STONE:16 雨の中の冷戦 -you are …-
一方、雨に濡れたトーマの元に、塔の窓から飛び出した氷のつぶてが降り注いでいた。
「これって、ひょう……いや、みぞれか?」
上空の霧雨と混じった氷がみぞれとなって降ってきたのだ。彼はそのみぞれを一掴みし、塔を見上げた。
「嫌な予感がする………」
フォーチュンソードが折れた。スノウは微笑を浮かべている。レルにこれを直す手段は無い。
(一体、どうすれば良いの……?)
自問自答を繰り返し、レルはふと我に返った。スノウが手首に隠していたアイシクルダガーを突き出す。
「戦闘中に気が抜けるとは、我をかいかぶっているのか?」
レルは右手にスターライトソードを構え、斬撃を受け止めた。同時に、心の中で呟いた。
(私にもっと、力があれば…!!)
「星のペンダント――」
服に隠していたペンダントを握り締め、強く想いをこめる。するとそれに呼応するかの様に、ペンダントと、ランの持つ太陽のネックレスと、スノウが持つ月のロケットが一斉に光りだし、レルの前に集う。
「この光は……あの時の…!」
スノウは眩しさで目を細めたが、その瞳の奥には深い憎しみが見え隠れしていた。光はレルと折れたフォーチュンソードの破片を包み込み、さらに輝きを増していく。次の瞬間、レルは新たな衣装……星気体甲冑を纏っていた。
手足に銀の籠手をはめ、青緑色のケープを羽織り、白いコートが夜風にはためく。先程受けた傷も癒え、フォーチュンソードはスターライトソードと融合し、新たな形に生まれ変わっていた。
新しい剣の刀身はミント色の結晶で象られ、アルファベットが刻まれていた。そこに書かれていたのは……。
「なにこれ……スター…ゲイザー?」
「貴様、まさか奇跡の主か!!」
「ヨシュアさんが言ってたの……どうして貴方が知って」
「許さん!我の前に散れ!!」
スノウは彼女の言葉を遮り、スターゲイザーを床に弾き飛ばした。
「わ、ちょっ!?」
落ちたスターゲイザーがひとりでに光り出し、スノウが後ずさる。
「神の後光……!」
「あの、魔術を使った覚えなんて無……」
レルがたじろぐ間、スノウが体裁を整えようとしていると、
『出て行け!!』
彼の脳裏に凛とした声が響いた。
「貴様、我に刃向かうとは――強情な奴め!」
スノウの中で二つの意識がぶつかり合う。
『ここでくたばる訳に行くか!』
現実ではスノウが頭を抱え、呻き始めた。白髪が漆黒に染まっていく。
「ううぅ…ぐああああぁぁ!!」
苦しそうに顔を歪めるスノウ。この隙にとレルはスターゲイザーを拾い、すかさずスノウへと切っ先を向けた。瞬間、彼女の目が見開かれる。
「ユ、キ……?」
「無事か?レル……」
彼女の前に居たのは、いつもと変わらない――黒髪碧眼の――ユキだった。
「ほんとに…ユキなの……?」
「――今はな。けど、こうしてられるのも時間の問題だ……」
胸に手を押し当てるユキ。まだスノウの意識とせめぎ合っているのかもしれない。
「スノウって何者なの?ユキとどういう関係なの……?」
「あぁ……手短に話すと、この身体は元々俺のじゃなくて、スノウの物なんだ」
「うん、さっきスノウが言ってた……」
「諸事情で、今までは俺がこの身体を受け継ぎ、スノウの意識は眠りについていた……はずだった。でも、スノウの封印をランの黒水晶に破られて、それが……」
「それが、スノウだったと……」
レルの答えに頷き、ユキは己の胸を指差した。
「こいつはランに変わってマスタークリスタル共々世界を支配しようとしてる。……そこで、お前に頼みがあるんだ」
「………何?」
ユキはレルの目を見据え、言った。
「マスタークリスタルを浄化しろ。そして俺を―――倒せ」
