Chapter17
12月21日、早朝。
蒼龍邸のリビング。
「おはよ〜」
元気な声と共に洋介が勢いよく入ってきた。
「おはよう、洋介」
朝食の準備をしていた旬が笑顔で答える。
「あれ?みんなは?」
洋介はぐるりと部屋を見渡す。
「まだ来てないよ」
「じゃあ、今日は俺が一番乗りだ!」
右手の人差し指を掲げて明るい声を上げる。
その姿に旬は微笑んだ。
「洋介、手伝って」
「ほ〜い!」
二人で他愛もない話をしながら、ワゴンにのった食器や料理をテーブルに並べていく。
「おはよ〜さん」
ある程度の準備が整った所で寝呆け顔の悠が姿を現した。
「おはよ!」
洋介が悠に駆け寄る。
「朝からテンション高えな」
まとわりつく洋介を振り払うといつもの席に座る。
「おはよう。
まだ眠そうだね」
心配そうに見る旬に片手を挙げて答えた。
「おう。
あんま寝てねえんだよ」
「徹夜でもした?」
「いいや。
2時間くらいは寝たかな?」
大きな欠伸をする。
「何してたの?」
「うん?
翔とDVD見てた」
「二人で?ずっと?」
「そそ」
洋介が悠の隣に座って欠伸の真似をする。
「酒飲みながら男二人で朝まで映画鑑賞?
寂しいね〜」
「うっせえよ」
寝不足で機嫌が悪いのか、ふざける洋介の頭を強めに小突く。
「痛っ!
ひどいよ!悠!」
「お前がうるせえからだろ」
「まあまあ、二人とも。
朝から喧嘩しないの」
旬が苦笑いで二人の間に割って入る。
「悠、コーヒー入れようか?」
「ああ、頼むよ」
「洋介は?」
「俺、オレンジジュースが良い♪」
「お前、やっぱガキだな。
ていうか、そんくらい自分でやれよ」
「ガキじゃねえよ〜だ。
悠だって自分でやったら?」
「旬の煎れるコーヒーが一番美味いだよ」
悠は面倒くさそうに洋介をちらりと見ると、テーブルの上の新聞を手に取った。
「悠、嫌い!」
洋介が悠に向かって思いっきり舌を出す。
「嫌いで結構だね」
視線を新聞に向けたままで悠は素っ気無く答えた。
「朝から騒がしいな」
「せっかくの静かな朝が台無しだ」
翔と竜也が並んでリビングに入って来た。
「おはよう」
コーヒーとオレンジジュースを持った旬が二人に声を掛ける。
「おはよう、旬」
翔が洋介の前の席に座る。
「朝からうるさい奴だな」
竜也は窓際のいつもの席に座ると、隣にいる洋介の頭を小突いた。
「ああ!竜也まで!ひどい!」
「耳元で喚くんじゃねえよ!」
今度は反対側から悠が洋介の頭を小突く。
「何すんだよ!
馬鹿になんだろ!」
「お前はそれ以上は馬鹿にはならない」
旬からコーヒーを受け取った翔が笑顔で洋介に言った。
「翔までひどいよ〜」
いじけてジュースのストローをクルクルと回し始める。
「洋介は馬鹿じゃないよ。
ただちゃっと足りないだけだよね」
一つ席を開けて旬が翔の隣に座った。
「旬。全然、フォローになってねえよ」
悠は新聞を置くとちらりと前を見る。
「そう?
僕なりの最大のフォローだよ」
旬は素知らぬフリをしてサラダを取り分け始める。
「今日の旬って何かおかしくないか?」
小声で悠が竜也に問い掛ける。
竜也は悠の問いには答えずに置かれた新聞を取りながら旬に問い掛けた。
「そういえば、神威は寝てるのか?」
「さあ?
でも今日はまだ降りてきてないよ」
壁の大時計を眺めながら悠はまた欠伸をした。
「ま、たまには良いだろな」
「そうだよ。
普段はほとんど寝てないからね」
旬がいじけたままの洋介を見て笑っている。
「そういえば、昨日の件だが…」
翔が思い出したように口を開く。
「何?」
紅茶を飲んでいた旬がその先を聞く。
「神威様には黙っていろ」
「何を?
神威の寝顔見ちゃった事?
