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『DIABOLOS』  作者: 神威
22/24

Chapter16

四方から滝の流れる音が遠く聞こえてくる。


12月20日、夕刻。


都心の高層ホテル。

その一階にあるティーラウンジ。

ラウンジ内はたくさんの観葉植物が置かれ、白を基調としたインテリアで統一されている。

ゆったりとしたソファーに広めのテーブル。

ラウンジの四方はガラス盤に囲まれ、その向こうには濃い黒色の大理石で出来た人工の滝が流れている。

透明な水が頂上から次々と止めどなく滴り落ちていく。


このホテルは真神財閥の傘下にある日本有数の高級ホテルだ。


神威と翔はラウンジの一番奥の席に並んで座っていた。

人工の滝を神威はぼんやりと眺めている。

低いテーブルには何冊かの書類が並べられていた。

神威は滝から書類に視線を移す。

目の前には二人のスーツ姿の男達。

先程から交互に熱弁を振るっていた。

翔が時折、それに意見や質問を挟んでいる。


男達は真神財閥の企業の幹部社員で、来年2月に始まる新たなプロジェクトの最終打ち合わせの為に集合していた。


「肝心な箇所が抜けているな」

それまで黙っていた神威が口を開く。

書類の一冊を手に取るとパラパラとページを捲った。

男達が緊張した顔付きで神威の様子を見る。

「現在までの買収成功率は?」

書類を見たまま神威が問う。

「九割といった所です」

年配の方の男が遠慮がちに答える。

「九割?

 それで先に進めようとしているのか?」

「しかし…

 それで十分かと…」

答えた男が口籠った。

神威は冷たい視線を送る。

「残りの一割はどうするつもりだ?

 このまま放っておくのか?」

書類をテーブルに投げ捨てる。

「しかし、相手も手強くて…」

男が取り出したハンカチで額の汗を拭う。

「手強くて落ちないから、とりあえず今は放っておく?

 それで?

