第五話 朽掛天太郎の選んだ答え
爆発音の後、とんでもなく慌てた足音が聞こえてきてドアが開く。血相を変えた二人の顔を見て何か悪いことでも起きたのだろうかと
「時間がない。緊急オペだ!!」
「私のロボット達が足を止めている隙に」
顔の半分以上を覆うマスクと、髪を一切見せない二人組だが、久遠さんと藤見さんだとすぐに分かった。なにやら緊急事態が起きているらしい。
「悪い、時間が無いんだ。説明してる暇がねぇ」
そう謝る藤見さんの後ろで、久遠さんが何かよくわからないスイッチを押した。明らかに、ヤバい状況なのに、僕は「何が起きてるの?」と聞くことすら敵わず視界がブラックアウトしていった。
「バレたんだ。お前を生き返らせる禁断の技術を持っていることが」
意識が暗闇に沈む直前、確かに藤見さんはそう言っていた。
直後、いや、実際には直後ではなかったのかもしれない。しかし、体感は、意識が沈殿したすぐ後だった。
耳をつんざく爆音。
「なんだ!?」
そう叫んだ時……叫んだ……?今、僕は叫んだのか?
目を開ける。視界は以前よりも鮮明で、まるで新しいフィルターを通したようにクリアになっている。目線の高さが違う。自分の手が視界に入った。いや、「手」と言っていいのか、それは包帯だらけで、異物感がある。痛みはない。強力な麻酔が効いているのだろうか。顔をあげて、状況を確認しようとする。
「動くなっ!!!!!」
そう叫んだのは久遠さんでも藤見さんでもない。知らない大人だった。
僕の周りには黒服にサングラスをかけた見るからに怪しい男たち。そんな明らかに悪い人間達が武器を向けて僕を取り囲んでいた。
「くっ!離せ!!その男にだけは手を出すな!!!!」
「てめぇら全員ぶっ殺すからな!!」
久遠さんと藤見さんがつかまっているのが見えた。なになに!?どういう状況なんだ!?何が起こっている!?
少なくともこの黒服の人間達は味方ではなく、二人に害をなすものだということは理解した。
「本当に禁断の研究をしていたとはな…!」
「こんな研究が世にでたら、この世界はめちゃくちゃになってしまう!!全て破壊しろ!」
黒服の人間達が口々にそんなことを言いながら一歩一歩と僕に近づく。
きっとこの男達は藤見さんと久遠さんが禁断の研究をしていることを嗅ぎつけた、世の均衡を保つための正義の味方なのだろうな。
状況がわかってきた。ある日、この男達が禁断の研究をしている二人を嗅ぎつけて襲ってきた。僕が無抵抗に殺される前に久遠さんと藤見さんは僕を体に戻した。何とか、応急処置の肉体に戻す手術は間に合ったが、僕をゾンビにするか、サイボーグにするかの最終決断を下す寸前で、この黒服たちに踏み込まれたのだろう。以前、「事故の後に何とか直した体だ」と言っていた。きっと麻酔が切れれば、この体は耐え難い痛みで僕を発狂させるに違いない。
緊急事態によって脳の火事場のバカ力が発揮されているのか、妙に冷静に状況を把握した。
「起き上がってしまったか、やりにくいが仕方ない」
「朽掛天太郎、悪いが世のために再び眠ってもらうぞ」
「悪く思わないでくれ、これが自然の摂理なのだ」
しかし、僕はこの黒服たちの言う言葉に同意するべきなのではと思った。死んだ人間を生き返らせる技術なんて世界が大混乱するに決まっている。
当たり前だ。この二人との出会いの方がボーナス中のボーナスステージだったのだ。まだ17年、あまりにも短いことはやるせないが、自然の摂理に逆らってまでこの世に未練があるわけでもない。これ以上、二人に僕なんかのために人生を使わせるのは申し訳が立たない。
「天太郎!サイボーグで良い!!コイツら攻撃して逃げろ!!」
「天くん!!今すぐゾンビになれ!!!!頼むから生き延びてくれ!!麻酔が切れる前に!!」
二人は泣きそうな声で叫ぶ。お互いの研究結果を道として示すなんて、しかもこんな時まで意見が合わないなんて、らしいな、と少し笑ってしまった。
何も成し遂げられなかった地味な人生の中にこんなに素敵な女の子二人から思いを寄せられるなんて幸せな体験をさせてくれたのだから、この世に悔いなんてない。
だから、いっそひと思いに……
「まだ、伝えたりない、愛を、もっと愛を伝えたい!頼む……」
「天太郎……!お願いっ、置いてかないで、まだ、好きって言えてねぇだろ!!!」
二人の悲痛な声が重なった。
待て、僕はさっきから自分のことばかり考えていないか?
