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『DIABOLOS』  作者: 神威
24/24

Chapter18

12月23日、夜。

街は派手な装飾に色取られている。

赤、緑、白…

クリスマスカラーに染められた街は、そこにいる人々に賑やかな気分を与えていた。


「〜♪」

何処からか聞こえてくるクリスマスソングに合わせ、前を行く洋介がスキップしている。

「何にしようかな〜?」

時折、店の前に立ちショーウィンドウを覗き込んでいる。

しかし、なかなか決められないようで、すぐにまたスキップで先へと進んで行く。


旬・竜也・洋介・悠は明日の為の買い物に出てきていた。

一通りパーティー用の買い物は済ませたのだが、神威の誕生日プレゼントを選ぶのに一行はかれこれ3時間ほど街中をウロウロしている。


「おい!まだかよ!」

疲れた悠がうんざりしたような声を上げた。

「だって!

 久しぶりなんだから!喜んで欲しいんだもん!」

「気持ちは分かるけどさ。

 いい加減に決めろよ!」

悠は洋介の頭を小突く。

「楽しそうだな」

そんな二人を後ろから眺めていた竜也が呟いた。

「だね」

隣にいた旬が呟きに返答する。

「あれから洋介と話はしたの?」

「ああ…

 少しだけな」

並んで歩く竜也を見ると、眼鏡超しに少し寂しそうな目をしていた。


「洋介!悠!」

突然、旬が二人を呼び止めた。

「何〜?」

振り返った洋介がこちらに走ってくる。

「僕と竜也は少し休憩していいかな?

 ちょっと、疲れちゃったから」

旬が隣の竜也をチラリと見る。

「プレゼントはまだ決まってないんだろう?」

「良いなって思うのがいっぱいあり過ぎてさ。

 決められないよ〜」

すぐ横にあるカフェを旬が指差す。

「なら、僕達はそこのカフェでお茶するから。

 1時間後に合流するってのは?」

「俺も休憩したいんだけど」

追いついてきた悠が間に入ってくる。

「悠は洋介のお守りしてくれないと。

 一人にすると迷子になっちゃうよ」

旬が諭すように悠の肩をポンポンと叩く。

その仕草に何かを察したのか、悠は大きく溜息を付いた。

「はいはい、分かったよ」

そのままキョトンとしている洋介の腕を引っ張って行く。

「何だよ〜

 痛いよ!悠!」

「うるせえな!行くぞ!

 なら1時間後な〜」

空いている大きな手をヒラヒラさせながら、二人は雑踏の中に消えて行った。


残された二人は並んでカフェに入る。

店内は思ったより空いていて、席を見付けるのも容易だった。

「何にする?」

旬が少し離れたレジの後ろにある大きなメニューを指差す。

「エスプレッソ」

簡潔に答える竜也に旬は苦笑する。

「頼んでくるから。

 先に席に座っててよ」

竜也は無言で頷くと窓際の喫煙席に腰掛けた。

ガラス越しの外に目をやると、イルミネーションが異様に眩しく感じる。

行き交う人々の顔は皆が笑顔で幸せそうだ。

堪らなくなってポケットの煙草を取り出し火を点けた。

紫煙でガラスの向こうが霞んで見える。

「珍しいね、煙草」

トレイを抱えた旬が向かいの席に座る。

「たまにはな…」

差し出されたエスプレッソを口に運ぶ。

口の中に心地良い苦味が広がる。

「クリスマスだね」

外を見たままの竜也に旬が問い掛ける。

「そうだな」

煙草を灰皿に押し付けると旬に視線を移した。

「悠にはちょっと悪い事したね」

生クリームののったココアを熱そうに飲んでいる。

「それで?

