裏切り者を許す甘ちゃん転生者にはついていけないので料理娘は部隊を離脱します
短編です。ちょっと重めなざまぁくらいのつもりで書いてたのが、かなりダークになっちゃった。最後の方、ちょいグロ?かもしれないので苦手な人は避けて下さい。
「許すも何も僕は君が裏切っただなんて思っちゃいないよ」
青年の足元にうずくまっていた女が涙で泣き腫らした顔を上げて彼を見た。
優しい微笑みを浮かべる黒髪の青年はその名をカオル・スズキといい、今や総勢100人近い部隊を率いる百戦錬磨の隊長だ。
片や許しを得たことに信じられないといった表情を浮かべる女は名をサンドラ・キースという。
カオルの部隊がまだ30人程度だった頃に別の部隊から合流した中核メンバーの1人であり、戦場では精緻な槍捌きで知られる魔導騎士でもある。
生真面目ながら仲間から頼りにされる姉御肌の人物。
「だが私は……敵の……」
敵側から送り込まれたスパイでもある。
しかし、カオルは首を横に振る。
「家族に命じられたんだ。仕方がないさ」
キースの家族はカオル達が所属する反乱軍の敵側についた。
彼女はそんな一族に反目したように見せかけて、間諜として反乱軍の動きを探るよう命じられていたのだ。
今回、内通者の存在に気が付いた副団長が一計を案じて探った結果、サンドラが罠にかかった。
中心メンバーだけが集められた会議室で証拠を突きつけられた彼女は、その場に跪いて許しを乞うて現在に至る。
本来なら良くて追放、そうでなければ反逆者として厳しく処罰するのが筋だ。
しかし、カオルはそれをしようとはしない。
「強いて言うなら、今まで以上に頑張ってくれ。それを持って君の償いとする」
「あ……っ……あり、がとう……ございますっ……うぅ……」
「皆もそれでいいかい?」と青年が振り返ってその場にいる他の仲間達に確認する。
「……ったく。甘いな、ウチの隊長は」とため息交じりに副隊長。
元は王都で盗賊団の団長をしていたワイルドな赤髪の青年である。
「だがそれがお前のやり方ってんならいいぜ」
「まあ、カオルが甘いのは今に始まった話ではないしの」
そう肩をすくめるのは部隊最強の魔法使い。可愛らしい少女に見えるがこれで200歳を超えるという。
彼女と対をなす武具の達人、カオルと同じ色の髪を後ろで縛った顔立ちの整った女性も静かに頷き「隊長の決定であれば、私達は従うのみ」と同調する。
残りの者達も口々にカオルの判断を肯定する。
絆で結ばれた中心メンバーだからこそ、カオルの甘さも、サンドラの裏切りも受け入れることができた。
カオルはにこり笑うと、サンドラの手を取り彼女を立たせる。
「じゃあ、これでいつも通りだ」
*****
「……何それ」
部隊で裏切り者が出たものの隊長が特に罰を与えることもなくそれを全面的に許したと聞いて、私は耳を疑った。
「じゃあ裏切り者は今後も私達と一緒に旅をするってこと…?」
「裏切り者って…言い方きついよ、サーシャ」
「だって裏切り者は裏切り者じゃん」
「そりゃそうだけど…」
二〇二〇年代後半の日本から転生した私はとある王国の料理屋の娘、サーシャ・ノーンとして再び生を受けた。金色の髪に青い瞳は前世とは似ても似つかないが、顔つきはどこか似ていた。
これといったチート能力などは持たなかったが、両親のもとで店の手伝いをする日々は充実したもので、いつか店を継いで自分の料理でみんなのお腹を満たすことが私の夢だった。
だが私が十の時、王国でクーデターが発生した。
家も店も焼かれ、両親と離れ離れになってしまって行き場を失った私は、裏社会で当時盗賊団の頭を務めていた団長に拾われ、彼のもとで料理を作る班の一員として働くようになった。
盗賊団は義賊に近く、私の他にもたくさんの孤児がいた。
転機が訪れたのは五年ほど前、転生者を名乗るカオル・スズキという青年が団長のもとを訪ねた時だ。
紆余曲折を経て亡き国王の姫と知り合った彼は、神から自身に与えられたチート能力で無双する内、反乱軍の遊撃部隊を指揮しすることになり、新体制に対抗する戦力を集めていた。
その最初のメンバーとして白羽の矢が立ったのが、団長と彼が率いる盗賊団だった。
正直なところ、私は当初からカオルに良い思いを抱いていなかった。
転生する前の世界ではよく見かけたいかにも優柔不断で味方に甘そうな物腰は、この世界で、特に戦時下で通用するとは思えなかった。
