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第四話 藤見風蘭のゾンビプレゼン

 今度は腕を組んで無言で睨みつけている、藤見さんと二人きりにされていた。

 正直言うと、怖い。とても怖い。

 久遠さんは風紀委員に入っていたることから決して僕のような人間に危害を加えることはないだろうけど、藤見さんは僕とは180度違う場所にいる子というか、随分とアウトローなところにいる印象が強かったから。


「……怖ぇの?」


 そうだ、僕の頭の中なんてこの天才科学者達の前では筒抜けなのだった。


「お前、何か私のことずっと怖がってるよな」


 藤見さんは、僕の頭を後ろから抱くように抱きしめた。いや、実際は水槽を抱きしめているだけなのだろうか。わからないが、頭部から小さな体の体温を感じる、ドクンドクンと心臓が大きく鳴る音が聞こえてきた。


「……聞こえる?緊張してなに話したらいいかわかんなかったんだよ」


 藤見さんの言う通り、心音のビートは明らかに通常より早い。藤見さんって緊張とかするんだ……!?


「するよ。お前がどっちを選ぶか、この時間にかかってんだから」


 久遠さんの話を聞くと、これはどちらの生き方を選ぶのかと同時に、どちらの女性を生涯を共にするのかも迫られている案件な気がした。そんなことで、心臓の鼓動を速めてくれるんだ。呼応するように、僕のもう動いてないはずの心臓も鼓動が早まる感覚がした。


「安心しろって、私も久遠も結局は禁忌を犯したマッドサイエンティストだ。学校なんてちっちぇ庭で風紀側か破る側かなんて些細だろ」


 それは確かに。二人とも等しくアウトローではあるな。二人等しく安心できない。


「そーそー。お前はどっちみち、禁忌を犯すしかねぇんだ。ゾンビになろうぜ」


 ゾンビって、サイボーグよりよっぽど非現実的でどうなるか想像できないのですが、正気とかって保てるんですか。


「舐めんな。意識ぐらいあるよ。私の薬を使えば腐った肉体をそのまま使うことができんだ。五感も全てそのまま。生前と変わらない感覚と動きができる見た目も全く同じだぜ。日の光だけ浴びれねぇだろうが大丈夫」


 最後のデメリットが大きいな……これから長い一生の中、日の光だけが浴びれなくなるんだ、それって失うものがあまりにも大きいのでは……


「……その時は私もゾンビになるよ」


 耳元で、内緒話をするように藤見さんが言った。


「夜の世界で二人でおもしろおかしく生きてりゃ楽しそうだろ?」


 クスクスと笑うように耳元から甘い言葉の風が吹く。


「私と二人って、想像つかねぇ?」


 僕の頭を抱きしめる力がほんの少しだけ強くなった。


「映画見まくろうぜ。お前どんなのが好き?」


 映画!?映画とか見るんですか藤見さん!?


「私はゾンビとかパニック系が好き。あんま見たことねぇけど恋愛モンもお前となら面白ぇかも」


 楽しそうに語る藤見さんは本心から楽しそうにしてくれている。


「あと、私こう見えて料理できんだよ」


「そ、そうなんですか?」


「料理は科学って言うだろ。どうだ。ギャップ萌したか?」


 あなたが科学者であることに比べたら些細なギャップであるが。ってことは工藤さんも料理できるのかな。


「具がアホみたいにでけぇし食べ盛りの柔道部みたいな量作るぞ」

「あー……」


 それは……なんか想像つくな


「あのバカの話は今いいんだよ」


 少し、表情がむすっとなったのが伝わって来た。クールなイメージがあったがこんな子供みたいな反応返してくれるのか。意外だ。


「想像しろ。私が作った料理机に並べてさ、二人で雑に選んだ映画みながら日が昇るまで駄弁ってんの。で、日が昇るだろ?直接浴びることはできねぇけど部屋ごしなら大丈夫だからさ。暖かい日をあびながら二人でベッドで眠るんだ」


 藤見さんと、そんな日々を過ごすことを想像する日がくるなんて思いもしなかった。……それは、随分魅力的な一日だな。


「ゾンビだからさ、傷一つつかない。痛いことなんてなにもないんだ。お前はもう痛ぇ思いしなくて済むから」


 優しい語り口なのに、どこか切実な祈りみたいだった。きっと、事故で大怪我を負った僕のことを案じてくれていたのだろうな。


「どう?」


 少しだけ心配そうに首を傾げるその姿に、心臓を掴まれてしまった。


 ◆◆◆


 まずい。

 何がまずいって、ゾンビもサイボーグもどちらも魅力的なこと。そして、その二つのどちらかを選ぶということは、同時に久遠さんと藤見さんのどちらかと人生を共に歩む覚悟を決めなくてはならないこと。そして、二人とも、大変魅力的な人間であるということだった。


 そもそも倫理的に一度死んだ人間を生き返らせるというのはどうなのだろう。

 元々、失っていたはずの命。どちらかを不幸にするぐらいなら、どちらも選ばず、僕は死んだ方が良いのではないだろうか。


 死んだ人間を生き返らせるなんて、二人は思い切り道を外している気がする。

 二人を元の道に戻すためにも、僕がなんとかして死ぬ方法を探した方が良いのではないのだろうか。


 僕が、そんな結論に傾きかけていた時。

 研究室の奥から大きな爆発音が聞こえてきた。

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