 何を話したの?」

真っ直ぐな旬の視線を受け止める。

「これからの事を少しな。

 鍛錬の内容や先見の心構えとか」

「ふ〜ん。

 洋介は真面目に聞いてくれた?」

「今までよりはな。

 だが、分かったのかは怪しいな」

少しの間を置き、次の煙草に火を点ける。

「分かってもらわないと困るんだがな…」

溜息と共に紫煙を吐き出す。

「僕も貰うよ」

旬はテーブルに置かれた煙草を取る。

「お前も珍しいな」

ライターの火を旬に差し出す。

「たまにはね」

二人の吐き出す紫煙が宙を漂う。


「洋介の力は俺よりも遥かに強い」

意を決して竜也が話し始める。

再びガラスの向こうに視線を移す。

旬もつられて外を見た。

「あまりに強いせいで、幼い頃に母が封印を施した。

 緋焔(ひえん神社の土地の力と連動させてな。

強い力を借りねば、洋介に封印は施せなかった」

「先見の力は、時には見たくないモノも見えてしまう…」

「ああ。

 洋介は純粋だ。

 そのせいで幼い頃は大変だった。

 あのままだと間違えなく、精神的な崩壊を招いていた」


半狂乱で泣き叫ぶ幼い頃の洋介が脳裏に浮かぶ。


「実力から言えば如月の当主は洋介の方だ。

 しかし、あいつは優しすぎる。

 だからこそ、もし身近な者の死が見えてしまったら…」

「絶えられない」

「そんな事では当主は務まらない。

 何よりも…」

「精神が持たない」


脳裏にある洋介がこちらに手を伸ばしてくる。


「俺は何もしてやれなかった。

 俺自身、力に戸惑っていたからな」

その手を取ってやる事がどうしても出来なかった。

洋介同様、自分も幼かった。

支えてやれる程の余裕はなかった。

この世でただ一人の、大切な弟なのに。


「だから、洋介の代わりに当主になったの?

 洋介が苦しまなくて良い様に」

その言葉に前を向くと、旬は優しい視線を向けている。


幼い頃に助けてやれなかった罪悪感がいつまでも消えない。

そのせいで洋介とは何となく距離を置くようになってしまった。

そんな自分に出来る事は、洋介が背負うはずだった宿命を代わりに背負う事。

だからこそ自分が如月当主になり、緋焔ひえん神社の結界の守主となった。

それが自分なりの償いだった。


「洋介には幼い頃の記憶がない。

 それに、今はまともに力も使えない。

 自分は力を継がずに生まれてきたと思っている。

 だからこそ、今まで生きてこられた」

 

封印によって力を使えなくなった洋介。

初めて見た、無邪気な笑顔を今でも鮮明に覚えている。


「だが、さすがに歳を追う毎に封印の力が弱まってしまった。

 俺の力では再度、封印を施してやる事は出来ない」

「それほど、洋介の力は強大なんだね」

「恐らく自分では制御出来ないだろう」

確実に近付いている未来に二人は深い溜息を付いた。

「俺は…

 洋介には今のままでいて欲しい」

一口残ったエスプレッソを飲み干す。

「緋焔神社の結界が破られたら…

 洋介の封印も完全に解かれる。

 そうなれば、洋介自身が望まなくとも…

 今のままではいられなくなる」


封印が完全に解けてしまったら…

洋介はどうなってしまうんだろう?

自分はその時、洋介を支えてやれるのか?

どんな事になっても洋介を守ってやれるのか?