だがその辺りがむしろ放っておけなかったのか、団長は彼のもとについていくことに決めた。
盗賊団全員がカオルの部隊に組み込まれることになり、あれよあれよという間に私も王都を離れ、カオル達が住む移動要塞に居を移すことになった。
その場で盗賊団を離れるという選択もあるにはあった。
だが当時の私はそう判断する決め手を欠いていたため、カオルの指揮する遊撃部隊の生活班料理室に身を置くことに甘んじた。
裏切り者がいるとなれば話は別だ。
*****
カオル・スズキが裏切り者を許した一部始終を伝聞で聞いた翌日、私は団長の部屋を訪れた。
「団長、お話があります」
「サーシャか、久しぶりだな。どうした?」
盗賊団の頃から彼のもとで働いていた私は今でも彼を”副隊長”ではなく”団長”と呼んでいた。
「単刀直入にお尋ねします。サンドラ・キースが敵側のスパイと判明したにも関わらず、カオル・スズキが彼女を罰せずそのまま起用し続けているという話は本当ですか?」
トゲのある言い方に団長が顔をしかめるのがわかった。無理もない。サンドラは盗賊団の次にカオルの部隊に合流した面子の1人であって、付き合いも長い。私などはたまに食堂で挨拶する程度だが、遊撃部隊の中心メンバーの彼にしてみれば親しい友人なのだろう。
「…本当だ」
「では団長含め、糾弾の場にいた全員が彼の判断に一切反対しなかったということも事実ですか?」
「何が言いたい?」
明らかに苛立った声を発しているが、私は気にせず「事実かどうか、お答え下さい」と尋ね直した。
凄んでいるつもりだろうが、前世の記憶がある私にしてみれば彼も若造である。
私が一切怯まないことに面食らったような顔をした後、彼は渋々と言った感じで「……事実だ」と答えた。
それを聞いた私は懐から一枚の書状を取り出し、団長の前に置いた。
「何だ、これは」
「辞表です。私は本日付けでこの部隊から身を退けさせて頂きます」
「な……!?」
副隊長は少し驚いたようだったが、すぐに気を取り直して低い声で「理由を言え」と尋ねてきた。
「私は裏切り者に何ら処罰を与えることなく放置するような部隊にいたくはありません」
「敵側に家族がいて致し方なくやったことだ」
「それは言い訳に過ぎません。サンドラ・キースの家族は王都で幹部待遇を受けていると聞きます。彼女がスパイをしなかったところで危害を加えられるようなこともありません。私は国を裏切った敵のせいで店と家族を失いました。裏切り者がのうのうと動き回っている部隊に命を預けるつもりはありません」
団長は私を引き留めようといくらか説得の言葉を投げかけてきたが、最終的に私の意志が固いことを知ると「勝手にしろ」と吐き捨てた。
私がただの料理班の一員であり、部隊でそれほど重要な存在ではないと判断してくれたのだろう。
*****
「サーシャ、本当に行くのかい?」
料理長のおばさんがもう十回目以上になる問いを投げかけてきたので、私は最早振り返ることもしないで「ええ、お世話になりました」と返した。
「あんたの気持ちもわかるけど、スパイ活動をした彼女には彼女の事情があったんだから、もう少し大人になってやりなよ」
「じゃあ尋ねるんですが」と、荷物をまとめて背負い込んだ私は彼女に向き直った。
「あの女が裏でこちらの情報を敵に流しながら、どんな気持ちで私達に笑顔で『今日の料理も美味しかった』と言ってたか想像できますか?私達が作った料理を食べながら流した情報で、どれだけ味方が命の危機に怯え、傷ついたと思いますか?」
料理長も、近くで私達の会話に耳を澄ませていた他の料理番も言い返すことはなかった。
「私は裏切り者を許しません。一度でも裏切った人間にも、それを許すような甘ちゃんにも命を預けたくはありません。お世話になりました」
ぺこり、と今一度頭を下げて私は部隊を後にした。
*****
移動要塞を見送ると、私は早足で反対側に歩き始めた。
私の離脱は早晩知れ渡ることだろう。
その前にさっさと移動要塞から離れておきたかった。
カオル・スズキは部隊の全員を家族だなどと曰う夢想家だ。
お節介な奴に引き止められるのもごめんだし、団長あたりに今度は私が敵に寝返ると思われて刺客を差し向けられたりしたら最悪だ。
どこへ行こう。
外国へでも行こうか。
東の隣国は反乱軍に手を貸しているからそのうち戦場になりそうだが、西側の隣国であれば山を挟むためいざとなれば逃げる余裕もありそうだ。
よし、目的地は決まった。
