STONE:17 夜の虹 -stand by me-
「それ、返してもらおうか!!」
レルは神風をスノウの手元に飛ばし、彼の手を滑らせた。リボルバーが手を離れたその瞬間。
「余計な真似を……雪面!!」
スノウの魔術により床が凍り、滑りやすくなってしまう。レルは落ちた銃を拾い上げようとするも、足元が滑った衝撃でリボルバーを弾いてしまう。
「あっ!」
(駄目!あれは私の所に来なきゃ……)
「レル!!」
その先で奇跡的にランが銃を拾い、レルに向かって投げつけた。何とかそれをキャッチし、体勢を整える。
「ありがと!」
「ナイスキャッチだぜ!!」フィルの声援が聞こえる。
ユキのアクアリボルバーの力により、スターゲイザーに蒼色の光が加わった。剣の柄の星の飾りから十色の眩い光が溢れ出し、更に輝きを増した。
「これがみんなの、ジュエルの力……!」
レルはスターゲイザーを黒水晶に、アクアリボルバーをスノウへ構えた。目を閉じ、一度深呼吸する。
「みんなが私を信じてくれてる。だから私も自分を信じる!奇跡は、自分で起こす物なんだから――!」
「何をほざこうが、貴様の願いなど叶うものか!ここで打ちのめしてくれる!!」
スターゲイザーが黒水晶目掛けてジャぺリンの要領で投げつけられる。同時にアクアリボルバーも虹色の弾を放った。これに応戦するスノウ。
「十人十色!!」
「絶対零度!!!」
地面を這う紅い光。光の軌跡に氷の柱が次々と生み出され、虹色の光と弾とが交差する。光と弾は氷を貫通し、それぞれ黒水晶とスノウの胸を貫いた。
虹色の光が突き刺さった胸を見ながら、スノウは呟く。
「十色の光……だと!?」
「自分を信じれば、奇跡は起こせる……未来だって変えられる!!」
「貴様……我に何をしたのか、分かっているのかぁぁぁ!!」
スノウの断末魔と共に、周辺一帯に光が溢れ出した。
光が収まってしばらくして、レルが地面にスターゲイザーを突き刺し、片膝をついた。同時魔術と膨大な魔力の消費、左腹の痛みをずっと我慢していたせいもあってか、もはや立ち上がる余力は残されていなかった。
「終わった――?」
剣にもたれかかりながらも辺りを見回す。そこにスノウの姿は既に無く、代わりに一人の少年が立ち尽くしていた。
「ユキ――!?」
レルの呼びかけに呼応し、うっすらと瞼を開ける。レルに向かってへらりと微笑みかけた。
「レル、よくやった――」
言うなり彼の体は力を失い、ぱたりと床に崩れた。
「ユキ!?」
剣を杖代わりにレルが駆け寄り、ユキを抱き起こす。
「ユキ!起きてよ、ユキ!!」
レルは彼の身体を揺さぶるが、まるで反応が無い。冷たくなり始めた彼の温度を知り、レルの小さな背中が静かに震える。ユキの頬に、雨粒ではない水滴が落ち、零れた。
「みんなで一緒に帰るんじゃなかったの!?」
床にも空知らぬ雨粒が零れ落ちる。
「ユキを追いかけてここまで来たのに!やっと追いついたのに!!」
誰にも聞こえない声で、彼の耳元にうめくように囁く。
「――好きって、伝えたかったのに――」
レルの哀しみは絶叫となり木霊した。
「わああぁぁぁぁ………」
その様子を見ていたフィルもランも、黙るしかなかった。
雨は止み、霧は晴れ、空には満月が現れた。
「マスタークリスタルが…」
「浄化されていく……」
フィルとランはマスタークリスタルに目線を移し、息を飲んだ。レルも泣きはらした顔を上げる。
マスタークリスタルの浄化後、奪われたクリスタルは解放され、持ち主の元に還るため夜空に散らばった。