疑問が浮かぶ。

眼鏡の向こうの瞳に力を込める。


…その為に自分は強くなろうと鍛錬してきたんだ。

次はどんな事があろうとも、必ず伸ばされた手を握ってやると誓ったんだ。


二人が同時にガラスの向こうを見た。

そこには、大きな包みを抱えた洋介と小さな紙袋を下げた悠が通りを横切ろうとしている。

少しずつカフェに近付いてくる二人は何やら言い争いをしていた。

「まったく緊張感のない奴だ」

洋介を見ながら竜也は微笑んだ。

「そこが洋介の良い所だよ」

旬も洋介達に向かって笑みを送る。

「俺があいつに教えてやれる事は少ないが…

 年が明けたら、本格的に洋介の鍛錬を始める。

 だが、あいつは俺の前では強がるだろう。

 それで…

 もし、あいつが辛くて泣き言を言ってきたら…」

「その時は優しく鞭打ってあげるよ」

「俺より手厳しいな」

竜也はテーブルの上の煙草をポケットにしまうと立ち上がった。

トレイを持って旬も立ち上がる。

レジ横のダストボックスにトレイを置くと出口に向かう。

「みんながいるから大丈夫だよ」

出口の壁にもたれて待っていた竜也の肩を叩く。

そのまま店の前に到着した二人の元へ歩き出す。

「お前は大丈夫なのか?」

不意に竜也が旬の後姿に声を掛けた。

旬は振り向かず手を上げピースサインを作る。

「ある意味、お前が一番心配だ」

苦笑を浮かべると竜也は三人に合流した。


「その包みの中身って何なの?」

旬が洋介に問い掛けた。

かなり大きな物で抱えている洋介の背丈ほどはある。

包みには赤・緑・白のリボンが掛けられていた。

リボンの中央には『Happy Birthday!&Marry Christmas!』と書かれたメッセージカードが下げられてある。

恐らく洋介が書いたのだろう、お世辞にも綺麗な字とは言えない。

それでも祝ってやりたいという気持ちは十分に伝わってくる。

「知りたい?」

嬉しそうに包みを掲げる。

「あのね!

 サンタクロースだよ!」

「え?」

自慢気に答える洋介を旬と竜也がマジマジと見つめる。

「だから!

 サンタクロース!」

「バ〜カ!

 ちゃんと説明しないと分かんないだろうが?」

悠が間に割って入る。

「そっか!

 あのね、サンタクロースのおじいちゃんの人形だよ!」

旬が不思議そうな顔をする。

「人形?」

「そう!

 すごいリアルな顔をしててね!

 近付くと踊りながらフォフォって笑うんだよ!」

「それが神威への誕生日プレゼント?」

「うん!

 すごく可愛いし!

 面白いよ!」

旬と竜也が後ろを歩いていた悠を振り返る。

「俺は止めたよ。

 それも、かなりね」

悠は大袈裟に首を傾けた。

「でも、こいつ聞かねえんだもん。

 止めれば止めるほど、店の中でギャーギャー喚くしよ」

「大変だったね…」

旬の哀れみの視線を振り払うように悠は先を追い越して行く。

「まあ、いいって事よ」

「でも、まずいんじゃないのか?」

竜也が悠の横に並ぶ。

「ふざけてんのか!?って怒り出したら迷わず洋介を差し出すさ」

「それが良いな」

「それに、プレゼントはアレだけじゃねえし」

下げていた紙袋を揺らす。

「それは?」

旬が紙袋を覗き込んだ。

中にはシンプルに包装された小さな包みがいくつか入っている。

包みの一つだけには、太めの赤いリボンが掛けられていた。

「あとのお楽しみ」

悠は紙袋を後ろにやると、周りを見渡す。

「ていうか、腹へった〜

 何か食わねえ?」

「俺も〜

 腹へったぁ〜」

四人は立ち止まり並ぶと顔を見合わせる。

「すぐそこに美味しいイタリアンのお店があるよ」

旬が通りの向こうを指差した。

「そこなら予約してなくても、僕達なら席を作ってくれるよ」

「何で?」

首を傾げる洋介に旬は悪戯な笑みを浮かべる。

「神威と翔がよく使ってるからね」

三人が同時に「なるほど」と頷く。

「さあ、行こう」

旬を先頭に皆は歩き出した。


店の外観は古いレンガ造りの洋館風だ。

周りの近代的なビルとは様子が違っているせいで目立っていた。

看板には西洋の城の絵と『リストランテ モルジェクス』と筆記体で書かれている。


「いらっしゃいませ」

扉を開けると黒服姿の女性が笑顔で出迎えてくれた。

広い店内にはクラシックが流れ、照明は薄暗い。

全体が静かな雰囲気に包まれている。

「真神です。

 予約はしてないんですが、席は空いてますか?」

代表して旬が問う。

女性は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに深く頭を下げると再び笑顔を浮かべる。

「いつも、ありがとうございます。

 四名様ですね?