それとも、翔が神威を抱きかかえて帰って来た事?」
捲くし立てる様に言うと真っ直ぐに翔を見る。
その視線を受け止め翔は答えた。
「両方だ」
旬の脳裏に翔に抱きかかえられて眠る昨夜の神威が浮かぶ。
それと同時に覚える嫉妬と苛立ち。
「そうだね。
どっちにしても神威は嫌がるからね」
無理に作ろうとする旬の笑顔が歪む。
皆に悟られないように立ち上がると、トレイを手にした。
ティーポットやカップ、いくつかの料理をのせ始める。
「翔。悪いけど、これを神威に持って行ってくれない?
たぶん起きてるとは思うから」
一通りのせるとトレイを翔に差し出した。
見下ろした視線が自然と鋭くなる。
「私より旬の方が良いんじゃないか?」
「翔が持って行ってよ」
冷たい声に旬を見上げた翔が怪訝な顔をする。
悠と竜也は二人のやり取りをただ黙って見つめていた。
「はい、は〜い!
俺が持っていくよ!」
それまで黙っていた洋介が手を挙げて立ち上がった。
「旬、俺が行く!」
トレイを無理やり旬から奪う。
「でも、洋介だと神威を怒らせちゃうよ」
「旬の言う通りだな」
「朝からうるさい!黙れ!ってね」
旬・竜也・悠が一斉に反対する。
「俺、うるさくないもん!」
洋介が頬を膨らませて反論する。
「いいや、十分うるせえって!
絶対、シバかれるって!
そう思うだろ?翔?」
悠がまだ旬を見ている翔に同意を求めた。
洋介へ視線を移すと、目で必死に訴えて掛けてくる。
「良いんじゃないか?」
その答えに洋介が満面の笑みを作った。
「ただし、騒ぐんじゃないぞ」
「分かってるよ!
ありがとね〜!翔!」
言い終えるのと同時に洋介は陽気にリビングを出て行った。
「神威が激怒しても知らないよ」
旬は席に戻ると何事もなかったかの様に食事を始める。
「その時は私が責任を取るさ」
呟くように答えるとコーヒーを口に運んだ。
洋介は鼻歌を歌いながら階段を昇って行く。
神威の部屋に到着するとコンコンとドアをノックする。
「神威〜?起きてる?」
返事を待てずにドアを開けた。
「…!?」
洋介は持っていたトレイを危うく落としそうになる。
部屋の中を見た瞬間、強い違和感を覚えた。
空高くある太陽の光が差し込む室内。
すぐ近くで鳥の囀りが聞こえている。
消毒薬の匂いが鼻につく。
ベッドには青白い顔をした神威が眠っている。
左目を覆い隠す白い包帯が妙に眩しく写った。
周りには神威を心配そうに見ている翔・旬・竜也・悠。
ドアの前に立っている洋介に気付き竜也が近寄って来た。
「…」
何か声を掛けられているが、不思議と声だけが聞こえない。
『みんなは下にいたはずじゃ…?』
【過去】とは明らかに違う、時間。
【現在】とは明らかに違う、空間。
「洋介?」
神威の声に我に返る。
「どうした?」
ベッドから半身を起こしていた神威が首を傾げ、こちらをじっと見つめている。
「え?」
飛び出してしまうんじゃないかと思うくらい、心臓が激しく鼓動していた。
『今のは?
幻覚?
それとも…
先見の力?』
初めて体験した感覚に混乱する思考がまとまらない。
『俺は先見の力を継がずに生まれたはず…』
疑問と確信が交互に浮かぶ。
『なのに…なぜ?』
先程見たビジョンがリアルタイムのモノでない事だけは本能で理解できる。
「いつまでそんな所に立っているつもりだ?
中に入ったらどうだ?」
神威が困ったように笑った。
その笑顔に必死で平静を装い、ぎこちない動作でベットに歩み寄る。
「朝ご飯、持ってきたよ」
絞り出した声が上ずってしまう。
「そうか。
ありがとう」
「う、うん」
ベッドの歩み寄り、サイドテーブルにトレイを置く。
傍の椅子を引き寄せると前屈みに腰掛けた。
「二日酔いはしてない?」
頭に浮かぶ思いを必死で振り払う。
「大丈夫だ。
ただ…寝過ぎたせいで少しだるいがな」
「そうなんだ…」
紅茶をカップに注ぎ神威に差し出す。
神威はそれを受け取らず洋介の手の甲に触れる。
「震えているぞ」
真っ直ぐに見つめられ洋介は俯いてしまう。
「緊張してるんだよ…
珍しく神威と二人きりだからさ」
「ありきたりな言い訳だな」
神威はカップを取ると微笑んだ。
暖かい紅茶の香りが心地良く感じる。
「ところで、お前は済ましたのか?」
「え?」
「朝食だ」
「あ!忘れた!
