Chapter13
翔、旬、竜也、洋介、悠。
五人は朱雀邸の最上階の翔の部屋に集合していた。
皆、無言で顔を突き合わせテーブルに付いている。
集合から彼是30分ほど経過している。
「で?洋介、全員に召集を掛けて何の用件だ?」
沈黙に絶えられなくなったのか、竜也が洋介に声を掛ける。
「そうだよ。わざわざ呼び出しかけてさ」
旬も洋介に問う。
しかし、洋介は答えようとしない。
椅子に体育座りをして何かの雑誌を読んでいる。
「おい、洋介。シカトしてんじゃねえよ!」
悠が声を荒げる。
「用がないなら自分の部屋に帰れ」
翔が冷たい視線を洋介に向ける。
それでも洋介は雑誌から目を離さず無言のままだ。
「いい加減にしろ。俺は部屋に戻る」
竜也が立ち上がる。
「悪いけど、僕も失礼するよ」
「無駄な時間を取らせやがって」
旬と悠も席を立ち、三人が出口に向かおうとする。
「あのさ?何で皆、そんなに苛ついてんの?」
その時、洋介がやっと声を発した。
三人が洋介を振り返る。
「何言ってんだ?お前が呼び出しといてシカトしてたからだろ?」
「そうだよ。洋介のせいだよ」
眉間に皺を寄せて旬と悠が答える。
「俺が言ってんのは今の事じゃないよ」
洋介が顔を上げる。
「なら、どういう意味だ?」
翔が洋介を見る。
読んでいたページを開いたまま雑誌をテーブルに伏せると、洋介は軽い溜息を吐いた。
「神威が苛ついてんのは昔からだから分かるけどさ。
いつも冷静な竜也や翔も。
いつも癒し系の旬も。
いつも暑苦しい悠も。
あれからずっと苛ついたまんま」
四人を交互に見渡す。
「何か格好悪いよ、皆」
言い放つとテーブルのコーヒーに手を伸ばした。
「ああ!?何ぬかしてんだよ!?」
悠が洋介の胸倉を掴み椅子から立たせようとする。
「本当の事だろ?」
その手を洋介が力任せに跳ね飛ばす。
弾みでカップが倒れ、黒いテーブルにコーヒーが広がる。
「何だと!?」
更に掴みかかろうとする悠を竜也が止めに入る。
「洋介、確かにお前の言う通りかもしれない。だが…」
「理由があるんだ、だろ?」
竜也の言葉を遮り洋介が続ける。
「隠槌神社の結界が壊された。
何か大きな事が起ころうとしてる。
神威はそれが何か分かってる。
だけど、俺達にはさっぱり分からない。
神威は何も話してくれない。
また、一人で抱え込もうとしている」
一息ついて再び四人を見渡す。
「神威の助けになりたいのに拒絶される。
何かしてやりたいのに何も出来ない。
いつも傍にいるのに頼ってくれない。
それがどうしようもなく悔しくて、どうしようもなく腹が立つ」
洋介の的確な言葉に図星を指され、四人は黙ったまま俯いている。
「思ってる事は俺も同じだよ。
俺だって…
何も出来ない自分にも、
何も言ってくれない神威にも、
結界壊した奴にも、
もの凄く腹が立つよ…」
無意識に拳を握り締める。
「だけど…苛々してるだけじゃ何も変わんない。
もし今、敵が来たらどうすんの?
