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『DIABOLOS』  作者: 神威
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Chapter8

7月7日、夜。

夕方まで降り続いた雨は嘘の様にやみ、空を支配していた雲はどこかへとかき消されていた。

夜空には無数の星で出来上がった川が横たわっている。

天の川と少し欠けた満月で辺りはいつもより明るい。


蒼龍邸の前のテラス。

飾り立てられた笹の周りにはテーブルセットとバーベキュー用のコンロ、ビール等の飲み物が入った大きなアイスクーラーが設置されている。辺りには肉や野菜の焼ける匂いと煙が充満している。

翔・旬・悠・竜也・洋介はそれぞれ色違いの浴衣に着替えている。

「おぉ!すげぇ〜!すげぇ〜!」

先程からずっと空を仰ぎ洋介は同じ感嘆の言葉を繰り返している。

主語がない為、何を凄いと言っているのかがよく分からない。

「確かに晴れたな」

悠は焼けたばかりの肉を頬張っていたが、洋介と同じ様に空を見上げる。

「綺麗だねぇ」

「そうだな」

旬と竜也も見上げる。

「神威は?まだなの?」旬が翔を振り向き尋ねた。

「それそろ来られると思いますよ」

「楽しみだね」

旬は意味ありげな笑みを翔に向ける。

「ねえねえ?神威はまだぁ?」

洋介が缶ビールを片手に翔にまとわり付く。

翔は虫をはらう素振りをしながら答える。

「もうすぐだ」

「そういえば…翔の短冊は?みんな、提出して笹にぶら下げたんだよ?」

翔は微かに俯いたがすぐに顔を上げる。

「短冊をなくした。第一、私には叶えてほしい願いはない」

「なんだよ、それ?一人だけズルいよ!ちゃんと書いてよ〜」

ポケットから予備の短冊を取出し翔に押しつける。

「必要ない」

単語で答えるが洋介は引き下がらない。

「だ〜め!ほらぁ〜」

「いい加減、しつこいぞ」

語尾を強くして睨む。

「洋介、やめろ。そんなのは無理に書くモノじゃないだろう?」

竜也の言葉に洋介は頬を膨らませる。

「あ、神威…」

旬の言葉に全員が振り向く。

目線の先に神威が芝生の上をこちらに向かい歩いてくる。

(みな)は言葉を失い神威を見つめている。

「どうしたんだ?」

辿り着いた神威が皆を見回し不思議そうな顔をする。

「いや…久しぶりに浴衣…」

旬が口籠もる。

「綺麗だよ!神威!久しぶりに浴衣姿、見たけど!綺麗だよ!織姫ちゃんみたい!」

洋介が旬の代弁をする。



確かに浴衣姿の神威は美しかった。白地に何匹かの小さな黒い蝶が遠慮がちに飛んでいる。

薔薇の刺繍が施された濃紺の帯が白を更に引き立てる。

長い黒髪は後ろですっきりとまとめられている為、(あらわ)になった細い首筋が襟から剥き出しなっている。

体を纏う浴衣の白に月の光が反射し、まるで全身から光を放っている様に見える。


神威は気恥ずかしさから、一斉に向けられた視線を避ける様に笹に近付いていく。

目の前にぶら下がった短冊を手に取り読んでいる。

それは竜也が書いたモノ。短冊には『洋介の頭がもっともっと良くなる様に!』と几帳面な字で書かれていた。

「その通りだな」

くすりと笑う。

次に少し上にある短冊を見る。

『全員で仲良く、平和に歳を取っていけます様に』

悠の達筆で大きな文字が短冊いっぱいに広がっている。

「そうなれば幸せだな」

今度はその隣にある短冊に視線を動かす。

『神威がもっと笑ってくれます様に。』

丁寧な文字の短冊は旬のモノだ。

神威はそれに関しては何もコメントせずに皆を振り返る。

「翔と洋介のはどこにあるんだ?」

男衆は今だに固まったままである。

神威は苦笑しながらもう一度問い掛ける。

「翔と洋介の短冊はどこにあるんだ?」

その声に洋介が反応する。神威に走り寄ると笹の天辺を指差す。

「俺のあそこだよ!」