 すぐにお席をご用意致しますので、少々お待ち下さい」

「お願いします」

旬も頭を下げると、女性は頷き店の奥へと消えて行った。

「俺、ここ来たの初めて」

「俺も〜」

悠と洋介が待合の為に設置されたソファーに腰掛ける。

「俺は二度、来た事がある」

竜也が洋介の隣に座る。

「何で!?」

「仕事の後に、神威と翔と旬の四人でな」

「いいな〜」

「お前は騒ぐから連れて来てもらえなかったんだ」

「じゃあ、俺は?

 こいつと同類?」

悠が拗ねた顔を竜也に向ける。

「たまたま機会がなかったんだよ」

困った表情を浮かべた竜也に旬が助けを出した。


「お待たせいたしました。

 ご案内致します」

先程の女性が戻って来ると、店内を指し示す。

四人は後を追って店内を進んでいく。

グレーの絨毯に白い壁。

あちらこちらにアンティークの木製家具や金属製の調度品が飾られていた。

ゆったりとした感覚で並べられたテーブル全てには白いクロスが掛けられている。

「こちらのお席になります」

一番奥のテーブルに着くと女性は頭を下げた。

「ありがとう」

旬は椅子を引こうとしたウェイターを無言で手で制した。

四人は自分で椅子を引き席に着く。

「飲み物は全員、ミネラルウォーターで。

 食事はシェフにお任せします」

旬が簡潔に指示を出す。

「お嫌いな物などはございませんか?」

「大丈夫で〜す!」

代わりに洋介が返事をする。

女性は微笑むと「かしこまりました」と厨房へ向かった。


「で?

 その紙袋は何?」

悠の足元に置かれた紙袋を旬が指差した。

「先に飯食ってからな」

「もったいぶるね」

「これも洋介が選んだんだけどさ。

 こいつにしてはまともな物だからな」

悠は隣にいる洋介の頭を撫でた。

「へぇ〜

 それは楽しみだな」

「悠が褒めるくらいだから、確かにまともなんだろうな」

旬と竜也は洋介に笑顔を向ける。

洋介は皆の珍しい反応に照れくさそうにはにかんだ。

「失礼いたします」

話している内にウェイターが最初の料理を運んできた。

「じゃあ、食べよっか?」

旬の言葉で食事が始まる。


「ふぅ〜

 お腹いっぱい♪」

洋介がポンポンとお腹を叩きながら幸せそうな声を上げる。

「あれだけ食べれば満足だろう」

食後のコーヒーを飲んでいた竜也が呆れた顔をする。

「旬と竜也があんまり食べないからだよ!

 美味しいのに!もったいないじゃん!」

二人を指差す。

「僕達は洋介と違って少食なんだよ」

紅茶を飲みながら旬が笑う。

「そろそろ良いんじゃね?」

悠が洋介に紙袋を手渡した。

「では!

 お楽しみの解〜禁!」

小さな包みを一つずつ全員の前に置いて行く。

「僕らに?」

「神威にじゃないのか?」

旬と竜也が包みをじっと眺めている。

「みんなにも!だよ!

 ささ!開けてみてよ!」

洋介が手を広げて促す。

悠をチラリと見ると親指を立ててウィンクしている。


「あ!」

「お!」

包みを開けた二人は同時に声を上げた。

包装紙に包まれた箱の中に入っていたのは、銀製のバングルだった。

幅は2cm程で二人の可愛らしい彫刻の天使が互いに手を伸ばしている。

二人の間にはハートを象った黒い石が埋め込まれていた。

「オニキスなんだって!」

洋介が二人の前で右手を振る。

その腕には既に同じバングルがはめられていた。

「オニキスはね。

 戦士のお守りなんだって!