流星の如く降り注ぐそれは、雨上がりに虹を成すプリズムの役目を果たし、満月の光を受けて眩しく煌く。……それはさながら「夜の虹」のようだった。
すると、浄化されたマスタークリスタルの中から一つの黒いジュエルが現れ、レルの手中に収まった。彼女は立ち上がってごしごしと目元を拭うと、ランにそれを手渡した。
「……約束だったよね。これが、ランの新しい『心』だよ」
ランは信じられないと言った様子でジュエルを見つめた。
「嘘……」
「嘘じゃない。あと…私は落ちこぼれる『レル』じゃなくて、何でもやれる『レル』だよ」
ランはしばらく目を見開いていたが、
「……強くなったね、レル」
微笑んで、彼女の強さを認めた。
それからマスタークリスタルが瞬き、シルビア達が姿を現した。
「やったね、レル!」
「よく頑張ったね」
「レルちゃんのおかげだよ!」
「見事だった」
「シルビア、ナナちゃん、リュリちゃん、それにミハイルまで…本当に良かった」
レルは心の底から再会を喜んだ。
「ごめん、あの時引き返せなくて……」
「ずっと気にかけてくれただけでボクは十分だよ。それに、こうしてまた会えたんだし」
レルの瞳に再び涙が溜まっていく。
「うん、ありがとう。けど…」
カン、カン、カン………
誰かが階段を駆け上がる音がする。
「レル、ユキ、無事か!?」
足音の主はトーマだった。
「みんな戻ったか。良かった」
「それよりトーマ!ユキが…」
五人は一斉に傍らで横たわるユキを見た。彼を見るなり、全員が絶句する。
「マジかよ……!嫌な予感はしてたけど、まさか……」
トーマは目を疑う。
「――これって」
ミハイルが口をつぐむ。
「嘘、でしょ?」
ナナが眉をひそめる。
「そんなのって……」
リュリが言葉を止める。
「レル、ボク達が居ない間に、一体何が起きたの?」
シルビアが問う。
「それは……」
レルは閉口した。長い沈黙を、トーマが破る。
「とにかく学園に戻るのが先決だ。話はそれからな」
「うん……」
一行は全ての経緯を監視していたヨシュアの助力の下、学園へテレポートした。七人が塔を去った後、何者かが各地に置いていったビー玉型の宝玉から光が溢れ出し、半壊した水晶塔を包みこんだ。
数瞬の後、水晶塔の屋根や窓は修復されヒビ一つなく綺麗に修繕されていた……
あれから二日後の昼。エトワール学園理事長室にヨシュアとソレイユ、シルビアとフィルにクロスナイツ、そしてトーマとランという顔ぶれが揃った。ただ、あの二人の姿を除いて。
「ひとまず世界の平和は戻ったけど、大団円という訳にはいかなかったみたいだね……」
重苦しい空気が部屋を支配する。
「とりあえず、情報の共有を図ろうか」
全員が同意し、彼は監視し続けた事の全てを語って聞かせた。これにより、全員がこの事件の全容を理解した。
「……という訳で、トーマ君とラン君もジュエル所有者って事」
「ええええぇぇぇぇぇぇっっ!?」
トーマとランも含め、皆が驚愕した。
「ラン君については黒水晶が浄化されてジュエル化したと」
「やるなぁ、お前」
トーマがランをつっつく。
「そう言うあんただって、白のジュエルの存在に気付かなかったんでしょ」
ランも負けじとつつき返す。
「はは……元々オレの中にあったなんて、何か信じられないぜ」
トーマは自身の胸を見つめた。
「まぁ、君のジュエルは普通のクリスタルの色とさほど変わらないからね。でも、根本が異なる。卓越した魔術の才能はそのジュエルのお陰じゃないかな」
ヨシュアが付け加える。
「―――でも、水晶塔にはジュエル所有者しか入れないバリアが張られていたのに、どうして君は入らなかったんだい?」