あまりに高過ぎて短冊の文字が読めない。

「ずいぶん高い所にしたな」

「だってさ。高い所の方が願いが叶う確立が高そうじゃん?」

洋介が自慢気に胸を張る。

「そういうモノか?」

「そういうモノだよ!」

更に胸を張る。

「何て書いたんだ?」

洋介は少し戸惑いを見せたがすぐに真顔になり答える。

「宇宙一、可愛いお嫁さんをください!あと…琵琶湖サイズのプリンを食べたい★」

神威は頭を抱えるマネをする。

「まあ、お前らしいな。良い願いだ」

自然と語尾に笑いが含まれてしまう。

「ひど〜い!神威、馬鹿にしてない?」

「してないさ。心からそう思っている」

「嘘だぁ〜?絶対に馬鹿にしてるよ!」

洋介が再び頬を膨らませる。

神威はそんな洋介から翔に目線を移す。

「翔のはどこだ?書かなかったのか?」

慌ててぎこちなく頷く翔。

「俺には叶えてほしい願いはない!とか言って短冊捨てちゃったんだよ」

神威の後ろに隠れた洋介が代返する。

「捨てたんじゃなくて、なくしたって言ってただろ?」

悠が訂正する。

神威は

「本当になくしたんだろう」

と言いながら、テーブルセットに向き直る。我に返った翔が急いで椅子を引く。

「ありがとう」

微笑みを浮かべ引かれた椅子に座る。

翔・悠・竜也も同じく席に着く。

旬はアイスクーラーからビールを取出し神威に手渡した。

受け取ったビールの栓を開けるとプシュっと気持ちの良い音がする。

「神威の短冊は?」

前に座る悠が尋ねる。

神威はビールを一口飲むと首を振った。

「私もなくしてしまった」

その答えを聞いて洋介が

「なら…」

と先程の様に予備の短冊と筆ペンを取出す。

神威は黙ったまま出された物を見つめている。

「神威は書いてよ!願い事!ね?早く早く!」

洋介が神威を急かす。

「いいじゃないか、無理に書かなくとも」

翔が洋介を制する。

「そうだよ」

旬が皿に肉や野菜を取り分けながら同意する。

「なんだよ〜俺、神威の願い事が知りたい!みんなだって同じくせに!」

子供の様な真直ぐな眼を向けられる。

神威は観念したのか筆ペンを手に取る。

スラスラと何かを書いていく。

「ほら。これが私の願いだ」

洋介の目の前に短冊を突き出す。

全員が注目する。

短冊には大きく『家内安全。無病息災。』とだけ書かれている。

「お前のより高い所に吊しておけ」

きょとんとした洋介の手に短冊を握らせる。

「なんだよ、これ?!」

「願い事だ」

洋介は納得できないと反論する。

「ウソー!全然、色気な〜い!」

「願い事に色気もあるか。良いからさっさと吊せ。早くしないと…」

洋介の浴衣の襟を持ち上げると顔を近付ける。

「お前を吊すぞ」

「チェッ!せっかく織姫ちゃんみたいに綺麗なのに…怖いのは変わってないよ…」

ブツブツ言いながら脚立を用意する洋介を全員が微笑ましく眺めていた。


「それにしても綺麗だね」

一通り食べ終えた後、旬がビールを飲みながら空を見る。

「神威様の言う通り、本当に晴れましたね」

翔が神威にビールを渡す。

「当たり前だよ!神威の言う事に間違えないもん!ね?」

赤い洋介の顔が神威に向く。

「おい、飲み過ぎだぞ」

竜也が握られたビールを奪おうとするが洋介は抵抗する。

「大丈夫だって!あ!そうだ!」

突然、思い出した様に邸内に走っていく。

「あいつは素面でも酔っても変わらないな」

悠が洋介の後ろ姿にぼやく。

「また何かやるつもりだろ?」

「でしょうね」

神威と翔が顔を見合わせる。


しばらくして両手に大きな紙袋を二つ抱えた洋介がテラスに戻ってくる。

「お〜い!誰か手伝ってよ〜」

紙袋で顔が隠れてしまっている洋介が情けない声をあげる。

「しかたないな」

竜也は歩み寄ると紙袋を一つ受け取る。

中にはたくさんの家庭用・打ち上げ花火が詰め込まれている。

「締めはやっぱり花火でしょう?」

洋介が空いた片手でピースサインを作る。