 それに!

 ネガティブをポジティブに変える力があるんだって!」

「俺達にピッタリだろ?」

言いながら悠も右手を上げる。

「神威と翔とでみ〜んなお揃い!」

洋介が満面の笑みでピースサインを作った。

二人は顔を見合わせるとバングルを右手にはめる。

「洋介にしては上出来だな」

「そうだね。

 きっと神威も喜んでくれるよ」

四人はテーブルの中央で右手を合わせた。


「寒くないか?」

その頃。

神威もまた街に来ていた。

雑踏の中、隣を歩く黒髪の少年に声を掛ける。

「うん、大丈夫」

少年は笑顔で答える。

「もうすぐ着くからな」

「うん」

そのまま目的の場所を目指して歩いて行く。


『リストランテ モルジェクス』

店の前に到着すると神威は迷わず扉を開けた。

「いらっしゃいませ。

 お待ちしておりました」

先程と同じように黒服姿の女性が笑顔で出迎える。

「お席へご案内致します」

二人は前にいたウェイターに上着を手渡すと女性の後を着いて行く。

窓際の席に着くと引かれた椅子に腰掛けた。

「ありがと」

少年が女性に頭を下げる。

女性はそれに笑顔で答えた。

「飲み物は何が良い?」

神威が少年に問い掛ける。

「ペリエのライム入り」

周りを見渡しながら少年は答える。

「なら、私もそれで良い」

「かしこまりました」

女性は深く礼をすると下がって行った。

奏多かなた、好き嫌いはなかったな?」

「うん」

神威は向かいに座る少年-奏多-の答えに微笑んだ。

「何?」

奏多が不思議そうな顔をする。

「奏多は『うん』ばかりだな」

「うん。

 あ…」

黒い瞳を恥ずかしそうに伏せる。


奏多。

青白い肌に黒い髪。

まだ幼さの残る顔に大きな黒い瞳。

体の線は細く、身丈も神威より少し低い。

歳はおそらく16か17くらいだろう。

神威がちゃんと知っているのは名前と携帯番号くらいだ。

名前に関しては本人から聞いたもので、実際に本名かどうかは分からない。


神威と奏多が初めて出会ったのは、一年前のちょうど今頃。

何故か理由は分からないが、昔から冬が嫌いだった。

冷たい風を感じると無性に苛立ちが込み上げてくる。

その日は朝からとても寒かった。

そのせいで仕事が終わるとすぐに翔を帰した。

どうしても、一人になりたかった。

苛立ちを抑え切れず、翔に当たってしまうのは嫌だったからだ。

イルミネーションの輝く街を一人あてもなく歩いていると、周りのカップルや家族連れの浮かべる幸せそうな笑顔が腹立たしく思えてくる。

神威は堪らず人気のない路地に入った。

しばらく行くと前方から激しい怒声が聞こえてくる。

「おい!聞いてんのか!」

「ぶつかったら『すいません』って言うのが礼儀だろうが!」

「ガキが!そんな事も知らねのか!」

少し進むと川沿いの広い場所に出た。

そこにはいかにも柄の悪い男三人がまだ幼げな少年を取り囲んでいる。

大方、軽く肩でもぶつかった事に因縁を付けてるのだろう。

「黙ってねえで何とか言え!」

一番、大柄の男が少年の胸倉を掴んだ。

華奢な少年の体が宙に浮く。

それでも少年は目を逸らさずに男をじっと見ている。

「やっちまえ!」

残りの二人が声を揃えた。

調子にのった大柄の男が右の拳を振り上げる。

「!!」

拳が振り下ろされる事はなかった。

神威が男の腕を掴んでいた。

「手を離してやれ」

そのまま掴んだ手に力を込めた。

「ギャ!」

男が情けない声を上げた。

「聞こえなかったか?

