Chapter9
静かな深緑の丘に貴方と私は佇んでいる。
辺りを照らす優しく柔らかな日差し。
『もし、永遠の時間を手に入れられたなら…』
穏やかに吹く風が貴方の澄んだ声を私の耳へと運ぶ。
『もし、永遠の命を手に入れられたなら…』
振り向いた貴方が微笑む。
『世界の終わりを…君と…』
貴方は手を差し伸べる。
私は貴方に微笑み返し、差し出された手を握る。
『世界の終わりを、君と、この眼で見届けたい…』
抱き締められた暖かな感触が私の全身を包み込む。
7月8日、早朝。
神威・翔・旬・悠は自宅から車で30分ほどの距離にある場所に来ていた。
‐隠槌神社‐
代々、悠の家である東条家が管理している。
表向きは神社だが、といっても神を祀っているわけではない。
実際は遠い古に張られた結界を護る為に造られたものだ。
火・水・土・風・金属。
この世界を司る5つの要素。
真神の初代当主はまだ力の不安定だった世界を護る為、それらの力を母体とし霊力の強い土地にそれぞれ『5つの結界』を張った。
『5つの結界』は互いに支え合い、この世の均衡を保つ。
そして、異質や邪悪な力による人災等から世界や人々を護る。
それが『5つの結界』の役目。
結界の力は今だに現存し、真神家・桜塚家・如月家・東条家により管理されている。
神社を前にし、4人は言葉を失い茫然と立ち尽くした。
入口にあったはずの茶の石鳥居は粉々に砕け、辺り一面に散らばっている。
その向こう側には無残に全壊した社。
境内の木々は落雷が直撃したかの様に全て縦半分に折れ倒れている。
地面には社を中心に四方に広がる裂け目。
昨夜の地震は激しい揺れとは裏腹にほとんど被害は出ていない。
唯一、この隠槌神社を除いては…
「神威様…」
翔が隣に立つ神威を見る。
神威は険しい眼で倒壊した社を見つめている。「…嘘、だろ…?」
少し前に居た悠が絞りだすように呟き、神威を振り向く。
「まさか…本当に結界が…」
「破られたんだ…」
神威はそう言うと社に向かって歩きだす。
3人は折れた木々を避けながら後を追う。
社の直前で神威がふと足を止めた。
「どうしたの?」
旬が首を傾げ問い掛ける。
「動くな」
「…?」
「小賢しい真似をしおって…」
神威は苦々しく唇を噛んだ。
意味が分からず、近づこうとする3人を神威が右手で制す。
すると突然、地面の裂け目から黒の炎が立ち上る。
炎は無数の蛇の姿を形作り、頭をもたげると真っすぐ4人に襲い掛かってくる。
咄嗟に力で防御壁を張る翔・旬・悠。
だが、神威は無防備のままで立っている。
「神威様!」
翔が神威の前に防御壁を張り、傍に駆け寄ろうとする。
「オン・バザラ・タマク・カン・ヤキシャ・ウン」
翔が動くと同時に神威の真言が境内に響く。
「消え失せろ」
左手に拳を握り、前へと突き出す。
拳の先から放たれた白の光が無数の球体となり、翔の張った防御壁を突き抜ける。
そのまま疾いスピードで蛇に向かって飛んでいく。
それぞれの球体は蛇に辿り着くと全てを飲み込み『バン』と音を立て弾け空中に霧散した。
「神威、今のは?」
旬は防御壁を解除すると神威に駆け寄る。
「罠だ。力のある者がここに踏み込めば術が発動するように仕込んでいたんだ」「一体、何者が…?」
翔が裂け目を注意深く覗き込む。
「さあな。社の中央が見たい。瓦礫を退けてくれ」
神威が崩れた社を指差す。
翔と旬は頷くと社に向かって両手を伸ばす。
「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・マカキャラヤ・ソワカ!」
二人の声が重なる。
差し出した手から橙の光が現れ、三角錐の形を作り社全体を包み込んだ。
散乱した瓦礫が三角錐の上部に引き付けられていく。
社を形成していた物質が全て頂上に集まったのを確認すると、二人は互いに顔を見合わせ頷いた。
「オン・バサラ・ドースチ・マット!」
声と共に三角錐は瓦礫を抱え込んだまま小さくなり、二人の前に着地した。
「悠、封印を解除しろ」
神威は後ろで茫然としている悠に声をかける。
悠はヨロヨロと社の中央部分に歩み寄り地面に向かい手をかざす。
「バザラ・ヤキシャ・ナウボ・ソトティ」
手から茶の光が地面に向かい放たれる。
それはゆっくりと地面を這い円形の文様を浮かび上がらせた。
悠は文様の中心に駆け寄る。
「…土の…結界鏡が…」
そこには宝飾か施され、中央に茶の石が埋め込まれた鏡があった。
神威達も鏡を覗き込む。
皆の眼に写ったのは石ごと真っ二つに別れた鏡。
「馬鹿な…社内に侵入した上、結界鏡が破壊されるなんてよ…」
悠は鏡の前に座り込んだ。
「俺の力が足りなかったせいだ…」
力一杯、拳を地面に叩きつける。
神威は悠の肩に手を置くと静かに言った。
「お前のせいではない。おそらく相手は以前から準備を整えいたのだろう。それに…」
一つため息を吐く。
「かなり力の強い者だ。おそらく土属性の力を持っている」
悠は神威を見上げる。
「悠、完全に結界は破壊されている。しかし、このままにしてはおけない。せめて、少しでいい。結界を修復してくれ」
悠は意を決し立ち上がる。
「時間は多少かかるがやる。翔・旬、手伝ってくれ」
そう言うと悠と旬は結界再生の準備を始める。
神威は動き出した三人を見届けると三角錐に歩み寄った。
「まさか…あの時に…終わってはいなかったのか…?」
三角錐の中を浮遊する瓦礫を見つめながら、再び唇を噛み締めた。