第二話 目が覚めたらデレデレの同級生が白衣を着ていた
目が覚めたら。暗い空間にいた。
右も左も真っ暗。しかし、暑くも寒くもない。
僕は確かにあの時トラックに跳ねられた。飛び散った右手が目に映ったのを覚えている。しかし、今、その手はしっかり僕についている。
あぁ、死後の世界かもしれない。親は心配しているだろうか。学校は授業中の事故として対応に追われているのだろうか、目の前で同級生が爆散した藤見と久遠はトラウマになっていないだろうか。
そんなこと考えるだけ無駄か……僕、死んだのだろうから。
真っ暗な空間を一歩、踏み出してみる。
パッと明かりがついた。部屋の明かりというよりもスポットライトのようだ。僕の周りだけが光っているようだ。
もしかして、女神とか出てきちゃったりするのだろうか。チート能力とかもらえて異世界転生なんてできちゃったりするのだろうか。ど、どうしよう、好きな能力を選べたりするのかな？ スローライフがいいな。
「天くん！！」
正面から女神が現れると思いきや、横から何かが突進してきた。突如何かが突進してくるというものは死因と密接に関係しすぎてトラウマだ。心臓がバクバクになっているが、そんな恐怖も、僕に抱きついている何かの正体に気づいた途端、飛んでいった。
「へ！？ く、久遠さん！？」
僕の失ったはずの右腕に柔らかな体を絡みつかせ、頬擦りをするこの女性。それは久遠さん……いや久遠さんの姿をしていた。
だって僕の知っている久遠さんはクラスで付き合ってもいない男女がいちゃついているだけで「交際前の男女がみだりに触れ合うな！」と怒っていたし、男子が体に触れようものなら絶対零度の視線で説教をはじめるような、年に見合わぬ真面目な少女だった。
「朽掛、いや、天くん♡ずっと会いたかった……♡」
第一こんな腑抜けた呼び方で僕を呼んだことなど一回もない。こんなとろけた目で僕を見つめてくることだって一度もなかった。
喋り方こそ凛としているが、語尾がなんだか浮かれている！ 中身が真逆のそっくりさんみたいで正直気持ち悪い！
「え、えっとその、久遠明花さん……？」
恐る恐る聞いてみる。頼む。ＹＥＳと答えないでくれ。
「違うぞ」
ほ、本当に！？ よ、よかった～～～～～！
「我は、めーたんだ。我が貴様を天くんと呼ぶのであれば貴様は我のことをめーたんと呼ぶのが筋だろう」
こ、こわい～～～！！ どこの世界の筋の話をしているんだ。誰だこの人。
「どけ、堅物」
そんな久遠さんのそっくりさんは、冷静な声によって僕から引きはがされた。
「おい。寝坊助野郎。やっと起きたかよ」
その声は、喋り方は、間違いなく藤見さんのものだった。知り合いと確信できる人間に会えてほっとした。
「よかった、藤見さん……？」
「あ？ なんだよその呼び方」
その時、藤見さんの眼光が鋭くなった。何か気に障ってしまったのか。
でもなんだか安心した、久遠さんは確信が持てなかったけど、この小柄なのに強大に見える威圧感は間違いなく藤見さんのものだ。
「……私のことはふらにゃんと呼べ」
前言撤回。誰だこの人。
怖い。暗い空間で、知り合いの姿をした知らない人たちと三人きりだなんて怖すぎる。ぼ、僕確かに死んだはずなのに、なんでこんなことに……！？
「すまない。混乱しているよな。久しぶりに貴様と会えたのが嬉しくて我、はしゃいでしまったのだ」
照れくさそうに久遠さん（のそっくりさん？ ）が立ち上がった。その姿は見知った制服姿と記憶より少し髪が長く見えた。記憶と一番の違い。白衣を羽織っていた。黒くて長い髪の毛が良く映える。
「このバカとテメェの呼び方の話してたから思わずそのノリで話しかけちまった。ビビらせたなら悪ぃな」
そして、藤見さんも立ち上がった。なんと、藤見さんも白衣を羽織っている。大きな白衣は小柄な体躯を際立たせてなんだかかわいらしく見える。
いや、そんなことはどうでもよい。僕が死んだ時、確かに理科の授業だったが白衣などまとっていなかった。
「天くん、これがどういう状況かわかるか？」
何もわからない。この状況も藤見さんが僕をそんな呼び方をする意味も。
……も、もしかして、僕は二人を守りきれずにそろって死後の世界に来てしまったとか！？
きっとそうだ。生前それほど関わりのなかった僕たち三人が同じ空間にいる理由なんてそうとしか考えられない。僕はなんて情けなくダサい男なのだろう。
守ったつもりが結局三人そろって死んでしまうなどと……
「その責任感の強さ、さすが我の認めた男。しかし、安心してくれ、我らは生きている」
「よ、よかった…………」
よかった。本当によかった。しかし、だとするとなおさらこの状況がわからない。なぜ死人の僕と生きている二人が同じ空間にいるのだろうか。
僕の疑問を読み取ったように藤見さんが前に出た。
「端的に言うとお前は一度死んだ。私らを守ってな。けど私達が生き返らせた」
「……は？」
今、ものすごいことを言わなかったか？サラッと一度死んだ人間を生き返らせたなど現代社会にはあり得ない事象の話をしていなかったか？
でも、あの時確かに僕は死んだと思う。あんなひしゃげたして生きていた人間を知らない。今はいったいどうなっているんだ僕の体は
「今、てめぇは脳みそが培養液に漬かってる状態なんだよ」
そんな、いらすとやの素材とかでしか見たことない図になってんの僕！？
どうやって会話してるんだ！？
「天くんは今私の作った特別な機械の中で、藤見の作った薬の中にぷかぷか浮かんでおる」
「脳みそのシナプスをゴニョゴニョしてイイ感じにして会話してんだよ」
さっきから、さっきから何を言っている？
一度に両脇から法螺としか思えない戯言を吹き込まれて、頭がおかしくなりそうだ。
やはり頭を強く打ったのか？ だとしたら、こんな幻覚を見てしまう僕の方がおかしいのか？
まず、久遠さんも藤見さんもごく普通の偏差値の学校の、ごく普通の女子高生のはず。だがしかし、明らかに今、この二人は「作った」と断言していた。
もしかして、本当にこの二人が一人の死んだ人間を生き返らせたでも言う気か！？
「だから天くんは我々のおかげで奇跡的に生き返ることができたのだが、ここで困ったことが起きた」
「ああ。このセンスの悪ィ古臭い女がてめえをサイボーグとして生き返らせようとして」
「？？」
「この野蛮な変態女はゾンビとして生き返らせようとしているのだ」
「？？」
これだけ話についてきていないのに、意味の分からない喧嘩をはじめないでくれ。頼む。
僕がぐるぐる目も脳みそも回していると、二人の端正な顔がグッと近づいた。
「「だから選んでくれ」」
「サイボーグとして生き返るか」
「ゾンビとして生き返るか」
あ、せっかく生き返ったけど、僕はどっちの答えを選んでもどちらかに殺されるんだろうな。
どこか他人事でそう思った。
サイボーグ派が久遠(駆動)さん、ゾンビ派が藤見(不死身)さんです