 直前になって慌てるつもりか?」

「…」

男が無言で俯いた。

それに合わせ片方の若い男も俯いてしまう。

「手強いからこそ、真っ先に落としておく。

 でなければ、いざという時に牙を剥かれ全てを台無しにされる。

 面倒を後回しにするな」

真っ直ぐに男達を見た。


「顔を上げろ」

強い口調で言葉を続ける。

「手強いというが、株価の動きを始めとする表に出てくる情報だけを信用するな。

 あそこの社長と副社長にはうち主催のパーティーで会った事がある。

 話してみたが、社長は大した人物ではなかった。

 実際に実権を握り、会社を動かしているのは副社長の方だろう」

神威は注文されたコーヒーを一口すする。

「噂では副社長は無類の酒好きで女好きと聞く。

 それに私の印象では自意識過剰で虚栄心の強い男だった。

 ならば、夜の街もさぞや好きな事だろう。

 恐らくひいきにしている店、ひいきにしている女がいるはずだ」

真剣な表情で話を聞いている男達を神威はちらりと見る。

「すぐにそれを調べろ。

 見つけたら、店へ客を装い何度か出向いて女に話を聞け。

 所詮、あの程度の男がひいきにしている女だ。

 奴より高い金を使ってやれば何でも話してくれるだろう。

 このままにした事で出るだろう損害よりは安いものだ」

「しかし…

 そんな事で有力な情報が得られるんでしょうか?」

若い男が疑問を口にする。

それに神威が意味有り気にニヤリと笑った。

「お前達は女が接待してくれる店に飲みに行った事はないのか?」

「そりゃあ、何度かありますが…」

年配の男が答える。

「その店で女に会社の話をした事は?」

「い、いや…」

「隠さなくて良い」

「はあ…」

神威が煙草を取り出し火を点ける。

「成功は他者に称えられる程に価値を増す。

 だからこそ。

 それなりの仕事を成せば、それを誰かに話したいと思うもの。

 逆に愚痴などは他者に知られたくないと思うもの。

 だが、話さず内に抱え込めば大きなストレスになる。

 誰かに聞いて欲しいが、誰にでも話せる訳ではない。

 愚痴などは下手をすれば重大な弱みになる場合があるからな。

 そういう様々な事情を考慮すると、夜の女は聞き相手にはうってつけだ」

煙を吐き出すと年配の男に視線を送る。

「夜の女達は、どんな奴でもある程度の金を払えば酒の相手をする。

 どんな話でも嫌がらずに聞くし、大袈裟に感動したり共感してくれる。

 それが彼女達の仕事だからな。

 そして、基本的には聞いた話を外部には漏らさない。

 口の軽い女ばかりの店は信用をなくし、客は近寄らなくなるからな。

 万が一に漏れたとしても『酒の席での戯言』と言えばある程度は済まされる」

「なるほど!」

若い男がパンと手を叩く。

「しかし、副社長は会社の事を話したりしてるんでしょうか?」

年配の男が口を挟む。

神威はうんざりした様な溜息を付いた。

「お前は『しかし』が多過ぎるんだ。

 先程も言っただろう。

 『私の印象では自意識過剰で虚栄心の強い男だった』と。

 そんな男がちやほやとしてくれる場所で何も話さない訳がない。

 大方、かなりの装飾をして女に話して聞かせているだろうな」

灰皿に煙草を押し付ける。

身を乗り出し、軽く拳を握ると書類をコツコツと叩く。

「固定観念に囚われていてばかりでは新しい事など成し得ない。

 たまには変わった方向から攻めてみるのも成功の秘訣だ」

神威が男達をじっと見つめる。

「最近は特に忙しかっただろうからな。

 まあ、お前達も息抜きを兼ねて遊んで来い。

 会社の経費って奴でな」

男達がキョトンとした顔をする。

「ただし。

 しっかり情報を集め、必ず成果は挙げろ。

 社内の他の者達が経費の事で何か言い出したとしても、成果さえ上げられれば必要経費だったで通せる」

神威は書類をまとめると年配の男に手渡す。

「先の話をするのは残り一割を落としてからだ。

 お前達に自信がないなら、こちらでやるがどうする?」


「自信は他者から与えられる物ではなく、自分の中から搾り出す物だ。

 限界という物も他者が決めるのではなく、自分自身が決める物だ」


神威は男達に優しく笑いかける。

「どうするんだ?

 やるのか、やらないのか?

 出来るのか、出来ないのか?