「ジュエル云々じゃなくて、俺の役目はレルを塔に送り届ける事だったから」
トーマは微笑んで答えた。
「まぁとにかく、私達も所有者の仲間入りを果たしたって事ですよね?」
ランがヨシュアに聞く。
「そうだね…君達さえ良ければフォースに入れても良いよ?」
「考えときます」
二人は即答した。
「そうか……じゃあ次はクロスナイツの3人について。君達もマスタークリスタルの力でジュエル所有者になったからね?」
「はい」
代表してナナが答えた。
「それぞれナナ君は紫、リュリ君は桃、ミハイル君は空色のジュエルだ。今後ともよろしく頼むよ」
「勿論です」とリュリ。
「こちらこそ」とミハイル。
「ところで、二人の容体は?」
ソレイユが口を挟む。みんなもそれが気にかかっていたらしく、固唾を呑んで耳を傾けた。
「……二人共、まだ眠っているよ」
一同、内心嘆息した。
「確かにダメージは酷かった……とはいえ、もう二日も経ったんだし、じきに目 覚めてくるさ。後で様子を見てくるよ」
「お願いするわ」
ヨシュアは首肯した。
***
さらさらとなびく黒い髪。男の子にしては色白で綺麗な肌。全てを見透かされそうな、海のように深くて蒼い瞳。
できればいつでも傍に居たくて、でも本当は、傍に居ようとすることが迷惑じゃないかと思う事もあって。
追いつこうと腕を伸ばしても、やっぱり届かなくて。
その手を握りたいのに、どこか気が引けて。
だから。彼が闇に溶けてしまいそうな今でも、手をこまねいていて。
ただ闇の中に浮かんでいる彼の身体を、その手を、掴めそうな距離に居て。
私と彼以外誰も居ない、誰にも邪魔されない、黒い空間の中で。
消えそうな彼の腕に、手を伸ばしたら――
握り返されたと同時に、黒い何かが腕にまとわりついた……ような気がした。
***
エトワール学園、付属病院。
「ここは……病院?」
レルはゆっくりと目を開けた。見上げれば白い天井、白い布団、硬めのベッド。ついでに病院特有の消毒液の匂いが鼻についた。
(あれ?確か、黒水晶を浄化してランに渡して、みんなに会って、それから――)
記憶の小道を辿ったが、その後どうしたかまでは思い出せなかった。
(さっきの夢……なんだったんだろう、胸騒ぎがする。ユキも無事だと良いな……あれ?)
右手に人肌の感触を感じ、ふと見ると隣のベッドにユキが寝ていた。
しかも彼の左手と手が繋がれている。
(て……手ぇ!?つないでっ……!!)
いつ繋いだのか思い出せず動揺し、あたふたと激しく狼狽していると、左下腹部に激痛が走った。
「いっ……!!」
スノウの魔術弾をまともに食らった部位で、その痛みが今だに残っていた。はずみで思わず手を離してしまったが、とっさのこととはいえかなり後悔した。
(無事でよかった……けど、もう少し繋いでいたかったな……)
かといってもう一度彼の手を握る勇気も湧かず、仕方がないので枕元に置かれていた眼鏡をかけた。
サイドボードを見ると、星のペンダントと月のロケットが置かれている。
(そういえば、ユキってロケットに何入れてるんだろう?)
ユキが寝ているのを良いことに、好奇心からロケットに手を伸ばす。丁寧に扱い、ゆっくりと開く。
そこには眼鏡をかけた、レルに似ても似つかぬ、他校の制服姿の少女の写真があった。
無論ユキに想い人が居てもおかしくないと予想はしていたが、充分ショックに値するものだった。
「………………!」
(これ、誰……?)
憂いに満ちた瞳で、彼女は病床のユキを見つめる。窓のカーテンがたなびき、ひんやりとした夜風が頬を撫ぜた。




