STONE:10 僅かな望み -expectation-
「からあげ返せーっ!!」
「やーだね」
「ちくしょーっ!」
レルは剣を力任せに上下に叩きつけるが、ランはしなやかに猫の如くかわしていく。
「火炎!」
リュリが後方から援護する。
放たれた炎がランの足元に纏わりつき、地面が焦げる。
「ちょっとぉ、弱い者いじめ?多勢に無勢って言いたいの?」
「とにかく、からあげ返せ……じゃなかった黒水晶出せ!」
レルが剣の切っ先を向けながらじりじりとランに迫っていく。
しかしそんな脅迫も虚しく、ランは槍で剣を遮ると、逆に槍の先を向けてきた。
「あんまり見くびってると…刺すよ」
鈍く光る槍の刃先。少し間が空き、後方から銃砲が響いた。
水で出来た弾丸がランの頬をかすめる。
「気をつけろレル!そいつ何するか解らないぞ!!」
「大丈夫、ボク達だって居るんだから!」
すかさずシルビアが突っ込み、逆袈裟の要領で刀を振り上げると、ランの右手から槍が手放される。
槍はミハイルの前に突き刺さり、彼の手によって引き抜かれた。
「武器はここだ……大人しく観念しろ」
「ちっ…」
ランは小さく舌打ちすると、ポケットを手探り、何かを投げつけてきた。
「油断大敵って言葉、知ってる?」
彼女の手から無数のナイフが飛び出し、全員に降りかかる。
「きゃーっ!」
「リュリちゃん!」
「待ってろ!行け、ツインクラッシュ!」
「反射壁!」
フィルが二つのブーメランを放ち、トーマが魔術を発動させる。
ブーメランが飛来したナイフを弾き返し、流れたナイフはバリアが阻み、リュリを守りきった。
「二人共ありがとう」
「気ぃ抜くなよ」
「あんたがね!」
何時の間にか、ランがフィルの背後に移動していた。
「何っ!?」
「漆黒之球!」
呪文と同時に辺りに黒い雨が降り出し、一人ずつ黒い球体で包み込んでいく。
「んだこれっ…身動きが取れな……」
ナナやミハイル達は飲み込まれ、声も聞こえなくなってしまった。
「たぁ!!」
「はっ!」
「おらぁ!」
球体を破れたのはレル、ユキ、トーマの3人だけだった。
「やっぱ私達、どこか特別みたいね」
ミハイルが居る球から槍を取り出し、ランが告げた。
「どういう事?」
「黒水晶の力は並大抵の人間には打ち破れない。それを打ち破るなんて」
「そうか、俺はジュエルは無いけど魔力が強いから破れた訳か…でも、どうして…」
「シルビア達ですら打ち破れないなんて……」
「とにかく、フィル達を早く元に戻せ!」
「やだね。やっと3対1になったんだから」
「まだ戦うつもりなのか?正気なんだろうな?」
「正気も正気。私にはこれがあるから」
そう言い、彼女は右手の黒水晶を指差す。
「私を救世主にしてくれた、黒水晶の更なる力…とくと見せてあげる!」
「まずい、伏せろ!」
「え!?」
突然、辺りに黒いオーラが立ち込めた。
「何してんのレル!早く逃げて!」
球体を破りかけていたシルビアが叫ぶ。傍らにはフィルも居る。
「ちょ、二人は…」
「いいから早く!」
やがて地面が激しく揺れ動き、オーラは一層深くなる。
「レル、ここは2人にまかせて逃げるぞ!トーマも!」
「あ?あぁ……」
「へぇ、仲間をおいて逃げるんだ?」
ランが嘲笑しながらレルを睨みつける。立ち尽くすレルは左足を後方に下げ、回れ右の体勢を取るが…
「体勢を立て直さないと勝ち目は無い!今は退け、レル!」
ユキの声が辺りに響く。いずれにせよ、オーラに遮られ前方は何も見えない。
むしろこのまま二人を助けに行く方が無謀である。
「今は諦めろ……行くぞ!」
「…………っ!!」
彼女は涙を堪えながら、フェザーボードに乗り、走り去った。
「絶対!絶対後で助けに行くから!!!待ってて、みんな!!」
彼女の叫びが木霊した。
しばらく後の事。
レル達は街からだいぶ離れた場所に居た。ここならオーラの影響は及ばない。
―――――仲間の姿も見えない。
今無事なのは、レル・ユキ・トーマの3人だけであった。
ふと、回収したレーダーから声が聞こえた。
さっきアップデートした時に連絡が取れる様にしたのだ。
「もしもし……レ…?ボクら…」
「その声は!」
「シルビア!?」
ミハイルが小型通信機を持っていたらしい。アンテナを伸ばし、電波感度を高くしてみる。
「ナナ…リ……無事だか…」
「皆、大丈夫!?」
「多分、皆無事だって伝えたいんだろうな」
トーマが冷静に推測する。
「理事長に…伝え…今…ボクら……いじげ…ブッ」
「シルビアっ!?」
遂に通信が途絶えてしまう。
「そんな…今皆と繋がれる手段はこれしか……」
「待て、よく考えろ。きっと何か方法がある筈だ」
「そんなのある訳…」
「なんとかなる、昔そう言ったのは誰だ?」
この前テストで口にした言葉を投げかけてきた。
昔……?昔って――
「その言葉……」
「お前の受け売りだよ」
昔とはつまり、3年前ジュエルの番人と戦った時の事を指す。
