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ターミネーターを見ていない君へ ~老害回避大作戦~

作者: jin kawasaki
掲載日:2026/03/16

「あ、ターミネーター、観たことないっすね。あのアレですよね、シュワちゃんが『アイル・ビー・バック』って言って溶鉱炉に沈むやつ」


その瞬間、スタジオの空気が一瞬だけ氷点下まで下がった気がした。


私の名前は佐藤健三。四十五歳。一応、世間では「渋い脇役」としてそれなりに顔を知られている俳優だ。今は、八十年代の田舎町を舞台にした青春ノスタルジー・ドラマ『僕らのカセットテープ』の宣伝インタビューの真っ最中。


隣に座っているのは、主演の中学生・ハルト役を演じる、期待の超新星、十五歳のレオ君だ。


私の脳内では今、巨大な警告音が鳴り響いている。


(……今、なんて言った? レオ君、今なんて言った?)


「溶鉱炉に沈むのは『2』だ。しかも、観てないのに結末だけ知ってるのか。というか、一作目こそが至高のホラー・アクションであり、あの革ジャンの無機質な恐怖があってこその……!」


喉元まで出かかったその言葉を、私は全力で飲み込んだ。


危ない。非常に危ない。


ここで「信じられない!」「非国民ならぬ非映画民だ!」などと叫ぼうものなら、明日にはSNSで『佐藤健三、老害パワハラ発言で炎上』という見出しが躍るだろう。令和という時代は、情熱と説教の区別がつかない人間に対して、ターミネーター以上に冷酷なのだ。


「……あ、そうなんだ。いやぁ、羨ましいなあ」


私は、顔面の筋肉を総動員して、仏のような微笑みを作り出した。


「え? 羨ましい……ですか?」


レオ君が、不思議そうに首を傾げる。その瞳は、汚れ一つない液晶画面のように澄んでいる。


「そうだよ。だって、これからあの衝撃を、何の予備知識もなしに――あ、いや、結末は知ってるみたいだけど――初めて体験できるんだから。真っ白なキャンバスに、キャメロン監督の魔法が初めて塗られる瞬間を味わえるなんて……最高のご馳走を前にしているようなものだよ」


我ながら、完璧な「物分かりの良い先輩」の対応だ。心の中の私が、スタンディングオベーションを送っている。


「へぇー。そんなに面白いんっすね。でも、なんか映像とか古くないですか? CGとか浮いてそうっていうか」


グサリ。


胸に、ストップモーション・アニメーションの金属骨格が突き刺さった。


「古……。いや、それが『味』なんだよ。あの手作り感こそが、当時のクリエイターたちの血と汗の……」


「あ、すみません。そろそろ次の現場の準備なんで」


レオ君は、爽やかな笑顔を残して立ち上がった。マネージャーに連れられて去っていく彼の背中を見送りながら、私は控室の椅子に深く沈み込んだ。


羨ましい。


本当に、心の底から羨ましい。


だがそれは、映画を観ていないことへの嫉妬ではない。


「名作を知らなくても、堂々と生きていける」という、その若さと無敵さへの嫉妬だった。


私は、独り言をこぼした。


「……アイル・ビー・バック。俺も、あの頃に戻りたいよ」


しかし、私の願いは虚しく、令和のスタジオの自動ドアは、音もなくスムーズに閉まった。

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