とりあえず料理を振る舞いながら路銀を稼いで旅をしよう。
隣国についたらどこかの店でコックを雇っていないか調べないと。
いや、自分で露店か何かを出すのもありだ。これまでは両親や料理長のもとで料理していたので指示された料理ばかり作っていたが、前世の料理なんかを提供すれば流行るかもしれない。
有名になれば、生死のわからない父母のどちらかとも再会できるかも。
私は西に向けて歩き出した。
*****
あれから三年経った。
父は避難中に亡くなったが、幸い西側の隣国で母と再会することができた。
隣国に到着して早々、手に入った片栗粉や塩に小エビを混ぜて作ったエビせんを露店で売ってみたところ酒飲みが集まる繁華街で飛ぶように売れた。
自身も隣国で生活を立て直し、一人でもいつか家族の店を復活させようと大衆食堂で働いていた母に発見されるまでそう時間はかからなかった。
えびせんで得た利益を元手に母と店を復活させ、前世の某お料理アニソンを2番まで覚えていたコロッケとナポリタンを提供したところ爆発的にヒットした。
十分な蓄えが出来た頃、戦火がある程度落ち着いたという報せが届いた。
王都に店を出すかという話も出たが、ようやくこの国にも腰を据えられてきたのに再び移動するのは酷だということで、私が一年ほど露店を出してみることになった。
開店から半年ほど経った頃だろうか。
ある日、見覚えのある顔が店にやってきた。
およそ四年ぶりだろうか。
「団長、お疲れ様です。何になさいますか?」
幾分かやつれた団長は一緒にやってきた仲間から距離を置いてカウンターの端の席に座り、安酒とコロッケ定食を注文した。
「サーシャ。お前が部隊を離れた後から調子が狂った」
定食を持ってきた私に目を向けることなく、料理に視線を落としたまま言った。
「まず料理番の士気が下がり、それにつられて食事の質が下がった。最初は長く一緒に過ごしてきたお前が抜けたことによる一時の寂しさからくるもので、時間が経てば戻るだろうと思ってたが……」
影響はむしろ広がるばかりだったという。
私に同調して部隊を離れる者、残りはしたものの裏切り者になんとなく不信感を向ける者、他にも裏切り者がいるのではないかと疑心暗鬼に陥る者。
戦場でも些細なミスが目立つようになった。
「兵士の足並みが乱れるようになってようやく中心メンバーも危機感を抱くようになった。それで皆を説得したり、後手に回ったがサンドラにも形だけ罰を受けて貰ったりして、な」
団長はロクに料理を口にしていなかった。酒ばかり喉に流す。
「一時は良くなった。だが折悪く大規模な戦闘が始まって……」
追い詰められた反乱軍は起死回生の策を採用するが、ギリギリのタイミングでサンドラに背中を預けきれず飛び出したメンバーが命を落とし。
「後は知ってのとおりだ」
反乱軍は壊滅し、総大将だった姫も捕らえられた時点で残りの者も全面降伏。
戦場で名を馳せた遊撃部隊もほとんどが殺されるか捕らえられたという。
そこまで言い終えて団長はようやく顔を上げた。
私のせいだ、と言わんばかりの目を向けてくる。
「今は皆さん、どうしているんですか?」
「戦力としては使える奴ばかりだったからな…」
生き残った遊撃部隊の多くは裏切り防止の呪いを体に彫られた上で、徹底した再教育を施され下級兵として新王国軍に取り込まれ、今はこき使われているという。
カオル・スズキは四肢をもがれ背骨を砕かれた状態で幽閉され、今はその膨大な魔力を新王国のエネルギー源として有効活用されているという。
部隊最強の魔法使いは狭く汚い小部屋で怒鳴られながら延々とポーションを作らされ、武人はまともに剣を握れないよう四肢の腱を断たれた状態で訓練兵の的にされているとか。
目の前の団長も魔法の仕様を制限する首枷をはめられた状態で下級兵の制服を身に着けさせられ、食べている最中も上官と思しき人間にどつかれ小馬鹿にされていた。
かつての堂々とした盗賊団の団長の面影など最早どこにもなかった。
*****
王都にある屋敷内の寝室。
サンドラは夕食をほとんど口にすることなく就寝していた。
だが眠れない。
家族のもとに戻ってきてからずっと眠りの浅い日々がずっと続いている。
反乱軍を鎮圧した後、彼女は自分もその一味として処罰を受けると覚悟していた。
が、新王国側に与していた彼女の家族はそれを許さなかった。
彼女が間諜として働いていた時の働きを示し、最後まで間諜であり続けたと主張した。