俺達がこんなバラバラじゃ、神威は守れない」
「分かったような口聞くんじゃねえよ」
悠が洋介を睨みつける。
「分かってるよ。少なくても悠よりはね」
「ああ?お前、さっきから俺らに喧嘩売ってんのか!?」
「だったら何だよ?」
洋介も負けじと悠を睨んだ。
「今の悠には負けないよ。
竜也にも、翔にも、旬にも。
状況を見失って苛々してるだけの奴らにはね」
握った拳をテーブルに叩き付ける。
大きな音を立て倒れたカップが飛び跳ねる。
「かかってきなよ、悠。
相手になってやる。
何なら四人まとめてでもいいよ」
挑発的な言葉を投げる。
「いいだろ。
望み通り、買ってやるよ!」
向かい合う洋介と悠。
緊迫した空気が流れる。
「いい加減にしろ」
それまで黙っていた翔が二人を制する。
「洋介、お前の言う通りだ。
だが私達にはどうしようもない」
洋介を見上げる。
「神威様は変わらない」
「何でそう思うの?」
翔は煙草に火を点け深く吸い込んだ。
「僕もそう思うな」
同じく黙ってやり取りを見ていた旬が椅子に腰掛ける。
「神威は変わらない。
今までと同じ。
これからもね」
冷めてしまったコーヒーを口に運ぶ。
竜也は無言のまま元の席に戻る。
「だから。
何でそう思うの?」
洋介は尚も食い下がる。
「何で、諦めてんの?」
「諦めてる訳じゃねえよ」
悠は椅子を引き寄せると、乱暴に座りテーブルに足を投げ出す。
「変わらないもんはどうしようもねえだろ?」
「それを諦めてるって言ってるんだよ。
どうしようもない、何も出来ない。
そうやって言い訳して、投げ出して、逃げてるだけじゃん。
俺達が諦めて、投げ出して、逃げたら…」
再び握り締めた拳が強い力に白くなる。
「神威は…
本当に一人になっちゃうんだよ…」
俯いた洋介の体が小刻みに震え出す。
「神威は…俺達がこんなに悩んでるのも知らないでさ。
いつも俺達の事を守ろうとしてくれてる。
それこそ命懸けで…
馬鹿みたいに無理してさ…」
今まで抑えていた思いが溢れ出す。
「あんなに強くて格好良いのに…
怖くて意地っ張りで…
辛い時に辛いって言えなくて、一人で抱え込んで…
俺達に心配掛けない為に何にも言わずにいるのが良いんだって。
勝手に大きな勘違いしちゃってさ…」
堪えていた涙が溜まらず流れ出す。
「でも…
あんなでも…
神威は女の子なんだよ…
女の子は男が守ってやんなきゃ駄目なんだよ…」
腕で涙を拭うと顔を上げる。
「俺達が神威を守ってやんなきゃ。
誰が守るんだよ!」
強い洋介の声に四人も顔を上げる。
「洋介、泣くんじゃねえよ」
悠が無愛想に言う。
「泣いてない!」
「泣いてんだろうが?」
「泣いてないってば!」
竜也が立ち上がり洋介の肩を優しく叩く。
「洋介、お前の言いたい事はよく分かった。
とにかく座れよ」
椅子を引き洋介を座らせる。
自分も隣に座ると洋介の顔を覗き込む。
「俺達だって同じ気持ちだ。
ただ大きな出来事があったせいで、動揺して少し見失っただけだ。
諦めたり、逃げたりしている訳じゃない」
「そうだよ。
俺らが神威を見捨てる訳ねえじゃん」
悠が洋介の頭を軽く小突く。
「時にはこんな風に迷ったり、苛々したりする事だってある。
それでも、僕達はずっと神威の傍にいる。
諦めないし、逃げない。
神威を一人になんかしない」
旬が決意を込めて優しく洋介を見る。
「神威の事、一番分かってるのは僕達だけだろ?」
「そうそう。
神威のわがままに着いていけんのも俺らだけだ」
悠が洋介の肩を抱いて笑う。
「へへ…
皆…ちゃんと分かってんじゃん」
鼻を啜りながら洋介もつられて笑う。
「お前、泣き虫だな」
「悠は怒り虫だよ」
「うるせえよ、泣き虫洋介〜」
「何だよ!怒り虫悠!」
「まあまあ。
二人とも、喧嘩は終わり。
コーヒー、入れ直そうね」
旬が全員のカップをトレイに載せ始める。
「ほら、洋介。
零したコーヒー拭いて」
「うん!」
洋介は素直に返事をすると立ち上がる。
「お前は本当に切り替え早いな」
「切り替えが早いと言うより単純なだけだ。
弟ながら関心するな」
「ふ〜ん。
皆が複雑過ぎるんだよ!
だからズルズルになるんだ」
洋介がテーブルを吹きながら反論する。
「確かにそうだね。
僕達も少しは洋介の単純さを見習わなくちゃね」
入れ直したコーヒーを全員に配っていた旬が横槍を入れる。
「でもさ、女の子はないんじゃね?」
「女の子って言うより女、だな」
「ていうか、アマゾネス?」
カップを受け取った悠と竜也が顔を見合わせ笑い出す。
「何言ってんだよ!
神威は女の子だよ!」
椅子に座りなおした洋介が頬を膨らませる。
「あんな強い女の子がいるかよ?
