STONE:14 奇跡の主 -wonderworker-
「だから君も、レル君を泣かせちゃ駄目だよ」
「もう、泣かせた…」
「なんですって!?」
ソレイユが怒りの形相でユキを睨む。申し訳なさそうにフォーチュンソードを召喚するユキ。
「レルから……取り上げたんだ。おじさんが『切り札』って呼んでたから」
黙って剣を見つめるヨシュア。
「そうか、君が持っていたのか……」
「やっぱり、返すべき……だよな」
「そのままでも大丈夫だよ」
「え?」
「……ただ、二度とレル君を悲しませないであげて」
黙りこくるユキ。
「さ、オーラも濃くなってきたし、早く行って。今頃ラン君が水晶塔に着いてるはずだから」
「わかった」
そう言うとユキはフェザーボードに乗り、走り去った。
「そういえば」
思い出した様にヨシュアが切り出した。
「君、あの時『堕天使』になったんだろう?」
ソレイユが静かに息を飲む。
「――いつ気が付いたの?」
「君が死を無効化したその瞬間にね。神には何でもお見通しさ」
ヨシュアは彼女が被っている帽子に手をかけた。
「ちょっと……」
外れた帽子の下に、桃色の二つのだんごが現れる。
「そのおだんご、本当は堕天使の角を隠してるんでしょ」
「……やれやれね」
ヨシュアの言葉が図星だったのか、ソレイユは溜息交じりに苦笑し、帽子を被りなおした。
所変わって、レルとトーマは市街地でオーラから生まれた魔物に足止めを食らっていた。
「急いでる時に限って……早く行かなきゃなのに!」
「とりあえず落ち着こうぜ?これも決戦前の腕慣らしと思えば……」
「早く!!」
「へーへー」
トーマは右手にマイトを、左手にボムを用意しそれぞれ敵に投げつけた。時間差爆発で爆風が広範囲に広がる。
レルが出る幕も無く、魔物は瞬時に消え去った。
「殲滅完了、っと」
「やれば出来るじゃん!!ほら、先行くよ!」
「おいおい、待てっての!!」
駆けだしたその時、レルは一匹の黒猫が路上に現れたのを見逃さなかった。
(なんでこんな所に猫が………?)
その頃、ユキは水晶塔の前に立っていた。空を見上げると最上階には黒いオーラが。
(あれさえ何とか出来れば…!)
彼は目を閉じ、深呼吸した。
(この世界の救世主は俺だ。消された皆も必ず救い出す。絶対に!)
揺るぎない決意を胸に、単身、塔へ突入する。入り口を抜け、螺旋階段を登っていく。一刻を争う事態でも、彼の足取りはしっかりとしていた。
(戻ったら真っ先にレルに謝らないとな…)
しばらく登る内に、広い部屋へ出た。そこに現れた一人の少女。
「――ラン?」
「へえ、一人で来たんだ」
姿を現した黒幕。その顔には自信が満ち溢れている。そんな彼女をキッと睨み返すユキ。
「お前みたいな相手、俺一人で十分だ」
「後で後悔しても知らないよ……そんなら早速」
「一騎討ちと行こうか!!」
二人は市街地を抜け、ようやく塔に辿り着いた。が、
「遅かった…!!」
最上階のマスタークリスタルは既に黒く染まっていた。
「どうしようトーマ!クリスタルが!」
「今ならまだ間に合うかもしれない。急げ!」
レルが走り出そうとした時、不意にトーマが立ち止まった。
「どしたの?」
トーマがレルを見据えた。
「俺の役目はお前をここまで連れてくることだ」
「え?一緒にユキを助けに行くんじゃ……」
「こっから先は一人で行け」
トーマが強く言い放つ。
「お前が言い出した事だろ?有言不実行とは言わせねぇぞ」
「それは、そうだけど…」
言葉を濁し俯くレルの左肩に、トーマは右手を置いた。
「お前ならやれる。……『信じよ、さらば救われん』だろ?行ってこい!」
レルは一瞬沈黙し、顔を上げた。
「……分かった」
「無茶だけはすんなよ」
「もちろん!」
そしてレルも単身、塔に乗り込んだ。
(お前が最後の希望なんだからな……)
トーマはそう胸の中で呟きながら、夜空を見つめた。
ユキとラン、二人の力は互角で中々決着がつかず、戦いは熾烈を極めた。先に折れるのは果たしてどちらなのか―――。
「洪水!」
大波が押し寄せ、辺りが水で飲み込まれる。
「拘束しようったって、そうは行かない!」
ランの手中の黒水晶が輝き、周囲にバリアを張り巡らせた。
「だったら……激流弾!」
「破壊」
互いの魔術が相殺し、大きな水しぶきが上がる。
「なぁんだ、その程度?」
黒水晶から黒い欠片が飛来し、対抗し損ねたユキの頬や手足を無慈悲に傷付けていく。服は破れ、所々がボロボロになっていた。
「ぐあっ!」
「もう終わり?まだ実力の半分も出してないのに」
「く……」
彼が半ば諦めかけたその時、声が響いた。
「待たせたね!!」
「……お前………なんでここに……!?」
ユキの瞳に、緑髪の少女の姿が映る。
「ふふ……絶対来ると思ってた」
ランが不敵に笑う真向い、部屋の入口に立っていたのは……レルだった。
「もう、ランの好きにはさせない……!」
「お前、トーマと一緒に来たんじゃ……?」