まだ途中だったんだよ!」
無邪気な答えに神威はわざと呆れた顔を作った。
「普通は忘れないだろ?」
「だって!みんなが苛めるんだもん!」
「いつもの事だろ?」
顔を上げた洋介が大きく頬を膨らませる。
神威はカップをサイドテーブルに置くと、優しく洋介の頭を撫でた。
「お前の分も持って来い。
一緒に食べよう」
「え!?
ホントに!?良いの!?」
途端に明るい笑顔に戻る。
「ああ。早くしろ。
でないと、一人で食べてしまうぞ」
「うん!」
洋介は立ち上がると飛び跳ねるようにしてドアに向かう。
一度振り返ると満面の笑みで親指を立てる。
「待ってて、神威!」
慌しい音を立てながら、そのまま一階へ降りて行った。
騒々しい足音がリビングに響き渡る。
その音を聞きながら竜也が翔に視線を送る。
「秒殺、だな」
悠が欠伸をしながらドアの方を見た。
それと同時に洋介がリビングに飛び込んでくる。
周りを見向きもせずトレイを掴むと、自分の席にあった料理や飲み物をのせていく。
「何してんだ?」
洋介の服の裾を引っ張りながら悠が問い掛ける。
「やめてよ!」
「何してんだって聞いてんだよ」
「見たら分かるでしょ?!」
慌てた様子に皆が首を傾げる。
旬は立ち上がると洋介の隣に回りこむ。
「洋介?怒られなかったの?」
「うん!
だって騒がなかったもん!」
得意気にVサインを送る。
「それは偉かったね。
で。何してるの?」
穏やかな笑顔を洋介に向けながら頭を撫でた。
「あのね、旬!
さっき、神威も頭撫でてくれたよ!
そんで!一緒に朝ご飯食べようって!」
四人が顔を見合わせる。
「神威が?
そう言ったの?」
「そうだよ!
だから、早く自分の分も持って来いって!」
のせ終わると再び周りも見ずに急いでリビングを出て行った。
「奇跡だな」
竜也がコーヒーカップを眺めて呟いた。
「洋介が騒がなかったのも奇跡だけどさ…
神威が洋介の頭撫でて、しかも二人で飯食うなんてなあ」
「奇跡よりも稀な事だ」
「恐ろしいくらい、優しいよな?」
旬は席に戻ると二杯目の紅茶をカップに注ぐ。
「何か心境の変化でもあったんじゃないの?」
「心境の変化ねえ…」
悠がドアの方を今度はまじまじと見つめる。
「神威、昨日からおかしかったしね」
黙ったまま食事を続けている翔の横顔を旬がちらりと見て言った。
洋介が三階に戻ると神威は窓際のテーブルに朝食を並べていた。
「神威!持って来たよ!」
トレイを抱えてテーブルに駆け寄る。
「そんなに急ぐな。
トレイごと転ぶぞ」
「だって!
神威が早くって言ったんじゃん!」
「そうだったか?