「―――え?」
俺を倒せ。レルの脳内でユキの言葉が反芻される。言葉の意味が解らず、頭の中が真っ白になった。
「ちょ、待ってよ、どうして私がユキを……」
「こいつが完全に復活すればどの道俺は消える……だからその前にこいつを止めなくちゃいけない。もしもクリスタルがスノウの手に渡れば――取り返しのつかないことになる」
「だからって……!」
想い人をこの手で倒せと言うのか。言いかけてレルは口をつぐんだ。
「一刻を争う事態なんだ!フィルもランも怪我してる。今動けるのはお前しか居ないんだ、レル!!」
確かに今動けるのはレルだけ。しかも三種の神器の力で憑依武装の上位互換、星気体甲冑を纏っている。しかし、彼女の心は想い人を救うか世界を救うか……究極の選択を迫られ、その狭間で揺れていた。
だが時間に限りがある以上、彼女は決断せねばならなかった。悩んだ末、彼女が導き出した結論は。
「わかった。……その代わり、最後は一緒に帰るんだよ……!」
「……あぁ」
それが実現しそうにないことはレル自身が一番よく知っていた。その上で自分に言い聞かせるように、悲壮な決意で叫んだ。
「もちろん、だ……」
そう答えるユキの顔は曇っていた。
「ぐうぅぅっっ……!!」
「ユキ!?」
彼の澄んだ蒼色の瞳に紅色が混じり、混沌の紫に染まる。スノウが表出しかけているらしい。
「俺の事は気にするな、とにかくこれを……!」
ユキは懐からアクアリボルバーを取り出し、震える手でレルに差し出した。
「武器が無いと魔術も使えないだろ……黒水晶を二つ共壊すには、同時に魔術を発動させるしかないんだ……」
「同時魔術――?」
かつて学園の授業で習った「同時魔術」。伝説の賢者にのみ発動する事が許された、「上位魔術を二つ同時に発動する」魔術。
「……正解だ。星気体甲冑を纏ったお前なら、同時魔術も使えるはずだ」
レルは右手に剣を、左手に銃を装備した。ところが、それきり彼女は動かなくなってしまった。
「どうした?早くしないと、スノウが……」
「……きないよ」
「え?」
レルの頬に、一筋の涙が零れる。
「できないよこんなの!どうして私達が戦わなくちゃいけないの!?やっぱりおかしいよ!!」
声の限り叫んだ。この呪わしい運命に。
「どうして……どうしてっ!!」
「馬鹿、早くし……うっ!?」
不意にユキの心臓が強く鼓動したその時、瞳が紫色から完全な紅色に染まった。
「レル、危ねぇっ!!!」
不意に、フィルの声が響いた。
「えっ!?」
ガァン
気付かぬ内に、レルの左腹が銃弾で貫かれていた。
「っ……あ……」
「戦闘中に余所見など言語道断」
レルの前に居たのは、再び表出したスノウだった。レルの注意が逸れた隙に、彼女からユキのリボルバーを奪っていたのだ。
「くく、何処までも愚かな奴め!所詮貴様は自分自身を信じられぬ限り、何も出来ぬのだ!」
「信じなければ…何も……?」
呆然自失のレル。その様子を見たスノウがアイシクルダガーから吹雪を発生させた。
「猛吹雪!!」
「うわあぁぁぁぁ!!」
レル目掛けて襲い掛かる猛吹雪。彼女の身体を柱に叩き付け、そのまま手足を凍らせて拘束する。
(身体が……動かせない……)
柱に縫い止められ、反撃不能になったレル。そんな彼女を見据えながら、スノウが彼女の元へ歩みを進め、彼女の頬のすぐ横にリボルバーの弾を撃ち込んだ。
「ぐ……」
「レル!?」「てめえ!!」
フィルとランの叫びを無視し、レルの首に手をかけたスノウが彼女に告げる。
「奴はお前の存在を認識している間、我の意識を飲み込む程に情動が活性化する。少なからずお前に気があるらしいな」
「何を……言って……」