「すげえな。こんなにどうしたんだよ?」

袋を覗き込んで悠が感嘆の声を上げる。

「今日の為に用意したんだよ」

袋を置いた洋介が今度は両手でピースする。

旬も袋を覗き込んでいる。

「さ、やろやろ!俺と悠が火付け役ね」

「洋介、たまには気の利いた事するじゃん」

洋介と悠が花火を並べていく。

「たまには、じゃないよ〜だ!」

「たまには、だ!」

二人は言い争いながらも一通り一列に花火を並び終え、ジッポライターの炎を確認する。

「じゃあ、いくよ〜」

左右から一つづつ花火が点火されていく。

「たまや〜」

洋介の声と花火の爆音がこだまする。

夜空に勢い良く放たれた炎は様々な色を持った様々な形に変化する。

「おお〜たまや〜」

花火が開くのに合わせ、旬も掛け声をかける。

「たまや〜」

竜也や悠も加わり4人で合唱する。

「綺麗ですね」

隣の神威に翔は声をかける。

だが、神威は答えずに身動き一つせず空を見上げている。

瞬きを忘れた瞳に天空を舞う花が反射している。

「神威様?」

改めて呼び掛けるが神威は動かない。

細い肩に手を掛けようとした瞬間…


ゴオン!


花火の爆音とは異なる音が辺りに響き渡る。


ゴオン!


強い振動が大地を襲う。

「…?!なんだ?!」

突然の轟音と振動に感覚を奪われる。


ゴオン!ゴオン!


バーベキューのコンロが激しく転倒する。

慌てて竜也がアイスクーラーの氷をコンロに投げ込む。

「神威!危険です!伏せて下さい!」

翔が神威に向かって叫ぶ。

「神威!危ないよ!」

「神威!どうしたんだ!?」

揺れる大地に足を捕られ蹲っていた洋介と悠が続けて叫ぶ。

「神威!神威!しっかりして!」

旬が必死に神威に近付こうとするが、振動の激しさで前に進めない。

「神威様!」

翔は神威に手を伸ばす。

浴衣の裾を引き寄せ、庇う様にして覆い被さる。

腕の中の神威は天空の一点を凝視したまま動かない。

驚愕に見開かれた瞳。

何を見ているのかと見上げると、そこには月を飲み込まんと醜く歪んだ夜空が眼に入った。

「…!竜也!」

翔の声に竜也が天を仰ぐ。

「何だ、あれは!?」

他の三人も同時に空を見る。

「空が…空が!」

洋介は慌てふためき悠の腕を掴んだ。


「………!」

まさに月が歪みに飲み込まれる寸前、白の光が天を貫いた。

光の先を辿ると、翔の腕から立ち上がり左手を高く上げた神威がいる。

「オン・バザラ・ハンドマ・タクマ・カン…」

神威の唇から静かに真言が紡ぎ出される。

「オン・バザラ・ハンドマ・タクマ・カン!」

左手に着けられた白金製の腕輪から放たれた白の光が声とともに輝きを増す。

光は逆に歪みを飲み込んでいく。

次第に歪みは消え、大地を襲っていた振動も激しさを失っていった。


「神威様!」

辺りが静かになったと同時に神威が倒れ込む。

咄嗟に翔が体を受け止める。

旬達も傍に駆け寄り顔を覗き込む。

全身には大量の汗をかいており、白の浴衣越しに鼓動が伝わってくる。

血の気の引いた顔。

荒い呼吸を繰り返しながら、瞳がゆっくりと焦点を取り戻し始める。

「神威様?」

翔の声に反応して唇が動く。

「結界が…封印が…」

一同が唇の動きを注視する。

神威の左手が再び宙に向かって伸ばされる。

「一つ目の…封印…『土』が…」

やがて完全に意識が自我を取り戻す。それと共に瞳が驚きと憂いに支配されていく。

「『土』の封印が破られた」

はっきりとした口調で周りに集まる全員に伝える。

「……!!」

全員の顔に驚愕が浮かぶ。

神威は伸ばした指の隙間から何事もなかったかの様に輝く月を見つめ呟いた。

「全てが…停まっていた時間が…今、再び動き出したんだ…」

翔と旬だけはその呟きの意味を察知した。

顔に苦渋を浮かべ、神威と同じ様に月を見上げた。

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