レルは番人との決戦前、「なんとかなる」と口にしていたのだ。
「何でずっと忘れてたんだろう……私のモットーなのに」
「という訳で何とかしてくれ」
「え、いきなりそう言われても……」
レルはさっきの通信を思い出した。
断片的ではあったが、その中に何かヒントが隠されていたかもしれない。
「そういえばさっき、シルビアが『理事長』って言ってなかった?」
「理事長って…エトワールのか?」
トーマが聞く。
「だとしたら、おじさんが何か知ってる……?」
理事長はいつでも意味深な笑顔を浮かべていた。
正直少し、いや、かなり怪しい。
「シルビアが言うには、多分…とりあえず連取ってみる?」
「―――そうすっか」
「なら電話を探さないと」
「えー!でも…仕方ないか!」
「うし、探すぞ!」
やがて3人は電話を見つけ、慌てて電話をかけた。
「お金は?」
「ほら」
チャリン。プルルル、プルルル。
「もしもし、ヨシュアさん!?」
「ああ。―――君が言いたい事は大体分かるよ。ずっと見てたからね」
「―――え?」
突然のヨシュアの言葉にレルは一瞬たじろいだが、
「あの、さっきシルビア達と引き離されたんです。一体どうすれば…」
「シルビア君達は異次元に居る」
「良かった……」
その言葉を聞きレルはシルビアの無事を確信した。と同時に次の手立てを尋ねる。
「レーダーは私達が持ってるんですけど、黒水晶の反応が全く無くて」
傍らの2人も同意した。
「どうすればいいんですか?」
「オーラは世界各地に広まっている。一刻も早く食い止めて欲しい」
「そんなの分かってます!だからどうすればいいか―――」
「とりあえず日本に行って。最終的に米国か英国に着けば良い」
「え!?」
「いや、ひょっとすると………ラン君は黒水晶のオーラを世界中に蔓延させる為、力を誇示する為に世界一周しているのかもしれない。彼女の足取りを追えば、最終的に米国か英国に着くと思うんだ」
「英国…?世界一周してどうするんですか?」
「彼女の狙いは恐らく、クリスタルタワー―――」
クリスタルタワーとは「マスタークリスタル」が祭られている水晶塔で、英国三大巨塔の一つである。
どうやらランは、マスタークリスタルが持つ魔力を黒水晶に取り込もうと企んでいるらしいのだ。
「だから彼女より先に着いて、マスタークリスタルを死守して欲しい」
「でも万が一ランが先回りしてたら……」
「レル君さえ居ればきっと大丈夫さ」
「え?」ユキが聞き返した。
「僕達の本当の切り札は…レル君」
「はい」
レルは返事した。
「君が所有する、フォーチュンソードなんだ」
「……え?フォーチュンソード!?」
彼女は手にした剣を見やる。特に変わった様子は無いが…
「決戦になったらそれで何とかして欲しい。それから一つ忠告しておくけど」
「何ですか?」
ヨシュアは一呼吸置いてから、言った。
「君は運命を覆す者じゃないのかもしれない」
束の間、沈黙が辺りを支配した。
「本当に君が運命を覆せるのなら、シルビア君達は助かった筈だ。なのに」
「…助からなかった」
「運命は普通自分に都合よく覆すものだ。しかし、もしあの時君の剣が進化できたのがまぐれだとしたたら…?」
レルはフォーチュンカウンターでは無かったということになる。
「私が……運命を、覆せないって……?」
彼女はその場に立ち尽くした。
「たとえフォーチュンカウンターが別の誰かだったとしても、それが僕らの仲間だとは限らないと思う」
「―――今までやれ運命だペンダントだって大騒ぎして……結局私には何も出来ないって事じゃないですか」
涙が出てきそうになり、慌ててそれを拭うレル。
今まで私がやってきた事に意味はあるの?
いや、それよりも、無能だって宣告された方が辛かった。
こんな気持ちは、もう忘れようと思ってたのに――――。
「そんな事は無い」
ユキがレルの瞳を見据えて言った。
「え?」
「何も出来ないんなら、自分を信じて行動を起こせば良いだけだろ?やる前に諦めてどうする」
「ユキの言う通りだ」
トーマも同意する。
「お前に出来る事が何なのか、お前自身で見つければ良い」
私がやらなきゃならない事……
皆を助け出す事、黒水晶を回収する事…
そうなんだけど、「出来る事」がきっと何かあるはず…
もしかして、何かをする為には、それに相応しい力が必要なのかも……
「―――つまり、私だけの力を見つけ出せってこと?」
「あるかどうかは分からないけど、やってみるのは良い事だと思うよ」
ヨシュアさんも背中を押してくれた。
私には力があるのだろうか?
……実際、あるかどうか分からないけど。
私に出来る事は、私だけの力を見つけること。
それが世界を救う事につながれば、願ったり叶ったりだよね。
「そんな君に、僕からとっておきの言葉をプレゼントするよ」
「とっておきの…って?」
「『信じよ、さらば救われん』」
ツー、ツー…
空には、黒い暗雲が立ち込めていた。