帰国した彼女はかつての仲間が収監され処罰を受ける姿を横目に、むしろ危険な任務を成功させた功労者として一人だけ高待遇の官僚として迎え入れられることになった。
婚約者も決まり、将来も安泰だ。
そんな幸せな身の上に、どうしようもなく罪の意識が募る。
罪悪感が彼女の心を蝕み、眠りを浅くした。
*****
ようやくうとうとし始めていたサンドラは、部屋の中に人の気配を感じて目を開いた。
「お久しぶりです、裏切り者」
格式高い屋敷に限って警備はザルだ。
料理エプロンを着ていると驚くほど簡単に城の中に入ることができた。
サンドラは私をしばらく呆然と見ていたが、ようやく思い出して飛び起き。
「動けませんよ」
起き上がることができなかった。
「あなたが寝る前に飲んだ水に麻痺毒を仕込みましたから。明日いっぱいは舌の先まで痺れて指一本動かせません」
「サー……シャ……!」
無駄だと分かりつつ声を出さずにはいられないのだろう、サンドラの喉からくぐもった呻きが発せられた。
「貴族も平民の食事が気になるんですね。私の店にキース家の遣いとやらがコロッケを買いに来た時は驚きましたよ」
その日の昼頃、露店にやってきた使用人らしき人間が最高のコロッケを用意しろと言ってきた。腹が立ったので断ろうと思ったが、家の名前を聞いて考えを改めた。
「実は私、カオル・スズキと同じ世界の出身なんです」
「……!?」
「と言っても、前の世界そのままの姿で現れた彼とは違い、私はこの世界の人間として生まれ直したんですが。彼みたいに強力な力を持たないのはそのためだと思っていました」
彼は転移。
私は転生。
その差がチート能力の有無に現れたものだと思っていた。
「でも違いました。私にも力はあったんです。料理で人を元気にするという力が。移動要塞で料理を出していた時は、私の力などではなく他の方が優秀だからだと思っていたんですが」
以前露店に来た団長の話を聞いて気が付いた。
彼は私がいなくなったことで料理班の士気が下がったことが原因だと考えていたようだが、そうではなかったのだ。
「私が皆さんを強くしていたみたいなんです」
だから私がいなくなったことで元気が出なくなり、心身の不調を訴える者が増えた。練度が下がり、足並みが揃わなくなった。
試しに先日、別の人間にレシピを教えて作らせてみたが、私が作った時ほど精が出ないと苦情が来たほどだ。
「さて、ここからが本題なんですが。私は自分の料理で人を元気にすることもできるんですが、元気にし過ぎることもできるみたいなんです」
自覚した能力はすぐにコントロールできるようになった。エナジードリンク程度に活力を与えることもできれば、人体のリミットまで力を引き出すこともできる。
そして、それ以上も。
「人の体が元気になり過ぎるとどうなると思いますか?ええ……」
体を壊すんです、と言うとサンドラの目が大きく見開かれた。
私は微笑んでやる。
この世界の病理学を良く知らないので彼女に分かるよう言い換えたが、要は体の細胞を暴走させてがん細胞をあちこちに作り出してやるという話だ。
「折角貴族様に私のコロッケを振る舞えるのですから大盤振る舞いさせて頂きました。皆様、食べましたよね。あなたも。あなたの家族も。使用人やメイド達まで。皆、明日の朝には怪物のような姿になり痛みでもだえていることでしょう」
「うぅ…っ!」と呻いて身じろぎするサンドラ。
「三日三晩苦しみ抜いた後に死にます。あなたの両親も兄弟も。この屋敷の者全員が」
サンドラだけは肺や膵臓に病巣を残したまま、長く苦しむように生かすつもりだ。
「これが裏切り者に対する私の手向けです」
私は声にならぬ悲鳴を上げ涙を流す彼女に恭しく頭を下げると踵を返した。
「ではごきげんよう」
*****
屋敷を後にした私は、かつて盗賊団に所属していた頃の道を通り王都を縦断する。
裏切り者の一人は処分できた。
だがまだ一人残っている。
そもそもクーデターを起こした新王とその一味。
今晩は王宮で貴族の祝勝パーティが開かれることになっている。
私の店にも「隣国で評判のコロッケとナポリタンというものを王が口にしてみたいと仰っている」と王宮勤めの遣いがやってきた。
存分に振る舞ってやろう。
裏切り者に相応の料理を味あわせてやろう。
最後の方は重苦しさに力尽きてます。悪しからず。
もっとコメディ書きたいです。