本当に、僕が守るのは人道でよいのか?
この二人は数年間僕を生き返らせるために時間を使ってくれた。僕なんかに会いたい一心で。僕はその愛に少しでも報いてあげただろうか。何か、この二人に返せただろうか。このまま、この二人に愛だけをもらって、自分だけ楽に、消えていいのだろうか。
僕がいなくなったってこの二人の人生は続く、この後この二人は一体どうなる?この二人のことを誰が守ってあげられる?
「滅多なことはするなよマッドサイエンティスト共!!何時までも丁重に扱われると思うなよ!」
黒服が銃を久遠さんと藤見さんに向けた瞬間、全身が熱くなる感覚がした。
自分が取るべき行動を、僕はその時、明確に理解したのだ。
僕は、体中の関節が軋むのを無視して、気力だけで体を動かす。そして、その場に転がっていた、明らかに重く、いびつな形状の機械に腕を通した。久遠さんが開発していたサイボーグ化技術の試作品だろう。
「コイツ!!サイボーグになったぞ!!武器を手に入れている!!!銃を構えろ!!」
黒服達が一斉に銃を構える。僕は手をあげた。まだ馴染まぬその腕は異物として主張し、ウィーンと小さな機械音は聞こえるものの、驚くほどなめらかに動く。
「撃て!!!」
誰かの声と共に耳をつんざくような轟音と共に、無数の弾丸が僕の体を貫いた。
しかし、弾痕が残った肉体は、瞬時に熱を帯びて盛り上がり、元の形へと修復されていく。
「こ、コイツ、ゾンビになったのか!?」
うん。僕は、最悪最高の賭けに勝ったらしい。
「そう!僕の答えは、二人を守る!!サイボーグゾンビになることだ!!」
◆◆◆
僕は、あの後、ゾンビの力で銃弾を物ともせず、黒服をサイボーグの力で叩きのめし、二人を黒服から奪って研究室のようなところから飛び出した。
幸い時間は夜だったらしく、日の光を浴びずに済んだことが幸運だ。ゾンビは確か日の光に弱いとかいう設定があった気がするし。
「ははは、サイボーグになったからか、二人同時に持ち上げられて良いね」
米俵を担ぐように二人を持ち上げながら夜の森を走り抜ける。お姫様抱っこはさすがに二人同時にはできないから。
「……ゾンビだけでよかっただろう、天くんが生き延びれさえすればよかったのだ。なぜ、サイボーグも選んだ」
「どちらも、ゾンビにもサイボーグも魅力的だったから」
「バカ……お前それじゃあ、日の光を避けなきゃいけねぇし、メンテナンスもしなくちゃいけねぇんだぞ、デメリットが増えただけじゃねぇか」
腕の中の二人が心配そうに、呟く。
「ありがとう。心配いらないさ。不死身になって、ビームも打てるようになったから。責任取って、二人は、僕と一生いてくれるんでしょう?」
外側を向いていた二人の顔が僕に向いた。
「禁断の研究をさせてしまった、責任は取るよ。僕ら3人で共犯者だから。悪いけど、二人とも、メンテナンス頼んだよ」
二人は目を点にしているのだろうか。それとも呆れているのだろうか。喜んでくれていたりはするのだろうか。持ち方の関係で表情は見えない。さすがに欲張りすぎただろうかと心配になった。
その次の瞬間、二人の声が重なり、確かな応えをくれた。
「「受けて立つ」」
このぐらいの気概で受け止めてもらえるなら、案外未来は明るいかもしれないな。その方がらしいですよ。
バカ全開ラブコメディ書いてみたかったので、楽しく書けました。