 私はお前達に期待をしているんだがな…」

黙っている男達に答えを促す。

男達は顔を見合わせると大きく頷いた。

「やります。

 やらせてください!」

ラウンジ内に年配の男の興奮した声が響く。

その声に他の人々が驚き、神威達のいるテーブルを振り返る。

神威と翔が苦笑いを浮かべた。

「良い返事だ。

 そうと決まれば、早く結果を出せ。

 与えられる猶予は1ヶ月だ」

「十分です!」

目を輝かせて男が神威を見る。

「よし。

 ならば、さっさと行動に移せ。

 こんな所でグズグズしている暇はないぞ」

男達が再び頷くと立ち上がる。

「必ず、ご期待に応えます!」

「ああ。

 是非そうしてくれ」

神威も立ち上がると年配の男に手を差し出す。

「有り難き光栄です!」

感動で涙目になった年配の男が神威の手を握る。

「期待していますよ」

翔も立ち上がり、強い視線を二人に送った。

「僕も全力を尽くします!」

「ああ」

神威は手を引くと笑顔を浮かべソファーに座る。

「では。

 私達はこれで失礼します」

男達は深く礼をするとラウンジの出口に向かう。

翔はそれを見送ると神威の前に腰掛けた。


「単純な奴らだな」

二本目の煙草を咥える。

「仕方ありませんよ。

 神威様が社員に対して、あの様に長く話されるのは珍しいですからね」

翔が身を乗り出し火を点ける。

「たまには良いだろう。

 まあ、お陰で疲れたがな」

背もたれに身を預けると滝の方に視線を移した。

「コーヒーが冷めてしまいましたね。

 取り返させましょう」

翔はウエイトレスを呼ぶ為に手を上げた。

「いや、必要ない」

手に気付いて近寄ってきたウエイトレスに神威が首を横に振る。

「この後の予定はどうなっている?」

「今日はこれで終了です」

「そうか。

 なら、一杯付き合え」

そう言うとスッと立ち上がる。

「神威様?」

「行くぞ」

そのまま出口に向かって歩いて行く。


翔が慌てて後を追う。

出口で赤茶の髪の女と肩がぶつかった。

勢いで女の持っていた鞄が床に落ちる。

「すいません。

 大丈夫ですか?」

翔は頭を下げると鞄を拾い上げる。

女はそれを受け取るとにこりと微笑んだ。

「いいえ、大丈夫です。

 ありがとうございます」

「良かった。

 では、失礼します」

翔も微笑み返すとラウンジを後にする。

女はその後姿をじっと見据えていた。


「早くしろ」

神威はロビー手前で立ち止まり振り返る。

「申し訳ありません」

小走りで追いついてきた翔を確認すると、ロビーを横切りエレベーターホールに向かう。

「どこに行かれるんですか?」

「上だ」

短く答えると到着したエレベーターに乗り込む。

最上階のボタンを押すと翔を見上げた。

「部屋の方が良かったか?」

口元に意地悪な笑みを浮かべる。

「いいえ。

 バーラウンジの方が落ち着きます」

翔は壁にもたれると神威を見下ろす。

「こういう時は嘘でも同意するもんじゃないのか?」

「相手によりますよ」

その言葉に神威が背伸びをして翔に顔を近付けた。

「私じゃ不服か?」

「ええ」

目を逸らさずに神威を真っ直ぐに見つめる。

「理想の高い奴だな…」

神威はふんと鼻で笑うと体を離した。

それを見計らった様にエレベーターが目的の階に到着する。


「ようこそ、いらっしゃいませ」

ドアが開くと同時に黒服の男の声が聞こえてきた。

「これは真神様、桜塚様。

 お久しぶりで御座います」

黒服の男は二人の顔を確認すると深々と頭を下げた。

翔が二人分の上着を黒服の男に手渡す。

「ああ、久しぶりだな。

 いつもの席は空いているな?」

「ええ、勿論です。

 ご案内いたします」

黒服の男に促され二人は店内に足を踏み入れる。


ここは同ホテルの最上階にあるバーラウンジ。

完全な会員制で入れる人間は限られている。

カウンター越しに広く大きく取られた窓からは、周囲の夜景を一望する事が出来た。

一階のティーラウンジとは対照的にインテリアは全て黒を基調としている。

ゆったりとしたいくつかのボックス席。

中央には古いグランドピアノがあり、初老の男がスローテンポの曲を弾いていた。


「どうぞ」

カウンターの一番奥の席に到着すると、黒服の男は二人を振り返った。

神威が翔の引いた椅子に座る。

「桜塚様も」

黒服の男が神威の隣の椅子を引いた。

「ありがとう」

軽く頭を下げると腰掛ける。

「失礼します」

それを見届けると黒服の男は下がって行った。

「ご注文はいかがなされますか?」

カウンターの中にいたバーテンダーが二人の前にコースターを差し出す。

「バーボンをロックで。

 チェイサーは要らない」

「私はウーロン茶を」

「かしこまりました」

作業に取り掛かったバーテンダーを神威はじっと眺めている。

「たまには外で酒を飲むのも良いな」

煙草を取り出し自分で火を点ける。

一口深く吸い込むと翔に差し出した。

「お前は運転があるから飲めないんだったな」

仕方なく受け取ると口に運ぶ。

神威はにこりと笑うと再び煙草に火を点けた。

二人の紫煙がゆらりと漂う。

「さすがに星は見えないな…」

目の前に広がる夜の闇を見つめながら神威が呟いた。

「そうですね。

 屋敷と違ってここは都心部ですから」

翔もつられて闇を見つめる。


「お待たせいたしました」

バーテンダーが二人の前にそれぞれのグラスを置く。

神威はロックグラスを持ち上げて翔に笑いかける。

「お疲れ様でした」

翔もグラスを手にすると笑い返す。

「本当に疲れたな」

半分ほど口に含むと一気に流し込む。

喉を通るバーボンに熱を感じる。

「でも、熱く語る神威様は良かったですよ。

 皆に見せてやりたかった」

「余計な事は言うなよ」

神威は綺麗に並ぶグラスの中の氷を指で突付いた。

氷はカランと音を立て崩れる。

「分かっています。

 そんな事をしたら私が鬱陶しい目に遭いますよ」

「確かにそうだな」

残りの半分を飲み干すと、少し離れた場所にいるバーテンダーに手招きする。

「ボトルと氷を置いておいてくれ」

バーテンダーは頼まれた物を置くとその場を離れた。

神威はボトルを取ると自分のグラスに注ぐ。

「大丈夫ですか?

