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『DIABOLOS』  作者: 神威
12/24

Chapter6

‐2006 初夏‐

今年の梅雨は例年に比べ、気温も湿度も高い。

降雨量も多く、ほぼ一日置きのペースで各地に大雨や洪水の警報が発令されている。


7月6日、午後。

神威は蒼龍邸の自室でぼんやりとテレビを見ていた。

予定を変更して放送されている臨時特番。

ブラウン管には昨夜からの大雨による土砂崩れの被害に遭い、半壊した幾つもの民家が映し出されている。

その内の一軒は難を逃れ無事な様だが、降り続く豪雨に今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

倒壊を目前にし、それを実況するアナウンサーの興奮気味な甲高い声が耳障りに感じる。

『国民に真実を伝える。それが報道というものの義務だ』とはよく言ったものだ。

民家の主人にしてみれば、家や今まで生活してきた証を失う事は一生を左右するであろう一大事だと言うのに。

それをあんな風に興奮混じりで派手に報道されては、主人もいい迷惑だろう。

神威は軽い苛立ちを覚え、テレビの電源を切るとリモコンを投げ捨てた。


外は雨が降り続いている。

厚い雨雲のせいで太陽は完全に遮られ、昼か夜か分からないほど空は暗いままだった。

激しくなるばかりの雨音は、先程まで流れていたアナウンサーの声よりは遥かに心地よく感じられた。


「神威様、いらっしゃいますか?」

ドアがノックされ扉の向こうから翔が声をかけてくる。

「あぁ。いる」

簡潔な返事を返す。

「夕食の支度が出来ました。降りて来られて下さい」

丁寧に用件を伝えると翔は下の階へと降りて行った。

神威は気怠そうにソファーから立ち上がると、翔の後を追い下の階にある食堂に向かう。


「神威、遅〜い!腹へった〜」

食堂に入った瞬間、指定席にいる洋介の間延びした声に迎えられる。

【こいつはあのアナウンサーと同種だな…】

神威は洋介には目もくれず、同じく指定席に座る。

翔も隣の席につき、神威のグラスに赤ワインを注ぐ。

「神威、遅かったね」

目の前に座る旬がミネラルウォーターが入ったグラスを差し出す。


‐真神 旬‐

神威の母・綾野の妹・静の一人息子で神威の従弟にあたる。

現在は真神本家の子となり弟でもある。

神威に続く力の持ち主で頭脳明晰、容姿も美しい。生まれ付きの茶の髪に大きな黒の瞳。華奢な体付きに似合わず様々な格闘技を習得している。

本来は穏やかな性格で争い事を好まない。その為、ファミリーの中では中和剤の役目をしている。


「今日も皆、揃ってるな」

ワイングラスを傾けながら、神威がちらりと周りを見渡す。

「こんな雨続きじゃ誰も外に出たがらないんだよ。ね?」

旬が隣にいる大柄の青年‐(ゆう)‐に声をかける。

「まあな…」

悠は運ばれてきた前菜を眺めている。


‐東条 悠‐

真神家が遣う神具の全てを造り出す東条家の現当主である。

日焼けした褐色の肌に赤茶に染められた髪。体系は背が高く筋肉質。

風貌からは想像が付かない繊細な作業も難なくこなす。

神具を造る腕は一流で、その面では神威の信頼も厚い。


「こう雨が続くと湿気が多くて憂欝でしょう」

翔の隣にいた細身の青年‐竜也(たつや)‐が神威に問い掛ける。


‐如月 竜也‐

過去・現在・未来、あらゆる時間の流れを見通す力に優れた如月家の現当主であり、洋介の兄でもある。

強い先見(さきみ)の力を持ち、どんな苦言も包み隠さずにはっきりと言う。

神威はそこが気に入り、悠同様に厚い信頼を寄せている。

明るく社交的な洋介とは逆に物静かで知性的な青年だ。