 その手を離してやれ」

低い声でもう一度、繰り返す。

「離さないのなら、このまま腕の骨を砕く」

更に力を込める。

「いいのか?」

「分かった!

 離す!離すよ!」

男は少年を掴んだ腕を引っ込めるとその場にへたり込む。

「何だ!?この女!?」

「このガキの連れか!?」

呆気に取られていた二人は我に返り、矛先を神威に向けてきた。

「醜いな」

神威はわざと大きな溜息をつく。

「ああ!?」

一人が今度は神威の胸倉を掴もうとする。

神威は逆にその手を掴むと、男の腹に思い切り膝蹴りを食らわす。

男は呻き声を上げながら蹲った。

「不様だな」

男を見下ろしながら神威は再び溜息をついた。

「まだ、やるつもりか?」

三人に冷徹な目線を送る。

「やらないのなら、今すぐ此処から消えろ」

その言葉に三人は奇声を発しながら走り去って行く。

神威はその後姿を黙って見送った。

「ありがとう」

後ろから少年の小さな声が聞こえる。

「構わない。

 ただ…」

振り返って少年を真っ直ぐに見つめる。

「そのナイフをしまえ」

「気付いてたんだ」

悪戯を見付かった小さな子供の様に舌を出す。

コートの袖に隠れてはいるが、手にはしっかりとバタフライナイフが握られている。

「お前の殺気に気付かないアイツ等の方がおかしいんだ」

「お前じゃないよ。

 僕は奏多」

少年は自らの名を言うと、ナイフを畳みポケットにしまった。

「僕を助けてくれて…ありがとう」

奏多がもう一度、礼を口にする。

「アイツ等を助けてあげてありがとう、だろ?」

二人はくすりと笑いあう。

いつの間にか、神威の苛立ちは消えていた。


あれから一年。

二人はたまに会っている。

大抵は奏多が誘ってきて神威の都合に合わせていた。

「失礼します」

ウェイターが前菜を運んできた。

奏多は目の前に置かれた皿を珍しそうに眺めている。

「食べないのか?」

「綺麗だね」

にっこりと笑うとフォークを手にした。

「いただきます」

丁寧にお辞儀をすると前菜を口いっぱいに頬張る。

その姿を見ていると、殺気を漲らせナイフを握り締めた少年と同じとはとても思えない。


奏多は不思議な子だった。

普段は口数は少なく、物静かでのんびりしている。

だが、ふとした拍子に別の顔を見せた。

寂しい顔。

初めて会った時の冷酷な顔。

ひどく大人びた顔。

異様なほど無表情な顔。

この子が普段はどんな生活をしているのか?