「ならば、お前の命を奪えば奴が覚醒することは無くなるだろう……そして、我が宿願は達成される……!」
首筋にスノウの指先がますます食い込む。
「か、は……っ」
(このままじゃ、みんな助けられなくなる……)
スノウがリボルバーをダガーに持ち替え、身動きの取れないレルのケープを破り捨てる。ケープごと下の布地まで引き裂かれ、彼女の鎖骨の辺りが露わになった。
「たかだか十年そこらか……短い命だったな……その肉体の奥に息づく結晶、命の灯火もろとも、我が粉々に砕いてやろう……その器は我が然るべき在り方に戻してやる……」
スノウの囁きと共に、レルの胸元にダガーの冷たい刃先が触れる。
(まだ、ちゃんとランに償えてないのに……)
その様子を唇を噛み悔しそうに見つめるラン。
(みんなとの思い出も、なくなっちゃう……そんなのやだよ……)
学園に来てから作った楽しい思い出、かけがえのない繋がり。
(いや、だ――)
レルの脳裏を、ユキの横顔がかすめた。
(しにたく、な――)
ダガーはそのままレルの身体を――貫くことはなかった。
「何故……だ……!?」
スノウの眼前、レルの胸元から透明な光がまぶしく放たれる。
彼女はまだ、諦めていない。
「ふざけないでよ!!!」
光はレルの両手足の氷を融かし、彼女の身体を自由にした。手負いであるにも関わらず、スターゲイザーから幾千もの風が吹きすさぶ。
「神風!!」
風は一斉にスノウを迎え撃ち、正面に吹き飛ばす。同時に塔の天井をも半壊させ、壊れた天井の隙間から雨を降らす。
レルは雨に濡れるのも構わず、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「他の人に信じて貰えない時、自分を信じられるのは自分だけだよ!駄目な時もあるかもしれない。けど、自分を信じなきゃ何も出来ないから……今ならやれるって、皆で無事に帰れるって……私は信じる!!」
「な、に……?」
彼女は凄まじい風の中に、マスタークリスタルの中に消された仲間と、街で見た黒猫の幻を見た様な気がした。
その頃次元の狭間では、シルビア達が引き続き脱出に四苦八苦していた。シルビアがナナに聞く。
「そういえばここってマスタークリスタルの中なのかな?」
「どうなんだろ……次元の狭間とは呼ばれてるけど」
「僕の予想だとここをマスタークリスタルの中だと仮定すれば、レル達の手助けが出来るかもしれない」
「本当!?」
ミハイルの提案にリュリが反応する。
「だったら、私達の力をレルちゃん達に届ける事も出来るかもしれないよね!」
「そうなるな。なら、一か八か……」
ミハイルが右手を突き出した。
「皆の手も重ねてくれ。この空間を突き抜けるイメージで魔力を届けるんだ」
「分かった!」
橙、紫、桃、水色の光が合わさり、次元の果て――恐らくレル達に通じるだろう場所へ飛んでいった。
ふと気がつくと、マスタークリスタルから4色の光がスターゲイザー目掛けて集まってきた。
「これって…!」
レルの脳裏に4人の言葉が響く。
『何があっても挫けるな…!』
『レルちゃん、頑張って!』
『レルなら大丈夫だよ!』
『ボクらはいつだって、レルの味方だよ!!』
「皆………!!」
レルの碧と黄のジュエルの力が加わり、剣は6色に輝いた。
「面倒だけど……私も手を貸すよ」
「うっし、俺のも渡すぜ!!」
黒と赤の光も剣に吸い込まれた。
「ありがとう、ラン、フィル…!」
「必ず帰って来いよ、レル」
塔の外では、トーマの祈りも白い光となり、空の上まで登っていた。
「トーマの白い光……これで9色。あとは――」
レルは雨の中に立つスノウを見据えた。