はっきりと目鼻立ちに黒の髪。物静かに加え、普段は眼鏡をかけているせいで気難しい人間と勘違いされる事も多い。


「ああ〜遊びに行きてえな〜」

洋介が前菜を頬張りながらぼやき始めた。

「雨なんか。嫌いだ〜」

「仕方ないよ。梅雨なんだから」

旬が諭すように言う。

「そうだ。それより、洋介。口に物入れたまま話すんじゃない」

竜也が洋介を軽く睨む。

「ふぅ〜だ」

いじけて外方(そっぽ)を向く洋介。


【まったく、洋介は本当に竜也と血の繋がった兄弟なのか?】

神威はワインを啜りながら二人の兄弟を見比べる。


洋介は髪を金に染め、耳にはいくつものピアスをしている。服装は原色を好み、細目の体には不釣り合いな大きめの物が多い。

確かに竜也とは肌の白さや顔立ちは似ているが…全身から出るオーラはまさに月と太陽。正反対だった。

まるで子供のまま成長したかの様に無邪気で騒がしい。

外見はチャラチャラしているが、意外に正義感が強く熱血漢で馬鹿正直な所がある。

常に冷静な竜也と見比べると時々、本当に兄弟なのかと疑ってしまう事がある。

まあ、洋介の明るさに救けられた事もあるのは事実だが…


「そう言えば、明日は七夕だよね?」

唐突に旬が話題を変える。

「そう言えば…そうでしたね」

翔が同意する。

「でも、このまま雨だと天の川も見れませんね」

「せめて明日くらいは晴れてほしいもんだな」

竜也と悠が顔を見合わせながら頷く。

すると、洋介が思い出した様に

「ちょっと待っててよ!」

と突然部屋から飛び出して行った。

「また、何か企んでるな」

「…みたいですね」

隣でメインディッシュを口にしている翔に神威がぼやく。

しばらくして洋介が食堂に戻ってくる。両手には大きな笹の木と色とりどりの短冊。

「じゃじゃ〜ん!みんな明日が七夕だって事、忘れてると思って…」

笹の木を左右に振りながら得意気に大声を張り上げる。

「用意しておきましたぁ〜!」


「洋介…本当、そういうイベント事が好きだよな…」

半ば呆れた様に旬が笹を見ている。

「だってさ、一年に一回だけ織姫ちゃんと彦星ちゃんが逢えて愛を語り合う日なんだよ!」

興奮気味に熱弁する洋介。

「…ちゃんって。お前の知り合いなんか?」

悠が茶化す。

「知り合いじゃないけどさ。何か応援してやりたいじゃんか!」

顔を真っ赤にして洋介が反論する。

「それに〜短冊に願い事書いて吊したら叶うって言うじゃん?みんなで書こうよ!願い事!」

手にした短冊を全員に配っていく。

「願い事を短冊にって。ガキじゃないんだからさ」

悠が渡された短冊をひらひら揺らす。

「まったく!夢がないね!そんな大人が日本をダメにするんだ〜」

「お前に言われたかねえよ!」

言い争いを始める悠と洋介を見兼ねて旬が割って入る。

「まあまあ、いいじゃないか。たまには童心に帰るって事でさ。雨で滅入ってるんだから、ちょっとは楽しい企画があった方が良いよ」

「さっすが、旬!話がわかる〜」

洋介は旬に抱き付き頬を擦り寄せてくる。


【願い事か…】

神威は目の前に置かれた短冊を黙ったまま凝視している。

翔はそんな神威に声をかけようとしたが、神威の言葉に遮られる。

「明日は晴れるといいな。天の川を見たいしな、洋介」

洋介は途端に満面の笑みを浮かべる。

「ほら!神威だって乗り気じゃんか!よ〜し、みんな願い事書いて明日の夜までに提〜出!」

「ま、たまには良いかな」

悠と竜也はしぶしぶ短冊をポケットにしまう。

翔と旬は微笑みながら洋介を見ている神威に心配の視線を移す。

その視線に気付いたのか神威はワインを飲み干すと席を立った。

「今日は少し疲れている。悪いが先に休ませてもらう」

真直ぐに出口に向かう。

ドアを開け振り向き様に洋介に短冊を掲げる。

「明日は楽しみにしているぞ」