さあ、こっちに座れ」
椅子に座ると向い側の席を指差す。
洋介は「は〜い!」と元気良く返事をしてトレイをテーブルに置く。
座ろうと椅子に手を掛けた時、何気なく窓に視線を向けた。
「え!?」
心中の驚きが声になって出てしまった。
磨かれた窓ガラスに写った自分の顔は【現在】とは明らかに違っていた。
耳の辺りまでしかないはずの金色の髪は肩まで伸び、頬にはないはずの大きな傷がある。
傷は斜めに入り完治していない様で薄っすらと血が滲んでいた。
目の下の濃いクマが強い疲労を表している。
「何だよ、これ?」
洋介が窓ガラスを凝視したまま呟く。
「どうしたんだ?」
いつの間にか神威が隣に立ち心配そうに洋介を見ている。
「洋介?」
「神威?」
ぎこちなく神威に顔を向けた。
「俺…
今日、何か変かも…」
それだけ言うのがやっとで俯く。
「何があった?」
神威の手が洋介の肩に触れる。
「何を見た?」
その言葉に洋介が顔を上げた。
「先程、部屋に入ってきた時。
そして、今。
何か見えたんじゃないのか?」
穏やかな口調で神威が問い掛ける。
洋介は黙ったままだ。
触れた手から神威の体温が伝わってくる。
説明したいのに混乱が言葉を奪っていく。
「無理には聞かない。
ただ…
とりあえず、食事をしないか?」
洋介の混乱を察知したのか、神威は話題を一時逸らす。
「さあ、座って」
両肩に手を置くと座るように促す。
「う、うん…」
やっと出せた言葉はそれだけだった。
座ったのを確認すると神威はトレイにのせられた物を洋介の前に並べていく。
洋介はもう一度、真剣な目で窓ガラスを見つめた。
先程見えた顔は跡形もなく消えている。
並べ終えると神威は自分の席に着く。
「お前に真剣な顔は似合わないぞ」
「え?」
掛けられた言葉にぽかんと口を開けた。
「そうだ。
お前にはその間抜け顔の方が似合っている。
さあ、食べよう」
くすりと笑うとカップを手にした。
「ひどいよ…」
洋介が力なく抵抗する。
「事実だろ?」
「俺だってたまにはマジになる事だってあるよ…」
「ちゃんと分かっているさ」
前を見ると神威は優しく笑っている。
その笑顔に混乱が解けていく。
「食べないのか?」
神威が大袈裟に顔を傾ける。
「食べるに決まってるじゃん!」
フォークを掴み無造作にサラダに突き刺す。
そのままフォークの先の野菜を口に放り込む。
「洋介。
昨日の事なんだが…」
もごもごと口を動かしながら神威を見る。
神威は照れくさそうに視線を窓に移した。
「実は…
帰って来た時の記憶がないんだが…」
慎重に言葉を選ぶように先を続ける。
「私は…
何かしなかったか?」
微かに頬が赤らんでいる。
洋介はそんな神威を可愛いと心から思う。
気が着くと混乱は姿を消していた。
「あのね!
…あ!」
帰って来た時の状況を説明しようとした時、下にいる四人の怒った顔が浮かぶ。
「え〜っと…」
『正直に話したらみんなに怒られちゃう…』
「普通に自分で部屋に戻って寝ちゃったみたいだよ」
ぎこちない言葉に神威が疑いの視線を向けてくる。
「本当か?」
「本当だよ!
俺と旬と竜也はリビングにいて、悠は部屋でDVD見てたみたいでさ。
誰も帰ってきたのに気付かなかったんだよ!」
嘘をつくのが下手な洋介は自然と声が大きくなる。
「で、翔は悠の部屋に行って一緒に朝まで映画鑑賞してたんだって!」
神威は黙ったまま、じっと洋介を見つめていた。
誤魔化す様に洋介は両手を広げおどけてみせる。
「キモいよね〜?
男二人で朝まで映画鑑賞なんてさ!」
「確かにキモいな…」
微かに笑うと神威はフォークを手にした。
オムレツを口に運びながら、窓ガラスをちらりと見る。
その様子に気付いた洋介は黙り込んでしまった。
沈黙のまま、一通り食事を終えると神威が煙草に火を点けた。
目の前に紫煙が漂う。
オレンジジュースを口にしていた洋介がこほんと咳払いをする。
「すまない。
煙たかったか?」
「ううん、そうじゃないよ…
そうじゃなくて…」
必死に言葉を選んでいる様子の洋介を神威が再び見つめる。
「あのさ…」
適切な言葉が見つけられないのか、洋介は下を向いてしまった。
それでも神威は黙って次の言葉を待つ。
「あのさ…
神威は最初に力がさ…」
決心したように拳を握り締め神威を真っ直ぐ見つめる。
「神威は最初に力が発動した時、どう思った?」
発した言葉がちゃんと伝わったのか心配になってしまう。
神威は持っていた煙草を灰皿に押し付けた。
「初めて力を使った時は怖かった」
意外な答えに洋介が驚いた顔をする。
静かな声で神威は先を続ける。
「自分にはこんな力がある。
自分は普通の人間とは違う。
そう思うと自分一人だけが世界から取り残されたような気になって…」
遠い目で軽い溜息を付く。
「無性に怖くなった」
次の煙草に火を点けると深く吸い込んだ。
その様子を洋介は真剣な表情で見つめる。
「神威も怖いって思う事もあるんだね」
「当たり前だ。
普通ではないが、一応は人間だからな」
「そうだったね」
互いに笑いあう。
そのやり取りに緊張がほぐれた洋介は身を乗り出す。
「怖いって気持ちはどうやって消したの?」
「消えてなんかないさ」
「え?