多少は気になるが、本人が自ら話さないのだから知られたくないのかもしれない。

神威も自分の事を詳しく話すつもりはないので、何も聞かない事にしている。

その内、聞いて欲しくなったら自ら話すだろう。

何よりも…

奏多には接した相手にそう言う細かい事を気にさせない様な雰囲気がある。

一言で言えば、

『透明な水』

そんな印象だった。


奏多と過ごす時間は心地が良かった。

おそらく、互いの事を全く知らないせいで色々と考えなくて済むせいもあるのだろう。

知らないからと言って互いに詮索のし合いはしない。

ただ飾らずにありのままで良い。

それが無性に心地良くて…

正体の分からない相手なのに、こうして会う事が出来るんだと思う。


「おいしい」

奏多は運ばれてくる料理を次々に平らげていく。

「良かったな」

ペリエを飲みながら神威はその姿を眺めている。

「お姉さんはあんまり食べないね」

まだ料理の残ったままの皿を指差す。

「私の事は気にしなくて良い」

答える代わりに奏多は皿に残った最後の肉を口に入れた。


奏多にはこちらの名前は教えていない。

『神威』という名は知っている者が聞けば、すぐに正体が分かってしまう。

こんな子供相手なら大丈夫だとは思うが。

最初に会った時、名乗ろうとしない神威に奏多は笑って言った。

「名無しは困るから…『お姉さん』で良いよね?」

普通は名前を知りたがるものだが、奏多はそれ以上は聞いてこなかった。

それ以来、神威は『お姉さん』と呼ばれている。


「雪、降らないかな?」

一通り食べ終えた奏多が窓の外を見ながら呟いた。

「今年は寒いからな。

 もしかしたら、降るかもしれないな」

神威も窓の外に目線を送る。

「雪、好きだな」

「なら、降ると良いな」

他愛もない会話と静かに流れて行く時間。

「失礼します。

 デザートをお持ちしますが、お飲み物は紅茶とコーヒーはどちらがよろしいですか?」

気が付くとウェイターが隣に立っている。

「私はデザートはいらない。

 飲み物はコーヒーで」

「僕は紅茶」

ウェイターは「かしこまりました」と礼をして下がって行った。


「ちょっとトイレ行ってくるわ」

悠は席を立つと出入り口近くにあるトイレに向かう。

店内を横切ろうとした時、視界の端に窓際の席が写った。

「は?」

そちらに顔を向けると、そこには無邪気にデザートを頬張る少年とそれを優しく見守る神威がいる。

「マジかよ?」

トイレには行かずに悠はそのまま踵を返す。

「あれ?早かったね」

「どうしたんだ?」

三人が妙に真面目な顔で戻ってきた悠に注目する。

「あのさ…

 今日…神威が一人で出掛けた理由、知ってる?」

悠の問い掛けに三人が首を横に降る。

「何で?」

洋介が首を傾げた。

「神威ってさ…

 ガキは嫌いだよな?」

「嫌いではないと思うけど…

 たぶん、苦手なんじゃないかな?」

旬の答えに悠は「だよな」と頷く。

「ていうか、神威にファミリー以外の親しい奴っている?」

「同級生の女性が一人いるくらいかな?

 でも、最近は会ってないと思うよ」

「一体、何なんだ?」

ハッキリしない悠に竜也が苛立ちを表す。

「いやさ…

 今、変なもの見たんだよな…」

「変なものって何?」

旬も首を傾げる。

「あ!

 もしかして、神威がここにいるとか!?」

洋介がポンと手を叩く。

驚いた表情で悠が洋介を見る。

「え?マジ?

 ていうか、誰と?」

「翔じゃないと思うよ。

 今日は神威の代わりに仕事してるはずだよ」

「じゃあ、誰とだ?」

三人が再び悠に注目した。

「…黒髪のガキ」

「え?」

今度は三人が驚いた顔をする。

「知ってる子?」

悠は記憶を探るが、該当する顔は見当たらない。

「いや…

 見た事ねえ」

「どこに座ってんの?」

洋介が興味津々で悠の腕を引っ張る。

「真ん中辺りの窓際」

答えを聞くと洋介は席を立った。

「待て、洋介」

慌てて竜也が止めようとするが間に合わない。

そのまま洋介は聞いた席へと走って行ってしまった。

竜也がすぐに後を追う。


「あ!」

神威を見つけた洋介が声を上げた。

つられて竜也も窓際の席を見る。

「!」

二人の動きが止まる。


それは神威の前に座る少年に感じた『違和感』だった。


見た目は白いセーターに黒い革のパンツ。

だが、二人の目に写ったのは黒いローブに白い仮面。

全身からはどす黒いオーラが溢れている。

「何で、あんな奴と?」

やっとの思いで洋介が声を絞り出す。

「どうしたの?」

後を追ってきた旬と悠が固まっている二人を覗き込んでいる。

「ホントに子供と一緒だ」

「だろ?」

竜也と洋介は互いに顔を見合わせた。

「あれが見えないのか?」

少年を指差して竜也が二人に問い掛ける。

「お前達には見えていないのか?」


『旬と洋介には見えていない?