 ペースが早いですよ」

翔が困った顔をする。

「大丈夫だ」

心配そうに見つめる翔を無視して二杯目に口を付ける。

そんな神威に軽く溜息を付く。

二人の間を沈黙が支配する。


「そういえば、神威様」

少しの沈黙の後、翔が思い出したようにジャケットの内ポケットから白い封筒を取り出す。

嬉しそうな洋介の顔が思い返される。

「ん?

 何だ?」

五杯目のバーボンを口にしていた神威は、グラスを置くと不思議そうに封筒を受け取った。

すぐに中身を確認する。

「クラシックのコンサートか?」

「はい。

 知人に頂いたのですが…」

言い掛けてウーロン茶を一口飲む。

意を決して次の言葉を続ける。

「宜しかったら、ご一緒していただけませんか?」

「…」

神威は無言でチケットを見つめている。

「せっかく頂いたので行きたいのですが…

 日にちが日にちなので、一人では行きにくいですし…

 かと言って、他の者では間違えなく居眠りされてしまいますし…」

自然と語尾を濁してしまう。

「やはり、お嫌ですか?」

無言のままでいる神威に自然と断られた事を残念がる皆の顔が浮かんでくる。

「嫌じゃない…

 良いぞ…」

不意に小さな声で神威が答えた。

「え?」

意外な返事に翔が気の抜けた声を上げる。

「行ってやっても良いと言ったんだ」

「良いんですか?」

驚いている翔に神威が呆れた顔をする。

「誘っておいてその態度は何だ?」

「いえ…

 きっと断られると思っていましたので…」

「そう思うなら誘うな」

「申し訳ありません…」

翔が恥ずかしそうに下を向く。

神威はくすりと笑い声を漏らすと、グラスに残ったバーボンを飲み干した。

「そろそろ帰るか…」

「そうですね」

二人は同時に立ち上がった。


黒服の男が気付き近寄ってくる。

「もうお帰りですか?」

「ああ」

「では、上着をご用意いたします」

そのまま出口の方に向かっていく。

二人も後を追う。

「どうぞ。

 真神様、桜塚様」

「ありがとう」

上着を受け取るとエレベーターに乗り込む。

「またのお越しをお待ちしております」

黒服の男が笑顔で頭を下げる。

「ああ、また寄らしてもらう」

神威も笑顔で返すとエレベーターのドアが閉じた。


翔は一階のボタンを押すと壁にもたれている神威を見る。

「大丈夫ですか?

 だいぶ飲まれていた様ですが…」

「大丈夫だ」

短く答えると翔の視線を避けるように反対側の壁へ移動しようとする。

動いた拍子にカーペットに躓き足がもつれた。

「神威様!」

翔が倒れそうになった神威を咄嗟に支える。

間近にある互いの顔と絡み合う視線。

息遣いを肌に感じる程の近い距離。

「すまない…」

神威は不意に近くなってしまった距離に慌てて翔から離れる。

「いえ…」

重苦しい沈黙。

視線のやり場に困り、二人は階の表示板を見上げる。

そんな中、エレベーターはやっと一階に到着した。


「神威様、車を表に回してもらって来ます。

 ここで少し待っていて下さい」

翔が近くに設置されているソファーに神威を座らせた。

「ああ。

 早くしろよ」

ひらひらと手を振る神威に苦笑を浮かべると翔はロビーへ向かう。

「やはり、少し飲み過ぎたか…」

翔の後姿を見ている視界がぼんやりとしてくる。

「大丈夫ですか?」

突然、横から声を掛けられた。

振り返ると赤茶の髪を持った女が心配そうに神威を覗き込んでいる。

「気分が悪そうですけど…」

「いえ、大丈夫です。

 ありがとうございます」

神威が軽く頭を下げた。

「なら、良かった」

女は優しい笑顔を残してエレベーターホールの方へと去って行った。

『綺麗な女だったな…』

心の中で呟きながら女の去った方向を見つめる。

「神威様?