そうなの?」
「そんな風には見えないか?」
悪戯な笑みを浮かべる。
「今でも怖いと思う気持ちは変わらない。
しかし、その気持ちに負ける訳にはいかない」
窓の外を見ながら神威は何かを思い出しているようだった。
「自分の力に対する恐怖はどうやっても消せなかった。
だが、恐怖に負ければ力を制御出来なくなる。
そうなれば自分はもちろん、周りの者も傷つけてしまう。
そんな事になれば恐怖は更に大きくなる。
やがて、完全に飲み込まれてしまう」
そこまで言うと洋介に顔を向ける。
「そうならない為に。
恐怖に負けない為に。
日々の鍛錬を怠らないんだ」
煙草を消すと洋介の頬に右手を当てる。
「私だけじゃない。
翔、旬、悠。
そして、竜也だって。
そう思っているはずだ」
「竜也も?」
「ああ。
お前の兄もだ」
そのまま洋介の頬を軽く摘む。
「お前だけじゃない。
それに…」
優しく笑う。
「お前が恐怖に負けないように、支える為に私達は傍にいるんだ」
その言葉に洋介の目に涙が浮かぶ。
「どんな時でも決してその事を忘れるな」
落ちた涙を拭ってやると、洋介は何度も頷きながら子供の様に笑った。
「お〜い?」
ドアの向こうから悠の暢気な声が聞こえてくる。
「神威?洋介?」
心配そうな旬の声が続く。
「騒いだせいでやられたんじゃないのか?」
「そうかもしれないな」
竜也と翔の推測がドア越しに丸聞こえだ。
神威はゆっくりと立ち上がるとドアに向かう。
一拍の間を開け勢いよく開けた。
苦笑を浮かべた神威の前に驚いた四人の顔が並んでいる。
「悪いが洋介は無事だぞ」
窓際の椅子に座る洋介を指差した。
四人はばたばたと窓際に向かい、無言で取り囲む。
俯いている洋介を覗き込んだ。
「お前、泣いてんのか?」
悠が洋介の頭を小突く。
「泣いてなんかないよ!」
鼻を真っ赤にした洋介が反抗する。
「神威ったら…
怒ったの?」
旬が振り返って問い掛けてきた。
「神威は怒ったりしてないよ!
俺が勝手に泣いただけだよ!」
立ち上がった洋介に押され悠がよろめく。
「やっぱ泣いたんじゃん」
「うるさいな〜」
二人のやり取りを微笑みながら見ていた神威に翔が視線を向けた。
「少しだけ昔話を聞かせてやっただけだ」
そう言うと、何となくその視線を避けるように神威は部屋を出て行こうとする。
「竜也。
洋介に力の制御や使い方を教えてやれ」
竜也が不可思議な顔で神威と洋介を交互に見る。
「まあ、そういう事だ」
神威は右手をひらひらさせながら部屋を後にした。
「やったな!」
「これからが勝負だな!」
神威が部屋を出ると、やっと意味を悟った悠と竜也が歓声を上げた。
「頑張るよ!!」
洋介が自慢気にピースサインを作る。
「途中で根を上げるなよ」
翔は優しく洋介の頭を撫でる。
「えへへ。
今日は朝から頭撫でられてばっかだ」
「たまには良いだろう?」
竜也が洋介の肩を抱く。
「本当に騒がしい奴らだな」
階段を降りる神威は小さく呟くと柔らかな表情を浮かべた。
蒼龍邸が明るい雰囲気に包まれている。
だが、旬だけは神威の後姿を見送ったまま笑ってはいなかった。