「下で待ってる。私一人で行けって言われたから」
「そう、か。……悪いがお前は先に上に行っててくれ」
ユキがランの後方の階段を指して言った。
「ちょ、助けに来たんだよ!?そんなボロボロなのに置いていけるわけ……」
「良いから行け!早く!」
レルの顔を見ずに怒鳴るユキ。
「う……」
「頼む。……お前を巻き添えにしたくないんだよ」
「……わかったよ!!」
そう言い、レルは二人の横を走り去った。
「あんた、あの子をここに引き止めたくない理由があるみたいだね?」
「……お前には関係の無い話だ」
「そ。……早速続きと行きたい所だけど」
彼女は少し間を置いてから言った。
「私、ずうっとレルに対する憎しみだけで動いてきたんだ。あの子に、あの世に行くより辛い苦しみを与えてやる為に」
「あの世に行くより…?」
「そう、世界征服も全てはレルに復讐する為。だから今までレルの仲間から順番に消してきた」
「………」
「そして今、あの子が一番大切にしてる人と、こうして戦ってる」
「………?」
「私の本当の狙いはね、レルじゃなくて……」
「まさか――」
ユキが身の危険を感じた時には、既に手遅れだった。ランが無言で彼の胸元に何かを突き刺す。
「――ッ!?」
次の瞬間、ランの手に握られていた黒水晶がジャケットの布地を破り、彼の胸元を深々と抉っていた。黒水晶が体内に達したと同時に、視界が徐々に霞んでいく。
「……おま、え……!!」
ズクン
鼓動と共に意識が朦朧とし、耳の奥で何者かに囁かれる。普段から聞き慣れているかのような、男の声。
(その肉体を寄越せ)
呼吸は荒くなり、手足が動かせない。全身から冷や汗が噴き出るばかりで、身体が言うことを聞かない。視界の隅には黒い靄がかかり、いつしか声を発することすら出来なくなっていた。
(それは我のものだ)
禍々しく響く黒水晶の脈動に、彼の中の蒼のジュエルが呼応する。やがて黒い文字のような呪詛がジュエルを蝕み、同化し始めた。記憶が、心が、真っ黒に塗りつぶされていく。
「れ……る……」
ジュエルが漆黒に染められたその瞬間、瞳は光を失い、意識は完全に飲み込まれ、そのままランの腕にもたれかかってしまう。彼が事切れたのを確認し、彼女は呟いた。
「今のあんたが現れたら――あの子はなんて思うだろうね?」
螺旋階段を登る最中、妙な胸騒ぎに襲われたレルは、ふとある事に思い当たった。
「――そういえば、まだフォーチュンソード返してもらってなかったな」
後ろへ向き直り道を引き返そうとしたが、足が止まった。
「でも……」
ユキが自分の助けを頑なに拒む理由がどうしてもわからなかった。あれだけ拒絶されて引き返すのも気が引ける。どうすべきか考えあぐねていると、
『レル君、聞こえるかい?』
彼女の脳裏に何者かの声が響いた。緊急の連絡だろうか。
「ヨシュアさん?」
『ちょっと聞いて欲しいことがあってね。君の持つ力の正体が掴めたんだ』
「え?私の力って……」
『良いかい?君の正体は運命を覆す者じゃなくて…奇跡の主だ』
「奇跡の……主…?」
『そう。力の発動条件を教える事は出来ないけど、君は限られた条件下でなら奇跡を起こすことが出来る』
「よく分かんないけど……でも、何とかしてみます」
『?』
そこでレルは一方的にテレパシーを断ち切り、階段を駆け下りた。たとえ彼に拒まれたとしても、何としてでも彼を救いたい。それが今の自分に出来る可能性があるのなら、後悔する前に動きたい。その想いが彼女の背中を押していた。
先程の場所に降りた瞬間、彼女は違和感を覚えた。
「ユキ!!」
辺りを見回すレル。ところが何処にも彼の姿は見当たらなかった。
「あれ……ユキは………?」
「さぁ、どこでしょうね」
部屋の向かい側に立つランが答える。レルはある点に気がついた。
「ラン、黒水晶は……?」
彼女が先程まで持っていた黒水晶が消えているのだ。
「さぁね」
消えた黒水晶、姿が見えないユキ―――。レルはある結論を導き出した。
「さぁねって、ラン、まさかユキを……!」
ランは冷徹な笑みを浮かべ、答えた。
「だから、何?」
その言葉が引き金となり、レルの怒りが爆発した。
「ふざけないで!!」
ランは笑みを張り付かせたまま、槍の切っ先をレルに向ける。
「でもあんた、剣も無いのに戦える訳?」
「ぐ……っ」
そう、フォーチュンソードはユキが持ったまま。彼女が持つ武器はスターライトソードただ一つ。
刃の短い剣なのでリーチが短く、上手く立ち回らなければ使いこなせない。だが、
「剣が無くても、魔術がある!!」
レルは右手を突き出し、魔力を指先にこめた。すると、
ガシャアアアァァァン
窓のステンドガラスが派手に割れ、破片が舞い散る中一人の少年が現れた。
「ようやく俺様の出番が来たぜ……!」
「あんた……シルビアの」
ランが想定外といった風に目を見開く。
「フィリップ・ガーネット、参上!!……ってか?」
特撮ヒーローよろしくポーズを決めるフィル。その瞬間――乾いた風が吹き去った。