騒ぎ出す4人であった。