あれはアマゾネスだって」
「そんな事ない!
神威は体細いしさ。
それに…」
「それに?」
「それに何だ?」
口籠る洋介に悠と竜也が声を揃えて聞く。
「それに…
凄く、可愛いし…」
真っ赤になって俯く。
「お前さあ…
単純な上に」
「馬鹿だな」
悠と竜也は呆れた顔で洋介を見る。
「何だよ、もう!
皆だってそう思ってるだろ?!」
必死に反論する。
「まあまあ、洋介。
熱くならないの」
旬が笑いを堪えて間に入る。
「でも、絶対に神威に女の子とか可愛いとか言っちゃ駄目だよ」
「そうそう。
面と向かってそんな事言った日には…」
「確実に、殺されるぞ」
旬、悠、竜也はわざと真剣な顔で洋介を見る。
「可愛いって言われて怒る女の子はいないよ!
第一、神威はそんな事じゃ怒んないもん!」
「なら、言って来いよ〜」
「怒っても俺は助けてやらんぞ」
「僕も♪」
「神威は優しいから怒んないよ!
ね、翔?」
三人に苛められて溜まらず翔に助けを求める。
「…?翔?」
しかし、翔は四人のやり取りを聞いていなかったのか。
無言で三本目の煙草の炎を見つめている。
「翔?どうかしたの?」
旬が翔の肩に触れる。
洋介達も不思議そうに翔を見つめている。
「翔?」
長くなった灰が組んだ膝に落ちる。
「…何でもない…」
一言だけ発すると落ちた灰を掃う。
「でも…何だか変だよ。
さっきから黙ったままだし…」
「何でもないと言っているだろう」
肩に置かれた旬の手を振り払うと、部屋を出て行く為に立ち上がる。
「俺、何か変な事言った?」
翔の様子に洋介が心配そうに声を掛ける。
「お前は何も間違ったことは言っていない」
それだけ言うと翔は部屋を出て行ってしまった。
「翔、どうしちゃったのかな?
俺が怒らせちゃったのかな?」
乱暴に閉められたドアを見つめ、不安気に洋介が呟く。
「お前のせいじゃないだろ?
しかし、翔があんな態度を取るのは珍しいな」
「さあな。
生理なんじゃないの?」
「悠、冗談になってないぞ」
「知らねえよ…」
竜也と悠が互いに首を傾げる。
旬はただドアを見つめていた。
部屋から出た翔は真っ直ぐに池に向かっていた。
どうしようもない苛立ちで体が震える。
その苛立ちは洋介達に対してのモノではなかった。
ましてや神威に対してのモノでもない。
洋介達の言葉に触発され過去の記憶が湧き上がってくる。
『私が神威を守る。
決してあの子を一人にはしない』
低く澄んだ男の声が頭の中に響く。
『翔…
神威を守れるのはお前じゃない』
池に辿り着くと桜の大木に歩み寄る。
『神威が必要としているのは…』
先日の神威の唇の感触と体温が脳裏に蘇る。
『お前じゃない』
回想を消すように男の声が木霊する。
声を振り払うように力任せに拳を大木に叩きつけた。
鈍い痛みが腕を伝う。
「私は…」
叩き付けた拳に更に力を込める。
「私はあなたのようにはならない」
流れ出した血が大木を滑り落ちる。
「あなたのように、誓いを破ったりはしない」
大木の傍らに男の姿が薄っすらと陽炎のように浮かび上がった。
翔はその陽炎を強く睨みつける。
「あなたにだけは神威様は渡さない」
嘲笑う様に陽炎が揺れる。
「決して負けない」
血に染まった拳を陽炎に向かって突き出す。
「蒼一郎!お前だけには!」
叫んだ声に陽炎は姿を消した。
翔は唇を噛み締め、完全に消えた陽炎をいつまでも睨み続けていた。
それと同じ時刻。
都心ビルの地下の球体の水槽で眠る男はゆっくりと目を開いた。
『翔…お前は何も変わらないな…』
暖かい水に漂う。
『変わらず…身の程知らずのままだ…
嬉しいよ…』
いくつもの水泡が浮上する。
『もうすぐ、神威を迎えに行く…
それまでは…神威の傍に居させてやる…』
蒼一郎は禍々しい笑みを浮かべると再び目を閉じた。