 どうかなさったんですか?」

ロビーから戻ってきた翔が不思議そうに神威を見下ろしている。

「いや、何でもないさ」

立ち上がると玄関に向かう。


外に出ると既に車はスロープに止まっていた。

翔が運転席に乗り込むとエンジンをかける。

「ありがとうございました」

ドアマンがそう言いながら助手席のドアを開けた。

神威は乗り込むと自らでドアを閉める。

それを確認すると翔はゆっくりと車を発進させた。


車内には静かなクラシックの音楽が流れている。

酒の酔いと暖房の心地良い暖かさも手伝って、激しい眠気に襲われる。

「神威様、眠いんじゃありませんか?」

うとうとし始めた神威に気付き、翔が音楽のボリュームを下げる。

「そうだな。

 悪いが着くまで眠らせてもらうよ」

シートを倒すと窓の方を向き目を閉じた。

「着いたら起こしますね」

既に眠りに落ちている神威に笑いかける。

自宅への帰路を急ぐ為、車のスピードを上げた。


「おかえり〜」

蒼龍邸の玄関に着くと勝手にドアが開いた。

車の音に気付いた洋介が迎えに出て来たのだ。

「って…

 ええ!?」

二人の姿に洋介が驚きの声を上げる。


自宅の駐車場に無事到着したのは良いが、神威は目を覚まさない。

「神威様、着きましたよ」

何度か声を掛けながら体を揺さ振ってみたが、一向に起きる気配がない。

途方に暮れてエンジンを切り、車から降りた。

観念して助手席のドアを開けると神威を抱き抱える。

足でドアを閉めると蒼龍邸に向かって歩き出した。


「静にしろ。

 神威様が目を覚ましてしまうだろう」

翔は洋介を睨むと小声で制する。

「あ、ごめん。

 ていうか…神威、寝てるの?」

洋介が翔の腕の中の神威を覗き込む。

「ああ、そうだ。

 良いから、ドアを開けてくれ」

「ほい、ほ〜い」

陽気な声を上げながら洋介がリビングに走って行く。

「おいおい…」

嫌な予感を感じて翔は溜息を付いた。


「なになに?

 洋介?」

洋介に手を引っ張られ引き摺られて来た旬が前方を見て立ち止まった。

「ど、どうしたの!?」

慌てて翔に駆け寄る。

「寝てるんだって」

洋介が後ろから声を掛けた。

「へ?

 寝てるの?」

「だいぶ飲んだからな」

翔の答えに旬が驚いた顔をする。

「酔って爆睡?

 珍しいね」

「疲れていたせいもあるんだろう」


「何だよ!洋介!」

何も知らない悠が大声を上げながら近付いてくる。

「何が大変なんだ?」

後に続いて竜也が顔を出した。

「し〜」

洋介が右手の指を一本立て口元に当てる。

「何がし〜だよ!