言い終えると同時にドアを閉める。

ドア越しに

「承知したよ!」

と威勢の良い洋介の声が聞こえていた。


神威はそのまま自室には戻らなかった。

蒼龍邸と白虎邸の間にある庭園添いの部屋へと向かう。

庭園に面した壁はガラス張りで、向こうに広がる大きな池も桜の木々も見渡せる。

神威は外に向かって設置されている窓際のソファーに深々と腰掛けた。

洋介にもらった短冊をサイドテーブルに置く。短冊の淡い青が晴れた空を連想させる。

目前に横たわる池の水面は雨で無数の波紋を描く。

波紋を見つめながら神威は『あの日』を思い出していた。


初めて真神家に訪れた日。

初めて兄である蒼一郎と出会った日。

そして…蒼一郎に初めてのキスをされ、抱き締められた日。

舞い狂う桜の花びら。

染まる薄紅の視界。

冷たい唇の感触。

暖かな体温。

早く脈打つ鼓動の音。

もう十数年も経つと言うのに、全てがまるで昨日の事の様に鮮明に記憶されている。

「願い事か…」

薄暗い部屋に呟いた声が響く。

「……!」

突然、庭園を眺めていた眼が大きく見開かれる。

池の周りの中でも一際大きな桜の下にゆらりと人影が姿を現した。

雨と夜の闇で視界はほとんど遮られていたが、神威はそれが誰だかすぐに理解できた。

「…蒼一郎…」

桜の下の人影が神威に向かって手を振っている。

『これからは僕が守ってあげるよ…』

影の澄んだ声が直接、頭に響いてくる。

『離さないって言ったはずだよ…』

声は続く。

『君もそう望んだはず…なのに…』

声は邪気を含んでいく。

『なのに…なのに…君は僕を裏切った!!』

叫びとともに影は深紅の炎に包まれていく。

神威は瞬きさえ出来ずに影を見ている。

『どうしてだ!なぜ、裏切ったんだ!!』

完全に憎悪を宿した声が神威の体を縛る。

『僕は君を忘れない!必ず迎えに行くよ!』

炎に飲まれた手が神威に向かって伸ばされる。

全身を冷たい汗が伝う。

「…や…め…て、やめて!!」

渇いた喉から許しを乞う言葉が溢れる。


「神威様!神威様!」

部屋のドアを激しく叩く音がする。

「どうなされたんですか?!」

慌てた様子で翔が部屋に飛び込んで来た。

「神威様!神威様!」

庭園を凝視したまま、ソファーで固まっている神威を揺さ振る。

「大丈夫ですか?!」

ゆっくりと翔を見る。

心配の眼差しを浴び、神威の体は少しづつ感覚を取り戻していく。

再び庭園に眼をやると、蒼一郎の幻は完全に消えていた。

「大丈夫だ…」

必死に平静を装う。

「しかし!叫び声がしましたよ!何かあったんですか?!」

翔は神威の肩を掴んだまま問いただす。

「なんでもない。うたた寝をしてしまって…少し悪い夢を見ただけだ…」

視線を逸らし翔の手を振りほどく。

「本当ですか…?」

「あぁ…」

重い沈黙。

耐え切れず、神威は短冊を手に取ると部屋を出ていこうとする。

「神威様…」

立ち止まり尚も心配している翔に神威が笑う。

「翔、お前の願い事は何だ?」

「……」

答えず俯く翔。神威は首を傾げるポーズを取る。

「私にも言えない願い事か?まぁ、言えないなら仕方ないな」

再び開け放たれたドアへと向かう。

「神威様の願い事は何ですか?」

後ろ姿にかけられた声に神威は苦笑する。

「私の願いは…」

振り返らずに言葉を続ける。

「私の願いは…誰であろうと、例え神であろうと叶える事は出来ない…」

翔は黙りこんでいる。

「だから、誰にも教えられないさ」

ひらひらと短冊を振りながら神威は部屋を後にした。


残された翔は唇を噛み締め、窓の外を見る。

いつもと同じ風景。

翔には神威の見た幻は見えなかった。

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