 ならば…あれは過去か?

 それとも、未来?』

隣を見ると、洋介もこちらを見ている。

おそらく、同時に感じた感覚。

兄弟が初めて共有したビジョン。

『あの少年は危険だ!』

二人の本能が激しい警告を発する。


「おい、洋介!」

洋介が険しい顔で窓際の席に向かって行く。

「待てって!

 俺達に黙ってたんだからさ。

 邪魔すんなって!」

悠が洋介の腕を掴む。

「離せ!」

珍しくきつい口調で洋介は腕を振り払おうとする。

「洋介、どうしたの?

 ちゃんと話して」

旬も片方の腕を掴んで問い掛けた。

「神威が危ないんだ!」

「どういう事?」

要領を得られずに二人は竜也を見る。

「竜也?」

竜也はただ無言で少年を睨んでいた。


「そろそろ出よう」

突然、奏多が神威を促して席を立ち上がる。

「満足したか?」

「うん」

神威も立ち上がると並んで出口へ向かった。


「二人を行かせちゃダメだ!」

神威達の後を追って洋介と竜也は走り出した。


奏多は黒服の女性から二人分の上着を受け取ると扉を開ける。

「ありがとうございました。

 またのお越しをお待ちしております」

深々と礼をする女性に神威は軽く手を上げて答えた。

「また寄らせてもらう」

そのまま振り返らずに奏多と並んで店を出て行く。

外の冷たい空気が全身を包む。

店を出る瞬間、奏多は店内を振り返った。

慌てた様子でこちらに向かってくる洋介と竜也が視界の端に写る。


『バイバイ』


奏多は声は出さずに口だけを動かす。

「どうした?」

神威は店内を見ている奏多に問い掛ける。

「何でもない。

 さあ、行こう」

そう言うと神威の手を取って雑踏に向かい走り出した。


『バイバイ』


奏多の口がそう動いたのを、洋介と竜也は確かに見た。

「あいつ、俺達に気付いていたのか!?」

「神威!待って!」

二人は店を飛び出し辺りを見回す。

だが、雑踏に紛れているのか?

神威達を見つける事が出来ない。

「何なんだよ!」

後を追って店を出てきた悠が二人に向かって叫ぶ。


「あいつ…」

二人はしばらく雑踏の中で動けずにいた。


「奏多」

しばらく黙って着いて来ていた神威が前を行く奏多の名を呼ぶ。

ようやく二人は立ち止まった。

「急に走り出すなど、どうしたんだ」

神威は奏多の持っていた自分の上着を取ると肩に羽織る。

「別に。

 ただ走りたかったから」

「何だ?それは?」

微笑みながら握られたもう一枚の上着を奏多の肩に掛けてやる。

「食後の運動」

神威の手に触れ微笑み返す。

「それにしても急だな」

「もう行かなくちゃ」

奏多が空を見上げて言った。

「お兄さんが呼んでるんだ…」

悲しい顔をする。

「お姉さん、また会ってくれるよね?」

帰り際、いつものやり取り。

「ああ、またな」

その答えに奏多が天使のような笑顔を見せる。

「バイバイ」

今度は声に出して手を降る。

そのまま奏多は振り返ると雑踏の中、走り去って行った。

白いコートが人込みの中に消えて行く。

神威はしばらく後姿を見送ると反対の方向へ歩き出した。


奏多はある高層ビルに向かっていた。

『楽しかったか?』

低く澄んだ声が直接、頭に響く。

「うん」

走りながら小さく呟いた。

『良かった…』

「神威は少し元気がなかったよ」

目の前にガラス張りのビルが姿を現す。

「今、行くね。

 蒼一郎…」

奏多は立ち止まりビルを見上げると、再び正面玄関へと走って行った。

















































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