 って…は?」

翔達に気付き立ち止まった。

「何だ?」

竜也が悠の視線の先を辿る。

同じく驚いて立ち止まった。

「良いね〜

 みんな同じ反応♪

 神威、寝てるんだよ〜」

自慢気に洋介が説明する。

「お酒に飲まれちゃったみたいだよ」

旬が補足する。

その言葉に悠と竜也は顔を見合わせた。

「マジで?」

「神威がか?」

二人は翔に歩み寄ると神威をマジマジと見る。

「いい加減にしろ、お前達。

 神威様が起きてしまう」

翔は回りを一瞥すると、三階の神威の自室へ向かう。

「道を開けろ」

そのまま階段を上って行く。

「旬、悪いがドアを開けてくれ」

途中で旬を振り返る。

「了解」

返事をすると翔を追い越した。

「待ってよ〜」

洋介・竜也・悠も後に続き階段を上って行く。


神威の自室に着くと、旬がベットの掛け布団を捲る。

翔がそこに神威をそっと寝かせた。

「ほんとに爆睡だね」

布団を掛けながら旬が翔に言う。

「私も驚いたさ」

「でもさ。

 初めて寝顔見たかも…」

「確かに」

「人前だと眠らないからな」

洋介・悠・竜也がじっと神威の寝顔を見つめる。

「やっぱり可愛いなあ…」

ニコニコしながら洋介が神威の頬を突付く。

「こら。

 神威が起きちゃうよ」

「旬だってそう思うだろ?」

「う、うん。確かに。

 子供みたいで可愛いね」

「ていうか、女の子だな…」

「悠ったら、また…」

全員が改めてベットを覗き込んだ。

神威は皆に見られているとも知らず、安らかな寝息を立てている。

「顔がちゃっと赤くなってるよ」

再び洋介がちょんと頬を突付いた。

「もう!洋介!

 ダメだって」

旬が洋介の手を押さえる。

「お前達、そろそろ行くぞ」

「そうだな。

 今、起きられたらヤバいしな」

翔と悠がドアに向かう。

「そのままで目を覚ましたらシメられるぞ」

竜也も後を追った。

「でもさ〜」

「ほら、行くよ」

まだ名残惜しそうな洋介の腕を引っ張り、旬がドアに引き摺って行く。

「おやすみ、神威」

旬はにこりと微笑むと静かにドアを閉めた。


「どんくらい飲んだんだ?」

リビングに下りると悠が翔に問い掛けた。

「バーボンをロックで五杯だ」

ソファーに腰掛けながら返事をする。

「神威がその量で眠り込んでしまうとは珍しいな」

竜也が先程座っていた窓際の席に戻る。

「いつもはボトル二本くらい飲んでも平気なのにね」

コーヒーの用意をしながら旬が言った。

「あ!」

最後に入ってきた洋介が突然声を上げる。

「どうしたの?」

旬が不思議そうに首を傾げた。

「写メ撮れば良かったな…」

呟いた洋介に全員が呆れた顔をする。

「で、例の件はどうなったの?」

洋介の呟きを聞き流し旬が翔にコーヒーを手渡す。

「成功だ」

答えるとカップを受け取った。

「マジで?」

「やったな」

悠と竜也が感心した視線を翔に向ける。

「難しいと思っていたが。

 あっさり了承された」

翔が熱いコーヒーを口に運ぶ。

「そうなんだ。

 意外だね」

旬は隣に座ると翔を覗き込む。

「何かあった?」

「いや、何も。

 何でだ?」

「ううん。

 なら、良いよ」

「?」

「ねえ?

 買い物はいつ行く?」

洋介が二人の間に割り込んで来る。

「買い物?」

「パーティーのだよ!」

「ああ。

 明日にでも皆で行こうね」

「よ〜し!

 プレゼントは何にしよっかな〜」

「ふざけた物買ったら、また神威に怒られるよ」

旬がまと割りつく洋介を押し退け立ち上がる。

そのままドアに向かう。

「旬?

 何処行くの?」

背中に洋介の声を受けて振り返った。

パソコンを開いて見ている翔をちらりと目線を送る。

「僕も疲れたから部屋に戻るよ」

「ふ〜ん。

 じゃあ、また明日ね」

「うん。

 おやすみ」

笑顔で手を振ると部屋を後にした。


旬は自室のある二階にはすぐに戻らなかった。

三階の神威の部屋に迷わず入っていく。

ベットに近付くとしゃがみ込んだ。

「僕の前でも眠ったりしないのに…」

悲しい表情を浮かべ、寝顔を見つめる。

眠っている神威の頬に触れた。

「翔の前なら構わないんだね…」

いつもより熱い体温が指先から伝わる。

「僕じゃダメなのかな…?」

顔にかかっていた神威の髪を掻き上げると、その頬にそっと口付けた。

「ごめんね…

 やっぱり僕は…

 良い弟じゃ居られないよ…」

呟くと桜色の唇に自分の唇を重ねる。


一瞬の時間が永遠に感じられた。


旬は唇を離すと乱れた布団を直す。

「神威…良い夢を…」

もう一度、神威の頬に触れる。

立ち上がり出口に向かう。

静かにドアを閉めると部屋を後にした。


階段を降りる途中、三階の部屋を見上げる。

唇に残る神威の感触を思い出す。

固く閉ざされたドアに神威との距離を感じ、唇を噛み締めた。

























































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